淡路も桐生も都会でもないし田舎でもない感じ。郊外っていうのかなあ。郊外のイメージであるようなベッドタウンではないし、副都心でもない。 どこかのなにかではなく。ここ である感じ。自律しているまち。 そこに店がたつことは、何になるんだろう

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super pxo で描けること
今やっているプロジェクトで、super axoをつかってリサーチしてみることにしました。
プロジェクトで肝になるところは、行政の敷地(公園や川)と道路に、民間の敷地(お店など)が挟まれていることが特徴的な場所でした。
本来は、公園や川に対して間口を向けることは滅多になく、人が通る道に対して向けます。しかし、今町の中では、ゲリラ的に公園や川にテラスや入口のようなあいまいなスペースを開くカフェなどが生まれています。
そんな、管理者が違う二つの領域をまたぐ、一つの体験空間をどうにか描けないか、と思いました。 そこで使ったのがsuper axo。
図法の前提として、賑わい(もっと的確な言葉がありそうですが、わかりやすくとりあえず)をもつ空間を中心とすることがあります。 そうすると、民間の敷地と行政の敷地のあいだが中心になり、それをまたぐように体験空間を描くことができます。
まさに思っていたことでした。
平面図や断面図で描くことの違いとしては、これらは基本的に建物を描いてから間を描くこと。にあると思います。
super axoは、間から描いて、それが建物の一部になっていくという順番です。 (公共施設と言う意味ではなく)公共を考えるときにこの考え方は有効なのではないでしょうか。
また、行政と民間というおおきなものでもなくても、お隣さんと自宅という小さな公共も、ある二つの領域についての問題として扱えると思います。
管理者(所有者)は必ず空間にはそれぞれあって、揺るぎない事実。それを無視するとありえない夢物語しか描けない。しかし、体験はその管理者の違いなどは、念頭に置いておらず、そこにある空間によって生まれています。 その矛盾した事実を両方受け入れて考えることが、super axoによってできるのではないでしょうか。
complex665 2F
昨夜、半年ぶりに六本木に行った。complex665という新しいビルの2階に、Shugo Arts Gallery と Koyama Tomio Galleryが並んである。どちらのギャラリーにも行ったことがなくて、行ったことのある数少ないギャラリー体験と比べると、なんだかちょっと明るすぎて、六本木の街とか美術の持つ権限みたいなのを感じた。
正面の大きな間口に対して脇道を逸れるようにある小山ギャラリーの入り口は、木の扉が開け放たれレンガブロックが敷かれている。最初に入るヴォールト屋根の部屋は、体感として持っているヴォールトのスケール感とのズレを感じさせた。自分が大きく感じたり、逆に模型の中のような自分が小さく感じたりして不思議の国のアリスのような体感と言ったらいいのかもしれない。
そこからまた脇道に逸れるようにブロック敷きの道(廊下)を進む。ここは嘘のような木の壁でカウンターがあり、素材によって屋内と屋外が混在していた。
最後の部屋はコンクリートの粗野な床面に対し、角がないような白いもの(壁)が立ち上がる。天井が、何度見ても焦点が合わない。普通に段差になって高くなっていくのだが、照明の位置と陰影のつき方でどこが輪郭なのか掴みづらい。白い壁も焦点が合わないし、天井も合わないし、作品がぼうっとそこに浮かんである、という印象を受けた。そこにある大きな窓は、さっきのカウンターの時の室内空間の残響なのか、それとも焦点の合う具体的なものとして置かれたものなのかはわからないが、なぜか一度目に入った時には全く何も感じなかった。
折り返すとき、廊下からヴォールト空間にかけての一面がアイボリーに塗られていることに気づく。帰るとき、アイボリーの壁とレンガ敷きの道、木の扉、そして向こう側のエントランスが一面に見え、どちら側が屋内で屋外なのかやっぱりまたわからなくなった。むしろ、エントランスホールとヴォールト空間は等しいのかもしれない。
小山ギャラリーの出口から、向こう側のシューゴアーツが見える。こちら側が緑で、エントランスが白で、向こう側がピンクに見えた。
シューゴアーツは、またとんでもなく違っていた。
二つの全く同じ大きさの同じ部屋が二つ手前と奥に並んでいる。
天井からの照明 ー 床からの照明
何もない白い箱 ー 3つの窓と1つの扉
これを抽象と具体と青木さんは使い分けていた。そして手前の部屋から奥の部屋に、そして手前の部屋に帰ってくるとき、手前の部屋が始めと違って見えるようになる、と言っていた。
始め、エントランスホールからこの空間を見たとき、とてもアノニマスなボックスに感じた。作品が異なるものとして存在感を放っていて、そこにある、ことが成り立っているように感じた。折り返して帰ってくるときにも、同じようにボックスに感じるのだけど、「(無意識的に)意識的に」抽象を感じた。
小林さんがトークショー中に「(ホワイトキューブや、サイトスペシフィックな展示空間では)観ることがだらしなくなる。」と言っていた。自分が感じた「アノニマス」はだらしない自分の態度に対しての言葉に感じた。建築の力が鑑賞者の態度を挑発していた。ホワイトキューブが悪いのではなくて、それの位置付けであったり、前後の関係の操作が大切であるのだと思う。
奥に入った時、展示室というよりも「部屋」という印象を持った。まずそこに広さがあって、明かりがあって、そして作品を置く、という関係。作品が置かれるための空間では必ずしもなくて、作品が置きたくなる部屋。照明の働きが大きいし、窓と扉があることで生まれる具体性が、空間ではなくて「部屋」にしている要因であると思う。一面の小林さんの作品が散っていて、照らされている様子がとっても心地よかった。
もっと人のいない日に行ってみたい。できれば本を読みに行きたい。と思った。
小山ギャラリーはずっと空間と自分の質疑応答のような感じで、まだ答えは出ず、今は自問自答を繰り返している。モノとカタチの関係がわざと交錯されているようで、はっきりとしなくて面白い。
シューゴアーツは、建築の力(ゾーニング、動線、光など)によって絵を見ることの態度を考えさせられる。それを実感する時、建築の力に驚いた。
この2Fは一つの街のようで、2つのギャラリーはちゃんと関係を持って建っていた。
何の線をひくのか
「壊してもいいのかもしれない補助線」 これは、先週十日町に青木事務所の手がけた地域交流センター「十じろうと分じろう」を見に行った後、とあるOB建築家から出てきた言葉です。
ーーー
今回の十じろうと分じろう(地域交流センター)にとって大きな特徴は、「マーケット広場」と「地元産木製のサッシ」です。(詳しくは雑誌等で) このふたつは建築空間の作り方、そして実際の家の一部となる開口部の設えのお手本です。建物自体へのメリットと共に、どちらも町の風景に大きく影響します。小さな個人の日常空間が大きな町の時間をもつ風景を作ることは、無理のない自立したまちづくりです。
さて、実際に訪れてみるとアーケード沿いに引っ込んだ広場と、綺麗な木材が目を引くファサードが特徴的でした。しかし、私の心の中にはその建物の中にある沢山のスパイスが頭に残っています。
分じろうでは、地元の人との何度もの話し合いから生まれた部屋の多様性と変容性や、青森県美を思わせる色や素材を使った空間の質の多さが心に残っています。こちら(設計側)が準備した(建物というよりも)設えを出したり引いたり組み替えて、それぞれの活動を発見してみてください、と市民に煽るような豊かな可能性を持っているように思いました。 十じろうは、分じろうよりもアトリエの質が強いため、空間の作り方も手アカを感じます。市民とのワークショップで考えたパーテーションの仕上げは、そこの空間を作ることにもなっていますが、市民が自分の家でそのアイデアを利用することを期待しています。工房で建具や家具に扱われている木材は、DIYの際によく目にするくらいの太さの木材です。仕上げも一見特別には見えず、その隣に市民によって付け足された棚が仲間に見えるのです。
どちらの建物にも、現場のスタッフの建築と法規の狭間での戦いや、開かれたデザインであることなど、様々な意識を感じました。
ひとつひとつに町とスタッフの愛を感じたのですが、どうしてもしばらく腑に落ちませんでした。建物全体を流れるものが何なのか把握できなかったことでした。ここまでの時間(ブンシツと市民の空間、まちづくり)を持っていない自分の体だけふわふわと建物の中を流れているだけに思えました。
「さて、これは一体なんなのだろう。」と
ここで思い出したのが自分の卒業制作でした。「カケラ」。町の風景をつくっているものを改めて「カケラ」と名付けて価値を与え、それを次の町の風景に繋ぎ目として足すことで、その町の質(人の意識から建物までも)を保持、進化させていきたい、といった内容です。わたしのその作品の中で大切なことの一つとして、カケラは次の町をつくるためのただのきっかけにすぎない、ということがあります。カケラに価値は与えますが、その物自体の形態に対しては変更可能であり、むしろそれを期待しています。形態が変わること、は次の町がきちんと成り立とうとしている証拠だと思うからです。
当時、「君は何をデザインしたのか?」とよく聞かれ、「形ではなく大切なのはシステムというか、新しい町の価値を見つけ、それを外の人として住民の人に伝えること。そしてそれが消費ではなく、生活のためにあること。」であると返答していました。そのように、私は目に見える形のデザインに固執していませんでした。 別にわたしの姿なんていずれ忘れられてもいいのである。という、スタンスでさえいました。
しかし、そのようなスタンスから生まれた建築を目の当たりにすると、深い靄のような不安を感じます。自分(設計者)はどこにいるんだろう、本当にそう感じました。分じろうと十じろうはそこに色や質感の選択があり、まだ自分を感じるのですが、私のカケラの場合はまったくそこに対する意識はありません。せめて、それをそこにつけるか〜〜!という斜めなセンス位です。もしもカケラが誰かによって実現されたとして、私は何を感じて何に自分を見つけるのだろうと思うと「それでいいのだ!それでいいのか?」が、脳内でずっとリピートされます。
それに対しとあるOB建築家は、 「るいちゃんのは、とりあえずカケラつけるけど、後々誰かが取り外してしまっても、それはそれで構わない、という態度だったじゃない?十じろうは結構それに近いところに行きつつ、最後には色気を出してちゃっかりディテールで作っちゃってた=壊しにくいのでは、ということ」 と返事を下さいました。 また、冒頭の「壊してもいいのかもしれない補助線」について 「補助線は、態度表明かも知れないし、壊しちゃっても平気感かも知れないし、でもその前提で成立するギリギリの空間のベース、方向性のこと、かな」 と表現されました。
普段、設計するとき(と言っても学生なので課題ですが)いくつかの段階の線を引きます。配置やゾーニングなどの時のシングルラインや、何か指標になるものに対するアタリ線、実際の壁を立てる厚みを持つダブルラインや、扉の動きを示す円弧等、同じ紙の上にいくつもの線が重なります。
そのような行為に対して、「補助線」というワードがしっくりきたのです。 遊園地は全て、実線で描かれ、ルートも矢印で引かれ方向まで示されます。誰かが描きたそうとしても、ただ広げるかより濃い線で描くかしかできません。逆にただの空き地は白紙で、何も描けず結局はいつも通り「へのへのもへじ」を描くしかありません。 では、どうしたらいい絵が描けるのか。例えば方眼紙や原稿用紙。使い方は予め大きく決められていますが内容は自由です。でもそれだと、描かれるものはへのへのもへじに近いから、3マスあけるとタイトルです、とか細い線は5ミリ間隔で太い線は10ミリ間隔です、とか指標があります。
ベースが渡された後に、その上で過ごす人がどのように描きたしていけばいいのか、その方向性を垣間見せるのが補助線の役割です。 建築家はその補助線がどこにあるのかを補助線なしに見つけることができると思います。だからまず、建築家が必要で、そこに補助線を引くべきだとおもうのです。
町の大きな図面があったとしたら、青木さんが二軒のマーケット広場を作ったことで、十日町の商店街のアーケードの外側に薄く線が引かれるでしょう。それが町の補助線となり、住民がそこをまっすぐなぞろうとも、斜めになぞろうとも、点線でなぞろうとも、実際の空間として現れて町を作っていくのだと思います。
建物の中で建築家の存在を見失った私でしたが、建築家を建物の外に見つけ、自意識を取り戻しました。
建物の中で空中浮遊していたわたしは、そのまま建物を飛び出し、街全体を見渡せばいいのでした。
9/26/16
小さな自分と大きな町
「この人にこれをプレゼントしたい。」という日ごろの気持ちで、町に対して考えたり、コトに対して考えたりする。
それを、仕事にする。本当に起こることにするにはどうしたら正解なんだろう。
アートの世界だと、地方のトリエンナーレのことを思う。 これは一体誰のためなんだろう。流行っていることと、実際面白くないことが合わさって、誰がやりたくて何のためにやっているのかいよいよわからない。
きっと、誰かのリアリティを持った問題を解決するべく行われていると思う。でも、それがすぐ真似をされ量産され流れていく。
建築の最近の流れも似ている気がする。コミュニティアーキテクチャ、いつも目にするたびに頭の中が整理されなくて、いいよね。こんなの私の町にもあれば良かったのに。と、まず思う。でも、これを作りたいか、とふと建築をつくりたい私に問うと、どうも違ってしまう。
私にとってはリアリティのない話だからかもしれないけれど。私がいま、自分の地元や住んでいるところでのためのプレゼントを作るのと、行われているそういう類のものが、なぜか一致しない。でも外の誰かから見たら一緒なのかな。違いたいな。
「建築」という言葉に隠れているもの
青木さんの3つめの作品集を買ってからしばらく経つけど、初めてテキスト後半を読んでみた。前半がよく知ってる内容だったので、後半がだいぶ衝撃だった。 ドラマチックな内容とかそういうわけではない。震災後についての建築、というか青木さんの話だった。 震災関連の建築家の語る内容は、今までどれも「建築はなにができるか」だった。それに対してわたしは、リアルに震災を体験した身でもなく、はたまた建築のペーペー学生なので感銘は受けても共感はできなかった。そこに書いてあることを自分のなかに取り込むには、偉そぶることしか出来なくて、なんだかむずむずしていた。 しかし青木さんは、そこの違和感に気づき、わたしの喉のつっかえをスッキリ流してくれた。「建築」という言葉に隠れた建築家の主体「わたし」という存在についてだった。なぜか建築家が主役にすり替わっている。そこに違和感を感じていたように思う。 だからと言ってすぐになにができるか、なんて考えることはできないのだけれど、建築という大きな名前を背負わなくても、震災を考えることは出来るのだ。と強く思った。 「建築」という言葉には、見えない力がたくさんある。いい力も悪い力もあると思う。悪い力のひとつが言語化された気がする。
本当の町だったら、「完成」はありません。いつも少しずつ、どこかに手が加えられています。
JUN AOKI COMPLETE WORKS |3|
物語
自分の撮りためた写真を再編したZINEを作っていて、小さな文章を書いたりしていると自分の中にある言葉に気づく。 物語 やさしさ ひとり やさしさ とか ひとり についてはなんとなく考えることはあったけれど、 物語 については初めて見えてきた。 いままでの長い歴史の中で、出来上がってきたいくつかのある特定の意味や機能を持つ建築は、ドラマの中や小説、漫画のなかで誰しもが持ち得るストーリーを作ることがある。 学校の窓際の席からグラウンドにいる想いを寄せる 野球部の男子を見る とか、 だいたいは青春ラブストーリーなのだけど、 そういう、空間の設えが物語を想起させる、妄想させることにとてもワクワクする。 もしもここに椅子を置いたら。 あそこからくるあの人がここであそこのコーヒーを買って飲んでいて、こちらからくるこの人がこのバスをここで待っている毎日を想像するだけで、その二人にはある物語が生まれるかもしれない。 アフォーダンスということばよりも、今は、物語のきっかけ ということばがしっくりとくる。 たぶんそれは、建築が「えっへん」とあぐらをかいていないからだと思う。