January 10, 2014
ぼんやりと缶チューハイを片手に徒歩で帰宅してラジオをつけたら私の好きなチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が流れていて、思わずため息が出た。 音楽というものは、どうしてこうも思い出や昔のなんてことのない日常の情景が鮮明に目の中に現れるのだろうか。 母方の祖父母の家で、野球を観ながら流れていたのがチャイコフスキー、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトだったのであった。 ほんとうに、なんでもなかった当たり前だった日常が当たり前でなくなってしまうということは、当たり前というものがいかに幸せなことなのかということを身をもって実感させられる。 遊びにいくと、よくもやしの味噌汁、シーフードチャーハン、カツ丼、にらせんべいを作ってくれた祖母はもうどこにもいない。 しかし瞼を閉じれば、いつでも会うことができる。 様々な親族との死別、一人暮らしを経てみると、いままで実家で暮らしていた頃とは全く違う感覚が自分の中に入ってきて、 人はいつかは皆死ぬのだということを考えたら、つまらんことをして一生を終えるのなら自分のやりたいことをやりまくって心底楽しく生きたいと思った。 もちろん人に多大な迷惑をかけない範疇で。 地元の、雪が深夜にドカドカと降りしきる和やかな光景を思いながら眠る。









