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These are my favorite oil pastels. They’re very old though, I wonder if newer ones will be as good?
光と光景・2 時間と空間の間(あわい) vol.6 ― 光とは 時間と空間の間に 存在するものである。 作品写真: (上) 「なつびかり」 クレパス、紙 2018年 (下) 「間(あわい)」 クレパス、紙 2018年
「光と光景」 - chapter 12 : ぎんびかりからあおびかりへ 11月です。立冬です。いよいよ、今月で完結します。(しばしおつき合いください。☆) ― 冬、しんしんと冷えるころ 台所の窓から入ってくる光で 食器が銀色に輝いているように見える― ただそれだけのことが、冬、荒みがちな私の心を勇気づけ、 ああ、それを絵にするにはどうしたらいいんだろう? ―と考えあぐね(大根のときのように)瞬く間にその時期は 過ぎ去ってしまいました。 光のスケッチなんてしたことがない(→ものを描く上で自然と光を描写したことはあっても)、 考えるよりは一歩踏み出そう、 一つ描いてみよう、 そうして、光(この場所)を描くにはこの紙がふさわしいだろう、と以前から決めていたトレーシング・ペーパーに一線、一線を加えていきました。 制作は大体、トライ・アンド・エラーなんですが、絵を描くときはトライしかないので、 押しの一手で「自分の見ているもの・感じているもの」を 信じて進めていきます。 この頃を思い返しても、本当に光を追うことしか考えていなかった(ような)ので、ものの存在感を出そうという認識もほとんどなくて、モチーフと見比べてたた「違うか」というか、 “実感”を大切にしていたんじゃないかと思います。(光を追うわりには、頭の中で光の当たり具合だとかいっさい計算はしていません。) 絵って、人さまの展覧会や作品などでも 「みて」心がびっとくるかどうか、なので、 私が私の描いていくようす(過程)をみてびっとくるまでは仕上げようとは思っていたはずです。 それと、「描き急がないようにしよう」とは自分に言い聞かせてました。 出品する絵って、どうしても(気持ちが先走りするのか)、余計に描いてしまう傾向があって、もう、ここはみることに徹してクレパスを触ろうとは心していました。 chapter 1の絵を自然のままに、感性のままで描いた絵ならば、この絵は自分の視点というものに意識的であったと思います。 少し(私の絵の中では)堅い、珍しい作品になったかとも思います。 時間がかかりすぎて、光はぎんびかりからあおびかりになっていました。 いただいたご感想の中で、 「虹の七色で描いている」、 「光の三原色で描いている」 という方が何人かいらっしゃいました。 逆に、そういう定義や科学的な分析をまったく描いているときに感じないタイプの私は驚きました。 それは「光」ということなのか? 私はただ目に見えるものを必死で追っていただけだから。 (なぜ「必死」なのかと言うと、光はうつろい、逃げていくからです。) いちばん、この個展で出した絵の中では「光と光景」という題を表しているようにも自分では思っています。 絵のご紹介はこれで最後になります。
「あおびかり」 21×29.7(cm) クレパス、トレーシング・ペーパー 2017 (→chapter 13につづく☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆)
「光と光景」 ― chapter 11 : 絵について Ⅱ 光をみること 光を孕んでいるもの、または放っているものは自分にとっては「他者」であり、 大仰な言い方をすれば「世界の断片」でもあります。 私はよく人さまの展示会場で「入りこんで(作品を)みている」と言われます。 自覚はなく、みている途中に普通に会話もできるのですが、 「みる」ことにおいて熱を入れる性質なのかもしれません。 「みる」ことと「識りたい」と思うことは同義なのかも。 光のものに導かれ、紙に姿、形をとらえようとすることで みているそのものの命を紙に吹きこむような時があります。 だって、みているものは一瞬でも生きようとしているからです。 今回、滞在期間が長かったため、当初「ドローイングの公開制作」をすることも考えたのですが、久しぶりに会うお客様とはきちんと話 したいし、何より結構恥ずかしがり屋なため(←緊張するので)、結局とりやめにして、 ならば、ここで感じられる「光」を絵にしよう!と決め、お客さんの来ない時間のある時にドローイングを描き、こっそりと量産(?)し、壁に貼っていきました。 (写真) 「東京での光」 紙、クレパス 2017年 (chapter 12 につづく ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆)
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