リキルの仮面舞踏会はスピトクと違い、踊り手は少年~青年で構成されていた。控え室では老僧が踊りを教えている。初舞台だろうか、緊張した面持ちの少年。
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リキルの仮面舞踏会はスピトクと違い、踊り手は少年~青年で構成されていた。控え室では老僧が踊りを教えている。初舞台だろうか、緊張した面持ちの少年。
ダー・ハヌーのドゥクパの民。スクルブチャンより先、ラダックの西の端に位置する。パキスタンから山を越えて住み着いている。子供が牛に追われて泣きじゃくってた(笑)とぼけた顔して前に歩いているだけの牛。追い払って挨拶すると、訪問者が珍しいのか好奇心いっぱいだった。スタン系の血が混じったような顔立ち。
へミスゴンパは大きな水脈の麓のように、周りを岩山で囲まれた場所にあった。 へミスを起点として、四方の岩山の頂上に祠が結界のように張られいる。さらに登っていくと奥の院のようなゴンパがある。 夏は大規模な仮面舞踏会、ヘミスツェチュが行われるラダック最大級の歴史あるゴンパだ。 他の地方では巡礼者や住民の寄付で賄われている運営費も、ヘミスは政府からの援助で賄われている。一般人の寄付で成り立っているあたり、ラダックがいかに敬虔な仏教地域かがわかる。 起点の街、カルーまでのバスでへミス寺に住む僧と会う。タクシーをシェアして僧房に泊まらせてもらう事になった。こんなふとした縁がここでは多い。 テントを貼ろうとしたら、近くに住んでいるひとがうちに泊まりなさいとか、通かかったタクシーの運転手さんが友人の家を紹介してくれたり。滞在中の1/3は民泊をしていたと思う。 それだけ人の心がオープンで、素朴で惹きつけられるんだろう。 冬は宿が閉まってる場合が多い。その場合、僧房に泊まれる所が多々ある。田舎だと特に。代わりに200ルピー前後、気持ちとして置いて行く。 同行したビーマイゲッツォさんの部屋にいく。長年ここに住んで修業を重ねてきたのがわかる、質素で年季の入った最低限の食器や仏具が並ぶ。チャイを飲み落ち着いた後で裏山でマキを切ったり、凍った河に水を汲みにいったり。 なんだかカナダの原野でのキャンプみたいだった。違うのはここ僧が集まって生活してるのでタイムスリップした不思議な共同体感がある。 食堂にいくと30人ぐらいはいるだろうか。冬のゴンパとしては大所帯で、小学生ぐらいからおじいさんまで幅広い。白い息を吐きながら、みんなで固まって和気あいあいとスープと豆カレーを食べる。たまらなくうまい。 朝は日が登るとすぐに読経が始まる。眠い目をこすりながら小学生の僧に混じって横に座らせてもらう。言葉はわからないけど、高低差の違う深いつぶやくような音が独特。その間にドラやベルを鳴らし、キーンとした音と重なり合う。 窓から一条の光が指し、儀式は淡々ととり行われる。あぁこれだ、これがよく写真でみていた、ずっとこころ惹かれてたチベット仏教の世界だ。ヒマラヤの奥地にひっそりとある、昔から変わらない天空の民の生活だ。 へミスには都合3日滞在した。冬の厳しい共同生活を真近で見れた貴重な体験だった。
レーを起点に東ラダックのゴンパ巡りもへミスを残すのみとなり、先にピャンというインダス川の近くの村を訪れる。 何も考えずにこのバスだろうと思って乗ったら途中までしか行かず、ゴンパまで5kmほど歩くことに。ひたすら直線で何もない道路。ゼロヨンを10回やってもおつりがくる距離をのんびり歩く。左手には真昼の月が上がっていて、荒野によく合う。遮るものがないので、体感-10度ぐらいか寒い。 日も高くなったお昼前にゴンパに着く。右手の丘にチョルテン群が並び切り立った山をバックにして雄大な景色になっている。 途中から気になっていたのだけど、ゴンパが人で溢れかえっている。 プジャ(宗教儀式)だ。 ちょうどチベット歴で旧正月から2週間はブッダが悟りを開いた期間として、各地のゴンパでプジャがとり行われる。旧正月の正確な日は二月中下旬と毎年かわるので、その始まりの日にあたるドスモチェ(収穫祭)を目安に考えると把握しやすい。 ピャンのゴンパは改装して間もないのか、旧館と新館に分かれており、旧館では高僧達(偉いお坊さん)が読経をして厳かな空間になっていた。 そのまま新館に向かうと中は人でいっぱいになっていた。煙で場を清めたり、金色の聖水のようなものを配ったり、バター茶やチャイがひっきりなしに回ってくる。 かなり大きなホールなのに満員で、みんな一生懸命に祈る様は独特だ。そして何よりチベット仏教の施設は部外者に対してもオープンで、じろじろ見られたりというのが少ない。それもあってリラックスして場と一つになれるのがいい所。 途中からダライ・ラマ法王の講話が始まり、少しのざわめきの後、ピンとした空気になる。チベット仏教は三宝(仏、法、僧)にダライ・ラマ法王を加えた四つに帰依するという。精神的なリーダーというのを肌でまざまざと感じる。窓からの光と祈る姿がとても美しく撮影したかったけど、あまり動き回ったらいけない気がしてそのままにした。撮らせてもらってるので、どこまで動いていいのかいつも遠慮してしまうなぁ。 2時間ほどのプジャの後、みんなに食事が振舞われありがたく頂いた。朝から何も食べておらず、売店もなかったので腹に染み渡る。 帰りもそばにいたおばさんが車に乗っけてレーまで送ってもらう事に。 最初はしんどかったけど、後でいいこといっぱいあったピャンの日帰りプジャだった。
スピトクの仮面舞踏会
仮面舞踏会、何ともロマンある響きだ。 正体のわからない人同士が踊る。
僕がもしヴェネツィアの貴族に生まれていたら 「シニョリーナ、今夜この仮面で夜会でもいかがですか?」 と一度は誘ってみたい所だがそんな勇気はないし今は平成だ、現実に戻ろう。
話が少しそれたけど、ラダックの仮面舞踏会は上流階級ではなくゴンパの僧が 集まって宗教行事の一環として踊る。家族の発表会といえば俗っぽくなってしまうけど一年に一度のお祭りを一つになって楽しむ。
鬼、童子、牛、鹿などの仮面をつけた僧が、仏具やラッパの音にあわせてステップを踏んで回転し踊る。 一つ一つ独特な名前があったりするのだけど、知らない人には馴染みがないので割愛。というか自分も覚えていないので、ラダックの仮面舞踏会は動物や鬼が踊るお祭りです。
そして普段は厳しい戒律のせいか、僧達はここぞとばかりに羽目を外します。 観客席にダイブしたり、ライブか!小麦粉を観客席にまき散らしたり、相撲か! 帽子をとってどこかに投げたり、カメラを持っていこうとしたりやりたい放題。 日本だとクレームものだけど、おおらかなここではみんな笑いながら鑑賞している。
階段の上のほうから見ると、円になった踊り手たちが集まったり広がったり 万華鏡のように色が移り変わる様が綺麗だ。 タンカとよばれる巨大な仏曼荼羅仏画も公開され、一年に一度のお祭りを楽しむ。
祭り独特のハレ日、まさに非日常といった感じも醸しだしつつ人の距離も近いのでアットホームな雰囲気が心地いい。
スピトクの僧は年齢層が高めなのか、ステップを踏みながら階段を下りて来るときに何度も踏み外しそうになりなっていた。見た目はおどろおどろしいけど、昼間というのもあってコミカルな祭り。
この後リキルという所の仮面舞踏会も見たのだけどそちらは年齢も幅広く、ダイナミックで見ごたえがあった。それはまたの機会に。
冬のゴンパ(お寺)には何かが宿る。 頑丈な施錠を開け、分厚い扉の隙間から空気が頬に触れる。 冷気だろうか、いやこれが霊気だ。 ティクセゴンパ
インド系、ラダック系、イスラム系。三つの民族と宗教が一つの国の建国記念日で行進する。老若男女、それを見守る地元の人たち。カナダでもそうだったけど、インド各地でセレモニーがある。パレードが終わった後の笑顔、泣き顔。祭りが地域のつながりを確認する日なら、建国記念日は国のつながりを確認する事。すごくポジティブな気がする。
迷路のような旧市街。白とグレーの背景から袈裟の色が目に入る。滑りやすい雪道を颯爽とあるくラマ(僧)。
近郊の村から絞りたての牛乳が車で配送される。売店でパックのを見かけたがこっちのほうが数段うまいのかな、長蛇の列が。姉妹が大人にまぎれてもまれながら二人とも無事調達できた。ホクホクして味見してたので、すごくピュアで撮らせてもらおうと構えるとシャイなお姉さんは逃げて行ってしまった。
インドの染物はキケン。染め方が単純なのか色落ちがハンパない。。働けど働けど~みたいに洗えども洗えども色が湧き出てくる服。何かの儀式みたいだった。
お客がこない冬のバス停の売店。そうそうに109の看板を閉めて孫と遊ぶおじいさん。祖父によく抱かれたからなのか、(といっても競馬場と居酒屋にいった記憶)懐かしい。大地みたいな笑顔だなぁ。
チベット仏教では、オン・マニ・ペ・メ・フムと唱えながら数珠を一つずつカウントする。108回数えるとそろばんのように繰り上がる。歩きながら、バスの中で、それこそいたる所と時に。雑念がない、祈りがすぐそばにある生活。
冬は-20度近くなり、水道管も凍って春まで便秘になる。毎朝の配給の水で料理、シャワー、トイレを賄う。その結果、少ない量でいかに体を洗うかというスキルを身につける。ご利用は計画的に。
木の板で小さな坂を何度も何度もすべる子供たち、ぼーっと見る牛、写真を撮る自分。
イスラム教徒の肉屋ブラザー。対面で店を構えて売り上げを競っている。自炊をしていたので鳥肉を買ったら通るたびに声をかけられるように。ハンバーグを作ることにして後日ひき肉を買ったらひどい下痢になる。高山病とダブルパンチでへろへろになった。
到着初日。ぶらぶら歩いてると、隣の空き地からはしゃぐ声が。ふと横をみるとすごい笑顔の子供たちがいた。日本からきたばかりの自分には眩しすぎたけど、元気をもらえた。
急な吹雪に見舞われて、目に留まった裁縫屋さんで雪宿り?をさせてもらった。いきなりおじゃましたのにもかかわらず、快く迎えてくれる優しい顔をしたおじいさん。ちょうど沸いたチャイをごちそうになる。ミシンの音、お湯の沸く音、雪が窓ガラスに当たる音を聞きながらゆるむ。