■前もって
昨日、伊藤ヨタロウさんの還暦記念ライブに行ってきてとても素敵だったので色々と反芻していたら自分の個人的な思い出が甦ってきたりもして、そっちをつらつら書くつもりだったのに思わぬ方向に話が転がって、ものすごく遠回りをしながら結局ヨタロウさんはとても素敵だというところに落ち着くのが今回の話です。長いよ!
ヨタロウさんの「地大工節」の話だけ読む人は「■本文(後編)」からお読みください。
私は、人前で歌を歌わされるのが苦手というか好きではない。
小学校で月に一度くらいある当月のお誕生会などで椅子取りゲームや山手線ゲームに負けるとみんなの前で歌を歌わなければいけなかったんだけれど、クラスの中でうまく立ち回れなかった私はいつもゲームで狙い撃ちをされて、歌を歌わないといけなくなってしまうことが多かったのである。
狙い撃ちというよりは、山手線ゲームのようなもので男の子は女の子を、女の子は男の子を指名しないといけないんだけれど、男の子側は普通に他の女の子を指名するのが恥ずかしくて、捨て石みたいに「別に恥をかかせてもいい」私に指名をいつも投げてよこしてた、というのが実情に近い。
それで私がミスをするとわざとらしく囃してみせるので、私はいつもそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
(あくまでもこれは私の記憶なので、本当はそこまで深刻ではなかったのかもしれない。ただ、本当にその時の私はいつもうんざりしていたし、やりたくもないことをそうやって回されるのは「回してもいい」相手だと思われてるんだと認識していた)
まぁ、そんなことがあったせいで、周りの人が囃し立てながら「歌を歌わなきゃいけなくなる」というのをすごく疎ましく思う自分がいたのだけれども。
私の母は10年弱前まで居酒屋をやっていて、毎年開店記念日には歌手の方や落語家さんを招いてイベントをやってたんですね。
で、母が司会をしながらいつも来てくれるお客さんにお酒と料理を振舞い、ワイワイと盛り上がってたわけなんですが。
何回目かの時、いつも来てくれる陽気なおっさんが「ママさんも歌ってよ」と言い出した。母は「えー?!」って困ってしまったけれど、周りはすでに酔っ払いだらけで「歌え歌え」の大合唱になってしまった。
私は先述の通りそれがすごくつらくて、その場にいるのが耐えられなくなって店の外に出てしまったのね。
その後、他の常連さんに「あぁいうのはイヤなんですよ」ってこぼしたら、「でもイベントなんだし、あぁいうのは本当に無理強いなわけじゃないから大丈夫だし、いいんだよ」って諭されて、今はその意味も分かるけれどその時はすごくつらかった。
結局、そこで母はマイクを持たされて歌うことになったのだけれども、その時に歌った歌が「しゃれこうべの歌」だった。
しゃれこうべの歌と母はいつも言うけれど、どちらかというと「しゃれこうべと大砲」という題で歌われることが多いかもしれない。
うたごえ喫茶などでも定番のシチリア民謡で、曲はどこかのどかで優しい響きだけれど歌詞をみるとメチャクチャ暗い。
歌詞こんな感じ。
ピエトロ・ジェルミ監督の映画「越境者」の主題歌にもなってる。あれは職を失った坑夫たちが生きる術を求めてイタリアを渡りスイスを目指し、厳しい山すら越えていく移民たちの話で、母の中では反戦歌というよりはこの映画の印象が鮮烈に残っていという。
後で聞くと母の十八番というか、あぁいう場に立たされたときに必ず歌う曲なのだそうで、お客さんたちもうたごえ慣れしてる人たちが多かったので結局合唱になってその場は終わったのだった。
しゃれこうべの歌自体は私も好きな歌である。
さて、翻って私の話。
私が敬愛する伊藤ヨタロウさんの曲の中でも、ここ数年の中で特に好きな曲がありまして。「地大工節」と言います。いやもうこれがカッコいいんですね。
地大工というのは炭鉱夫のことです。
元々はこの曲、井上ひさしさんの戯曲「たいこどんどん」を蜷川幸雄演出で上演した時に、音楽担当だったヨタロウさんが戯曲の中の詩にメロディをつけたものだった。
「たいこどんどん」は遊び好きの若旦那と馴染みの幇間がひょんなことから東北に流されてしまってさぁ大変という道中話で、その中で幇間の桃八が釜石の炭坑に放り込まれるくだりがあるのですね。そこで今まで扇子と盃しか持ったことがない幇間が地獄のような労働に追い立てられる、その背景に流れるのが「地大工節」。
歌詞はこちらに一度書いてるのでご参照をば。
暗いですね!はい、救いがない暗さですね!
でもカッコいいんですよこれが!!! ライブで聞くたびに本当に圧倒されっぱなしのカッコ好さなんですよ。地の底から轟くようなベースと情念を引きずるようなバイオリンに合わせてヨタロウさんの凄みのある方の声がどーんと来る。
聴いてもらうと一発なんですが、もうとにかく初めてライブで聞いた時から思い切りノックアウトされてしまった曲でありまして、この歌詞知りたさに神保町の古本街を戯曲探して歩き回ったのもいい思い出だったりします。
で、聞きながらずっと、物語の中で人間の最後のよすがのように位置付けられる「歌」って何なんだろうってことをちょっと考えるんですね。そんで、人から歌すら剥奪されてしまったらどうなってしまうんだろう、って。
人間を支えてる最後の杖のようなものなんだと、この歌を聴きながらずっと考えてて、ヨタロウさんの声で聞くたびにその「人間の最後の根っこ」みたいなものに触れる気がして圧倒されてた。
気が付くと私も口ずさむようになっていて、しかも昨日ついにCD化したので音源聴き放題となり、なんていうか「もし私が人前で歌を歌わねばならなくなってしまったら多分これを歌うなー」と、先に述べた母の思い出なども掘り起こしながら考えてたのですね。歌わないけど。
親子して野ざらし骨が出てくる歌かよ…!とか、もしやこれは母の影響なんだろうか、そこを認めるのは癪だなぁ、とか。
そういう話をしようと思ってこれを書き出して、改めて「しゃれこうべの歌」にリンクを張って歌詞を改めて読んでみたらですね。
これ、井上ひさしさん、「しゃれこうべの歌」を意識して地大工節書いてないか?!
…と、まぁ、それはさすがに穿ち過ぎですが。
最初は「野ざらし骨」と「しゃれこうべ」が共通点くらいしか思ってなかったんだけれど、読み比べてみると「ええええー?!」ってなる象徴的な箇所が決め打ちでドカンドカン来たのでちょっと比較してみたい。
しゃれこうべの歌の一番で「鐘の音も聞かずに死んだ」っていうのは教会の鐘の音のことで、弔いや救われるための祈りもなされずに死んでしまったという意味。鐘の音は死後の安寧や救済でもある。
一方、地大工節だと「鐘が鳴る鳴る 遠くの寺で」で生きている者の耳に鐘は響いてくるけれど「鳴るよ 仏になれと鳴る」で完全に呪詛。
しゃれこうべの歌だと「しゃれこうべの言うことにゃ」で生者に語りかけている内容は死者自身のことだし、自分の死について語っていて、そのよるべなさを伝えてくるんだけれど、地大工節の野ざらし骨は「早くお前も死ねと鳴る」だから明らかに生者を引きずり込みに来てる。彼らが求めているものがきっと違う。しゃれこうべは人としての弔いや追悼、自分がかつてここにいたことを記憶してほしいし伝えてほしいという死者の語り。野ざらし骨はもう明らかに怨念こじれてるし、どこの誰かはもうどうでもよくなってて死者っつーより亡者だよね。
あと「死出の山」を越す、という山越えイメージなんですが、当然これはもとからあった言葉だし概念なんだけれど、「山を越える」というモチーフをしゃれこうべの歌もはらんでるんですね、映画「越境者」の主題歌であったことで。しかも「越境者」も坑夫たちの話だし。
「越境者」では生きるつてを求めて厳しい山越えに挑むのですが、地大工が山を越すのは「死出の山」、つまり死んだ人があの世に行くために越える山なわけです。
なんだこの同じモチーフを使ってのばっきりした明暗…!
…ていう具合にちょっとびっくりしてしまったんですね。
そんでね、ここで使われてる宗教モチーフがすごく気になってきまして。先述した通り「寺の鐘」はあんなだし、「仏になれ」は呪詛であるし、「わしら歌好き 念仏嫌い」で「閻魔に意見は言わりゃせぬ」で、明らかに仏教的な葬儀や死の概念の鼻っ面に叩きつけてるものがあるんですね、地大工節には。
しゃれこうべが「教会の鐘の音」を聞けなかったと語るのと対照的に。
なんでかっつーと、これを歌ってる地大工はまだ生きてるから。
「長い間、坑道に潜っていると、早くて三十歳、遅くても三十五歳あたりから、躰の肉がこそげ落ち、骨が枯れて、やがてしきりに咳が出るようになり、最後には煤のようなものをどッと吐いて死んでしまうのだそうだ」
――井上ひさし「たいこどんどん」書下ろし新潮劇場 89ページ
…という有様でも、これを歌っている地大工たちはまだ生きているから。
歌の中で苦しみにまみれた己れの生を呪い、死と常に隣り合わせたがための無常も抱えているけれど、まだ生きているんだよね、歌いながら。
だから「歌をうたおよ 坑道の底で」なのだ。
芝居の中では幇間の桃八が過酷な中に放り込まれ、そしてまたそこから逃げ出すまでの場面だけれど、地大工節だけを歌として取り上げれば幇間の背景でしかなかった陰鬱な人生たちが一気に浮き彫りになってくる。
寺の鐘に死を告げられ、亡者が引きずり込みにこようとも、まだ己は生きている。死出の山でも経は唱えず歌を歌って逝くと宣い、自らの生を顧みて閻魔の裁きも拒絶する。誰かが思うようになど死んではやらぬ。死んだ後も誰かの思い通りになどならぬ。死後に救いがあるとも思ってはいない。
しゃれこうべの歌との対比で、よりその「生」と「死」、投げ込まれた理不尽な「世界」の描き方が際立ち、私の中で重みを増した気がする。これ以上重くなってどうするんだってくらい元から重かったけど。
しゃれこうべの歌はつらい生を送った者が死して「安らかに眠りたい」「ここによるべない者がいた(いる)」「歴史の中で、人として必要な弔いがなされていない、顧みられていない存在がある」という歌で(もちろんそれだけじゃない色んな思いをはらんでいるけれど)、吹き抜ける風が草を揺らすようなメロディは魂をそっと解き放つような響きだけれど、地大工節は無惨な死を決定づけられた生者が、苦しみに塗り込められた己れの生を呪いながらも、いかに苦しく無惨であろうと自分の生は自分のものであり、誰にも明け渡しはしないと、それこそ握りしめた鶴嘴で穴を穿つような歌なんだなぁと、そう思う。あらゆるものを失った生者が、最後に残されたよすがとして歌う、人間を支える杖。
一番最後の根っこにこびりついた意地のようなもの。
きっとこれは戯曲中の詩を読んだだけでは出てこない感想で、ヨタロウさんのメロディと声が呼び起こした「歌の力」なんだろうと思う。だって「わしら歌好き 念仏嫌い」なわけで、本当にちゃんと歌にしないと宿らなかったものなのではないかなぁ。暗いけれどメロディは美しいしノスタルジックですらある。ヨタロウさんの旋律と声は、上記に述べたような「生」をその情景と共にくっきりと立ち上がらせる(そう、ヨタロウさんの曲って楽器の一つ一つがものすごく映像を喚起しに来る上にそれが合わさって迸りに来るのだ)。
坑道の壁を鶴嘴で穿ち、また岩壁を指で掻いて爪からにじむ血のようなヨタロウさんの声に、そういう「生」を聴いてしまう。それがカッコよくないわけがあるか。
と、そんな「発見」をしてしまった後で最後のダメ押しを見つけてしまったのですが、戯曲「たいこどんどん」での最後のフレーズは「色にも酒にも縁のないわしらに閻魔も意見は言えやせぬ」。ですが、ヨタロウさんの歌だと「閻魔も意見は言えやせぬ」の後、こう続くんですね。
「閻魔に意見は言わしゃーせぬ」!
自分の生は自分のものだし自分の死も自分のものであるという叫びを過酷な生の中で歌う、その最後にこれが来るのは、ちょっともうヨタロウさんカッコよすぎませんか…。
そういうわけで、ヨタロウさんの還暦翌日に改めてその素敵さを思い知ってしまった私なのでありました。
前半と後半で全然話が繋がってないけど、「人には歌(や詩や絵や、よくわからないものかもしれないよすが)がある」「誰かの圧力や思う通りになど生きてなどやるものか」という話で何とか多分つながると思う。あとヨタロウさんは本当に素敵。