中村恩恵さん 振付家|舞踊家 ー 3 ー 撮影 長島有里枝さん
港
近日、引越しをすることになりました。
50年近い人生の中の18回目の引越しになります。これまで、モナコ、ハーグ、横浜と港のある街で暮らしてきましたが、今回、初めて海から離れて内陸部に住む事になります。
この春ごろから、「港」をメタファーとする新しい活動拠点の設立の思いを温めてきました。舞踊人生は未知の世界を旅する航海の様です。自分の内面のコンパスを頼りに大海原に乗り出せば、そこには様々な冒険があり新しい出会いがあります。順風に吹かれて意気揚々と進む日もあれば、凪いだ風に焦りを募らせる日々もあり、また嵐の大波に揉まれ苦汁を嘗める日もあります。そのような舞踊の旅路の中、これまで幾度となく「港」のような場に立ち寄ってきました。魂を潤す水に浴し、大地に心身を休ませ、そして次の出立ちに臨む勇気をもらってきました。
これからは、こうした「港」のような役割を自分も担って行きたいなと感じ始めたのです。多くの人にとっての母港のような存在となれたらと思うのです。
ちょうど、実生活で海から遠ざかる時に、自分の内面に「港」が宿ったように感じています。プロデュースチームとで協力して
Nakamura Megumi Choreographic Center
と称する拠点を始動する計画です。「港」をメタファー として温めた拠点が、しっかりと大地に根を張り、やがて滋養に満ちた果実を結ぶように育って行くことを願いつつ、新しい住まいを構えていこうと思います。 中村恩恵
ここからは泉イネより
sadogaSHIMARTMISTLETOE 最後の投稿となります。
このサイトを一緒に始めてくれた、佐渡で出会った写真家:僧侶の梶井さんも、 佐渡島に実家のお寺があった編集者の上條桂子さんもますます忙しそうに各地 を飛び回られていて、お二人から最後の投稿を...は、すこし難しい状況でした。でも、約3年間この場所を通してお二人や、他にもいろんな方々と話ができたこと、ほんとうに感謝しています。
2013年に体調を崩してから、しばらく制作どころではない状態でした。いま大分に居ながら様々な世代の、異なるジャンルの作り手たちと話しながら、ほんとうによくここまで治ったな...というか、あの頃以前よりタフになったと思い返しては、これまでに向き合ってくれた方々の存在一人一人を時々に、大分の道を歩きながら想います。体調を崩してなければ話を聴くこともできず、佐渡や真鶴にも行っていなかったし、大分にも来ていなかった。
いろんな土地で出会えた風景や、その声。
風景は言葉を話さないけれど、ありありと黙って語る。絵描きは妄想することも仕事で、視えないところを想像して描く。荒れた土地、にぎわっていただろう商店街、人気のない離れた場所に無機質な建物。ひとつの地域だけでなく、別の地域にも同じような風景がある。過ぎた時代の物語を知れば、みえてくる風景もまた変わる。土地だけが知っている栄枯盛衰。そしていまを生きる人々の色んな想いや営み。紙に描かなくても、すこしずつつながる線や色。
中村恩恵さんに出会ったのは2010年。それから8年。一緒に絵と言葉のセッ ションをしてから、恩恵さんは振付家・舞踊家として活動の幅を拡げて様々な賞をとられ、ますます立ち位置が離れていくような心地もするけれど、そのことを楽しんでいる自分もいます。私は、間に居たい。定まらないで、間に。
恩恵さんが港になるのなら、私はそこで気ままに吹く風ぐらいがいいかな。風の力で、船や飛行機や鳥や種が移動したり、発電したり。波や木々がざわめいたり、涼んだりもできるような。(ときどき暴風にもなったり)。心動かされる人や場所の間でふらふらと風のように居る。それで、もし少しでもここの文化が潤ったり、アートという名のもとに、未だにここでの作り手、書き手、踊り手…の多くが大変である土壌を耕すことができるのであれば。みんな忙しすぎて手がつけられないところの隙間風でも。
何かをつくることや、他の場所や昔の物事を知っておくことは、生きる力になると願う。
例えば、私が佐渡へ渡るきっかけのひとつ「能」はその昔、同性への寵愛が育んだ伝統文化のひとつであることとか。佐渡で見た古い地図は、電車ができる前、船が移動手段だった時代に日本海側の航路をメインとして描かれたもので、その海はもっと昔はおおきな湖で、南北は大小の島々で大陸と地続きとなり、人類はゆっくり移動していたのだろうこととか。
武器ではない力。なにかを作り、なにかを知る力が、誰かとの豊かな関係を生み出すと願いたい。それは時間がかかるかもしれないし、分かりやすい行為を生み出すことよりさらに骨が折れることかもしれないけれど。願いたい。
ふと、佐渡島の北端に「願」(ねがい)という集落があることを思い出します。
今年の秋、中村恩恵さんと佐渡島を訪れようと話しています。これまでに佐渡へ世阿弥が流されたことや、昔は罪人も多く辿りついた地であったことを話したりしてきた中で、罪とは何か?そんなやりとりもしました。時代の権力者によって流されることもある罪(それぞれの理由による、むずかしいパワーバランス)。それとも、誰かを言葉やちょっとした行為で傷つける罪。人や何かを強く愛する、守ろうとすることで、相手や他の誰か何かを傷つけているかもしれない罪も。生きる間に、誰も傷つけたことのない人なんてたぶんいない。いろんな罪。それに気づいた先の願い。
そんな話も時々してきた今年、佐渡へ...行けるといいなぁ。
そして、その行程を映像作家の佐々木友輔さん、編集者の上條桂子さんとも共有して今年〜来年以降の制作へつなげる企画も温めています。
3年を通して sadogaSHIMARTMISTLETOE を読んでくれた方々へ。長々と、ときに私の主観の多い文を読んでいただき、ありがとうございました。
つづけて、これからの新しい試みへも興味を持ってもらえたら幸いです。新たに大分の地から発信する、これまで出会った方々から届く各地の風景shimaRTMISTLETOE は気が向いたときに読んでみてください。
また、佐渡へ行ってみたいと話していたトヨダヒトシさんのインタビューは、恩恵さんとの佐渡行きの過程と一緒に、来年、冊子にまとめられたらと話しています。ここで出会った真鶴出版発行の元に。
みなさんの健康と
その生に敵った制作を願って
sadogaSHIMARTMISTLETOEを終わりにします。
2018.7.23 泉イネ
【中村恩恵】
第17 回ローザンヌ国際バレエコンクールにてプロフェッショナル賞を受賞後渡欧。 フランス・ユース・バレエ、モンテカルロバレエ団等を経て、’91~’99年イリ・キリアン率いるネザーランド・ダンス・シアターに所属。イリ・キリアン、マッツ・エック、オハッド・ナハリン、ナッチョ・デュアットなど現代を代表する振付作家達の創作に携わる。退団後は、オランダを拠点に振り付け活動を展開する。2000年、自作自演ソロ「Dream Window」にてオランダGolden Theater Prizeを受賞。’01年彩の国さいたま芸術劇場にて、キリアン振付「Black Bird」主演、ニムラ舞踊賞受賞。 ’07年日本へ活動の拠点を移す。Noism07委嘱作品「Waltz」にて舞踊批評家協会新人賞受賞。新国立劇場プロデュース作品「Shakespeare THE SONNET」「小さな家」「ベートーベン・ソナタ」等の代表作の他、さまざな場にて実験的なプロダクションを手がける。第61回芸術選奨文部科学大臣賞、第62回横浜文化賞、第31回服部智恵子賞、2018年 春の紫綬褒賞 等の受賞歴を持つ。
現在、新国立劇場バレエ団の2019年ニューイヤーガラ上演「火の鳥」(ストラビンスキー)の振り付けを手がける。
Photo:Yurie Nagashima | 長島有里枝
最後に、快く撮影に応じてくれた長島有里枝さんへ
心よりのお礼を
ありがとうございました









