Niels Frevert - Schwör (Akustik Version)
卓球と夕食の合間のきみと
電話で話す
食事はまあまあだよ
パッサパサのケーキばかりで *
口が渇いてしまうけどね
きみはそこがどこかすらわかっていない
そこは精神病院… **
わかってるよ、その3つの単語 ***
”ぼくはきみと一緒にいるよ”
単語はひとつ多いけどね
遅くとも
春には出てこれるだろう
きみは受話器で囁く
ねえ、そうだと言って
いまのきみは聖人
きみがまた下品に大笑いするようになったら
ぼくはそれだけで満足だよ
きみはそこがどこかすらわかっていない
そこは療養所なんかじゃない
わかってるよ、その3つの単語
”ぼくはきみと一緒にいるよ”
単語はひとつ多いけどね
遅くとも
春には出てこれるだろう
きみは受話器で囁く
ねえ、 そうだと言って
外の世界をぼやけたカメラで見ている、てきみは言う
だからきみはそこにいるんだよ、とぼくはこたえる
遅くとも
春には出てこれるだろう
きみは受話器で囁く
ねえ、そうだと誓ってよ
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* Pustekuchen 運が良ければ、という意味で使われるのですが、だいたいにおいて「まず思う通りにはならない」チャンスのこと。英語風に直訳すればPuff cakeなのでこう訳してみたのですが、実はダブルミーニングな歌詞。
イディッシュのJa cochem, aber nicht lamdon が語源と言われている。19世紀、ベルリンではドイツ語風にJa Kuchen, nicht London と使われていた。それがただのKuchenになり、その後Puste(息が切れた)Kuchenになったそうです。(pustenは息が切れる(疲れて息が切れる)または、息を吹くこと、ろうそくを吹き消すといった動詞)
つまり、「そこから出てこられる望みはない」ということを暗喩していると思います。
参照したウェブページ:http://wortwuerdigungen.blogspot.com/2014/06/pustekuchen.html
** Tsy-cha-trie Psychiatrie というところを別の造語で歌っている
*** ”ぼく”からの単語 は”Ich bin bei dir” いっしょにいるよ、だから単語がひとつ多いと言っている。おそらく入院している”きみ”の3つの単語 は”Hol mich raus” ここから出して (リンクのYouTubeでもそう推測している人がいました)もしかしたら”Ich bin allein”ぼくは孤独だ、かもしれない……