自分と同等の繊細さを持ち合わせた異性は共感はしてくれど、やっぱり大雑把でハツラツとした人間といる方が沈んだ時に辛かったことを過去に昇華してくれるのでプラスになる
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@seadidntwakeup
自分と同等の繊細さを持ち合わせた異性は共感はしてくれど、やっぱり大雑把でハツラツとした人間といる方が沈んだ時に辛かったことを過去に昇華してくれるのでプラスになる
キラキラしたピアノの短い旋律が激しくなるたびにもうずいぶん遠くまで来てしまったんだと、ふと思って苦しくなった
共有したいのに誰かに共感して欲しいのに誰にも打ち明けたくない気持ちの中ベランダから見えるビルの煌めきで蓋をした
相手が嫌がることをさも自分の信念を貫いているかのように振る舞うのは思いやりの欠如だと思わないか?自分の信念とやらに正直で、そこに相手への思いやりとか寄り添いがない人は生涯1人でいてお願い
常に何かに祈るような、気が急いでる感覚が抜けない
20代の頃の悩みがちっぽけに思えるほど、今将来への不安が漠然と大きくて辛い。
ほぼ恋愛と親との関係とたまーに仕事で病んでたけどまじで気の持ちようで乗り越えられたよな、と。
市民税と保育料一覧表を眺めてため息ため息ため息。
今は本当に稼いでも稼いでもなぜだかお金がどんどん吸い取られていく気がして気が滅入ってる。
30代、自分の気の持ちようだけでは乗り越えられない悩みが増えたな。
1年間子供のオムツミルク離乳食お風呂の時間中心に生活して思ったのはやっぱり私に専業主婦は無理だっていうことと、そろそろ働きに出ないと精神が病むってこと。
子供は好きだし大事だけど病む時は病む。大人と話したいしお金の心配をしたくないから早く稼ぎに出たい。
少子化なのに保育園にはなかなか入れられない社会構造の矛盾〜〜
もっと歳を取ったら親の介護とか看取りとか相続とかいろんな面倒で現実的な悩みが増えるんだって思うと本当〜に気が滅入る。
「大人案外悪くない期」と「大人これからどんどんしんどくなる期」が交互に来て今精神不安定期。
正直ずっと安定してることなんてないんだけどさ
結婚式を挙げない理由、私の実両親との不仲、の一言で片付けてしまえばそれまでなんだけど。建前では挙式に使うお金はマイホームに回したいとか色々言いようはあるし、聞かれればそう答えるんだけど。
ここからは完全に自分の独白殴り書きで心を整理して穏やかにするために乱暴に書くんだけど。
私が小学校低学年のときに、某有名ソープのナンバーワンソープ嬢がよく家に出入りをしていた。
父親は私と妹に「お母さんはいない、新しいお母さんが欲しいと言いなさい」と言われていた。
そのナンバーワンソープ嬢には2人の子供がいて、父親はかなり本気で言い寄ってたと思う。
そしてわたしの母親は、結婚を機に専業主婦になり高卒で職を転々としていたため、離婚して子供(わたしと妹)を養っていくことは無理だと思ってこんなゴミくそ相手でも離婚せずにもう30年とすこし。
そして変な新興宗教にのめり込んで数100万円の借金を作った。わたしたちの学資保険は全て宗教に注ぎ込んだ借金返済に充てられていまわたしは大学の奨学金を絶賛返済中。
小学四年生の時に納戸を整理して見つけた業務用の束になったコンドームと名刺。知識はなくてもなんとなく親に聞いてはいけないものだと悟った。
父親は私と妹に母親のことはババアと呼べと言った。
好きで結婚した同士がなんでこんな歪んだ形で籍を置いていまだに存在しているのかわたしはこの31年間ずっと理解できていない。
全てが歪で、でも毒親と呼ぶには割と施しは受けてきたと思う。
大学受験のための予備校年間が100万円、携帯電話も当時にしては早く持たせてもらったと思う。あとは成果が上がらなかった英会話教室に数十万円。すべては親の世間体のため。わたしが欲しいと言ったものは何一つ与えてもらえなかった。
中学一年生の頃にエルレガーデンに憧れて親にねだった安物の2〜3万円のエレキギターは買ってくれないくせに、年間80万円の英会話教室には通わせてくれる、甘えさせてくれない親。
結婚なんてしたくないし子供だっていらない、好きな時に好きなことをして好きな人たちに会う。そういう生活でいいと思ってたのに、30歳を目前にすると自分の経験し得なかった『普通の家庭』を持ってみたいと思ってしまった。
ウエディングドレスだって本当は着たかった。
ただ、あまりにも自分の家族が無茶苦茶すぎて惨めで、いまだに義両親に自分の両親は会わせられていない。会わせる気もない。
子供にはそんな思いをして欲しくなくて、お金はわたしも稼ぐし何があっても自立する力は備えておきたいと思ってしまう。日々が不安に備えた行動で、本当は自分がどうしたいかなんてとっくに見失ってしまった。母親になるってこういうことなんだろうか。
子供は可愛い、夫ともうまくやれてる。
なのに、わたしは両親が死んでもきっと自分の子供には会わせないし遺産も相続しないし全ての関係を清算して、突然出てきた人類の如くたち振る舞う、そういうことがふいに自分の心を虚無に突き落とす。
普通ってなんだろう、ウエディングドレス着たかったな、結婚式だって本当は挙げたかった。
結婚式にお金を使うくらいならマイホームに、結婚式にお金を使うくらいならマイホームに。
形ないものはいつ壊れたかなんて気づきにくいものなのだろうか。
思い出したくない過去をふと頭によぎった時に大声を出してしまう癖。
たまに虚無を夜で埋めていた20代にかえりたくなるのは何故なの。
人様に大口叩けるような20代ではなかったけど、結婚して既婚者になり30歳を迎えてからやたら周囲で不倫だったり略奪の話を耳にするようになった。わたしのやめときなよ、は届かないし相手も相手で別にアドバイスなんて私に求めてはいない、んだよな。女は共感してほしい生き物だから?tumblrでも不倫とか略奪の当事者が悦に浸って文章を書いてたりするのたまに目に入る。どこの誰かもわからない不倫当事者に対して、慰謝料を請求されてしまえ、という念を飛ばしてる。遊びたかったらフリーでフリーの人とすればいいのに、不倫当事者はなぜか不倫であることをポエムのように語るのが怖い。1番タチが悪いのが「わたしは向こうに求められてるから応じてるだけ、わたしは遊びだから」のスタンスでずるずると仄暗い関係を続けている人だと思ってる。深みにハマってるじゃん、かっこつけるなよ、ダサいから。不倫って、総括したら『性欲を制御できないだらしない人間』というレッテルだからね。バレない嘘はない、とわたしは思っている
人生、こんなはずじゃなかった、と、思いがけない幸運、やっぱりもうダメかも、ほのかに嬉しいが断続的に続いているように感じる。数年前まで誰も彼もを斜に構えてみていたような人間が、結婚をしてなのか、出産を経てなのか、オーソドックスでどこにでもいる普通の母親になったと思う。数年前の自分には上記の感情のほかに「一瞬のトキメキ」が人生において多くカットインしてくる場面が多かった。それはそれはとても。人においてもモノにおいても、五感でトキメキという衝動を求めて感じていた20代。それが今や安全と安心と安定を1番に求めている。不安が怖い、足並みを揃えたい、目立ちたくない、身体を休めたい。母になるための安全装置が働いているように脳がガラッと切り替わったような気になる。ただ時々、ここにきて過去の自分が書き殴った日記を読むと、どうも20代の衝動に翻弄されてた自分とその感性を懐かしく思ったりもする。ああ、今は感情赴くままに電車に飛び乗ることも数万円する服を誰に相談するでもなく買うことも思い立ったらお気に入りのバルでワインを楽しむことも夜中友達をドライブに誘うことも、多分、死ぬまでないんだろう。今わたしの腕の中にいる小さないきものが、きっとまた20代の私を突き動かしていた衝動に似たものを感じて、青春みたいなことをするんだろうか。小さくやわらかいわが子の将来が楽しみだなんて、平凡で普通でどこにでもある、この上ないしあわせ!
30年間生きてて人生初めて虫歯になった。全て真っ直ぐに生え揃った4本の親知らずのうち左の上下2本が虫歯フェーズ1だったらしく、速攻治療の予約をした。20分ほどで治療は終わった。虫歯になったことがなくて、定期検診しか経験のなかった私からするとアニメとか漫画で見る虫歯治療しか想像してなくて、大袈裟な音を立ててドリルで歯を削り咽び泣くものだと思ってたのに。人生初の虫歯治療は何の痛みもなく、ただ表面を強めのブラシのようなもので削り取り表面を薄い何かで埋めただけで痛みを感じることもなく、あっけなく終わった。すごい。妊娠中は歯肉炎になったり親知らずが炎症を起こしたりしてたけど、それもブラッシングですべて治っていた。この強靭な歯と歯肉はわたしが唯一声を大にして誇れる自分の強みなのだな〜と思ってずっと心の中で反芻してる。人生で一度も虫歯にかかったことのない人を、わたしは人生で1人しかしらない。子供にも自分の歯の強さが遺伝すればいいのにっていつも考えながら歯磨きしてる。最近のSNSはprやらアフィリエイトやらで溢れてて辟易してたけど、ここはそんなもん存在してなくていいな、だけどわたしの歯肉炎と産後の肌荒れを治してくれたコンクールのジェルとマウスウォッシュ、トゥベールのスキンケア一式はprしたいから依頼されたいな〜とかも毎日考えてる。この、説明し難い産後のメンタルヘルスは、とにかく自分の身を清潔に、綺麗に、美しく保つための投資と、たまにの贅沢で健全に保てるので、物価高だけど賢く自分の機嫌を取っていこうと思う。
久々にこんな中身のない雑記を書いたけど、とにかくわたしは歯が強いということを自慢したかったのにどう自慢していいかわからなかったからここに日記としてしたためてみた。30歳以降も虫歯になったことがない人がいれば教えて欲しい。
我が子が生まれて4ヶ月、育児に対してわたしは割と大雑把で、消毒液の量も、薬を飲ませる時間も、入浴も、「死にはしない」スタンスでここまできた。
今や早産で1300gほどしかなかったとは思えないくらい元気に育ってくれているわけで、大雑把育児は自分の心を守るためにも必要だったと思う。
本当は母乳で育てたかったけれど、早産だったことと体質もあったのかどれだけ搾乳してもせいぜい2〜5mlしか出ず、産後健診でも担当医に「これ以上量が増える見込みはない」とのことですんなり完全ミルクに移行した。
育児に「絶対」なんてないのだ。世の中には母乳がどうとか、靴下を履かせなさいとか、白湯を飲ませなさいとかとかとかとかで溢れてるけど、育児も出産も産まれてくる子供たちも十人十色なので、まわりの提示してくる「普通」に無理に当てはまろうとして無理する必要はないのだ。
無責任にアドバイスをしてくる他人は、自分を守ってはくれないと思う。産まれてきた子供も、産んだ母親も、守れるのは母親だけなのだ。
産後うつまでとはいかずとも、産後から急激にPMSが悪化したことによる情緒不安定で常に泣いていた。夫ももともと心配性な人間なので、「こうしなきゃ、ああしなきゃ」がずっと後からついて回ってきて疲弊していたけど、ある日、別に誰かの正解でいる必要はないんじゃないのかと、なんとなく思えるようになった。そこから精神的に持ち直して今に至る。
幸いにも今の所夜泣きもなく、にこにこ笑いながらこちらに話しかけてくれるようになり、体も心も成長していることが実感できてそれがひたすらに喜び。
ミルクでも子供は育つ、ずっと抱っこじゃなくても子供はいつか寝る、誰かが作った正解に苦しまないように、今辛い思いをしている母親に「死にはしない」スタンスが目に留まればいいな。
おさまるところにおさまると、わたしは角がとれてなめらかな人間になった。学生時代からわたしを知っている人たちからすると今の変わりように驚くかもしれない(見た目とかではなく内面の話)。
身体に余裕がでてきて数日、ふと学生時代を過ごした京都が夢に出てきた。
学校終わりの飲み、古着を漁ったり、一乗寺を散策したり、たまには観光地を巡ってみたり、当時好きだった男の子とデートをしたり、美術館へ行ったり。鴨川の水面も常にキラキラしてた。古いデジカメ越しからみたような映像で、思い出して懐かしくなる。
昔に比べ、自分の中からある種の毒気や面白みは人妻になる直前から消失したように思う。最近は常に我が子と家族との暮らしについて考えている。
個性や毒気はずいぶんすり減ったけど、昔を思い出して、フィルムカメラの画質で過去を振り返ると心臓あたりがきゅっとなるような、2度と経験することのないような過去の日常にすこし羨望と切なさが混じったような気持ちだけは何も変わってなかった。
入院7日目にして、我が子のお七夜を迎え夫に命名書を書いてもらった。改めて名付けたその名前に、希望がつまってる。そして今日からNICUからGCUに移ることもできて身体は小さいけどすくすく育ってることが実感できた。
わたしも昨日から食事も開始され(無味の流動食だけど)、お風呂も毎日入れるようになったので両腕上腕の鬱血とお腹の傷以外は痛むこともなく過ごせるようになってきた。
身体が治る、治すことに必死だったから、感情なんて二の次で「はやくこの苦しみから解放しろ」という気持ち以外はほぼなかったかもしれない。
ただ不思議なもので、調子が良くなっていくにつれて、夫との面会後に突然の寂しさとか、わたしがいなくてちゃんとしたご飯は食べれてるのかなとか、身体の痛み以外に目が向くようになった瞬間、いつも通りの涙脆い自分がここにはいる。
わたしはあと1週間で退院予定だし、我が子はまだ少し先だけど、その先にある3人の家族での暮らしを想像するだけで、NICUでめいっぱい動かしてた小さい手足を思い返すだけで、肺の辺りがぎゅってなって息を吐いた瞬間涙がぽろぽろ出てしまう。
結婚する前もした後もたくさん喧嘩もしたし何回別れてやるを突き出したかもわからない私たちにも、いきててよかったって、大声で叫べるくらい、気持ちが澄んでる。
結婚が、出産が、お金が全てじゃない、少し前までは結婚も出産も考えてなかったはずなのに、こうも心が揺さぶられるものはなんだ。一緒に過ごす当たり前の先を想像して胸元と目頭が熱くなるこの正体は何。
一年ほど更新してなかったですが、まず直近10/7に第一子出産しました。ただし32週3日で常位胎盤早期剥離という危険な状態になってしまったので仕事終わりにそのまま何の準備も覚悟も持ち合わせない状態で緊急帝王切開で。
母子共に一命を取り留めたけど、後少し違和感に気づくのが遅かったら死産になっていた可能性が高かったと同時に、自分も出血多量で危なかったとのちに説明を受けた。
輸血やら点滴やらで自分の退院までには2週間かかるそうで、我が子は1360gと小さいこともあり1ヶ月半ほどは入院になるそう。
この1年間を振り返るには、十分すぎるイベントが一気に起こった気がする。
まず今年6月に引っ越しと入籍、もともと職場が同じということもあり、みんな大手を挙げて祝ってくれた。
そこからは仕事と健診、産休に入るまでは仕事をバリバリやるぞという気持ちで職場と家と病院との往復生活で、単調だったけど平和で、もう2度と戻ることはない時間だったんだと今では思う。
経過も問題なく、むしろ「いつから産休入ったらお得かな〜」なんて呑気に考えながら肌着などを新調して水通しをして「まだ先」だけど「確実に来る」予定日に向けて準備していた。
そこから一変したのが10/7の月曜勤務終わり、お腹がいつもより痛いなと市民病院に電話したら念のため受診をと促され、現在に至る。
切迫早産や胎盤剥離なんかはぼんやり知識としてはあったけど、まさか健康体の自分がなるなんて夢にも思ってなかった。心療内科での服薬も妊娠前には辞めていたし、妊娠がわかってからアルコールを一滴も飲んでない上にタバコも吸ってない。高血圧でもなかった自分でも100〜200分の1という確率で今回の出産を経験した。
本当に人生って何があるかわからない、結婚をした時から自分だけの人生じゃなくて、ありきたりだけども私の人生は家族の人生にもなるわけで。
産まれてきていま一番、自分を(自分たちを)大事にしようって、強く思ってる。
守られる側から守る側になる瞬間って、多分今なんだろう。
生活
3年間同期だと思って辛い時も楽しい時も仕事で寄り添ってた2個下の男の子と、なんだかんだで同棲して、仕事で泣いた日は家でビールでも飲んで泣き腫らした目でそのまま隣で寝てることが最高に愛しいな
バイクの免許取ろうと思う、今の彼氏のことそんなに好きじゃない仕事もいつ辞めるかわかんないし実家に帰りたくないし。動く乗り物、心が壊れそうな時に運転できるライセンスがあるだけで心が救われる気がしてる。夜中に衝動で、海を見たくなったら、自分で自分を海に連れて行くことができるから。