大ファンです。ヴィクトルコーチは…、
画面にフリースケーティングを演じている勇利の姿が映し出され、「フィギュアスケート男子シングル、日本のエース、勝生勇利」と説明が入った。勇利の演技はほんのしばらくで終了し、キスアンドクライに座っているところに切り替わった。得点が出、「歴代最高得点」という文字があらわれ、驚き、コーチに抱きしめられる勇利が映った。そして「彼のコーチは……」という言葉のあとに、ヴィクトルの演技映像になり、「ロシアの皇帝、リビングレジェンド、ヴィクトル・ニキフォロフ」と語り手が語った。 『誰もがあこがれるスケーターであり、伝説であるヴィクトル・ニキフォロフに、勝生勇利もまたあこがれていた。彼自身、昔から、ファンであると公言してはばからなかった。そんな彼のコーチにヴィクトル・ニキフォロフが就任したというのは大ニュースだったが、現在、勝生はロシアはサンクトペテルブルクに拠点を移し、ニキフォロフとともに生活し、スケートをしている』 短い解説のあと、画面いっぱいにおおげさな文字があらわれた。 『勝生勇利は、どれくらいヴィクトル・ニキフォロフのファンなのか?』 そこで画面は暗くなり、そのあと、テレビ局の控え室らしい、白い空間がぱっと映し出された。立っているのは諸岡だ。 「というわけで、我が日本のエース、勝生勇利選手の快挙は記憶に新しいですが、今日はその勝生選手について検証をしていきたいと思います。勝生勇利選手がヴィクトル・ニキフォロフ選手の大ファンであることはみなさんご存じだと思います。彼は幼いころから、『目標はニキフォロフ選手です』と言い続けてきました。私もインタビューをさせていただいたとき、たびたび耳にしました。しかし、彼はただ選手としてあこがれているというだけではなく、純粋にファンでもあります。勝生選手のことを物静かな人だと思っているかたも多くみえるかもしれませんが、ニキフォロフ選手のことになるとおおはしゃぎするといううわさもあります。ただ、現在は師弟関係であり、同居もしているということで、そこまで浮かれ騒ぐということはないかもしれません。そういう意味でも勝生選手の心境を知ることができたらと思います」 諸岡は小脇に抱えていたフリップをカメラに向けた。 「さて、どんなふうに調査するかですが、簡単にいえば、ヴィクトル選手のグッズを勝生選手にプレゼントするということです。まずひとつめはこれ」 彼はいちばん上の項目を指し示した。「ヴィクトル選手の写真集を贈る」と書いてあった。 「先日発売されました、こちらの」 諸岡はスタッフから豪華な写真集を受け取り、それを視聴者に見せた。 「写真集をプレゼントしたいと思います。ちなみに、私は直接聞きましたが、すでに保存用と観賞用を何冊かお持ちのようです。そのうえに贈るということです。そして次に」 指が二番目の項目に向いた。 「ヴィクトル選手のブルーレイディスクを贈る。これも発売されたばかりのものです。もちろん勝生選手はすでに購入済みだそうです」 諸岡は写真集から四角くてうすいディスクの箱に持ち替え、それをカメラに近づけた。 「こちらです。かっこいいですね。……三番目は、ヴィクトル選手のポスターをプレゼントしてみようと思います。これは数年前のものですが、ロシアの雑誌の付録でしたので、勝生選手は入手困難だったと思います」 諸岡はヴィクトルのポスターをひろげてにこにこした。 「そして、最後は本物のヴィクトル選手に登場していただきます。そのためにお越しいただきました。ではヴィクトル選手、どうぞ」 ヴィクトルが横合いからすっと画面に入ってきた。諸岡が頭を下げ、「ご足労いただきありがとうございます」と礼を述べた。 「今日はよろしくお願いいたします。すでに趣旨はヴィクトル選手にもご説明していますが、ご自身ではどんな結果が出るとお思いですか?」 諸岡の言葉を、わきから通訳が訳した。ヴィクトルはにっこり笑って身ぶりを加えながら返答した。 「それを俺が話すといきなり答えを言うことになっちゃうよ。みんなの楽しみを奪ってしまうから何も言わないことにしよう。ただ、勇利は、予測不可能な反応をすることもあるからね。俺の考えてる結果が確実だとは言えないかもしれない。そういう意味で俺も楽しみだよ」 ヴィクトルの言葉は日本語の字幕できちんと説明されていた。 「ちなみに、ヴィクトル選手は勝生選手と同居なさっているということですが、家で勝生選手がファン活動をするようなことは……」 「活動っていうのかな……俺に何かを頼んでくることはないよ。ただ、写真集とか動画とかは見てるようだね」 「おふたりでどんなふうに日常生活をいとなんでいらっしゃるのでしょうか」 「ごく普通だよ。みんなも、試合のときの勇利の様子をテレビなんかで見ることがあると思う。そのときは俺も一緒にいるが、あんな感じさ」 「かるい準備運動のときなど、くつろいだふうに会話していらっしゃいますね。なるほど」 諸岡はうなずき、「では早速ですが、検証に移りましょうか」と提案した。 「ヴィクトル選手にはここで待機していただいて、のちほどご登場ねがおうと思います。現在勝生選手は別の控え室にいらっしゃいます。スポーツ番組の収録ということでお越しいただいているのですが、収録前にすこしだけお邪魔させていただいて、そこで贈り物をしようという計画です。ちなみにその様子は、こちらの部屋にあるモニタでヴィクトル選手もごらんになることができます。では、ヴィクトル選手、またあとでよろしくお願いします」 「オーケィ。楽しみだね!」 ヴィクトルが笑顔で手を振り、諸岡は控え室を出た。テレビカメラが彼を追った。 「えー、カメラさんはひとりです。勝生選手にはなんとか説明して、撮影を許可してもらおうと思います。」 諸岡がひとつの扉の前で立ち止まった。扉に「勝生勇利様」と書かれた綺麗な紙が貼ってある。諸岡はそれを指さし、カメラに向かってうなずいてから、扉をかるく叩いた。すぐに「はい」と澄んだ声で返事があった。 「勝生選手、すみません」 諸岡がまず入り、「いますこしだけよろしいでしょうか?」と尋ねた。 「いいですけど……」 「あの、収録前のちょっとしたくつろぎ時間ということで、撮影をさせていただきたいんですが、かまいませんか?」 「あ、はい。どうせすることもなくてぼうっとしてましたから……」 諸岡が振り返り、カメラに向かって上手くいったというようにこぶしを握って見せた。 「では失礼します」 控え室に入ると、スーツ姿の勇利が畳にちょこんと座っていた。和室だ。座卓の上にあるかごにはお菓子がたくさん並んでいるけれど、手がつけられた様子はない。 「ゆっくりされているところすみません」 「いえ。諸岡アナなら緊張することもないし」 勇利はほほえんだ。確かに緊張はしていないようだ。 「今日は眼鏡を外して出演なさるんですか?」 勇利はすでに眼鏡をかけていない。 「はい。テレビのときはそのほうがいいかなと……。慣れておこうと思って、もう外してます」 「なるほど。ところで……」 すぐに諸岡は本題に入った。 「今日はちょっと勝生選手にプレゼントさせていただきたいものがあるのですが」 「なんですか?」 勇利がすこし不安そうな顔をした。 「あ、いえ、勝生選手に喜んでいただけるものだと思います。いくつかあるので、順番にお渡ししますね」 「はい……」 諸岡は勇利の隣に座り、たずさえてきた大きな布製のかばんをわきへ置いた。そしてその中から写真集を取り出し、裏表紙を上にして膝にのせた。 「まずはこれなんですが……」 勇利が目をみひらいた。彼は一瞬のうちにひとみをきらきらと輝かせ、口元に両手を当てて信じられないというようにつぶやいた。 「ヴィクトルの写真集……」 「え? もうわかるんですか?」 裏表紙は黒一色で統一されており、ヴィクトルの写真は入っていない。しかし勇利は言葉もなくうなずいた。 「さすがですね……。わかるならもったいぶっても仕方ありませんね。勝生選手、どうぞ」 「あ、ありがとうございます……」 勇利がささやき声で礼を言い、両手で受け取った。彼の手はふるえていた。 「…………」 勇利は表紙を熱意のこもった視線でみつめ、それから写真集を胸に抱きしめた。感激で言葉もないようだ。画面に、「注:勝生選手はすでにこの写真集を数冊持っています」という目立つ文字が出た。 「勝生選手……大丈夫ですか?」 「は、はい……すみません……」 勇利は顔を上げると、ためらいがちにおずおずと尋ねた。 「あの……中を見てもいいですか……?」 「もちろんです。勝生選手に贈ったものですので、どうぞごらんください」 彼は相変わらずふるえる手で本をひらき、ゆっくりとページをめくっていった。一ページ一ページ、かなりの時間をかけてみつめたあと、勇利はふいに顔をそむけ、片手で口元をおおって肩をちいさく揺らした。 「か、勝生選手! 大丈夫ですか!?」 「だ、大丈夫です……ごめんなさい、感動しちゃって……」 画面にまた「勝生選手はすでにこの写真集を数冊持っています」という文字が出た。 「ちなみにこちらの写真集をこれまでごらんになったことは……」 「あります」 「そうですか」 しかし勇利の目つきは、あきらかに初めて見る者の感激でいっぱいだった。 「勝生選手……」 「あ、すみません……あの、あとで、家でゆっくり見ます。ちょっと感情がたかぶってしまって……泣いちゃうかもしれないし……」 「わかりました。では次の贈り物ですが……」 「もうこれだけでじゅうぶんです」 「そう言わずぜひ受け取ってください」 諸岡はブルーレイディスクを取り出し、勇利にすっと差し出した。緊張しきった様子の勇利は両手で丁寧にそれを受け取り、まぼろしではないかというような目で夢中でみつめた。 「先日発売されたヴィクトル選手のブルーレイです。もうお持ちかとは思いますが……」 「本当にいただいていいんですか?」 勇利は、まるでそれが消えてしまうのではないかというように大切そうに胸に押し当てながら、うるんだひとみで尋ねた。諸岡は大きくうなずいた。 「どうぞ」 「本当に?」 「はい」 「ぼくが……?」 勇利は何度も表のヴィクトルの写真を確かめ、目を閉じてほそく息をついた。 「よかったらいますこし見てみますか? ノートパソコンも用意してあるんですよ」 「え……でも……あの……」 「どうぞ」 諸岡はさっと支度をととのえ、勇利はおずおずと眼鏡をかけた。まるで、すばやく動いたら消えてしまうとでもいうふうな慎重なしぐさだった。 「では……」 諸岡が動画を再生し、勇利はしばらく画面をみつめていた。しかし、彼の澄んだひとみがみるみるうちに水気をふくみ、それはしずくとなっていまにもまなじりからこぼれ落ちそうになった。 「あ、あの……」 勇利は横を向き、口元に手を当ててちいさな声で言った。 「止めていただいていいですか……見られません……」 感激のあまりヴィクトルを直視できないらしい。諸岡はすぐに動画を停止させた。勇利はそのまま静止しており、ものも言えないという態度だった。画面に「注:勝生選手はこのBDを購入済みです」という文字がぱっとあらわれ、しばらく表示されていた。しかし勇利がいつまでたっても落ち着かないので、画面が暗くなり、「十分後」という文字に変わった。 「す、すみません……とりみだしてしまって」 勇利は息をつき、ようやく平静を取り戻して顔を上げた。 「いえいえ。そんなに喜んでいただけてこちらもうれしいです。これは家でじっくりと観賞なさってください」 「はい……ありがとうございます」 「では次ですが」 「あの、本当にもう……これ以上はしんでしまうので……」 「こちらです」 諸岡は容赦なく筒状になっているポスターを出した。勇利はどんなとんでもないものが贈られるのかというふうに、おそるおそる受け取った。 「開けてみてください」 「なんですか?」 「どうぞ」 勇利は不安そうな表情で諸岡を見ていたけれど、そのうちちいさくうなずき、ポスターを止めていたほそい紙を切って、おびえながらそれをひらいた。 「そんなおそろしいものではありませんから。勝生選手にきっと喜んでいただけると、我々は──」 勇利が突然横を向き、畳に勢いよくつっぷした。諸岡が「勝生選手どうしました!?」と声を上げた。勇利は返事をしなかった。彼の手には、ひらきかけのポスターがあり、そこから銀色のうつくしい髪がのぞいていた。 「あ、具合が悪くなったわけではないようですね。衝撃のあまり座っていられなくなったようです。ではまた勝生選手が正気を取り戻すまでしばらくお待ちください」 ふたたび、画面に「十分後」という文字が出た。 「すみません……ちょっと何が起こったのかわからなくて……」 十分後の勇利は、一応は話せるものの、頬はばら色に紅潮し、瞳はうるおい、ふるえていて、普段の彼とはまったくちがった様子だった。 「ヴィクトル選手のポスターです」 「は、はい……」 「数年前のものですが、お持ちですか?」 「え、ええ……ロシアへ行ってからどうにか手に入れました」 「あ、持っていらっしゃったんですね。じゃあ二枚目ですか?」 「…………」 しかしポスターをひろげてみつめる勇利は、あきらかに初めて手にした者の様子だった。彼にとっては、どんなものでも、ヴィクトル関連の品物なら新鮮で貴重になるらしい。 「……ありがとうございます。部屋に飾ります」 「ロシアのご自身の部屋に……?」 「はい……」 画面の下のほうに、「注:勝生選手はヴィクトル選手と同居しており、常に一緒にいます」と文字が出た。 「……ありがとうございます。こんなによくしていただいて……」 「いえ、来季も応援しているという番組からの贈り物です。すでにお持ちのものばかり贈ってしまって申し訳なかったです」 「とてもうれしいです」 勇利はこころからそう思っているというようににこにこした。 「喜んでいただけてこちらもうれしいです」 諸岡は答えてから、「では……」と切り出した。 「最後ですが……」 「あの、もう本当に……これ以上は……」 「これで終わりですので。これがいちばんの目玉なので、ぜひ……」 「は、はい……。これまででじゅうぶん心臓止まってるのに、これ以上何があるんでしょうか……」 勇利は胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸をくり返した。 「もう無理だと思いますけど……こんなにすばらしい体験はほかにできないと──」 「それでは、よろしくおねがいします!」 諸岡が扉のほうへ向かって声高に言い、それと同時にその扉がひらいた。 「ハイ! ヴィクトル・ニキフォロフです!」 ナショナルジャージ姿のヴィクトルが颯爽と入ってきて勇利にほほえみかけた。 「やあ! きみは勝生勇利だね! いつも試合できみの演技を見てるよ。すばらしいね。すてきだね。きみほどうつくしく踊れるスケーター、俺はほかに知らないよ。情緒的なのはもちろん、色っぽいのも、壮大なのも、旋律に乗りきるのも、全部ね。きみは俺のスケート、見てくれてるかな?」 「…………」 勇利は静まり返っていた。彼は目をみひらき、ものも言えない様子でふるえていたかと思うと、さっきよりも勢いよく倒れこみ、本当に気絶したかのように動かなくなってしまった。 「あっ、勝生選手!」 「勇利」 しばらく間があき、画面に「三十分後」という文字が出た。 「えー、みなさん、お騒がせしました。ご心配はいりません。勝生選手は感激のあまり気を失っただけで、体調不良ではありません」 勇利はまだもとの調子に戻らないらしく、にこにこしているヴィクトルの隣で、顔をまっかにして泣きだしそうになりながらふるえていた。画面にはまた「注:勝生選手はヴィクトル選手と同居しています」という説明があった。 「勝生選手、これが最後の贈り物です。ヴィクトル選手が勝生選手のために来てくださいました」 「あ、ありがとうございます……すみません……ぼくのせいで……」 「そんなことはいいよ。俺は勇利を喜ばせたいんだ。ほかにして欲しいことがあったらなんでも言ってくれ」 「これ以上欲しいものなんてありません……」 「そうかい? 欲がないね。もっとも、きみはもともとそういう子だけどね。でも、そんなふうに物静かなのに、それでいて、こころに熱いものを秘めている。精神は繊細でもろいようでいて、芯が強く、凛としている。俺は知ってるよ」 「……そんなに強くありませんけれど……でも、どうして……どうしてぼくのことを……?」 画面に「ヴィクトル選手は勝生選手のコーチです」と注意書きがあった。 「わかるさ……」 「ヴィクトル……」 勇利はうるむひとみでヴィクトルをみつめ、ヴィクトルもまた熱っぽいまなざしで見返した。しかしふいに勇利は顔をそむけると、「ああ、だめ……」と吐息まじりにつぶやいてかぶりを振った。 「ぼく、これ以上ヴィクトルといると変になっちゃう……」 「大丈夫だよ。勇利が変なのはよく知ってるから……」 ヴィクトルは笑顔で答えたあと、勇利に向かって手を差し出した。 「とくに望みはないみたいだけど、とりあえず握手でもしておくかい?」 「ええっ、握手!?」 勇利は大きな声を上げて動揺し、そんなことがあっていいのかというようにうろたえた。画面にまた「注:勝生選手はヴィクトル選手と同居しており、いつも一緒にいます」と文字が出た。 「ま、まさか……握手……ぼく……」 「いやかい?」 「いやだなんてそんな!」 勇利は強く言ったあと、不安そうに小声で付け加えた。 「でも、ぼく、ものすごく汗をかいてるし……てのひらも……恥ずかしい……」 「そんなの気にしないよ」 「ヴィクトルに手を握ってもらうなんておそれ多いし……」 もう注意書きでは足りなくなったのか、画面のすみっこにちいさく映像があらわれた。それは試合のとき、ヴィクトルが勇利の腰を抱いて優しく話しかけている場面だった。勇利はヴィクトルの言うことを聞いているのかいないのか、何度かうなずいてまっすぐ前を向いていた。 「俺は勇利と握手したいな。きみのやわらかい手を握りたいよ」 「ぼ、ぼくの手を……?」 勇利はまっかになり、右手をもう一方の手で押さえてもじもじした。 「そ、そんな……どうして……?」 「どうしてって、きまってるだろう? きみが気に入ってるからさ」 勇利は黙りこみ、しばらく何かの機能が停止したかのように静止し、それから両手でおもてを覆った。 「いいかい? 勇利……きみがいやならもちろん……」 「い、いやじゃないです……」 勇利はかぼそい声で答えた。 「いやじゃないです……ぜんぜん……たいした手じゃないですが、よろしければ……」 「では、お手をどうぞ」 勇利がおずおずと手を出し出すと、ヴィクトルがそれを取り、かるく握った。ごく普通の、誰でもするような握手だった。しかし勇利は目をうるませ、左手でしきりに目元をこすった。握手に感激しているようだけれど、画面の右下には、「グランプリファイナルでのふたり」という説明とともに、ヴィクトルと「離れずにそばにいて」をデュエットする映像が出ていた。そのときの勇利は、ヴィクトルに腰を抱かれ、あるいは抱き上げられ、寄り添って、さらに顔を近づけ、熱いまなざしでみつめあっていた。 「ありがとうございます……」 勇利が胸いっぱいというようにちいさく礼を述べた。 「こちらこそありがとう。勇利とはもっと話したいな。きみさえよかったら、このあと、食事に行かないか」 「えぇっ!? ぼくと!? 食事……!?」 勇利が声を上げて驚き、画面右下の枠は、「勇利とふたりでつくったよ!」とヴィクトルが陽気に投稿したSNSの料理写真になった。 「そうだよ。いやかい?」 「ヴィクトルこそ……あの、本当にぼくでいいんですか……?」 「もちろんさ」 「……でも……やっぱりおそれ多いっていうか……」 勇利がためらった。ヴィクトルは優しい目を勇利に向け、丁寧に尋ねた。 「勇利は俺のことが嫌い?」 「そんな!」 勇利はぱっと顔を上げ、恥じらって視線をそらした。 「だけど……好きだなんて言うのも分不相応っていうか……」 右下の写真が切り替わり、昨季の全日本選手権でよい成績をおさめた勇利が、遠く離れたヴィクトルに向け、「金メダル獲ったよー。I love you, Victor」と珍しくにこにこしながらはしゃいで手を振っている映像になった。 「分不相応? 俺の隣に立つのはきみしかいないというのに」 「ヴィ、ヴィクトル……」 「そのことについてゆっくりと話しあおう。さあ勇利……」 ヴィクトルが勇利の手を引いた。勇利は「え? あの……本気で……?」とうろたえた。 「あ、勝生選手、もうけっこうですよ。撮影は終わりましたので」 諸岡が快く送り出そうとすると、勇利はますますとりみだしたらしく、「終わった? なんで? 何が? え? ぼくヴィクトルとほんとにごはんに行くの?」ときょろきょろした。 「勇利、おいで」 「あ、待って……」 勇利は手に入れたばかりの宝物を慌ててまとめ、それをリュックサックに慎重につめて靴を履いた。部屋を出ていくヴィクトルが、「何をもらったんだい?」と甘い声で尋ね、彼は「えっと、ヴィクトルのポスターと、写真集と、ブルーレイと……」と一生懸命に答えた。 「それはよかったね……」 「はい、よかったです……」 勇利たちが去っていき、残った諸岡はカメラに向かって元気に説明した。 「以上で終わりたいと思います。勝生選手はどのくらいヴィクトル選手のファンなのか、という検証でしたが、これでおわかりいただけたと思います」 彼は大きくうなずき、しめくくるようにひとこと宣言した。 「これくらいファンでした!」 勇利はさっさとテレビを消し、あきれた声を上げた。 「なんなのこれ!」 「何って、この前帰国したとき撮影した番組だよ」 ヴィクトルはソファに深く座って悠々と答えた。 「ぼくがばかみたいじゃん!」 勇利は耐えかねて叫んだ。ヴィクトルは何も気にしていない様子だ。 「みんなほほえましいと思って見守ってたさ」 「こんなのに協力するなんてヴィクトルもヴィクトルだ。ぼくが喜ぶのをわかってて……」 「行かないほうがよかった?」 勇利は言葉につまり、赤くなってそっぽを向いた。 「そ、そうは言ってませんけど……」 ヴィクトルは笑いだし、勇利の肩を抱いて顔を寄せた。 「もっといろいろしたほうがよかったかな?」 「いろいろって?」 「いろいろ……親しく……」 ヴィクトルが熱っぽくささやくので、勇利は目を閉じてきっぱり言った。 「あれくらいでいいです!」 「そうかな」 「むしろやりすぎじゃない?」 勇利はじろっとヴィクトルをにらんだ。ヴィクトルは微笑した。 「普通のファンサービスだ」 「ぼくにはやりすぎだった。もう……、それに、あれ、なに? 下にいちいち変な画像とか映像とか……」 「いいよね、あれ」 「なんかぼくがおかしい人みたい。ふたりは同居してますとか師弟ですとか……そんな説明必要ある?」 「必要ないのに確認を入れないといけないような態度をきみがとるからだと思うよ」 「普通」 「そうだろうか」 「普通だよ。だってヴィクトル・ニキフォロフが目の前にいるんだよ。ああなるのは当たり前じゃん」 「まあ……そうかな」 ヴィクトルがくすくす笑った。 「勇利のファンはあれを予想済みだろうし、ファンじゃなかった人はあれでファンになっただろうから問題ないね」 「なに言ってるの?」 ぼくの言った意味をわかってるんだろうかと勇利は疑いの目を向けた。 「そんな目で見ないでくれ、俺の勇利。……ああ」 「なに?」 「この撮影のときも言ったほうがよかったかな。俺の勇利って」 「だめにきまってるでしょ」 「いまはいいのかい?」 「いまは……」 勇利はぽっと赤くなり、頬に手を当ててぽそぽそと言った。 「……いいです」 ヴィクトルは笑いだし、勇利のまなじりにくちびるを押し当てた。 「そういうのはけっこうです」 「こういうのもいいだろう」 「だめ」 「なぜ? 緊張するから?」 「恥ずかしいから……」 「ファンだから?」 「…………」 勇利はちらと横目でヴィクトルを見、それから甘えるようにささやいた。 「もう……、わかってるくせに……」 「…………」 ヴィクトルは片手で目元を隠し、勢いよくソファにつっぷした。 「あ、ヴィクトル、どうしたの?」 「衝撃を受けてるんだよ……」 「どうして?」 ヴィクトルはそのままじっとしていたけれど、そのうちおもむろに起き上がり、勇利を引き寄せて笑った。 「俺は勇利のファンだけど、勇利のように純粋なファンにはなれそうにないよ」 「なんで?」 「握手で満足するどころか……いろいろしたくなるからさ……」 リンクへ行く途中、ヴィクトルのファンに呼び止められた。ロシアの英雄という立場にある彼だから、こういうことはいくらでもある。勇利はすこしへだたりを取り、にこにこしながらヴィクトルがサインをする光景を眺めていた。ヴィクトルはファンにとても優しいことで有名なのだ。礼を言ってうれしそうに去っていく女性たちを見て、勇利は、わかるなあ、と思った。ヴィクトルにサインをもらえるなんて最高……。 ぼくはあんまり緊張するから、一度もサインをねだれたことなんてないけど。 「ごめんね、待たせて」 ヴィクトルが急いで勇利のところへやってきた。 「ううん」 「怒ってないかい?」 「ぜんぜん」 勇利は感心したように言った。 「彼女たちはすごいね。ぼくはヴィクトルに声をかける勇気なんてないよ……」 「…………」 「かけたことなかったでしょ?」 勇利が横目で見ると、ヴィクトルは笑ってうなずいた。 「遠くから熱いまなざしでみつめるばかりだったってクリスから聞いてる」 「もう、クリスは余計なことばっかり言う……」 クラブにたどり着き、リンクに立った勇利は、フェンス越しにヴィクトルに顔を近づけて熱心に、吐息まじりに、真剣にささやいた。 「ヴィクトル選手はみんなのヴィクトル選手だけど、ヴィクトルコーチはぼくだけのコーチだよ……」 ヴィクトルがひとみをみひらいた。勇利は身をひるがえしてリンクの中央へ行ったが、そこで振り返ったとき、ヴィクトルが撃ち抜かれたというように胸を押さえてその場にふらふらとくずおれたのに目をまるくした。











