ソウル回想
あと30分で飛行機が成田空港に着陸する。定められた時間で何を書くことができるだろうか。
隣の席の眼鏡をかけた肥満体型の韓国人男性は、終始くちゃくちゃと口の中で音を立てたりため息をついたりしながら、忙しなくしている。どことなく酸っぱいような体臭を漂わせていることを、おそらく彼は自覚していない。
目の前のモニターを見ると、飛行機はソウルから大きく北に逸れ、仙台の下のあたりから成田空港めがけて徐々に高度を下げている。
二つの国を隔てる海には「東海」という名前がついている。その青く塗られた部分は、実際の島の大きさと反比例するようかのように、「独島」という文字に占領されていた。「仁川」「済州」「福岡」「広島」「東京」という地名に連なって。
ソウルにて約8ヶ月ぶりに会った韓国人の女友だち二人は、前回、渋谷で会った時とまったく違う印象を私に残した。彼女たちにとって、ソウルは生まれ、育ち、学び、働く土地だからだろうか。思えば、これまで言語もまともに操れぬマイノリティとして外国に暮らし旅する姿しか見たことがなかった。
私の目に映ったのは、二人が望むことさえなく生まれた瞬間から手に入れた幸運。そして、その幸運だけでは勝ち取りえない成功のために、目に見えない何かと、どこかにいる誰かと、自分自身と競争する日々の憂い。なにより、今の生活を続けるためには選べないものの存在(たとえば、結婚、妊娠、出産)。
「30代後半独身でやたら几帳面」だという男性の上司から、ひっきりなしに業務の進捗を確認する電話が入る。薄暗い漢江の川辺でスマートウォッチの画面が定期的にチカチカと光り、職務を果たすように訴えかける。
「何の件?」「明日のクライアントミーティングの準備がね……」「休暇をとってたのはあっちなのに、オンニは本当にがんばってる……」。
再会した日、私が「会社を辞め無職になった」と口にした途端、韓国随一の広告代理店で働く二人とは、表面的な会話しかできなくなったような気がする。生きている世界が違う、いや、生きる姿勢が違う、この女は私たちの戦線から離脱した、と判断されたのかもしれない。
私は私で、稼いだお金で買ったのであろう、二人が身につけていた一流ブランドのバッグやアクセサリーが虚しく見えた。
私も、彼女たちも悪くない。ただ、東京で、ソウルで、社会に居場所を見つけようとしたり、そうしてお金を稼いだりしているうちに、8年前にパリで出会った頃に持ち合わせていたある種のナイーブさが、私の中にも、彼女たちの中にもなくなってしまったというだけのこと。
飛行機が着陸した。私は私の家に帰る。家族、愛犬、恋人、友人のいる街。
Le 28 août 2024
Seoul, South Korea








