岩村城おまけ
案内&紹介板
岐阜県恵那市岩村町は、八百年余年の歴史を持つ三万石の城下町として、今も城山に本丸をはじめとする石垣を残す日本百名城のひとつ岩村城跡をはじめ、重要伝統的建造物群保存地区に選定された歴史の町並み(岩村本通り)や数多くの旧跡を有する、情緒あふれる史跡観光の町です。
城下町の夕陽
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岩村城おまけ
案内&紹介板
岐阜県恵那市岩村町は、八百年余年の歴史を持つ三万石の城下町として、今も城山に本丸をはじめとする石垣を残す日本百名城のひとつ岩村城跡をはじめ、重要伝統的建造物群保存地区に選定された歴史の町並み(岩村本通り)や数多くの旧跡を有する、情緒あふれる史跡観光の町です。
城下町の夕陽
岩村城3
天守や櫓などの建造物は無いが幾重にも築かれた石垣が往時の姿を彷彿とさせる山城第三弾
前回の続きで本丸長局曲輪から
本丸は上下二段の曲輪からなっていて下の段の長局曲輪から上の段には三つの門があった。右の一段上が本丸上段で、建築物が昇竜の井戸
わかりやすい枡形虎口
本丸上段はかなり開けていて二重の本丸櫓と納戸、東西に多聞櫓があった
山頂にありながら枯れることの無かった昇竜の井戸
本丸の一段下には岩村城最大の曲輪二の丸があり、番所、役人詰所、朱印蔵、米蔵、武器蔵などがあった。
見事な野面積み
本丸裏門(埋門)
両側と手前の石垣の上にすっぽりかぶさるように櫓が載せられ、曲がりくねった階段には三つの扉があった。更に門の右側には二重櫓が構えられていた。
上から見るとよくわかる何重にもクランクする階段
しかし正面から見ると先が全く見えない😱
ここの石垣は珍しく野面積み、打ち込みハギ、切り込みハギという3種類の石垣の積み方を一度に見ることができる珍しい場所である。
更に扉の杭の跡がくっきり残る石畳もわかりやすく残る
裏門から搦手に向かったところにあった出丸(右奥)と本丸の高石垣
出丸から見た本丸の石垣はかなりの威容
出丸には現在トイレと10台程度の駐車場があるがここまでの道路はすれ違い困難な悪路
出丸の先、本丸の南には外側に厚い土塀を巡らした南曲輪
岩村城
鎌倉時代初期、源頼朝の重臣であった「加藤景廉」の息子「遠山景朝」が築城した。その後戦国時代まで遠山氏の本城でもあった城で日本一の標高717メートルに本丸がある山城
登城口の藩主屋敷跡にある歴史資料館に大きな無料駐車場あり。
此処には平成二年に木造復元された見事な太鼓櫓が聳え立つ
入り口に見事な枝垂れ桜
手前と奥に二つの門
門の内側、左から太鼓櫓、表御門、平重門
城内マップ
いざ攻城
最初の難関「藤坂」 大手の登城道のうち、藩主邸から一の門まで続く急坂で加藤景廉の妻重の井が輿入れの際に、生まれ育った紀州藤城村から持参した種から育てたと伝える、フジの大木があったことが由来。上から見下ろすとそのキツさがよくわかる
初門跡
直線的に伸びる登城坂でこの部分だけが、行く手を遮るように釣の手に大きく曲げられている。
有事の際にはここに臨時の門を構えて通行を遮断するようになっていたため「初門」と呼んだという。岩村城の最初の関門
石畳を更に登って一の門を抜け土岐門跡に
岩村遠山軍が土岐氏を破りその城門をここに移したという伝説から土岐門と呼ばれている。土岐門は廃城の際に岩村町飯羽間にある徳祥寺へ山門として移されて、今も徳祥寺にこの土岐門が岩村城の貴重な遺構として現存しています。
大手門へ行く為に渡らなければならなかった空堀にかかる畳橋。今の通路がかっての空堀であった😅
畳橋とは敵が来ると板橋を取り外し、堀にすることからこう呼ばれていた。
大手門の前には枡形があり、空掘りにのぞんで三重櫓が威容を誇り、城下町から見ると天守の様に見えたという。
この辺りが最も要害堅固な場所であり、絶壁に望んで美しい勾配を描く石垣を見る事ができる。
岩村城では野面積み、打ち込み、切り込み、三種類の積みかたを一度に見ることでき、大変珍しい。 石垣の総延長は1.7kmで、石垣に使われている石の数は約4万個にものぼる。
大手門を抜けると最初に八幡曲輪が待ち受ける。
城内には井戸が17ヶ所もあり、長期の籠城に対応できた。
ここの霧ガ井は岩村城の別名「霧ヶ城」の由来となった井戸。敵が攻めてきたとき、城内秘蔵の蛇骨をこの井戸に投じると、たちまち霧ガわいて城を守ったという。免骨は二の丸の宝蔵に収蔵されており、虫干しした記録が残されている。
続きは以下から
💬 1 🔁 2 ❤️ 6 · 岩村城2 標高717メートルに立つ日本一も山城。大手門を抜けて八幡曲輪に 岩村城創築者 加藤景廉 を配神した八幡神社があったことから八幡曲輪と呼ばれる。西方と北方の物見台として二層の遠見櫓が建っていた。 石垣と土塁で何段にも積み重なったかな
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城下町
💬 0 🔁 0 ❤️ 0 · 岩村醸造 織田信長の叔母である「おつやの方」が城主を務めた岩村城の城下町で1787年創業の酒蔵 社名が酒造ではなく醸造なのは創業時に酒以外に味噌と醤油も造っていた為だが現在は酒造りのみ 店内も良い感じ👍 有料なので気兼ねなく店内の椅子に座
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岩村城2
標高717メートルに立つ日本一も山城。大手門を抜けて八幡曲輪に
岩村城創築者 加藤景廉 を配神した八幡神社があったことから八幡曲輪と呼ばれる。西方と北方の物見台として二層の遠見櫓が建っていた。
石垣と土塁で何段にも積み重なったかなりの広さの曲輪
中央最上部に祠
更に進んで岩村城最大の見所六段壁(正面)と右上には二の丸と帯曲輪
最初に築いた石垣を補強するうちに6段になったと言われる「六段壁」江戸時代後半に築かれたと推測されている。
ここからとうとう本丸。鉄壁の防御。六段壁が魅力的
本丸は上下二段の曲輪からなっており下段は長局と呼ばれていた
幾重にも積まれた石垣の造形美
長局埋門
両側の石垣の上に多聞櫓を載せ石垣の間に門を設けた櫓門
入って左手の本丸に入る内枡形通路は東門は本丸の正門
正面の礎石に門の杭の跡がしっかり残る
右の石垣の上に多聞櫓が建つ姿は壮観だったろう
更に左手先の東側には本丸長局より一段下に東曲輪が設けられ本丸の外枡形機能を持ち二重櫓が構えられていた。
高槻城
10世紀末築城と伝わるが本格的な城郭は室町時代。その後明治7年の廃城まで西国の守りの要として数々の城主が入れ替わった。
本丸跡には現在高校と公園がある。
メジャーな城主として高山右近の像がある。
本丸跡の公園内に築かれた模擬天守台
戦前は他の城同様日本軍が駐屯
公園内にある無料の資料館
二の丸跡には高槻市芸術文化劇場が建ち、周囲に堀や土塀が築かれて整備されている。
二の丸跡にある神社
淀城
豊臣秀吉が淀殿こと茶々の為に築いた初期の城から500メートルほどの位置に江戸時代幕府の命により築かれた平城
京都市伏見区の京阪電気鉄道淀駅の南西に位置し山城国唯一の大名の居城として明治まで存続
連立式五重五層の望楼型天守を中心に38基もの櫓を持つ城郭は京都南方の守りの拠点として大阪城と併せて西国に睨みを利かせたが、幕末の鳥羽伏見の戦いでは新政府軍につくこととなった。
宇治川、淀川、木津川の三つの川が合流する中洲を干拓して作られた縄張りは幾重にも囲まれた堀に守られていた。
現在は本丸の石垣と堀が残るのみ
穴蔵式天守台跡
公園として整備されている本丸跡は桜の名所でもある。
本丸の一角にある稲葉神社
せっかくなんで500メートルほど離れた旧淀城跡に
市街地化され面影のない古淀城跡の一角に建立された妙心寺
江馬氏館跡
復元された堀
こちらも復元された主門と会所
門前区画
今後の整備が楽しみ😊
神岡城
神岡城は通称で正式には東町城という平山城
もちろん現在の天守は模擬天守だが昭和44年に犬山城や丸岡城を模して木造で造られた姿は後世に残すべき遺物
来歴
一体は公園として整備
江戸時代から残る空堀跡
独立式望楼型二重三階の木造天守はコンパクトながら日本の城郭の様式美を体現
こちらも復元された木造の城門
門を潜った本丸
戦国時代後期1564年の築城当時の面影を残す野面積みの石垣
良い雰囲気を醸す城内
同じ公園内にある旧松葉家
神岡町を見下ろす絶景
併せて江馬氏居館後にも
💬 0 🔁 1 ❤️ 2 · 江馬氏館跡 復元された堀 こちらも復元された主門と会所 門前区画 今後の整備が楽しみ😊
高遠城址公園
桜の名所高遠城址公園の収まりきれなかった桜の絶景🌸先ずは大手門から三の丸
三の丸にある藩校進徳館
高遠閣公園事務所。休憩所とカフェもある。此処から桜祭り期間中は有料
こ金屏風の二の丸記念撮影スポット
二の丸には屋台も開店中
青空に桜がよく映える🌸
桜に埋もれる桜雲橋を渡ると本丸
本丸を囲む内堀
内堀を覆う満開の桜
本丸も桜でいっぱい
本丸からの景色
本丸を出て南曲輪から白兎橋を渡って法憧院郭に
外堀跡
馬場先門跡から出た先にある美術館の周りも桜でいっぱい
忘れないように城内割り図
良くできたジオラマも
最後に桜祭り期間中の臨時駐車場マップも
残りの満開に咲き誇る桜の写真もついでに追加
高遠城
南信にあった平山城で珍種タカトオコヒガンをはじめとした桜の名所🌸
城内に数カ所有料の駐車場が有るが、4度目にして初の満開に遭遇と言うことで、花見を満喫する為に敢えて城下の無料駐車場に停めて大手門から登城😁先ずは復元された櫓で満開の桜に胸躍る
結構ハードな階段が続くが期待に胸ワクワク😀
大手門跡から満開の桜
大手門跡から城下を見下ろす
こうして見ると結構散ってる?
移築された大手門
満開の桜に包まれる三の丸
三の丸にある昔の藩校進徳館
大型バスの駐車場となっている勘助曲輪。パトカーが警備中
二の丸を囲む空堀の跡(鍛冶堀から中堀)
桜の彼方に残雪の山々
二の丸にかかる橋を渡って二の丸に
地面には桜の絨毯、空には満開の桜🌸おそらくベストのタイミング
屋台も並んで皆さん時間を忘れて桜鑑賞。青い空と白い雲に桜が映える
二の丸の周囲を囲む中堀と外堀
二の丸から本丸を守る問屋門
その名の通り桜に包まれる桜雲橋
こちらも桜に覆われる内堀
そして本丸😊復元された太鼓櫓
残雪の山々に映える満開の桜
城下町
💬 0 🔁 0 ❤️ 2 · 桜の里伊那 桜の名所高遠城で有名な信州伊那には他にも桜の見所満載。最初は高遠城下の高遠大橋と雪が残る山々を背景に咲き誇る三峰川沿いの桜 次は高遠さくらホテルの桜 対岸からの景色き 勝間薬師堂の樹齢140年を超える枝垂れ桜 この時期国道1
追記
💬 0 🔁 1 ❤️ 5 · 高遠城址公園 桜の名所高遠城址公園の収まりきれなかった桜の絶景🌸先ずは大手門から三の丸 三の丸にある藩校進徳館 高遠閣公園事務所。休憩所とカフェもある。此処から桜祭り期間中は有料 こ金屏風の二の丸記念撮影スポット 二の丸には屋台も開店中
山崎古戦場跡
中国大返しを敢行した豊臣秀吉が明智光秀を破った天下分け目の合戦場
ちょうど桜が満開
高島城
今年もやって来ました春の高島城
ちょうど満開の見頃😍桜のアーチが彩る冠木門
門から本丸内の桜が覗く
復元天守
本丸内に入城
桜に覆われる天守の姿
園内には色とりどりの桜が咲き誇る🌸
鮮やかな枝垂れ桜🌸
川渡門
最後に遠景から見た天守
真冬の雪に浮かぶ高島城
💬 0 🔁 17 ❤️ 26 · 雪の高島城(信州諏訪)
散り際の高島城
💬 0 🔁 25 ❤️ 86 · 桜の名刹でもある諏訪湖の浮城。残念ながらちょっと遅かったけどね · 高島城 天守から諏訪湖を臨む
真冬の高島城
💬 0 🔁 5 ❤️ 17 · 真冬の高島城 雪化粧は見れなかったけどお堀は氷結してました🥶 チョット足を伸ばして諏訪湖間歇泉センターも行ってきたけど何と現在間歇泉が止まってしまっているらしい😭(2024年現在) 諏訪湖で夕暮れ 鴨達も湖から上がって家路に向かうよう
高田城
日本三大夜桜に挙げられる桜の名所🌸もちろん昼間も何度来ても飽きない美しさ😍
噴水で虹🌈
満開の桜に囲まれて🌸
二の丸土塁跡
バックの雪山に映える満開の桜🌸
お堀に桜の道
お堀に溢れそうな満開の桜
結構散ってきて桜吹雪
夜桜は以下から
💬 0 🔁 0 ❤️ 5 · 高田城夜桜 日本三大夜桜の一つとして有名な高田城。陽が暮れて良い感じ 歴史博物館の屋上からの絶景 内堀の水面に映る三重櫓と桜並木 水面との二重桜 露店がぐるっと並びなんでも揃う😋 三の丸の桜ロード 最後に三重櫓のライトアップ
春の松代城
川中島合戦の頃は海津城と呼ばれていた平城。その後紆余曲折を経て真田信之が1622年に入城し明治まで真田氏の居城となった。
桜の名所としても有名で今回初の見頃の時期に登城。本丸内に満開の桜が咲き誇る🌸太鼓門前橋
戦国時代には千曲川が此処まで引かれ外堀となっていた頃の土塁
内堀と石垣
松代城で最も高い戌亥の櫓跡
満開の桜と北不明門
別角度から見た戌亥の櫓跡と桜
北不明門と戌亥の櫓跡
石垣から溢れる桜
北不明門から本丸の桜を覗く🫣
外堀と土塁跡
二の丸跡
東不明門
ぐるっと一周回って東側から本丸と北不明門を見る
咲き誇る桜が彩る本丸
こちらは二の丸
二の丸の東門にあたる石場門
一周回って太鼓門前橋に戻ってきました。この角度からの石垣がカッコいい。左に太鼓門前橋、右手に東不明門橋
最後にマップ
以前の松代城
💬 0 🔁 1 ❤️ 2 · 日本の城(japanese Castle) · 松代城2023年 戦国時代に武田信玄が上杉謙信に備えて山本勘助に命じて築城した海津城の後身でその後真田氏の居城となった天然要塞。 現在太鼓門にかかる橋の修復工事中でお堀に水がない珍しい状態。
真田邸にも
💬 0 🔁 0 ❤️ 2 · 松代の城外御殿。あいにくの雨だけど庭園が見事。
高梨氏館跡
北信地方最大の中世方形館跡
周囲をグルリと囲む土塁と堀跡
城と言っても過言でない造りの門をくぐる
かなりの広さの敷地内
井戸。なんか出そう😱
城ならば本丸と言える一段高い高台
近くにある江戸時代初期の作りと伝わる山田家住宅跡
駅舎の看板がレトロ
大洲城内部
重文の台所櫓から内部に入る
天守の前に同じ重要文化財の高麗櫓に
高麗櫓内部
高麗櫓2階からの景色
石落とし
天守に戻ってこちらが宿泊時の就寝スペース
木造の造りが実に良い雰囲気を出している。
本来の城らしく実に急な階段
最上階にある鯱
石落とし
大洲城2
前回の続きで本丸に。美しく積まれた石垣の上に聳える天守と櫓群
石垣の上にはかって城内で最大の櫓門が築かれていた。
広大な本丸
青空に映える天守
中央に天守、右手に1859年再建の台所櫓、左手に1860年再建の高麗櫓。台所櫓から城内に
二の丸の搦手側、北菱御門があったあたり
内堀跡
電柱の先のあたりに三の丸北隅櫓があった
内堀から見上げる本丸天守群
各案内マップ
大洲城の歴史
復元模型
天守内部は現在泊まれる城として話題