先週IMAXで観た『ブレードランナー』のラストを何度も思い出している。人間に仲間を殺されたレプリカント(人造人間)が、寿命が尽きる間際に自分の仲間を殺した人間を助けた上でこう呟く。
「おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦。タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム、そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た。(I’ve seen things you people wouldn’t believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in rain. Time to die.)」
死ぬ間際に彼は、仲間を殺しレプリカントの寿命を短く設計した人間への恨み節ではなく、生きている間に見た美しい光景について語るのだ。そして、それまで単純な構文を繰り返すような話し方だったレプリカントは最後に美しく詩的ですらある言葉を呟き寿命が尽きる。
自分の最後の瞬間も同じように思えるだろうか。苦しいことも悲しいことも人生には色々あるけれども、死の間際に思い出すのは美しさやあたたかさであるように。昔観た時はそんな事は考えもしなかったけれど、この歳になって観た『ブレードランナー』は、何故かその事ばかりを考えるようになった。











