Violin Concerto No. 1 in A Minor, Op. 99: I. Nocturne ⋆࿐໋₊

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Violin Concerto No. 1 in A Minor, Op. 99: I. Nocturne ⋆࿐໋₊
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[2日目、ハイティンク+ウィーンフィルのマーラー、そしてカメラータ・ザルツブルク]
音楽祭の支柱の一つとなるウィーンフィル・コンサート・シリーズも、この土曜日からスタートしている。今年はこのオケの創設175周年記念イヤーでもある。この後も、ネルソンス、ムーティ、ブロムシュテット、バレンボイムと豪華な指揮者でのスケジュールが続くが、今週末は巨匠ベルナルド・ハイティンクがマーラーの交響曲第9番を振るということで、前々から評判にもなっていた。
マーラーにとって実質的に自身で完筆した最後の交響曲となるこの作品。死をテーマにしていることで知られるが、そのせいか、一応、音楽祭前半を飾る「宗教音楽の序曲シリーズ(Ouverture Spirituelle)」の最後のプログラムとして位置づけられているらしい。
考えてみればニューイヤーコンサート以来のウィーンフィル。これは贅沢というべきなのか、それともお久しぶりというべきか。たぶん前者なのだろうが、あれはあれでまあ感動的だった。だが、ニューイヤーはまたそれとして、私自身の経験から言って、ウィーンフィル、最も安定的で全力投球の演奏が確実に聴けるのは、ここザルツブルクである気がする。
作曲家自身の、それこそ「人生の走馬灯」のように、過去の作品の様々なテーマが散りばめられた、大編成による、最後の交響曲。輝かしく力強い菅パートとなめらかな弦のバランスが求められるところである。
コンマスも変わって、ここ数年のうちにすっかり世代交代し、一皮も二皮も向けた感のあるウィーンフィルだが、本日のマーラーは「ここまでか!」と思えるような見事な演奏だった。金菅がこれほど安定的なのは近年になってからのことだと思うし、そして何より、第一楽章初盤から魅了されたのは弦パートである。マーラーの交響曲の魅力のひとつは弦パートの優美さにあり、そしてその点においてなかなかウィーンフィルに匹敵するような演奏に到達できるオケはない。ただ、今日のマーラーの弦は、なんというか、ただ優美なだけでなく、言ってみれば、独特の「レア感」みたいなものを備えていて、それがすごかった。熟成した美しさというより、むしろ、生まれたての、水か滴るような感触である。第一楽章の第1主題に始まったそれが、安定した菅と響き合いながら最終楽章まで持続するので、全体的にとても若々しくフレッシュな演奏にまとまっていく感じである。ドキドキしながら聴いていて、ふと、オケメンが時々お互いに目配せし、笑みを交わし合っているのにも気づいた。こういう和気藹々とした雰囲気も、ここ数年に生まれた新しいトレンドだと思う。
本日のコンマス席はライナー・ホネック。ところどころに置かれたソロパートがもう本当に美しくて、まさに聴き惚れた。
ハイティンクは何というか、オレがオレが、と前に出るタイプではないので、「すごいなあウィーンフィル」と思って聴かされているのだが、けっこう扱いの難しいこのオケをここまで美的にまとめていくのもやはり巨匠の腕前であることは、もはや自明である。長い楽章の合間に、ポディウムに設置された腰掛けに座る休憩がなければ、聴衆がその年齢を感じることはほとんどないほどの健在ぶりだった。
「死に絶えるようにersterbend」という作曲家自身の指示で終わるラストで、その演奏の美学は頂点に達する。9番を何度かライブで聴いていて思うのだが、この「死に絶える」感じをいかに心底味わえるかで、この曲の印象が違ってくる。2011年早春、ウィーン楽友協会でドゥダメル+ロサンゼルス・フィルが演奏した時は、いい感じで「死に絶え」ようとしたところに、一階客席の奥で誰かが「バッターン!」と何か落としてまさかの大騒音を発するという事故?もあった。こういうこともあるので、ラストが近づくとマラ好きの聴き手は何となくナーバスになってくる。が、弱く弱くなる弦をそのまますーっと引っ張って「死に絶え」させたハイティンク、見事としか言いようがなかった。少し静寂があってから、大祝祭劇場の客席全体が地鳴りのようにアプローズで埋まっていく。左手桟敷の一列めだったので、客席がウェーブのようにスタンディングオベーションに入っていくさまがよくわかって興味深かった。本当に、一人の例外もなく、客席が見事全員総立ちである。昨日のシフとは残念ながら対照的だが、こういうコンサートは、すぐれた音楽演奏を「聴きわける」耳をもったレベルの高いお客さんが集まり、その要求に即した演奏を受容している気持ちよさみたいなものがしっかりとある。本来、ザルツブルク音楽祭は、創設の意図からして、こうあるべきなのだと思う。
***
さて、ウィーンフィル・シリーズはだいたい11時開演なので、週末は夜はもう一つコンサートを入れて二本立てになることが多い。ただし、これだけの満足感ある演奏に出会ったしまうと、夜はなかなか微妙である。
モーツァルテウムで19時30分開演は、カメラータ・ザルツブルク。ザルツブルク音楽祭が演奏会のバックグラウンドで行なっているヤング・コンダクター・アワードというちょっとした指揮者コンクールのようなものがあって、その過去の優勝者にちょこっと出演させる枠が音楽祭の中に設けられている。本日は、2015年優勝者のロレンツォ・ヴィオッティが地元名門オケを振る、という企画である。しかし、本日の目玉はヴィオッティだけではない。前半、アルメニア出身のヴァイオリニスト、セルゲイ・ハチャトリアンがベートーヴェンの協奏曲でソロを弾くプログラムで、むしろその超絶技巧を聴きたい聴衆が多かったようすだ。ヴィオッティもハチャトリアンも日本とゆかりが深い。ハチャトリアンが弾きこなす名器グゥアルネリも、日本財団が提供しているらしい。この由緒ある楽器に、ハチャトリアンはとても長い弓を使っていて、技巧を利かせながらも繊細なその演奏は、聴く者を深く魅了するに足るものだと思った。若い指揮者とソリストをカメラータが見守るようにしっかりと支えているのも、好感の持てる演奏会ではあった。
ただ、この手の演奏会は、客席もまた特殊である。私にはよく分からないが、いろいろな人間関係があるのだろう。どうやら、ヴィオッティやハチャトリアンの関係者、ヤング・コンダクター・アワード関係の人も多い感じがした。ベートーヴェンは確かに素晴らしかったが、客席前方がいきなり総立ちになっているのは不自然だったし、私が座っていた左手バルコニー席の前方はアルメニア人の家族?が占拠していて、そのうちの中年のオタクっぽい男性は涙を流し、嗚咽して聞き入っていた。しかも、この家族、ハチャトリアンが上がった後、後半のシューマンは聞かずにそそくさと帰ってしまい、全く何をか言わんやである。 一方、後半、シューマンの交響曲第3番『ライン』。第一楽章は確かにちょっとバラバラしたところはあったが、あとに行くほどそれなりに盛り上がって、悪い演奏ではなかった。しかし、終わった後、上方の客席から数度にわたって激しいブーイングが湧いていた。これも明らかに意図的である。今日はドイツのテレビ局が入って録画中継をしていたことも関係あるのか。まあ、ブーしてもきっとそこはカットされちゃうので無駄だと思うけど…。音楽の世界も、中に入れば嫉妬ドロドロのドス黒い世界、ということなのかもしれない。しかし、ポジ反応にしてもネガ反応にしても、違った体温のひとたち大勢と一つのホールで同じ音楽を聴くというのは、当たり前だが、ある意味でとてもしんどかった。
さて、ちょっと面白かったのは、前方かぶりつきの4列目くらいに、あのフランツ・ヴェルザー=メスト様が座っていたこと。上述のように客席全体が何かと不穏な動きをする中で、このヴェルザー=メストの行動を何気なく観察するのが個人的には楽しかった。さすが、長いことウィーンフィルも振ってきたヴェルザー=メスト。オケが登壇するときには最初のひとりからきちんと拍手で迎えるなど、演奏者に対してリスペクトがあるのがすごいと思った。そして、前半、意味不明のスタンディング・オベーションが巻き起こっても、ヴェルザー=メストはもちろん絶対立ちはしない。周囲全員立っても、一人落ち着いて座って拍手を続けているのが本当にクールでカッコ良かった。空調の効きが悪いモーツァルテウムはもう暑くて、そのうち男性も女性もみんなプログラムでバタバタ扇ぎはじめても、メストは涼しい顔をして、まるでそこだけ冷風が吹いているようだった。というより、メスト、瞬きしているの??笑 …ウィーン国立歌劇場ともいろいろあったのですごく嫌う人も多いけど、指揮者としては個人的にも嫌いではないヴェルザー=メスト。客席でもいい感じでキャラ立ちしていた。
J.S. Bach Violin Partita No.2. Giga (BWV 1004: IV) Today's Bach Fun Fact: There are 4 amazing movements in Bach's Violin Partita No.2 before the Ciaccona. Sergey Khachatryan shows us the Gigue.
Sergey Khachatryan - Brahms violin sonata No.3 4mov (by taximusica)
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J.Brahms Violin Sonata NO.3 in f minor op.108
<4. Presto Agitato>
말이 필요없는 브람스의 바이올린소나타 3번
그 중1,2악장을 좋아하는 편인데.
4악장은 오늘 들으니 좋은것 같다. 뭔가 빵- 터지는 느낌(요즘 무언가 빵- 터뜨리고싶다.ㅎㅎ)