最近夜眠れないで起き出すことが多い。隣で寝ているパートナーを尻目に部屋の中をぐるぐる歩き回っている。とくに何もすることはなくて、たいていはどこかで夜更かしするのを諦めて布団に入るのだけど。
というのも、最近封印している別の記憶が顔を出すので、この先どうしようかまよっているからだ。正直カウンセリングに行った方がいいんじゃないか、でもまたあの辛い記憶の整理をしたくない。一度パートナーに打ち明けようと思ったけれど、何となくやばそうな雰囲気を察してくれて、夜中に飲むヨーグルトをコンビニで買って散歩をした。真夜中の1時くらいで、とくに何も話さずに真っ暗な公園で二人で鉄棒をして遊んで、喉のあたりまで出かかっていたのをうやむやにしてから帰って眠りについた。
さて、開けてはいけない引き出しを開けようと思う。父親のレイプの記憶と戦った今なら、文章なら、声に出すのとはちがって気持ちに影響がでないかも。ダメだったら書くのはやっぱりやめてまた今度にしよう。
父親の弟にあたる叔父は、父親と重なる時期に私に虐待を加えていたもう一人の大人の男だった。私の古い記憶はおそらく保育園ぐらいからの虐待で、少しずつ始まった体への接触が小学生の頃にはクンニをされる程度にまで悪化していた。その映像はポーチの横にカメラがついた盗撮グッズで撮られていたけど、私はまだあのレンズが何を撮影していたものだったのかはわかっていなかった。ただレンズは畳に敷いた布団に寝そべっていた私の性器に向けられていたし、叔父は私の性器を覗き込みながらレンズを近づけたりしていた。
小学6年生の卒業をする頃には「親に秘密にしていること」への罪悪感ができていた。その頃失業したてで昼が暇だった叔父は車で私の下校中を狙って声をかけていたし、たいていは数少ない友だちといっしょに帰る最中だったので呼びかける声を無視できなくて車に乗っていた。叔父の「ドライブ」は3時間続いて、人気のいない海辺の駐車場に車をとめて中でバイブをあてられたりしていた。卒業まじかに刑事ドラマで見たセリフを真似してマンションの玄関前に停められた車の中で「これで終わりにしよう」と言ってみた記憶がある。
「寂しかったらこれを使って」と言って叔父から渡されたのはバナナの形をした小さなどうしようもないバイブで、気味が悪かったので紙袋に包んで後でこっそり捨てた。でも父親は私のゴミをその頃から漁りだしては私に報告したりしていた。その中にあれはあったかな…。
中学3年の時、私は叔父に父親のレイプの話を打ち明けた記憶がある。叔父は少なくとも残虐な人体実験をして遊んでいた父親と違ってソフトな性虐待しかしていなかったので味方に見えた。
でも叔父は怒って部屋に上がってきた。私は誰もいない家の中で叔父にレイプされた。争った記憶が少なくとも父親のときに比べるとはっきりあって、その後叔父との縁は切れたと思った。それでも叔父からの身体接触は続いていて、祖母の家でこたつに入っている時、キッチンにたっている時、人眼を偲ぶように、でも人眼につくように虐待は続いていた。私の家はこんな家だった。
今日はここまで。記憶の引き出しをしまって鍵をかけよう。鍵にはセーラーネプチューンのキーホルダーがついている。安心しておやすみ。