The World Is A Beautiful Place & I Am No Longer Afraid To DIe - Always Foreign
ライター : Ian Cohen
翻訳元 : https://pitchfork.com/reviews/albums/the-world-is-a-beautiful-place-and-i-am-no-always-foreign/
翻訳者 : kei
そのイキったようなバンド名、10人を優に越えようっていうメンバー数、これまでも君の耳に入ってきたバンド達のようにThe World is a Beautiful Place & I Am No Longer Afraid to Die(以下、TWIABP)はユートピアンだ。彼らの言うEarth 2(訳注1)がどんなものなのか、2015年にリリースされた傑作『Harmlessness』から浮かび上がる。不安と恐怖が、それを消そうと君が灯したライトの生む影に隠れていることも、見捨てられた至る所で、それでも自分をなぐさめ、何かをなそうってやつらの手を取ろうとすることも、ローカルではあったけどあるフェミニストの復讐に「勧善懲悪」のラッパを鳴らしたことも。アルバムのオープナー「You Can’t Live There Forever」は2年後の今、いずれ訪れる終わりの残酷な序曲のようにも聞こえる。
例を挙げるなら、この曲でリードヴォーカルをとっていたD. Nicole Shanholtzer (訳注2)は2016年にバンドを去っている。つまり、彼らはここに来て自分たちのバンド名についてすら考えを改めなくてはいけなくなった。TWIABPの無視できないほどのエネルギーを秘めた3rdアルバム『Always Foreign』でメインのソングライターとなったDavid Bello (訳注3)はプエルト・リコとレバノン出身の両親と自らのバックボーン、ウエスト・ヴァージニアで過ごした日々を通して、そして今では不安と恐怖を見つめ続ける一人のアーティストして、きっと僕らと同じことを思っている。ーーこの世界はどんどんクソみたいな場所になってるし、僕らは襲いかかってくる死を怖がらなければ。
「なんもかんも僕がポリティカルなヤバい話にしてやるよ」。アルバムの頭でBelloは告げる。実際のところ、『Harmlessness』も2013年のデビュー・フル『Whenever, If Ever』も、今となってはそうとしか思えないような箇所が至るところに見える。それらはいつでも劇的なハッピーエンドを約束するロック・ミュージックだ。「この世界は美しい場所だ / でも、僕たちはぼくたちでやっていくしかない」。『Whenever, If Ever』を飾る永遠のクローザー「Getting Sodas」で彼らはそう歌った。その血統の中にある曲として『Always Foreign』のオープナー「I'll Make Everything」は現れる。くたびれ果てた「愛のお話」を紡ごうとした曲は「The Future」でキラキラと輝く希望を描こうとして届かない。「未来がこうして今まさに手の中にある / 最低の今が、何もかもが過ぎ去ってしまう」。じゃあ、いま僕らにできることがあるとして何をしたらいいんだろう? これ以下は無いって思えばいいんだろうか?
大言壮語な理想論者が現実に対峙した今となってはTWIABPは極めて実際的なバンドとして語られるべきだ。サウンド面での話をするなら、『Always Foreign』の前半はこれまでにない速さで僕らがよく知っている場所まで駆け上っていく。「I'll Make Everything」は眩しいくらいの未来を抱えているし、「The Future」はポップパンクのシーンを恐ろしい速さで駆け抜けていく。これまでのアルバムで終盤に用意されていたその光がもうこの時点で彼の中にある。そのシンプルな事実が僕らを眩まして、その影に隠れているものへと目を向けさせる。ギブアップしたいくらいの重苦しい空気に付き合わされることも、面白くもないセットリストも、いつまで経ってもやってこないライブのお楽しみも、最早ない。うん、そういうことが時たま見れたんだ(訳注4)、Shanholtzerがメンバーだった頃の彼らには。
Shanholtzerの不在はA面に並べられた曲のポイントとして輝いている。「Hilltopper」ほどに荒んだ曲(「悪魔にだってどっちが正しいか分かるさ、お前の身の程を知るがいい」)がTWIABPで聴けるとは思わなかったけど、そこに疑問の余地はないしーー「Dischord Recordに所属したR.E.M. (訳注5)」とまで呼ばれたバンドとして、このリリースは必然だろう。もう君にも分かるはずだ、彼らが何を語っているのかは。これは今ここにいる僕らと、これからとこれ迄の話だ。TWIABPの『Always Foregin』でShanholtzerの離脱と、ドナルド・トランプ (訳注6)の大統領選が時と場所を重ねて語られる。そのやり方はとても大事な議論の場から個人的な意見や政治的にショッキングな出来事の影響をできる限り排除しなくちゃいけないというシビアなもので、この2つが「Marine Tigers」でBelloが読み上げる告発状のコアだ。「全部の州がバラバラになっても、君はここをアメリカ(合衆国)だって言える? / 他人から何かを奪うだけだってのに、君はそれを仕事だって言える?」。だけど、アルバムが進むにつれて描き出されるものは特定の個人から、資本主義という社会の伝統的な問題点へとシフトする。「金儲けは最低の腐ったシステムだ」ってBelloは歌う、その頃にはアルバム名もまた違って聞こえてくる。
「Marine Tigers」の曲名はBelloの父親 Joséの最近出版された回想録から取られている。1940年代に移民としてニューヨークに移り住んだ彼の受けた差別とヘイトの物語だ。「見た目の違いというのは思ってるよりはっきりと私たちを浮き彫りにする。それは今も変わらない。子供の私は、いずれ僕もそうなるんだろうと思っていた、誰かを憎むのだろうと、そして、ソレはきっとニンゲンだろうと ( 原文 Color seemed to be the stronger divider of people. It still is. In my child’s eye, it became clear that if I was going to hate a race, it would have to be the human race)」、MVの最後をこの言葉が飾り、70年の時が過ぎて、Joséの息子はみんなも薄々感じてるようにそれが染み込んでいく様を見つめる。「新しく移り住んだ場所を歩いてみても / こころはどうしても落ち着かない / 何か夢が転がってるわけでもなくて / 似たような部屋に収まる」。この生活に張り付いた不快感は決してなくなりはしないし、この曲がこれまでのように咲き誇り、立ち上がることもない。内側から溢れ出るドラムロールと自棄っぱちのようなホーンの轟き、この数十年ずっと秘められてきた「ポリティカルコレクトネス」の火口から吹き上がるマグマだ。「Fuzz Minor」でソレに溢れるような彼らの冷めた目線が突き刺さる、盛り上がりもなければ頂点もない、ただヘイトが脈打つだけのような曲だ。「A-rabって呼んでみろよ / Spicって呼んでみろよ / お前が死んだ後どうなるのか待ちきれないぜ」とほとんど騒音のようなメロディーの一方で、分かりやすくターゲットが掲げられて、今の政府に対するある種の願望のまだ納得できる話かもしれない。
『Always Foreign』はTWIABPのリリース中もっとも取っ付きやすく、歌詞はどこまでも考え抜かれている。だが、その内側で流れるものは繰り返し聴いてもいまだに掴めない。『Harmlessness』よりも8分だけ短いこのアルバムは、けど、ふた回りは小さく感じる。これまで「The Future」ほどポップに振り切れた曲は彼らのセットリストには無かったし、「For Robbin」に匹敵するエモーショナルと率直な言葉に満ちた別れの曲をやらなかった、競技場を映す磨き抜かれた真鍮の輝きみたいな大人びた「Gram」も新鮮だ。けど、Belloが熱っぽく、思いの丈を綴るウエスト・ヴァージニアでの鎮痛剤の濫用の話は、Matt Berninger *訳注7 が生むような穏やかなホームドラマとは対極にある。
TWIABPのリリースはそれぞれが彼らがこの時代におけるインディ・ロック・バンドとして象徴的で、印象的なグループであることを示している。だが、どっかで誰かが言うようにここの所、彼らは更にその声を大きくしてる。もう、君も聞いたんじゃないか? 「君はこちらか、それともそっちか?」と、一連の流れを持ったシングル、EPのリリース、それを象徴する大きな変化を見せた一枚、内輪ネタ、カバー・ソング、リプリントされまくるTシャツ、無限に繰り返されるTwitterでのギャグ、その一つひとつでTWIABPはこちらに迫る。デビューEP『Formlessness』が持っていたのと同じくらいの輝きを持ってーー『Always Foreign』が迎えるのは決してハッピーエンドではないけれどーーコミュニティや変わっていくこと、僕らに対して変わらないモノを示し続ける彼らのアルバムが退屈であるはずがない。「この世界と僕」というテーマは『Always Foreign』で遂に仮定の話ではなく、リアルな意味を持った。友だちとより近く、肩を組み、混じり合わないものをどこまでも遠ざける。そうすれば彼らの「セカイ」はより小さくなる、だけど「君」ともう離れることはない。
訳注1 アメコミのDCコミック世界において、スーパーマンやワンダーウーマン、バットマンなどのヒーローが住まう架空の惑星。パラレルワールドとしての存在であり、作品によって扱いは違うが、世界史での戦争や事件などが過程は違うものの似たような結末を迎えている。ただ「Earth 2」が関わる作品は他にもあり、他の比喩も考えらるが訳者の印象としてこちらだと思い、訳している。
訳注2 このレビューにおいては、女性とされているD. Nicole Shanholtzer(原文リンク先での表記ママなのでIan Cohenの勘違い/引用、若しくは性同一性障害に対するトランスジェンダーへの配慮ではないかと訳者は判断している)こと、Derrick Nathaniel Shanholtzer-Dvorakはバンド創設時のドラマー、後にギター/ヴォーカルを担当(このアーティスト写真中央の人物)。自身が設立したBroken World MediaのレーベルからOne Hundred Year Ocean(同じく彼を中心にしたEMO/インディ・バンド、TWAIBPのメンバーも流動的だが参加している)としても幾つかEPのリリースがある。
訳注3 レビューにもある通り、プエルト・リコとレバノン出身の移民を両親に持つ、現メンバーでのフロントマン的存在、バンド加入は12年頃からで担当はヴォーカルだがマルチプレイヤーであり、以前からソロ名義でも作品をリリースしている。Thomas Diaz、Greg Horbal、前述のShanholtzerら結成、最初期のヴォーカル・メンバーが脱退して以降、実質のスポークスマンとして見られている。
訳注4 原文のリンク先でのセットリストは、ほぼ全ての時間が当日のShanholtzerの会場に対する不満と鳴らされ続けたハーシュノイズによって占められている。
訳注5 R.E.M. は1980年にジョージア州アセンズで結成されたオルタナティブ/インディ・ロック・バンド。オルタナティブ・ロック、インディーズ・シーンにおける最初期の重要バンドにして、ポスト・パンク、カントリー、ニュー・ウェーブ、ノイズ、フォークを消化したサウンド、政治的/文学的な歌詞とライブパフォーマンスで多くのバンド/アーティストに影響を与えた。また2004年の大統領選挙時にバンドは「Vote for Change」と題したツアーで持って、ジョージ・W・ブッシュに対してのキャンペーンを行ったが、結果としてはブッシュが再選を果たすこととなった。
訳注6 ドナルド・トランプは第45代アメリカ合衆国大統領、実業家。2016年大統領選挙で民主党代表のヒラリー・クリントンに勝利し、政治/軍事経験のない初のアメリカ合衆国大統領となる。「アメリカ第一主義(Make America Great Again)」「メキシコとの間の万里の長城」などオルタナ右翼(Alt-Right)とも呼ばれる賛否両論の発言が目立つが、このレビューにおいて重要なのは彼が「敵」を設定し、それに対するヘイトやアクションを持って自らに注目を集めるポピュリストとしてのあり方である。
訳注7 オハイオ州シンシナティで1999年に結成されたThe Nationalのヴォーカル、かつては広告会社に勤務していた時期もあるが、バンド結成の際に辞めている。The Nationalは現行USインディの最重要バンドとして見られ、最新作『Sleep Well Beast』はUSビルボード・チャート2位、グラミー賞のBest Alternative Music Albumを受賞している。また2008年の大統領選でバラク・オバマに向けて3rdアルバム『Alligator』収録の「Mr.November」をプリントしたTシャツを販売してサポートし、12年の選挙でもオバマ陣営の為の選挙サポートを行った。それ以外でも様々なNPO、組織へのチャリティー活動を行なっている。
2015年に彼らがリリースした傑作『Harmlessness』はいまだ数千回はプレイに耐えうる凄みをその身に宿している。ただ、Ianがレビュー内で書いたように、物事を二面性(アイロニー)として描き続ける彼らの歌詞や曲のモチーフは「僕ら」の周りや、瞳に張り付いたものによって印象が揺らぐ。
告白する女性、ポピュリズム、人種主義、復讐を望まれる道具、因果応報、それらは2年後のいまになってみればシリアスだけどありふれた話に聞こえる。
同じようなことが『Harmlessness』に対して述べたPitchforkのレビューと、noiseyでIan Cohenが書いたレビューにも言える。僕がようやく「EMOリバイバル」の終わりに相当する気分になっただけかもしれないけど、今作『Always Foreign』でTWIABPは明確に自分の周りにある世界を見た上で曲を紡いでいく。メンバーの変遷によるサウンドの変化は1st EPのリワークである『formlessness(2016)』が示していた通り、ソフトなサイケデリアと静動の対比をよりコンパクトに表すようになった。そこにフロントマンとなったBelloの「二人の世界」に収まらなくなったメッセージは前作よりも更にEMOと呼ぶのすら難しい。本来、ここにあったはずのモノは僕たちが変えるはずだったセカイが僕たちを壊してしまうという矛盾を支えきれずに擦り減ってしまう。ケミカルな映えるジャケットも現実離れしたリアリティも全てビジネスの話にしてしまうなら、そうなることを望むのが「グローバリゼーション」じゃないか? そうしてどうなった? どこにも行けるからこそ、どこにも帰れない僕らにとっていまいる場所が「異邦(Foreign)」じゃないと、どうして言える?
「Marine Tigers」を何度でもいい、繰り返し聴いてくれ。「There’s nothing wrong with kindness / やさしさに間違いなんかない / There’s nothing wrong with knowing / 知ることに罪なんかない / We’re here, I told you so. / 僕らはここにいる、そう言っただろ?」。そうなんだ、いくら世界がそちらへと歩を進めようと。銃声がない日々も、涙の枯れる日も等しくいつか訪れる。ここではないどこかで、世界はそういう振りをする。だから、繰り返し聴いてくれ。記録されたことばを。
We are here, I keep to telling you so.