本屋さんで見かけてから気になっていて、ずっと読みたいなと思っていたのですが、とうとう図書館で借りて来ました。
マザリング・サンデーは、メイドが3月の最終日曜日にお休みを取れるというもの。
主人公のジェーンは、帰るお家がないので、他のメイドとは異なり、本を読む自由を主人から得ます。
しかし本当は、隣家に住む、貴族階級のお嬢様と婚約中のお坊ちゃんと過ごします。
小説家になった現在のインタビューと、当時のことが交互に触れられていて、鮮明な現在と、セピア色の過去が映画のようにみずみずしく語られているように思いました。
こういう「乗り越えられない階級」って、ドラマでも漫画でもよく使われると思います。そして結局はそれを乗り越えていく、というような。。
でも、これを読むと、階級差って絶対的で、これは越えられないだろうなと思います。
読んでいて思うのですが、差別とかそういう意識じゃないんですよね。もう絶対的な差異が両者間にあって、誰も乗り越えられない、という感覚。そういう社会だったんだなと思います。
現代の日本では階級といった明確な差はないですが、それゆえか、なんとか突出しよう、なんとか差をつけようを力んでいるような気がします。
それがいい形で出ると、努力をして技術を身につけたり、能力を発揮したりとするのですが、そうでないとなんとか相手の欠点を見つけて引きずり下ろそうとします。
どっちかというと、後者の方が多い気もします。その方が自分が頑張らなくていいから楽ですもんね。
全体にまとう諦観と、鮮明な春の日差しに包まれているような感じ。
筆者のスウィフト氏はブッカー賞受賞ということですが、頷けますね。
長編もいくつか出しているようなので、そちらも読んでみたいと思います。