Pas Chic Chic: "Au Contraire"
ライター:Brian Howe 翻訳元:http://pitchfork.com/reviews/albums/12008-au-contraire/ 翻訳者:K. Kawakami
Pas Chic Chic のバイオグラフィやプレス向けの資料を読むと、彼らがサイケデリックな味付けを施している「フランコフォニーポップ」や「フレンチポップ」に対して驚くべきこだわりを発揮していることが読み取れる。しかし、こうした包括的な言葉の裏には、受け手の思考を止めてしまう曖昧さが潜んでいるものだ。フレンチポップというのは、具体的には Jacques Brel のシャンソンを指すのか? Francoise Hardy の yé-yé のことか? それとも他のものだろうか?
Roger Tellier-Craig のフレージングはBrelの逞しく華やかなそれをフラットにしたもののようだが、フランス語の理解が十分でない私には Marie-Douce St. Jacques による歌詞が1960年代初期の素朴でお茶目なyé-yéを踏襲しているのかは分からない。バンドの音にコメントを寄せている人達は、フレンチポップという言葉を用いることにとりたてて疑問を持っていないようだが、私が Pas Chic Chic の歌詞を解読するために仏英辞典にかじりついていないのは、さほど魅力的とは思えない音の仕上がりに問題がある。そうするだけの価値があるとは思えないのだ。
彼らが嘘をついていると言っているわけではない。Pas Chic Chic がモントリオール出身のミュージシャン(Godspeed You! Black Emperor、Fly Pan Am、Set Fire to Flames)のメンバーを含む)から成ることを考えれば、フレンチポップについて私よりも適切に理解できる立場にあるはずだ。伝統的な音を引用しつつ新しい音との区別がつくようにしていれば、物事を分かっていないと思われたくない人々からの賞賛は得られるかも知れないが、それは必ずしもやる価値のあることとは限らない。『Au Contraire』におけるフレンチポップの伝統との繋がりは、学術的な意味での関わりを越えていかないし、音も興味深い瞬間はあるものの、概ね退屈だ。
この退屈さは主に、曲のアレンジをぼやけさせ、全ての要素を平板にしてしまうファルフィッサ・オルガンとメロトロンの生み出すトーンにある。そのせいでパーカッションも弱々しく聞こえてしまっている(ただし、そのしつこいまでの陽気さは yé-yé のタッチをもたらしてはいる)。2人の歌は上手いが、カリスマ性はない。メロディとアレンジメントが方向性を欠いているのだ。「Vous Comprenez Pourquoi」などの曲は、初めは勢い良くはじまり、しばらくノイズも入り、また初めと同じ調子に戻って終わることから、多くの武器を持っているはずが奇妙な盛り上がらないまま終わってしまう。
Pas Chic Chicの曲は、歌が入る余地が残っているときに最もよく聴こえる。痙攣的な音に落ちていく前の「Mlle Mille」の洗練された拍子は心地よい。同じことは、「Se Mirer Mare」の跳ねまわるトロピカリアや、「Aude Aux Ondes」のリバーブで磨きのかかった哀調にも言える。しかし、全体としては個別の曲よりも大仰な派手さの方が記憶に残ってしまう。このアルバムを楽しむためには様々なフレンチポップのスタイルを知っている必要があることは同意するが、音楽の価値というのは言語やスタイルではなく、それ自体の魅力で測られるべきだろう。
訳者コメント
Fly Pan Am、Et Sansと並べてみると、過去に実践されていた音の配置や空間構成はこのPas Chic Chicにも引き継がれていることはよくわかると思います。文中のプレス向けの文章云々のくだりについては、そもそもPas Chic Chicの前に作っていたFly Pan AmやEt Sansの音があの通りですので、一般向けのアピールポイントがそこだと睨んでいたのか、それともある種の皮肉でやっているのか、コンテキスト不在のため分かりかねますが、少なくともこの筆者のお気に召すものではなかったようです。個人的な意見としては、「あのスタイル」を突き詰めたアート・リンゼイがボサノバに向かったようで、試みは面白いとは思いますが、実際食い足りない部分もあるので、このレビューには半分同意、半分不同意というところでしょうか。












