第5の味覚、うまみって何と聞いている学生がいた、英語の先生もわかりやすく説明するのに苦労し、私もお手上げだった。
ロンドンに来てからというもの、音楽を聴く事、美術館に行く事に並び、料理をする事が自分の楽しみとなっている。
正直、授業の終わりに差し掛かる頃には、食感や各食材の良さを考えながらその晩のメニューを考えてしまう事もしばしば。
日本の料理をイギリスの友人に振る舞う事もあり、日本の食文化について調べるようになった。
その中で、”うまみ”を発見した池田菊苗先生の名前があまりに良く出てくるので調べこの本を読む事にした。
幸いkindle unlimiteに入っていたので、すぐに読み始める事が出来た。
雪見障子の向こうから、たおやかな母の声が廊下を鈴が転がるようにやってきた。
この一文から始まるこの本は、どのような家で、どのような声か、また、この家はどんな光なのかを想像させ、私を明治初期の日本へタイムスリップさせた。英語の勉強に集中するために、日本語を遠ざけていた私にとっては、初めの一文で景色が見える事に驚き、この一文を三度読んだ。
日本語は、こんなにも美しいのかと感じながら。眠くても眠れない程、本を一気に読んだ。
この本は、池田菊苗が8歳で京都から東京へ遊学するところから、ドイツ、ロンドン留学を経てうまみの研究、彼の最期までをまとめた小説である。
特に印象的だったのは、池田菊苗と夏目漱石のロンドン滞在時の話だった。 化学を専攻していた池田菊苗ではあるが、シェイクスピアの講義をしていた程、芸術の知識も豊富であり、また夏目漱石も科学の知識を豊富に持っていた。彼らが話す内容は、私の次元とは遥か彼方に異なるが、同じ会話が出来る人が隣にいる事の素晴らしさと言うのは私の現在の生活と大いに重なるところがある。
キリスト教、宗教への違和感は、私もロンドンへ着いてすぐに感じたが、彼等もこの違和感について語り合っている事に正直ほっとした。
「英文学の背後には 、英国の歴史があり 、英国人の生活がある 。僕が壁だと思うのはこれだよ 。日本人が英文学をやる場合 、問題なのは単に言葉だけじゃないんだ 」
「英国人に英語があるのなら 、夏目君には日本語があるじゃないか 」
という言葉から始まる池田菊苗の話には、私自身も大変救われた。
言葉だけでなく歴史や生活をわからない事で言葉の意味がわからない事が多々あり、頭の中でイメージされる絵がとてもグレーである事、今後私の感じる英語の景色は、カラフルになるのかと度々不安を感じていた。100年以上も昔のインターネットがない時代の夏目漱石も近い事を考えていたと思うと、言語というのはやはりとても大きな壁だと感じた。
彼が東大を退任してから、寺田寅彦が彼の家に訪れた一説の中では、、”科学”という言葉に違和感を感じ話し合っている一説がある。私は、偶然にも数ヶ月前に、科学という言葉を作った西周について調べていた。私は、彼が作った言葉の数々に関心していただけだが、彼等は違和感を感じ”理学”という言葉の方が適切な表現だと話合っていた。寺田寅彦は、物理学者であり随筆家としても有名な人物である。
この本に登場し、興味が湧いた人はほとんど調べたが、皆さん本当に偉人で興味深かった。夏目漱石と寺田寅彦については、更に本を読んで行きたいと思っている。自分でも驚く事に私は、今夏目漱石の本を読み始めている。きっとロンドンにきて、料理をする事になり、そこから興味を持って調べていかない限り、彼の本を意識的に読みたいと思う事は無かっただろう。
知る、学ぶという事は、目の前の景色を変える素晴らしい出来事だと心底感じる日々に私は、今日も眠くなる事が悔しいと感じる。