TOHOKU CX蔵王大会に参加して来ました。 今回、最強寒波の到来中に見事ぶち当たってしまった蔵王大会。 去年は雪は全く無く晴天に恵まれてドライコンディションで走りやすかった為、12位に入った相性の良い会場ではありました。 しかしそこは雪国、そうは簡単には楽をさせてはくれませんでした。 元来、12月〜2月にピークを迎えるこの競技。 しかも雪国東北で開催のCXレース。 スノークロスを避けて通れる訳がないのです。 1度もスノークロスを走らずにCXシーズンを終えるなど、チャンチャラおかしい話なのです。 自分の様な、虫の良すぎるヘタレシクロクロッサーにお灸をすえるかの如く、最強寒波到来中のスノークロスが用意されたと言っても過言ではございません。 年が明けると毎日の様に天気予報アプリと睨めっこする毎日。 どうやらスノークロスがほぼ確定するや否や、猿の浅知恵を働かせ足元の防寒対策でオーバーソックスを購入したり、巷で話題のメリノウールのインナーの購入を検討したりと、防寒対策にばかり目が行っておりました。 そんなこんなで当日の朝を迎える。 朝起きてホテルの窓から外を眺めると、見事な吹雪。 腹を括って外へ出てみるも、車がすっかり雪化粧。 こりゃ死ぬな。 会場への道も見事に雪道。 とにかく事故らないよう慎重な運転で会場入り。 会場入りして間も無く、なんと吹雪が止んで太陽が顔を出して来たではないか。 こりゃ最後の最後で天は我を見捨てなかった様です。 早速、受付を済ましてゼッケンを受け取る。 エントリーが早かったので8番のゼッケンだった。 スタート位置も最前列。 上位フィニッシュも夢ではないかも。 ツキが回ってきたか。 しかし、試走を始めて数分でその希望は見事に砕かれた。 今回は総合運動公園内だけではなく、そのすぐ横を流れる河川敷もコースとして使われていたのだが、この河川敷コースがかなりの凶悪コースとなっていた。 運動公園内はパウダースノーで走りやすく、スピードに乗りやすいのだが、ひとたび河川敷コースに出ると、デコボコな上に斜めキャンバーの連続。 さらには主催者曰く、通称「忍者返し」と言われる急な土手を下ってすぐに急な斜面の駆け上がる、まるで風雲たけし城の様なセクションまで設けられていた。 なぜたけし城かと言うと、急な斜面の下りは一歩間違うと川に落ちてしまいかねないパンチの効いた作りとなっていた。 こんな急な斜面を下らせられるのは、たけし城かCXレースくらいなものだろう。 東北CXのオーガナイザーも、どうやら楽はさせてはくれない様です。 そんなこんなでスタート5分前の招集時間となった。 最強寒波のせいで、いつもに増して凍えるスタート待ちとなった。 そして運命のスタート。 1列目スタートだったので、何とか上位陣に食らいつきながらコースへなだれ込んだ。 すると毎度の事ながら落車の連発。 今回は雪も相まっていつも以上の落車ラッシュだった。 なんとか落車に巻き込まれずに、上位陣に食らいつき10〜15位くらいの位置をキープして河川敷コースへ移っていった。 すると、途端にペースダウン。 河川敷のデコボコした路面と雪道が相まって思う様にペダリングが出来ない。 まるで足首に鉛が巻きついたかの様に。 みるみる内に10人以上に追い抜かれ、順位を落としていった。 さらには土が見えて滑りまくりのキャンバーの連続や、たけし城宜しくな「忍者返し」までもが牙を剥いて襲いかかってくる。 更にはクリートがペダルにハマってくれず苦戦を強いられる。 おそらくは雪と泥の固まりがクリート周りにくっついて取れない状態だったのだろう。 改めてオーバーソックスは履かなくて正解だった。 2周目に入ると、上位陣と下位陣のちょうど真ん中のエアポケットの様な位置でレースを進めていた。 前には追いつけず、少し離れた後方から追われるも、差は縮まらない微妙な位置。 しかし、安心は出来ない。 下位陣からの追い上げは相変わらず続いている。 すぐ後ろから、激しい息づかいと共に追手が迫ってくると、こっちも気が気ではない。 背後をチラ見したら2人の追手が迫っていた。 そのまま最終周回に突入。 河川敷コースで1人に追い抜かれ、もう1人もあと僅かまで迫っていた。 最後の難関、「忍者返し」も川にダイブ覚悟でノーブレーキで突入。 もはや心臓が口から飛び出しそうなくらい息が上がっていたが、バイクを担ぎ急斜面を駆け上がり運動公園内に入った。 しかし背後を見ると追手を引き離せていなかった。 これは最後のゴール前はスプリント勝負になりそうだった。 決死の形相で最終コーナーを曲がり、クリートがハマらないまま猛スパート。 背後の追手もスプリントに持ち込んだ気配を感じながらゴールラインを割った。 俺のすぐ横を猛スピードで駆け抜けていった追手を見て、「しまった、差された…」 今回もまた最後に抜かれてしまったのか… しかし、リザルトを見ると1秒差で俺が勝っていた。 結果は25/33位 去年の蔵王大会は12位だったので、大幅に順位を落としてしまった。 とは言え、最後のスプリント勝負は鳥肌が立つほどエキサイティングな瞬間だった。 グライペルは毎回こんな限界ギリギリの勝負をしてるのかと思うと、もはや尊敬の念しか浮かばない。 後で分かった事なのだが、最後のスプリント勝負をした相手は、去年の蔵王大会で自分とデッドヒートを繰り広げたMTBメガネ君(仮称)だったことが判明した。 しかも今年はCXバイクを駆るCXメガネ君(仮称)へと華麗な転身をはかっていたのだった。 去年も俺が1秒差で勝っていたが、今年はあわや差される所まで追い込まれてしまったのだから、次のレースでは確実に差される、いや千切られるかも知れない。 やっぱシクロクロスって面白え。 ちなみに、あれだけ散々懸念していた足の指先の凍えだの身体の寒さだのは、レースが始まってしまったらほとんど気にならなかった。 やれオーバーソックスだの、やれメリノウールのインナーだのと大騒ぎしたけれど、レースに集中していれば大した問題では無い事が分かった。 雪や泥の上を駆け抜けても足の冷たさは気にもならず、むしろクリートがハマらない事の方が重要な問題だった。 まぁ吹雪も止んで天候が回復した事も大きかったとは思うけど、マイナス気温の中でも高強度な運動を誇るシクロクロスはまさに冬の競技として確立しているのだと実感した。 余談だが、昨年の大河ドラマ「真田丸」で一躍脚光を浴びた真田幸村だが、ここ蔵王町は真田幸村の妻と子供達が、仙台の伊達政宗を通じて落ちのびた地との事で、去年同様に町の青年団の…いや真田源二郎幸村殿(本人)が、赤備えの甲冑と六文銭の陣羽織を身に纏いレースを観戦に訪れていました。 去年はチェッカーフラッグを振ったり、プレゼンテーターを務めたりと大活躍だった。 今年は大河ドラマ「真田丸」も終了したので、それほどフィーチャーされずイチ観客として選手達に声援を送っておりました。 日の本一の兵がレースを観戦に訪れるCXレースは、世界広しと言えど、ここTOHOKU CX蔵王大会だけなのです。 毎度の事ながら長くなってしまったが、TOHOKU CXも後は3月の菅生大会を残すのみ。 これからは足の指先が凍えるとか身体が冷えるとか、四の五の言わずこの競技に益々邁進して行く所存でございます。 いつの日か、日の本一のシクロクロッサーと言われる様に頑張ります。











