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草津
CHIRIRI
渋谷17:00前
近所
誰の目にも触れてるいのか、誰も触れていないのかわからないtumblr をちびちび更新するのが楽しい。
2019年初買い
視点の解像度は知識からは得られない
知識 vs 視点の解像度
年をとると増えていくもの
[]知識
[]経験
増えないもの
[]視点
なぜ解像度高い視点は年齢を重ねても増えないのか?
[]知識は受動的なもの
[]視点は能動的なもの
受け身でいる限り、視点は増えないしその場合むしろ退化していく可能性が高い。
視点は自責思考とも繋がる。
責任を他者に依存している場合、他者を通した視点からでしか物事を見ることができないため解像度の高い視点を身につけることはできない。
[]知識という素材
[]経験
解像度の高い視点を持つことに年齢は関係ない
類似例
* 知識→素材
* 視点→調理方法
素材が増えてもどう調理するかを知らなければそれはただの素材にに過ぎない。
ただ、素材を持っているだけで周りからは評価されたりしてしまう。ただ、素材を持っていることはそれだけで評価の対象になりがち。 なぜなら素材があれば自然と調理までできると表面上は見えてしまうから。
参考
読書について ショーペンハウアー
New Google Mapの地球は青かった感
動的平衡まとめ
僕が大学時代衝撃を受けたキーワードとして生命の動的平衡システムが挙げられる。この本自体は9年ほど前に書かれたものなので今の現状ともしかしたら異なる部分があるかもしれないし、ネットを見ると動的平衡自体の考え方に賛否両論があるわけだが、大学で学んだ内容を今の自分の理解とつなげる意味では非常に役に立った。
生命の定義 生命 = 可変的でありながらサスティナブル(永続的)なシステム
動的な平衡とは、生命の流れそのものである。
タンパク質の流れこそが、生きていることと同義である。
生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。
一輪車に乗ってバランスを保つ時のように、むしろ小刻みに動いているからこそ、平衡を維持できるのだ。サスティナブルは、動きながら常に分解と再生を繰り返し、自分を作り変えている。それゆえに環境の変化に対応でき、また自分の傷を癒すことができる。 --- サスティナブルなものは、一見、不変のように見えて、実は常に動きながら平衡を保ち、かつわずかながら変化し続けている。
生命現象とはタンパク質の分解と合成の上に成り立つ「効果」
生命とは動的な平衡状態にあるシステムである。
細胞は、タンパク質の分解と合成を常に繰り返している。
生命活動とは、生物がもつ「構造」のことではなくそのタンパク質の合成と分解のバランスの上に成り立つ「効果」である。
生命活動は生まれた時から死ぬまで時間軸に沿って流れる一方向のプロセスをたどる。
新たなタンパク質の合成がある一方で、細胞は自分自身のタンパク質を常に分解して捨て去っている。なぜ合成と分解を繰り返しているのか?この問いはある意味で愚問である。 なぜなら、合成と分解との動的な平衡状態が「いきている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」であるからだ。
マウスの身体を構成していたタンパク質は、三日間のうちに、食事由来のアミノ酸に置き換えられ、その分、身体を構成していたタンパク質は捨てられた。 私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこの時なされたのだ。 -- 個体は、感覚としては下界と隔てられた実態として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである。
生命現象のすべてはエネルギーと情報が織りなすその効果の方にある。つまり、このように例えることができる。
テレビを分解してどれほど精密に調べても、テレビのことを真に理解したことにはならない。なぜなら、テレビの本質はそこに出現する効果、つまり電気エネルギーと番組という情報が織りなす者だからである。 そして、その効果が現れるために「時間」が必要なのである。 より正確に言えば、タイミングが。 あるタイミングには、この部品とあの部品が出現し、エネルギーと情報が交換されて、ある効果が生み出される。 その効果の上に次のステージが準備される。
それを機械のように組み合わせれば、生命体となるだろうか、否である。合成した二万数千種の部品を混ぜ合わせても、そこには生命は立ち上がらない。それはどこまで行ってもミックスジュースでしかない。 ところが、私たち生命はその部品を使って現に今生きている、ミクロな部品が組み合わさって、動き、代謝し、思考までする。 その生命現象においては、機械とは違って、全体は部分の総和以上の何者かである。1+1は2ではなく、2プラスα。そのプラスαはなにか。それはどこから来るのか。私は「時間」に由来すると考える。
生命は時計仕掛けか?
ES細胞の話。タンパク質が生命現象においてどのような役割を果たしているか知るためには、タンパク質自体が存在しない状態を作り出し、どのような不都合が起きるかを調べれば良い。 タンパク質自身の存在を消そうとするのではなく、そのタンパク質の設計図を破壊すればいいではないか。そうすればタンパク質を作り出せなくなるのだから、ゼロ状態となるはずである。
私たちの生命は、受精卵が成立したその瞬間から更新が開始される。それは時間軸に沿って流れる、後戻りのできない一方向のプロセスである。 つまり、生命とは機械ではない。そこには、機械とは全く違うダイナミズムがある。 生命の持つ柔らかさ、可変性、そして全体としてのバランスを保つ機能— それを私は動的な平衡状態と呼びたいのである。 ヒトゲノム計画は、人間の細胞で働いている遺伝子の数が約2万であることを知らしめた。つまり、人はたった2万種類のパーツでできているということである。しかし、これは人が二万種のパーツから組み立てられている精密なプラモデルのようなものだ、ということではない。
ここで、欠落しているのは、生命にとっての「時間」という観念である。タイミングとパーツは時間に沿って組織化され、それぞれの時点で何がどのようにおきるかはたった一回限りの現象であり、不可逆な者である。
記憶とは動的な平衡状態からもたらされる効果である。
生物の身体には、記憶を保存するための物質的基盤は存在しない
「思い出す」などの記憶の想起は、実は一時点での平衡状態がもたらす効果でしかない
人間の記憶は、「想起した瞬間に作り出される何か」である。
まず、脳内に記憶を保つような物質は存在しない。また、脳にはビデオテープのような存在を担保する物質的基盤も存在しない。 あるのは、絶え間なく動いている状態の全体としてゆるい秩序をもつ分子の「淀み」
私たちが「記憶の想起」と呼んでいるものも、実は一時点での平衡状態がもたらす効果でしかない。
人は年齢を重ねるごとに時間経過の順に物事を記憶しているのではなく、実は過去をおぼろげながらにしか想起はできないのだ。ここに記憶というものの正体がある。 人間の記憶とは、脳のどこかにビデオテープのようなものが古い順に並んでいるのではなく、「想起した瞬間に作り出されている何ものか」なのである。私たちが鮮烈に覚えている若い頃の記憶とは、あなたがなんどもそれを思い出し、その都度いとおしみ、同時に改変してきた何かなのである。 つまり過去とは現在のことであり、懐かしいものがあるとすれば、それは過去が懐かしいのではなく、今、懐かしいという状態にあるに過ぎない。
歳をとると時間経過が早く感じる仕組み
体内時計のはやさはタンパク質の分解と合成のサイクルの速度と同じ。
生命は、そのタンパク質のサイクルの速度は加齢とともに遅くなる。
歳をとると一年が早く感じるのは、実際の時間の経過に自分の生命の回転速度がついていけてないからである。
細胞分裂のタイミングや文化プログラムなどの時間経過は、すべてのタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることがわかっている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が、体内時計の秒針なのである。
そして、もう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなってきているということである。つまり体内時計はじょじょにゆっくりとまわることになる。 つまり、歳をとると一年が早く感じるのは「分母が大きくなるから」ではない。実際の時間の経過に、自分の生命の回転速度がついていけていない。そういうことなのである。
生きてく上で頑張ってるふりをしていればある程度自尊心を保つことができるんだけど、その振りをよそ目に本当に頑張っていた人たちがどんどんと大きくなっていくのを眺めて果たして自尊心を保つことができるのだろうか
断食について
From: The story of my experience with truth.
英文の下にgoogle翻訳を記載
Fasting can help to curb animal passion, only if it is undertaken with a view to self-restraint. Some of my friends have actually found their animal passion and palate stimulated as an after-effect of fasts.
断食は、自己拘束の視野を持って行われる場合に限り、動物の情熱を抑制するのに役立ちます。私の友人達は、実際に彼らの動物的な情熱と口蓋が断食の後遺症として刺激されていることを発見しました。
That is to say, fasting is futile unless it is accompanied by an incessant longing for self-restraint. The famous verse from the second chapter of the Bhagavadgita is worth noting in this connection:
つまり、絶食は自己拘束の絶え間ない憧れを伴わない限り無益です。 Bhagavadgitaの第2章の有名な詩はこの点で注目に値する:
For a man who is fasting his senses Outwardly, the sense-objects disappear, Leaving the yearning behind; but when He has seen the Highest, Even the yearning disappears.
彼の感覚を断食している男のために、感覚オブジェクトは消え去ります。しかし、彼が最高を見た時、憧れさえ消えます。
断食について
From: The story of my experience with truth.
英文の下にgoogle翻訳を記載
Fasting can help to curb animal passion, only if it is undertaken with a view to self-restraint. Some of my friends have actually found their animal passion and palate stimulated as an after-effect of fasts.
断食は、自己拘束の視野を持って行われる場合に限り、動物の情熱を抑制するのに役立ちます。私の友人達は、実際に彼らの動物的な情熱と口蓋が断食の後遺症として刺激されていることを発見しました。
That is to say, fasting is futile unless it is accompanied by an incessant longing for self-restraint. The famous verse from the second chapter of the Bhagavadgita is worth noting in this connection:
つまり、絶食は自己拘束の絶え間ない憧れを伴わない限り無益です。 Bhagavadgitaの第2章の有名な詩はこの点で注目に値する:
For a man who is fasting his senses Outwardly, the sense-objects disappear, Leaving the yearning behind; but when He has seen the Highest, Even the yearning disappears.
彼の感覚を断食している男のために、感覚オブジェクトは消え去ります。しかし、彼が最高を見た時、憧れさえ消えます。