渦の家 ピットイン記
ベルリンから空を飛んで三時間、ジョージアはクタイシ市へ。空港の周りには山も見えたがどこか殺風景な印象であった。外に出ると暖かい湿った風が入り込んできた。
そこからバスに揺られ首都トビリシのFreedom squareに到着。
トビリシに着いた頃には空は薄暗くなる前のゴールデンタイムで街も人も輝いておりました。古い建物が立ち並びながらもそれに新しい建物が乗っかっていて融合している。そこらじゅうに坂や段差がある。トビリシは大きな谷の中にある街といったところでしょうか。大きな道は傾斜も少なくなだらかなのですが、少し横道にそれると急に急な坂が現れるのです。それらの坂を下りたところには川が流れていて、もちろん川の向こう側にも同様に街が広がっていました。上手に説明はできませんが、ブダとペストのような関係性も見えました。
今回は友人たちを訪ねることが目的だったので、事前情報もありませんでした。ジョージアと言われてもピンとこない方も多いと思いますが私もその一人でした。
何より今回はジョージアの調査ではなく、友人たちがトビリシでやっている“渦の家(UZU HOUSE)”というプロジェクトを見に行くのが目的でした。これはドイツのライプツィヒにある”日本の家(Das Japanische Haus)”の妹分のプロジェクトだそうです。
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日本の家も渦の家もそれが週二回炊き出しをしていて、誰でもそこに来てよいというのです。時には音楽をしてイベントをしてと、色々な催しもあるそうです。
渦の家の彼らは元気そうでした。彼らが作り出すもの、流れてきている人、渦の家はそんな素敵な空間を作る場所になっていました。ゆっくりとした風が流れておりました。
この渦の家がジョージアに誕生したのはおよそ3年前で、現在とは違う街の中心でやっていたのですが、家賃の高騰に耐え切れず現在の中心部からは少し離れた民家の多い現在の地に引っ越したのだそう。その新しい家はジョージアの昔の大家族向けの家なのでしょうか。リノベーションしなくてはならないところがどこかしこに転がっているわけですし、本気を出せば新しい部屋も作れる。そういったものを直したりしながら大工作業を覚えて、さらに創造で空間ができていく楽しさが見えてなんだか羨ましく思う空間でした。人生を見つめなおしております。渦の家に住んでみたい方は常に探しているとか、、、
そしてジョージアの思い出となると、、彼らを訪ねた次の次の日から渦の家で何かフェスティバルに出店するということで合計10日いましたが、最後の二日以外はずっと友人と遊んでいる感じでした。
たったの十日でもその土地の顔や骨格がなんとなーくわかったということでしょうか。鼻の高い人が多く、目がぐりっとしていて大きな耳も大きな口も持っていました。土地が土地なだけに体もがっしりしていました。
ジョージアは地政学的にも不安定でロシアやヨーロッパ連合との関係の中で現在でも揺れているようです。変化を余儀なくされているこの街を歩くだけでも何か権力の臭いとうものなのか、何かエネルギーを感じたのは正直なところです。きっとここは昔から人が交々する一つのルートだったのだろうとも思います。何よりこの土地にある魂のようなものでしょうか、温泉好きには最高の公共浴場もあり、水源から出てくる熱いお湯には何か魂を感じました。
そしてジョージアはあまり税金が高くないということで、デジタルノマドをしている人も多いみたいです。そんな人たちの話やそんな人たちについての話も聞くことも見ることができました。旅をしながら生きるというのはなんとも現代の新しい生き方というしかありません。
そして帰りにはなんとトルコにもよることができました。いつか経由する飛行機が飛べなくなってイスタンブールに一日滞在しましたが、今回は7時間アンタルヤという町に。
ジョージアで、ある世界を旅し続けている韓国人の人と話していて、なぜ旅をしてるのかと聞いたら、「旅が何なのかを知りたいのさ」と言われました。飛行機で旅をするのは気も引けますが、またちゃんと旅をしたいなと心から思いました。変ないがみ合いのない世界であってほしいものですね。
いやはやイロコイ十日間でした。やっぱり旅はよいものですね。











