飼われる直前と直後について
奴隷として飼われ始める前に、奴隷になるための試験として、ゲイビデオのモデルとしていくつかのビデオに出演しました。
オナニーものからSMものまで10本ぐらいです。その後、飼われ始めてからは、調教内容をビデオに撮られた裏モノで、ご主人様の知り合いに配られる程度でした。
撮影ではみんな訳知りで「◯◯さんの奴隷になるんじゃろ?じゃ、言うこと聞けるよね?」って、まだゲイの経験もほとんどない自分に、人前でオナニーさせられる内容から始まり、↑を覚えさせられ、最終的にはSMもので首下剃毛され、何人もの方にまわされ調教を受ける内容までやりました。
期間はほんの3ヶ月程度ですが、この間に↑があったとはいえ、ケツマンを使われることの快楽を仕込まれたんだと思います。
あと出演のギャラは全部ご主人様が自分を奴隷として飼い始める為の費用として利用されました。
始めに嵌められた貞操帯やラバースーツ、首輪と手枷足枷、自分に与えられた作業着は先輩奴隷のお下がりでしたが、先輩奴隷は新しい作業着でしたし、ハリガタやストッパーも新しくされてましたし、乳首の肥大に使うクリップや吸引キャップなんかも揃えてました。
最終のビデオ撮影は、奴隷になる前日から始めて、日付が変わって、ご主人様と先輩奴隷も加わって、そのまま奴隷初日でした。
はじめに奴隷契約を簡単に済ませて、先輩奴隷に風呂場で全身剃毛してもらい、ラバースーツを着せられ、貞操帯を嵌められ、カテーテル、ストッパーをセットされ、乳首クリップを嵌めたら、先輩奴隷がさっきまで着ていたドロドロの作業着を着せられ、首輪手枷足枷と作業着のバックジッパーとボタンとベルトに南京錠でロックされ、自由に脱げなくなったところで、奴隷契約書の内容を声を出して読まされ、初めての奴隷改造と言うことで、ピアスを鼻に1ヶ所と唇に2ヶ所、両耳にパンチピアスと普通のピアス、合計4ヶ所を開けられ、撮影していた場所から、実際に飼われる場所へ、朝の電車で移動しました。
この間、撮影前と撮影途中で↑られたのがキマった状態だったので、あっという間に感じてました。一番長く感じたのは移動時間でした。途中、先輩奴隷が「これくらいは、まだまだ序ノ口だから」と言われても、自分の中では首輪と手枷は見えてるし、足枷は作業着のズボンが鳶職みたいなのだから被って見えないけど、作業着は明らかにボロボロで、洗濯もされてないんでドロドロだし、眉もないスキンヘッドで鼻と唇にピアスしてる状態で「どう見ても変態ですよね?」って先輩奴隷に言ったら「そうなりたくて奴隷になったんじゃないの?」って言われ、複雑だったのを覚えています。その時は緊張して周りが見えていなかったのか、休日の早朝であまり客がいなかったからなのか、ジロジロ見られるような記憶は残っていないです。後日、発展場に移動する時は、明らかに人目が刺さるように感じました。
飼われる場所に到着して、寝起きする奴隷部屋を案内されて、毛布と目覚まし時計があるだけで、窓も電気もないし、床は土間というか土だし、壁はコンパネむき出しで、階段の下だから天井も低くて、先輩奴隷と2人入れば抱き合って寝るしかないぐらいの狭さでビックリしていたら、先輩奴隷から「自分が奴隷になった時はココに3人だった」って言われてもう一回ビックリしました。ちなみに、いなくなった奴隷はほかのご主人様に渡されて、その後、普通の生活をしている奴隷もいたり、奴隷から奴隷を調教する側の社員になった人もいるそうです。あと、この時から、ずっと後ですが、自分にも後輩奴隷ができることになります。
それからは、1日の流れを先輩奴隷に説明してもらって、初の奴隷調教を受けました。あと、ご主人様から命令を受けるべき、服従するべき相手と順列を紹介されました。この中に元奴隷の方や、訳知りの社員で住み込みの方がいらっしゃいました。それくらいで、奴隷部屋に戻され、なんか色々考えているうちに翌朝までボロ雑巾のように寝ました。
翌朝からは、先に書いた内容の通りで、1日の流れになっていきます。仕事が早く覚えられるように、毎朝、ご主人様から課題が出されて、それを帰ってこられるまでに仕上げないといけないのですが、初めの1週間ぐらいは、貞操帯やカテーテル、ケツのストッパーが気になるのと、あと乳首を肥大させるためにつけているクリップが痛くて、全然効率が上がりませんでした。当然、お仕置きを週末に受けるのですが、絶対お仕置きは嫌だと思っても、乳首の痛さは柔がらず、昼間はクリップで、夕方からは吸引され続け、みるみる肥大はするけど、仕事の効率はなかなか上がらなかったです。結局、まともに仕事がこなせるようになって、解体物を分別して、指示された通りに出来るようになるのに、3ヶ月ぐらいかかりました。
その頃には、ケツのストッパーも尿道のカテーテルも拡張され、乳首はパンパンに肥大してました。その頃に、肥大した乳首にピアスが開けられ、ほかのピアスの拡張も進められ、1年後ぐらいには最終的な状態になっていました。
あと、途中でどうしても我慢できなくなったのが、射精出来なくて、切なさマックスになった時に、自分の中でははち切れたのが、ご主人様にケツマンを使ってもらえるようにお願いすることができるようになったことです。初めは、我慢していたんですが、何も言わないと、ご主人様もほかの社員の方も先輩奴隷を性処理として使われるので、勇気を出して先輩奴隷と同じように、帰ってきたご主人様方の足元にひざまづき「性処理をさせてください」とお願いすることが出来るようになりました。初めは声も小さく、ご主人様から「えっ?何?」みたいにいわれ、やけくそで言えば、態度を指摘され、何度か挑戦しているうちに、性処理の穴として、口マンやケツマンを使っていただけるようになりました。でも、ご主人様方が射精されれば、自分はストッパーをもとのケツマンに戻されロックされるので、最後の性欲解消にはならいのですが、使われている時は、自分の切羽詰まった股間の切なさを忘れられるので、また、性処理の穴として使っていただけるようにお願いしてしまいます。ご主人様方もわかってられて、たまに、ハリ型を渡されて、自分でケツを掘らせてもらったり、奴隷同士でやったりしていました。初めて、ハリ型を渡されて、自分でケツを掘ることを言われた時は、複雑な気持ちでした。やるまでは、自分の性欲と淫乱さを恨むというか、情けないというか、でも、始めてしまうと、夢中にやってしまい、ご主人様方がみんな見ている前でも、躊躇なくやってしまってました。ご主人様方に「そんなにケツが掘られたいのか?」と罵られても「はい」と返事して続けてました。最終的には、ご主人様に指示された先輩奴隷が制止するまで続けるという状態でした。それでも、貞操帯を嵌めカテーテルを通されているチンポからはほとんど精液排泄できず、フラストレーションが収まりませんでした。少し漏れた聖液も舐め取らされて、奴隷部屋に戻るよう命令され、なんとか自分を落ち着かせて、寝るようにしていました。
初めの一年で、やること、やるべきことは一通りになって、なんとか時間が過ぎていった感じです。
※画像はイメージです。









