長濱浪漫ビール
長浜城下町黒壁スクエアの起点にあるビアーレストラン
日本一小さな蒸溜所のある店内
雰囲気のある店内のレストラン
メニュー
こちらのセットを注文
暑い中喉を潤した後は珍しいどぶろく専門の醸造所
幾つかの種類を有料試飲。美味
最後にワイナリー
と思ったら日本酒も
すっかりほろ酔い気分で散策。丁度NHK大河ドラマで旬の街並み
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Aqua Utopia|海の底で記憶を紡ぐ
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長濱浪漫ビール
長浜城下町黒壁スクエアの起点にあるビアーレストラン
日本一小さな蒸溜所のある店内
雰囲気のある店内のレストラン
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暑い中喉を潤した後は珍しいどぶろく専門の醸造所
幾つかの種類を有料試飲。美味
最後にワイナリー
と思ったら日本酒も
すっかりほろ酔い気分で散策。丁度NHK大河ドラマで旬の街並み
一乗谷
戦国大名・朝倉氏が5代103年間にわたり越前を支配した拠点。1573年に織田信長に焼かれたが、ほぼ完全な形で地中に埋もれていたため「日本のポンペイ」とも呼ばれる日本屈指の特別史跡。
山々の自然に囲まれた当時の美しい姿が目に浮かぶ
朝倉館跡正面の堀に面して建つ、幅2.3メートルの唐破風造り屋根の門(向唐門)。
門表には朝倉家の三ッ木瓜の紋が刻まれている。現存するものは江戸時代中期頃に再建されたものである。周囲に張り巡らされた水堀と土塁
門をくぐると広大な屋敷跡
日本最古の花壇跡
敷地内にある朝倉義景公墓所
土塁に上がって見た朝倉館の全体像
館の南門
館の周囲に張りめぐされた土塁と堀
湯殿跡庭園
こちらは初代孝景公墓所
朝倉義景の妻の諏訪館跡
中心に4メートルの巨石を配した庭園は遺跡の中で最大
人口10000人とこの時期世界的にも大規模な都市遺跡
桜の季節
💬 0 🔁 1 ❤️ 7 · Post by @mvrider5 · 26 images · 一乗谷 恒例の春の花見城巡り最後は戦国大名朝倉氏の栄華を忍ばせる越前一乗谷 レストランの前の桜が満開 復元された街並みも桜が花盛り タイムスリップした様に往時のまま周囲に建物
復元された街並み
💬 0 🔁 0 ❤️ 1 · 一乗谷復元街並 平成7年に当時の模様を忠実に復元された施設 約200メートルにわたる道路に面して整然と配置された武家屋敷と職人等の町屋からなる町並を、発掘調査で見つかった塀の石垣や建物の礎石をそのまま使用して忠実に復原したもの。 散策してい
銀閣寺(東山慈照寺)
室町幕府第8代将軍・足利義政によって1482年に造営された禅寺で華やかな金閣寺に対し、銀箔は貼られてないが、観音殿(銀閣)や白砂の庭園は東山文化の「わび・さび」を今に伝えている。
総門
中門を抜けると庫裏と銀沙灘
錦鏡池の庭園
白砂を円錐台形に盛り上げた向月台
白砂を段形に盛り上げ、平面に波紋を表現した銀沙灘と国宝の銀閣
銀沙灘との対比が美しい江戸中期建造の本堂
正面の額には「東山水上行(トウザンスイジョウコウ)」を掲げている。
こちらも国宝の東求。本来持仏堂(ジブツドウ)、すなわち阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂だったらしい。
一重入母屋造、檜皮葺で、文明18年(1486年)の建立。
禅宗様式の庭園を周囲にめぐらして、義政公の精神世界を偲ばせる
錦鏡池南東端に落ちる滝、山部山畔から流れ落ちる水を銀閣・東求堂のある下段の庭へ導く洗月泉
義政公愛用のお茶用の湧き水「お茶の井」
「苔寺」の通称で知られる西芳寺庭園(夢窓疎石作庭)を模した庭園
銀閣寺の通称の由来となった観音殿(銀閣)は木造2階建ての楼閣建築で、屋根は宝形造、杮葺で、屋頂に銅製鳳凰を置く
銀閣の由来は当初は名前のとおり銀箔を貼る予定だったが、幕府の財政事情のためにできなかったという説や、「銀箔を貼る予定であったが、その前に義政が他界してしまった」という説、「外壁の漆が日光の加減で銀色に輝いて見えたから」という説がある。
展望所からは全景を見下ろせる。
長浜城
2026年大河ドラマの豊臣秀吉の最初の居城
浅井氏の小谷城の資材を活用して琵琶湖に直接舟で出入りできる水城
その後山内一豊が城主の時、秀吉の命で天守を破却した跡地震により全壊。現在は犬山城をモデルにした模擬天守が聳える。
江戸時代に廃城となり資材の殆どが彦根城に使われた為、石垣も殆どが復元
左の入り口から入城料1000円を支払って天守内に入る
天守内は資料館となっている。本来の石垣は野面積み?
琵琶湖に面してその豊富な水を活用し水堀が張り巡らされた要害だった。
最上階
生憎の天気だったが琵琶湖の絶景
天正地震による側方流動で城の一部が琵琶湖に水没。今も湖底に遺跡が残る。
外堀跡
越前鉄道の旅
2024年に延伸した北陸新幹線の敦賀駅からスタート
敦賀駅開業100周年記念碑の蒸気機関車96の動輪
交流電化発祥の地
ここから行きはハピライン福井で。新幹線の駅舎をバックにピンクにラッピングされた521系電車
北陸新幹線金沢ー敦賀間の開業により北陸本線の在来線区間がJR西から経営分離され第三セクター方式で開業。
北陸本線在来線の福井県内、敦賀から大聖寺迄の84kmを受け継ぎ、大聖寺から先の石川県内はIRいしかわ鉄道が継承
本日は福井駅で下車。JRと共同のホームはかなり長い
福井駅から越前方面には福井鉄道福武線の路面電車が走る。
福井駅周辺観光①福井城は以下から
💬 0 🔁 1 ❤️ 3 · Post by @mvrider5 · 14 images · 福井城 関ヶ原の戦いの功により越前に封じられた徳川家康の次男結城秀康の居城として家康自ら縄張りしたと伝わる福井城は本丸を中心に堀と郭が幾重にも囲らせる典型的な環郭式平城 天守跡に
翌日は越美北線(別名九頭竜線)で越前大野へ
一時間に一本の車両は一両編成のキハ120系気動車
平屋の駅舎
島式ホーム1面2線と側線数本を有する列車交換可能な路線内唯一の有人駅
ローカル駅ならではのホーム間の移動に線路を横切る
越前大野城
💬 0 🔁 0 ❤️ 0 · 北陸版天空の城「越前大野城」(復元) 周囲を山々に囲まれた見事な景観の山城
越前大野で城と酒蔵を回った後路線バスにて勝山駅に
駅前には勝山といえばの恐竜のモニュメント
昔の駅舎と動態保存されているテキ六型電気機関車
こちらは現在の駅舎
此処からはえちぜん鉄道乗車
車両はJR東海から譲り受けた119系のMC7000型2両編成
越前竹原で途中下車
緑の田園風景に映える青い車両
最後は北陸新幹線E7系つるぎで敦賀まで
美しい流線型のライン
越前大野酒蔵巡り
米処福井の5分の一の面積を占める越前の小京都
竹田城(兵庫県)、備中松山城(岡山県)と並び天空の城と称される越前大野城の城下町
現在は山頂に復興天守が聳える。別名亀山城
こちらも復元された登城門
💬 0 🔁 0 ❤️ 0 · 北陸版天空の城「越前大野城」(復元) 周囲を山々に囲まれた見事な景観の山城
珍しい尻上がりの狛犬
いよいよ本日のメイン酒蔵巡り。旧い石畳の商店街を散策。江戸時代の大野には数十軒の造り酒屋が隆盛を誇り、この城下町の商店街には酒屋が立ち並び酒座をなしていた。
一軒目の真名鶴酒造
此処では冷蔵庫に入った銘柄をセルフで試飲
近くに閉まっていたがなかなかの店構えの酒店
二軒目南部酒造も明治34年創業の歴史を感じる店構え
こちらの店内は明るくモダン
ズラリと並ぶ銘酒。「手造りに徹して目の届く量を丁寧に醸し、より高品位の酒を世に送り出す」を理念に掲げ、純米酒にこだわった酒造りを行っている。
試飲メニュー
福井の代表的な酒造好適米「五百万石」で醸された純米酒を味わった後は三軒目宇野酒造場へ
創業400年の老舗感が満載。銘酒一乃谷が並ぶ
此処からバスに乗り勝山方面に。四軒目は明治35年創業の一本義久保本家。
酒蔵の向かいに直営ショップ
古酒をはじめ梅酒、季節酒など多くの銘柄の中で幾つか試飲させていただきました。般若刀という後味が特徴的な梅酒も試飲
ここは何より勝山市内でしか飲めない秘之一本義がお目当て
純米酒を幾つか購入。ここからはえちぜん鉄道に乗り最後のメイン酒蔵に
吉峯蔵マルシェ智
1806年(文化3年)、福井県永平寺町で酒造りを始め、「目が届く、手が届く、心が届く」米作り、酒造りをモットーに生産量は追わず、田んぼ、米の特性を見極め、それぞれの米に合った酒造りを大切にしている吉峯酒造の工場併設ショップ
土地に根ざし、風土を生かす永平寺テロワールにこだわった女性杜氏の逸品
店内の試飲コーナー
銘柄
プレミアとてきてき。勿論どちらも試させて頂きました😋
どれも素晴らしい味わいに感動🥹ここにしかない搾りたても頂きました。
この景色が永平寺テロワール
白龍と対をなす黒龍酒造は以下から
💬 0 🔁 1 ❤️ 0 · Post by @mvrider10 | 13 images · 石田屋eshikoto店 福井の山里の中に突如現れる真新しい複合施設の中核として、黒龍、九頭竜で有名な石田屋が運営するアンテナショップ 他にも飲食店などの棟も点在するが中核とな
帰りも駅まで20分ほど歩いて越前鉄道、越前竹原駅に。
電車がやってきた
乗車して帰途
春の丸岡城
内部は以下から
丸岡城内部
現存12天守の丸岡城が令和九年11月まで令和の大規模修理中
覆いに被されたレアな姿
前回来た時はなかった観光情報センターができていました。
カフェや無料の休憩所、展示スペースがある。
在りし日の姿
補陀洛山観音寺
今年も来ましたあじさい寺
梅雨の合間の青空に映える色とりどりのあじさい
そしてここのマスコットたち
残念ながらちょっと遅かったみたいで焼けている
本堂
両脇のあじさいも枯れ気味
手水は華やか
和楽
床瀬蕎麦の入り口にある豆腐を練り込んだお蕎麦屋
周りの景色に溶け込んだ古民家の店構え
囲炉裏のある喫煙スペース
店内も素敵😊
メニューが豊富
箱そばと小鉢のセット嬉楽ら1980円を注文
美味😋最後に箱蕎麦
大満足
尾高城
鎌倉時代築城の連郭式平山城
初期の在地領主の住居跡と考えられる四面庇付礎石建物
空堀の先に土塁で守られた南大曲輪
60×40メートルの規模をもち、東と南側に土塁が巡っていた。内部西側に櫓跡が検出されている。
中世の城らしく土塁で守られている。
土塁と空堀で囲われた曲輪。右には方形館跡
かなりの深さがある空堀が張り巡らされた堅牢さ
中の丸と天神丸の間に位置する名称不明の通称Ⅳ郭
大首郭
一際高くなる本丸の南に位置する中の丸は47×37メートルの規模をもち、東と南に土塁、北と西側に腰曲輪を設ける
土塁もかなりの高さ
中の丸から南大首郭を見渡す
堀と土塁の状態がよくわかる。
平野に91×41メートルの規模をもち、南と東・西に土塁を設けて、土塁は最高所で高さ4メートルを測る本丸
中川酒造
創業1828年(文政11年)鳥取県東部地域では最も古い歴史を誇る酒蔵です。
創業当時より正田屋という屋号で酒を販売していたが、大正時代に入り、おめでたい謡曲である「枕慈童」に由来する『福寿海』という名前の清酒ブランドを、1814年(大正3年)にリリース。その後、鳥取県特有の“幻”の酒造好適米である「強力(ごうりき)」を、県の農業試験場・鳥取大学と協力して見事に復活させ、この強力米をはじめとして地元の米にこだわった新たな清酒ブランド『いなば鶴』を、1989年(平成元年)より発売。
店内にはその強力を冠する銘柄がズラリと並ぶ
量り売りもあり。
店内で試飲もできる🤤
幾つか頂きました😁
米子城
戦国時代、山名氏が砦を築いたことが始まりで、その後、豊臣政権下になると毛利一族の吉川広家が湊山に近世城郭を整備。
山名氏時代の砦は出丸として活用。現在三の丸が駐車場として整備されている。(三の丸から本丸を見上げる)
石垣は野面積み
三の丸の駐車場にあるトイレ、休憩所
内膳丸からの登城口
大手門
二の丸の入り口、枡形虎口からの登城口はこの下からで此処で合流
内膳丸と湊山山頂部の本丸遠見櫓を結ぶ尾根の上に築かれていた登り石垣
標高52メートルの丸山に築かれた内膳丸。
二段の曲輪に二重櫓数棟と武器庫が設置された
かなりの広さ
最上部から見下ろす。正面上に本丸の石垣が見える
少し戻って本丸を見上げる
眼下に中海
いよいよ本丸
独立式望楼型4重5階の天守をはじめ、四重櫓、二重櫓、多聞櫓、鉄御門(くろがねごもん)など、山陰随一を誇った本丸の建造物は明治の廃藩置県で全て取り壊され、当時の威容を偲ばせる石垣が残る。
本丸に上がって直ぐにあった番所跡
番所跡から三の丸を見下ろす(駐車場のところ)その向かいに山名氏時代の砦跡、東の丸(出丸)があった。
石垣だけでもその凄さが伝わってくる。
聳える高石垣の上には四重櫓があった🤭
利神城(りかんじょう)
南北朝時代の1349年に赤松氏一族の別所敦範によって赤松氏の居城であった白旗城の北の守りとして築城された連郭式山城
関ヶ原の戦いの後、播磨には池田輝政が入封し、1601年(慶長6年)輝政は甥の由之に平福領2万2千石を分与した。この地に入封した由之は5年の歳月を要して城を大改修、三重の天守を構え、曲輪を全て石垣で築き回廊で結んだ。
朝霧の上に浮かんだ天守の偉容から雲突城とも呼ばれた
山麓には城主屋敷、武家町、街道沿いに町人地を設け城下町を整備し宿場町として栄えた。
本陣跡
その後平福藩の廃藩みより、利神城も廃城とされ、旗本松平氏統治の元代官所が置かれた。下はその代官所の門
往時の名残を色濃く残す街並み
駅舎もレトロ感たっぷり
智頭急行路線
美しいブルーの電車がやってきた。HOT3500系ディーゼル車
反対からもやってきた。単線なのでここですれ違い
仲良く並んで
最後に近隣の宮本武蔵ゆかりの地
仁位山城
天正5年に羽柴秀吉が上月城を攻めたとき高倉山に本陣を構え、上月城の周囲に付城を築いた。仁位山には安藤信濃守が陣を張ったと云われている。
山頂にNHKのテレビ塔があるためそこまで車で行けるがすれ違い困難なかなりの悪路で入り口に手動式のゲートがある。
舗装ながら整備されてないのでご覧の様な悪路が続く
段々と路面が見えなくなってくる😱
山頂に到着。この辺りが主郭になる。
展望台の方は三段の曲輪になっている。
東側の曲輪には無数の畝状竪堀と土塁があるがこの日は生い茂る木々と落ち葉でわかりにくい🍂
山頂からの景色
遠くに上月城が見える。
上月城
1336年、赤松氏の一族・上月景盛(こうづき かげもり)によって築かれた播磨の連郭式山城
登城口にある歴史資料館に駐車可能。因みにこちらの施設は土日のみ開館
登城口にある案内マップと概略
登城口
標高190メートル、一応整備されているが落ち葉で埋め尽くされたかなりの急勾配。足元注意⚠️
最後の方は勾配はマシになったが足元はかなり悪い。
20分程で主郭に到着。その前には落ち葉で埋まってわかりにくいが堀切跡
主郭
主郭にある上月氏の石碑
主郭は結構広い
主郭の前には二段の曲輪
下のマップの7、8番の曲輪
主郭からの景色
主郭から二郭に向かう裏門
尾根伝いに二郭に
ニ郭
ニ郭からは利神城が見えるらしいがこの日は生い茂った草木で分からず😂
二郭から更に幾つかの曲輪と堀切を通って搦手口迄下山
登城口まで戻る手前にある此処で散った尼子再興軍、尼子勝久と山中鹿之介の石碑
作用城(福原城)
1331年淀の久我畷の戦いにおいて鎌倉方の総大将であった名越高家を討ち取った佐用範家が1338年に築城した。
その後、赤松氏36人衆のうちの福原氏がこの城を継いだため、福原城とも呼ばれる。
南側には川、背後には山がある平山城で、空堀・土塁・馬落としが残っている。
土塁は西と北に残っており、西側の土塁上には落城時の城主であった福原則尚の首級を祀るため、土地の人々によって造営された福原霊社(頭様こうべさま)が鎮座している。