Mad Ciphas X All Harlem : The Wild 100s Episode 2 Ft Lex Lavo, Dub Aura, SNS, Yayo

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Mad Ciphas X All Harlem : The Wild 100s Episode 2 Ft Lex Lavo, Dub Aura, SNS, Yayo
All Harlem X Mad Ciphas "The Wild 100s" Episode 1 Ft Kadeem King, Slim Dollars, ShowTufli, UFO Fev
Mad Ciphas ”#1 Street A&R”
2000年代のNew Yorkのストリートヒップホップシーンを語る上でMad Ciphasは必要不可欠な存在だ。 Hot97などのラジオステーションがヒットチューンやトップアーティスト中心のコマーシャルな選曲に移り変わろうしていた2000年に、New YorkはWashington Heightsからシーンに革命を起こすべく3人が立ち上がった。
(Gabo / Stalin / Gee)
彼らはまだラジオでも流れていないストリートの無名の新人たちを自分たちの確かな視点と耳で選び抜き、インストを流しながらひたすら選ばれしラッパーたちがスピットし続ける番組のウィークリー放送をNYのローカルTVネットワークで開始した。
こういったストリートベースの新人アーティストをメインにおいたプログラムやメディアは当時は少なく、巷で噂になり瞬く間にNYのストリート中の話題となった。
今ではNYの代表格となったVADO, Jae Millz, JR Writer, Smoke Dza, Fred The Godson, Mainoを始めHarlemのフリースタイルキングのT-Rex, Murda Mook, Charlie Clipsや若かりし頃のAl-DoeにBodega Bamz...など今でこそ日本での認知度が広まっているが当時はNew Yorkでも無名に近かった多くのラッパー達がこぞって出演し、毎週サイファーをしスキルを磨いたのがこの番組であった。
それが故にNew Yorkに住んでいる2000年代を通ってきたヒップホップファンでMad Ciphasの存在を知らない者は少ない。
この番組の影響もあり当時出演していたラッパーたちはストリートでは有名な存在となった。近所のデリへフラっと寄ったら話したこともなやつが「お前Mad Ciphas TVに出てたよな、イケてたぜ」みたいなやり取りは日常茶飯事だった。
今シーンで活躍するNYの若手たちにもMad Ciphasは大きな影響を与えてきた。2015年1月に亡くなったA$AP Yamsもその1人だった。Mad CiphasのGeeが以前イベントでバッタリ会った時にこんな話をしてくれた。「YamsやRockyもみんなおれら観てきたんだよ、あいつらがティーンの頃A$AP結成したくらいのときから知ってる。Yamsはいろんな地域のイケてるラッパーを常に探してコネクションを作っているだろ。おれたちが昔やってたことを見てきてそれを体現してくれてるんだよ。」と。
この番組の影響で後のフリースタイルバトルブームやSmack, Cocaine City, Sub 0, Come UpなどのストリートDVDブームが生まれ、Mad Ciphasはこのムーブメントのパイオニアであり仕掛け人であった。
2000年から始まりその後7年間の歳月を掛け計275以上のエピソードをストリートに供給し続けたMad Ciphas TVはそこで一幕を閉じた。
2013年の12月、自分がNY住み始め約半年が過ぎようとした頃に仲が良かったmy broのBrianから連絡が来た。「Mad Ciphasが2014年に復活するぞ。今日は撮ってきた最新のフッテージを編集してるらしいから一緒にアジトに行こうぜ」と。
BrianはNYに住んでいた時に一番仲良くしてヤツでJefferies Filmという名でMusic Videoを製作したり、ライブで映像を収めたりしていてシーンにも精通していた。HarlemのDUBを中心としたFamily Money MusicのメンバーでもありDUBのMVもBrianが手掛けていた。昔はCoke Boysとも繋がっていてFrench MontanaとChinx Drugzのクラシック"Tunnel Vision"も彼が収めた映像だ。本当にヒップホップが好きなヤツで今でも新人やイケてるラッパーの情報交換をやり取りする仲だ。
そんなBrianから前々からMad Ciphasの事も聞いていてMad Ciphasがリリースした今や伝説のDVDも観せてもらっていた。
その時まではMad Ciphasのことは知らなかったけどYouTubeでVadoやJae Millzの若かりころのフリースタイルの映像何度か観たことがあって、それが実はMad Ciphasの作品なんだよと聞かされてこんな事をやってた人たちがいたのかと感心させられた。
Mad Ciphasが復活して、しかもその最初にリリースするフッテージの製作現場に立ち会えるとなって、緊張感と好奇心を掻き立てられたのを今でも覚えている。
BrianとUpper West Sideで待ち合わせ、そこからSubwayで向かうかと思いきやMad CiphasのGaboが直接ピックアップしに来てくれた。軽く挨拶を交わし車内に乗り込むとその頃ドロップされたばかりのRetchのMixtape "Polo Sporting Goods"が爆音流れていた。NYといえど車内で流すのはみんなhot97かpower105かそんなのばかりだからこの手の音楽が流れてることがすごく新鮮で嬉しかった。車内でいろいろ話しかけてくれたが音楽がうるさ過ぎて全然聞き取れずなかなか上手く会話ができなかったが、そこで音のボリュームを下げないとこがまたアメリカ人らしく感じられた。
Manhattanの西側を通るRiverside Drive飛ばしアジトのあるWashington Heightsへ。目的地へ着くとそこには坂の上に建つ一軒家が。ドア開け上へと続く階段を上っている時にGaboが「ここの階段をVadoやJae Millz、JR Writerとかいろんなラッパーが何度も行き来してきたんだぞ」って教えてくれた。その時は初めてNYを訪れた時と同じような気持ちになって嬉しかった。
3階の部屋に通されるともう2人のMad CiphasのメンバーであるGeeとStalinにその他友人たちが集まっていた。それぞれと挨拶を交わし、簡単に自己紹介をした。日本のヒップホップシーンや自分の仲間たちのこと、音楽のテイストや今注目してるラッパーのことなんかを話すだけでどんどん盛り上がって、まるでそれはBUBBLEZ601でみんなとヒップホップ話して盛り上がるそんなひと時とまるで同じようだった。
そんなこんなですぐに打ち解け、編集中のフッテージを見せてもらうことに。Mad Ciphas復活後最初にピックアップしていたのは来日ライブも記憶に新しいEast HarlemのDave Eastだった。Dave EastがQBのProjectの一室で延々とフリースタイルをしている映像の横でGeeが「こいつはヤバいだろ。間違いなく有名になるよ」と教えてくれた。
実際にDave Eastは今ではNasのMass Appealと契約し、日本でもライブをしてNYを代表するラッパーの1人に。
その後もいろんなヒップホップ談義に花を咲かせ、帰宅したら既に朝の5時を回っていた。
Mad Ciphasの先見の明もさることながら彼らはとにかく現場主義だ。気になるアーティストがいれば連絡を取りライブやスタジオに自ら足を運んで直接交流を図る。自分がNYにいる間は好きなアーティストのライブにできる限り観に行くようにしていたが、その先々で何度もMad Ciphasに面々に出くわした。別に予定合わせていたわけでもなく行けばメンバーの誰かしらは現場に来ていた。みんなそれぞれ家族もいて日々の仕事もしているけれど本当にヒップホップ対して真剣で熱心である。特によく会うのがGee。あまりにもよく会うもんだからある時こんな話をしてくれた。「お前をみていると若い頃のおれらを思い出すな。俺たちはこの生活を10年以上ずっと続けてるよ。イケてるやつがいれば直接この目と耳で確かめる。仕事を終えてそのままライブへ足を運び、帰るともう朝方。その繰り返しだよ。昔はこれで教師をやってたんだよ。すぐに辞めたけどな(笑)。」
その後にリリースしたフッテージでもTray Pizzy, Jae Tips, Nym-Lo, Al-Doe, Sha Hef, Lex Lavo, Manolo Rose, Neek Bucks, Westside Gunn, ConwayなどNYのストリートシーンのフレッシュな才能をフックアップし、常に現場で収めたリアルな情報を発信し続けている。
Episode 11に登場したBronxのラッパーYoung Bostonが当時のMad Ciphasに出ていた時の思い出をこんな風に語っている。 「高校生の時だ。2 Trainの149stの駅で電車がちょうどホームに止まって降りようとしてたときにホームにいたやつがじろじろ睨んできたんだ。隣にいた友達に降りたらあいつをブッ飛ばしてやるって伝え、電車のドアが開いて降りそいつなんか文句あるのかって言ったらそいつが「お前Young Bostonだろ?Mad Ciphasに出てたよね!あのフリースタイル超ドープだったよ」って言ってきたんだ。なんでおれはBronxに住んでるやつがMad Ciphasをそもそも知ってるのかわからなかった。当時はWashington HeightsとHarlemをベースでしか放送されてなかったからね。そしたらそいつは毎週月曜日にMad Ciphasを観るためだけにわざわざHarlemの従兄弟の家に通ってるんだと。BronxからSubwayに乗って毎週だぜ。あの出来事はドープだったよ」
Mad Ciphas Monday Vol.2では長いキャリアで初のデビューアルバムを"Dream Achieve Zone"をリリースしたSMOKE DZAと下積み時代の思い出を振り返っているが、昔何度も通っていたMad Ciphasのアジトへ当時と同じようにSubwayに乗って向かい何度もフリースタイルをしたアジトの部屋へ何年ぶりに足を踏み入れ感慨深くなっている様子に、いかにMad Ciphasが彼のDZAのキャリアにとって大きい意味を持つかが窺い知れる。
昨今ヒップホップのシーンおいても様々なメディアや媒体が数多くあるが、その多くはコマーシャリズムに溢れ、リアルなNYのストリートシーンを伝えるモノはほんの極僅かである。
金や利益のためではなく、"カルチャー"のために行動し色付けのないストリートのそのままを発信する"#1 Street A&R"それがMad Ciphasだ。
written by Dicey The Kid
Conway The Machine - Wraith-Ful
Mad Ciphas Monday - B Side
Mad Ciphas Episode 10
Mad Ciphas x Ronny Godz
Mad Ciphas Monday Vol 9 Presents "Drugged N Unplugged"