Focus on Player ~DJ HIROKAZU vol.2~
―米軍の基地がある三沢市でも長くレギュラーをされていましたよね、そのあたりの経緯を教えてください。
H) 約6年、三沢市のGAROでやらせてもらいました。もう少しさかのぼると19歳のころだったと思うんだけど、かわいさんに三沢にお願いして連れて行ってもらったんですね。
DJもさせてもらって。当時も今と変わらずベースのお客さんが多かったので、ほんとに刺激的な環境でした。DJに対してお店もお客さんも厳しかったし。すこしでもいいプレイができてないとタイムテーブル関係なしに「そろそろ変わろっか」ってブースから降ろされることあったし。お客さんを一番に考えたシビアな環境ですよね。
レギュラーにしてもらったのはもう少し後になってからなので、その少し前から話しますね。GAROレギュラーの話から少し逸れるんだけど、一時期スランプになって。。。納得いくDJができないっていうか、刺激が足りないというか。それがあってこの先DJを続けるかどうかも含めて、もう一回自分を見つめなおそうとNYに行ったんです。結果行ってよかった。ほんとに刺激をもらえました。
当たり前のことだけど英語を使わざるを得ない環境なので、自然と英語に慣れていくし、HIPHOPも英語で聞こうとする。今までサビしか感覚に残せなかったのが曲全体を英語で聞こうとするんですね。ちゃんとHIPHOPに向き合えた感覚です。
そして何よりNYのクラブ・DJは「音楽に真剣」なんですね。
NYで自分を見つめなおせたと思います。すごくポジティブになれたし、半年、1年おきくらいかな、定期的にNYに行きました。ターンテーブルとミキサー持参で1か月滞在したこともありました。
※GARO:DJ ATSUSHIさんがオーナーをされていた全国的にも有名な三沢市のクラブ。週末には多くのパーティークラウドが集まり数多くの伝説的なイベントを開催した。2011年、惜しまれつつ長い歴史に幕を下ろした。
―なるほど、ヒロカズさんがスランプ。。。あまり想像つかないですが。それにしても半年、1年おきにNYへいかれるアグレッシブさ。フットワークの軽さはすごいですね。機材持参で1か月滞在って、合宿ですね!NY、DJ合宿!現地でDJされていましたが、どんなつながりだったんですか。
H) つながりなんてまったくなかったのでクラブでプロモーターらしき人にひたすら「自分DJです!PLAYさせてほしい」ってMIX CDを渡しながら売りこみました。はじめは、ギャラもなくて機材セッティングもするんだったらいいよって、オープンをやらせてもらったんだけど、NYではプロモーター同士は結構つながってるから「あの日本人できる!」って広まってくれて、そこから他のクラブでもDJさせてもらいました。
―「プロモーターらしき人にひたすら売りこみ」とはさすがですね!NYと日本のDJでの違いってありますか。
H) もちろん違いはたくさんあるんだけど、わかりやすいことでいえば、NYのDJはほとんどお酒を飲まないかな。仕事として、プロとしてDJしてるっていう意識をしっかり持ってるよね。DJは楽しませる側。お客さんに最高の時間を楽しんでもらうためにお酒飲んで酔っ払ってはDJできないっていう感覚だとおもう。日本とはクラブ文化も少し違うのもあるけど、高い意識を持ってるってことだけでも、やっぱり見習うことかなって思いますね。
―なるほど。この高い意識を持ったDJがいて最高のエンターテイメントを目指す。そんな環境含めてNYの刺激だったですね。
H) ここでGAROレギュラーの話に戻るんだけど、NYで感じる感覚を常に維持したくて、環境、もらえる刺激が近い三沢GAROでのレギュラー参加をお願いしました。当時あつしさん(DJ ATSUSHIさん)はとてもきびしかったから「DJさせてもいいけど客をひかせたら罰金とるからな」っていわれて(笑)でも自信あったのでやらせてもらいました。
―地元弘前以外でのレギュラーといえば横浜のTIKATIKAでのレギュラーもされてましたよね。
※TIKATIKA:横浜baysideで開催されていたモンスターパーティー。横浜のHIPHOPパーティーのアイコン的なイベントであり、関東圏のみならず全国から多くのクラウドが集まっていた。
H) TIKATIKAレギュラー参加はDJ KAIYAくんとの出会いが大きかったですね。2009年だったと思うんだけど、INSPIREにRED CAFE 、DJ ENVYを呼んで、横浜からKAIYA君にも来てもらったんだよね。悪天候の影響で飛行機が青森空港ではなく三沢空港に降りちゃって、俺が三沢まで迎えに行って会場までの長い道中、たくさん話をして意気投合したんだ。そこから横浜にもDJしに行ったし、横浜のスタイルも人も好きだし、TIKATIKAのレギュラー参加させてほしいってお願いして。KAIYA君をはじめTKATIKAメンバーは快く受け入れてくれたよ。
―HIROKAZUさんがTIKATIKAレギュラー参加一発目に、実は私遊びに行ってました(笑)よく覚えてます。HIROKAZUさんがブースに入ってDJの準備をし始めたら、あったという間にフロアに人が集まってきてましたよね。シンプルにすごいって感じましたね。もちろんPLAYがはじまってバッチリフロアをロックしてましたし。ある意味アウェーなはずなのにあの光景には鳥肌が立ちました。
H) 地元以外で認められるっていうのは時間がかかりますよね。でもそれができたとき自分にとって大きなエネルギーに変わるしステップアップできます。
―このころから青森以外での活動が増えたのですか
H) そうですね、DJ LEAD君との付き合いも、このころから。Heavy Hittersに入る前ですね。MIX聞いてかっこいいと思っていたので会ってみたいって大阪に行ったのが最初ですね。好きなDJが一緒だったし、すぐに仲良くなって。大阪でもDJさせてもらったし今でも年に1,2回京都大阪に呼んでもらってます。
―毎週様々なイベントでDJをされていますが、プレイ中に考えていることや、気を付けていることなどあれば教えてください。
H) パーティーではその現場その現場で何もかものが違うので、これって事はないけど、フロアの雰囲気を把握して自分のペースをつかむことは意識しますね。そのために自分のプレイ前の最低1、2時間前には現場にいるようにしてます。
フロアを自分のペースにしたらバランスを意識してます。攻めて、行きすぎたらお客さんへ合わせていくとか。あとは根本的な部分だと、お客さん、クラブがあってのDJっていう気持ちは常に持ってますね。仕事としてアーティストとしての意識は高く持つようにしています。
―長いDJキャリアの中でプレイスタイルを含めて、DJ HIROKAZUとして変化してきた事や、捉えて方が変わったことなどありますか?
H) SERATO スクラッチライブの普及ですね。
NYに行き始めたころにNYのDJたちがHIPHOPだけじゃなくてR&B、REGGAEまでバランスよくかけてるのを目の当たりにしてて、そのスタイルを取り入れようとしていた時期だったんですよ。
そのころにスクラッチライブを導入して、同じようにジャンルの幅を広げてのプレイも可能になりました。
これに関しては世界的にDJにとってのターニングポイントになったと思いますね。もちろんメリットデメリットもあるけど。メリットになる部分をより生かしていきたいです。
―国内外含め多くのアーティスト、DJと共演されてこられたHIROKAZUさんが今注目しているアーティスト、DJを教えてください。
H) NY、ラスベガスで活躍しているDJです。時代・今のシーンに柔軟に対応しているスキル、豊富な音楽の知識をもっている彼らは目指すべきところだと思っています。
若い世代のDJのスキルが目に見えて上がっていると思うので若いDJにも期待しています。
―今後の方向性、DJ活動の予定など教えてください。
H) 隔月4週目にDJ TAROWとはじめたBLOOMっていうパーティーは活動の軸になっていきます。もちろんこれまで通りいろいろな場所でDJしたいですね。たくさんの刺激をもらえますし、逆に自分のDJでたくさんの人に刺激を与えられればとも思います。
―新しいパーティーBLOOMはどんなパーティーになりますか?
H) 一緒にやるDJ TAROWとは長い付き合いで、この二人だからこそできる表現というか、これまで培ってきたものを出していければと思っています。掘り下げた部分も出していきます。
―長くシーンのTOPを走り続けている2人のパーティーなのでとても楽しみですね。最後になりますが今後の豊富、お客さんへのメッセージをお願いします。
H) やっぱり自分のDJでパーティーを楽しんでもらいたいですね、そして楽しい時間を過ごしてもらうことで、お客さんの人生の幸せな部分を少しでも増やせればと思います。これからも突き進んでいくので皆さん応援よろしくお願いします。
―今日はお忙しいところありがとうございました。益々のご活躍を期待しております!
H) ありがとうございました!
2016年1月31日収録

















