その声は
生きなくちゃ、と思うほどにしんどくなる。こういう感覚は久しぶりだ。休薬期間と低気圧、続く雨。猫と暮らし始めてからは、ずどんと深みにはまることが減った。あたたかな体温と寝息、生き物の匂い。それらが当たり前にわたしを少し上へと引き留めてくれている。最悪なことを口走りそうになっても、彼女はにゃあ、と抗議して止めてくれる。 けれども、毎月こういう気分に振り回されてしまう身体や性を恨めしく思うこともある。小さくて狭い世界にずっといると、窮屈で溺れそうだ。いつしか天井は固定されて、そこにとどまって生きることが得意になる。生きなくちゃ、と思うけれどお金はかかるし、息を吸うだけでお腹が減る。怠惰な生活と引き換えに、意識の低い体が出来上がる。
なんとか、生活を整えようと溺れながらもあがく。掃除をしたり、コンセントをまとめたり、便利グッズを買って不便を解消したり。同居する彼の世界からしたら、それらはとてもちっぽけなことなんだろう。フライパンが出しづらいだけで、料理がしたくなくなる。いつばらまいたのか分からない塩がいつまでも在るコンロ。何もしなくても生の証が塵となって積み重なって、その重みにどんどん耐えられなくなる。わたしは日々の穏やかさや心地の良さが大切だ。外に出かけて新しいものを見ることも好きだけれど、今はあんまりそういう気持ちになれないことも事実。地味に、丁寧に、本当に少しずつでも日常を整えることで、生きていてもいいよと自分に約束しているみたいだ。
パートナーとは、なんだか恋愛感情が浮かばなくなってしまい、より強い意味での家族になりつつある。彼はもしかしたらそれが不満かもしれない、そんなことを考えると頭が鈍く痛む。一緒に生活していく強さがほしい、恋愛関係よりも強固で、でも結局はどこまでも曖昧で、それを互いに分かって手を取る。難しくあるけれど、じゃあ、わたしはどこまで彼を満たしてあげられるんだろう。たまに、全部投げ出して猫と生きていくのもいいんじゃない?と誰かが耳元でささやく。


















