2006/6/15に公開されたフリーノベルゲーム。
このゲームを知ったきっかけは、ニコニコ動画の「稲葉百万鉄」という人の実況動画だった。
当時はノベルゲームを全く知らなかったが、前々からこの人の動画を好きで見ていたので「試しに」と思い見た所、物凄く好きになった。
当時、昔とある人に言われた一言が原因で「何かに感動して泣く」という事が全く無かったが、この人のこのノベルゲームで何回も泣いた。特に最終回を見た後は、感動のあまり一時間ほど呆然と泣いていた。
それから「何かに感動して泣く」という事が出来るようになったので、この人にもこのノベルゲームの作者様にも凄く感謝している。
このノベルゲームは僕にとって「錆び付いた心を元に戻してくれたノベルゲーム」だ。また、ノベルゲームにハマるきっかけでもあった。
2017/12/13日現在、このゲームは4回読んだ事になる(稲葉さんの過去と新しい実況動画で2回。自分でプレイした回数が2回)読む度にすばらしいノベルゲームだと思う。
読了したすぐ後にこれを書いているが、胸が一杯になりすぎて上手く言葉が出てこないし、感動しすぎて笑っている。
このノベルゲームの最大の魅力は「黒目とラの穏やかな日々」だと思う。
この二人はいわば「医者と患者」の関係だが、2人にはそういった壁がない。かといって、家族や恋人といった関係という訳ではなく、最終的にお互いにかけがえのない存在になるが、それまではあくまで「他人同士」の域を出ていないのが上手く表現されていて流石だし、そんな二人の日常を見ているととても心が穏やかになる。
オープニングとエンディング曲があることにも驚きだが、歌っている人の声がとても澄んでいて歌詞も本編にとてもよく合っている。
エンディング曲「アオゾラ」は歌詞が、黒目とラの辿ってきた時間を現していて、感動をより一層際立たせてくれる。
「遠回りしていた、頬杖ついて」「理由はないけど一緒に歩こう 少しは風向きが変わる気がする」「窓を開けて旅立つ 深呼吸して」という歌詞が特に好きだ。
ここからは1話1話を振り返った感想を書く事にする。
「始まる話」ではなく「既に始まっている話」である。つまり、1話よりも前の時系列があるという事だ。
ラの無意識に流れてしまう涙に対しての「悲しいわけではない」が一番最後に効いてくる。
「マール」の記憶処理。サウンドノベルの良さを実感する話だった。
シリアスな場面から気の抜けた場面への変化にBGMを伴うのでとても話の流れがわかりやすいし、感情移入がしやすい。
記憶を消されたと知り「自分が思っていたよりは自分の事が好きだった」と気が付くマールと、家族から逃げてその記憶までもを急いで忘れようとしたイーリャとの対比。
実在するカウンセリングのように徐々に患者の心を癒していくのではなく、記憶封士は「その人の負の記憶を完全に忘れさせる」から、その人の負の記憶は当の本人からは綺麗サッパリと消え、最後には記憶封士だけに残ることになるからだ。それはどんなに辛い事だろう。
「いつか彼女の記憶は彼女自身を捕まえるだろう。自分自身からは逃げられないからね」
以前読んだ時はその意味が分からなかったが、今なら分かる気がする。つまり「いつか見て見ぬふりをした代償を支払う時が来る。」という事だ。
一度読了しているとそうでもないが、初めて2話を読んだときは「黒目ばっかりが損をするじゃん」と思った事を覚えている。(初めて読む時だとラが普通のセツナ病患者だと思っているため)
ラの年齢からは考えられない色気と、悲しそうな表情がとても綺麗だ。
お屋敷でラは「蝶」の作用によりアナライの幻を見たが、黒目には何も見えなかった。
「悲しいけど、もう一度会えて良かったと思ってしまった」と少し苦笑しながら言うラと「僕には何も見えなかった。何もだ」と言う黒目はどちらも切ないし、切ないからこそ、寂しくなったのであろうラが恥ずかしげに言った「一つ先の電灯まででいいから手を繋がないか」という言葉と、それを承諾する黒目を見て、とても心が暖かくなった。
キョウは黒目を嫌ってはいるが、黒目の事を気遣っている事が最後にわかる。
この2人は仲が良い訳ではないが、確かな信頼関係を結べている。(終話での2人の会話がそれを示している)少し現実味に欠けるが理想的な関係だ。
恋と理性の狭間で揺れるリップスはこのゲームに出てくるキャラクターの中で一番リアルだ。(ペットを飼っている所も含めて)そして、そんなリップスにとってキョウとラの存在は大きい物なんだろう。
「どうして自分の心ひとつ自由にならないのかしら」というリップスの言葉がリップスの葛藤を如実に現わしてる。
病院に入院している「先生」はとても柔和だが、黒目の話だと、教官時代は普段は冷静だが怒る時は烈火の如く怒る人だったらしい。
その現在と過去のギャップが切ないし、「これは悲しいことではない。先生はああして離れがたい人たちと別れる準備をしている」という黒目の言葉が染みる。
初めて読んだとき右手とラの会話に少し違和感を覚えた。これはラの正体に対する伏線だった。
そして、黒目が徐々にラの記憶を忘れていく場面は、流石はサウンドノベルだ。黒目の焦燥感がひしひしと伝わってきた。
ラが黒目の頭を抱いている1枚絵はとても切ないがとても好きだ。
黒目がラを一時的に忘れてしまい、ラの名前表記が「少女」になっている所が芸が細かくて流石だ。
1話の「始まっている話」に対してこちらは既に「終わってしまった話」だという所に注目。
最初は黒目を警戒していて、さらに言葉も話せなかったラが段々心を開き、話すようになる過程はとても好きだ。
また、この頃の黒目とラは「ただ一緒にいるだけ」の関係だが、こういう関係が好きなので読んでいてとても心が落ち着いた。
口では「この子(ラ)を愛してなどいない」と言っているアナライだが、その仕草やラを起こすときの優しい口調、最後の「愛している。幸せにおなり」という言葉からして、実際はラを愛している。
確かに最初は、自分の中にある「他人の錆色の記憶」を消す為にラを引き取り育てていたんだろうが、その過程でアナライはラに情が沸いてしまった。それが嬉しくもあり、同時に、アナライの事情を考えると切ない。
アナライの「賭け」はどっちにしてもラと黒目のどちらにとっても辛い物だ。どっちに転んでも黒目かラがアナライの気持ちを背負う事になる。
だが、アナライの中の「他人の錆色の記憶」を受け継いだラが、それを消すのを拒んだのは、黒目にとって全く新しい考え方だったのだろうし、それがあったからこそ黒目とラは「辛いことや悲しいことを一緒に抱えて歩んでいこう」という答えに辿り着けた。そういう意味ではアナライの存在はとても大きい物だった。
マリアの過去を知ったラが号泣する場面での「悲しいのは黒目なのに私ばかりが泣いていてはずるいよなあ」と言ったラの気持ちが嬉しくもあり、少し腹立たしい物だった。
でも号泣しているラを見た黒目が「辛いことを少しずつ過去の物にしていける気がした」と思っている所を見ると、黒目にとってラは一種の救いだったのかもしれない。
初めて読んだときは気が付かなかったが、「廃教会で黒目とアナライが対峙する場面で黒目が地面に叩きつけた銃が終話で生きる」という事に気が付いた時は感動した。
アナライの中の「他人の錆色の記憶」をラが受け継ぎ、それによってラの髪が真っ白になる場面はとても悲しかった。
・黒目とラがキスする場面は、「黒目の中の『自分』という錆色の記憶」を癒そうとしたラと、「記憶封士としてラと距離を置いていた」黒目が初めてお互いの気持ちに素直になれた場面だったので凄く感動した。
「小休止」の感想でも書いたが、最後の黒目とキョウのとても短いやりとりが2人の信頼関係を現している。
また、「私たちも街を出る」と言ったリップスは、キョウという拠り所を見つけたんだなと思い、心が暖かくなった。
一見悪者に見える右手だが彼は「病」という物を憎んでおり、健康な体を持つ人間が自身の健康な体を害しようとする事を許さない。それ故に彼は悪者ではない。
このゲームに出てくる悪者と言える悪者はリップスの教官くらいだ。だが、彼もまた自分の信念に基づいて行動を起こしたので、悪者と呼ぶのは正確ではないが。
右手の心象を考えると黒目とラを「街」から出してしまうのは損失でしかないし、それ故に、最後には2人を見逃した右手も僕は好きだ。
・ラの「悲しくて泣いている訳ではない。うれしいんだ。」で1話のラの「悲しいわけではない」を思い出し、号泣した。