ライオン・ガーデンにて。

roma★

No title available
cherry valley forever
Claire Keane
Game of Thrones Daily

★

shark vs the universe
d e v o n

tannertan36

ellievsbear
hello vonnie
2025 on Tumblr: Trends That Defined the Year
TVSTRANGERTHINGS
Mike Driver
he wasn't even looking at me and he found me
Sade Olutola

PR's Tumblrdome
we're not kids anymore.
NASA
sheepfilms

seen from Mexico

seen from Philippines
seen from United States
seen from Sweden
seen from United Kingdom

seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from Türkiye
seen from United States

seen from United States

seen from United States
seen from Germany
seen from Spain

seen from India
seen from United States

seen from United States
seen from United States
@cremonajulie2015
ライオン・ガーデンにて。
バンフコンクールの時作ったミュージックビデオがやっと完成したようです。お暇なときにどうぞ~
過去に書いたマーキングに、笑わされることがあります。
今週末はカナダのオンタリオ州にあるKitchener-Waterlooという所に来ています。アタッカのプロジェクトの一つである"The 68"をカナダでも、ということになり、三日間で12曲ハイドンを弾こうという強行軍です。
今回弾く曲の一つの譜面に見つけた、謎のマーキング。第一ヴァイオリンの修飾音符に関するメモと、ドラえもんの顔。一体なんの関係があるのか…わけもわからずリハーサルを始めてみて、この場所にたどり着いたとき思わず笑ってしまいました。
勘の良い方はもうわかっていらっしゃるかもしれません。そう、ちょうどこの三連符を私が弾いている時、第一ヴァイオリンのエイミーは美しいメロディーを奏で始めます。「ドラ~」と…。
日本の方にしかわからないネタなので、ここだけでシェアです。
おもしろい。
我が家のレトリバーが逝きました。名前はオリーブ。もうすぐ15歳になるところでした。 オリーブは、ほんとに長い間、遊び相手になってくれました。 残念ですが、15年も生きて、本人も、たくさん楽しんだと思います。 さようなら、オリーブ。
2000年4月16日生~2015年4月1日没。
パガニーニ 協奏的三重奏曲 ニ長調
有名な24のカプリースもないのに、うちにはこんなレコードがある。パガニーニの、ヴィオラとチェロ、ギターのための協奏的三重奏曲。安くて、中身が面白そうだと思ったらとりあえず買う、だからちょっと風変わりなものに偏り気味のコレクションができる。うちのCDやレコードのコレクションは、枚数はあってもそうお金はかかっていない。
居間に寝っ転びながらタイトルの曲を聴いた。まず、楽器編成がいい。響きが落ち着いて、やわらかで。3つの楽器が交代で主役になったり伴奏にまわったり。パガニーニはギターの名手でもあったそうだ。ギターの音の動きも面白い。特に最終楽章が優れているとぼくは思う。
パガニーニの彼女が、名ギタリストだったとか・・・。
キリストを着ること
ガラテヤ人への手紙 第三章27にこうある。
「キリストへとバプテスマされたあなた方は皆、キリストを着たからである」
着ること、の比喩はあとでも登場する。
エフェソ人への手紙 第四章23「神に象って造られたる新しき人を着るべきである」。
コロサイ人への手紙 第三章9ー10「あなた方は〈古き人〉をその行ないと共に脱ぎ捨て、〈新しき人〉を着たのである」
さて、知里真志保はアイヌにおける神の観念をつぎのように説明している。
「(1)神々は、ふだん、その本国では、人間と全く同じ姿で、人間とちっとも変わらない生活を営んでいます。(2)神々は時を定めて人間の村を訪れます。(3)その際、神々は特別の服装を身につけます。たとえば、山の神ならば、家の壁際の衣桁から熊の皮を取り下して身に着けるのであります。・・・(中略)・・・(5)山の神はこのように熊の皮を着て、熊の肉を背負って──いわば、おみやげの食糧である熊の肉を熊の皮の風呂敷に包んで背負って──人間の村の背後の山の上に降り立ち、そこで人間の酋長の出迎えを受けてみやげの荷物である熊の肉の風呂敷包みを与え、その本来の霊的な姿に返るのであります。熊が人間に狩り殺されることを「マラプ〔小さい「プ」〕ト・ネ」(marapto-ne 「賓客・となる」)と云うのでありますが、それや山の神が、はるばる背負ってきたみやげの食糧である熊の肉を、そっくりそのまま人間に与えることによって──すなわち、熊が死ぬことによって──山の神は肉体から解放され、その本来の霊的な姿に立ち返って、人間の酋長の家に「お客さんとなる」という考え方なのであります。・・・(略)・・・」「知里真志保著作集3」「ユーカラと人々とその生活」
ヒラリー・ハーンの“詩”
以下は、2003年に録音された、エルガーのヴァイオリン協奏曲およびヴォーン・ウィリアムズのあげひばりのCDのライナーノートに記載されていたもの。ハーンは1979年生まれだから、二十四歳のときのものということになる。印象的なので書き写しておく。印刷ではすべてセンターリングされている。原文も添える。
このアルバムに刻まれた精神は、その昔
音楽が言葉によって静かに高められ
文字に書かれた動作が
深い意味とともに命を持った時代のもの。
それはあらゆる創造が一つに溶け合い
一つの演奏が一つの記録となり
芸術に完璧さが求められなかった時代を語るもの。
革新と非凡な才能とが、感情に、
情感に宿っていた時代を語るもの。
これらの作品が示すのは、人と自然、
人間性。
そこに明かされるべき秘密はない。
残れる調べは、流れる歌となり
私たちはその流れに沿って、波とともに高まり
永遠の彼方を目指す
解決がもたらす闇を憧れつつ。
ヒラリー・ハーン[訳:木村博江]
The spirit of this album represents a time past
When music was quietly enhanced by words,
When gestures contained in the scribbled page
Came to life as vast statements.
It speaks for an era when creations emerged as one,
When A perfomance became a recording, and
Art did not have to be perfect.
Innovation and genius dewelled in the emotion,
The sentiment.
These works present humanity and nature,
Human nature,
Glimpsing youth and renewal through the eyes of the aged wise,
Revealing no screts.
The remaining phrases declare themselves in fluid song.
We swell with those curves, following their shape
To an everlasting fade,
Yearning for the darkness that resokution brings.
HILARY HAHN
解説は不要だろうが、収録された二曲、
エルガー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調作品61《1909》
ヴォーン・ウィリアムズ:揚げひばりーヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス《1914、20改訂》
これらの音楽が、現代音楽へと移りゆく最後のロマン派の大きな夢のように感受されているのだということがわかる。その感受の内実は、技巧が「完璧を求めない」ほど自由で、自然と人間も対立せず「人間=自然(Human nature)」として現れていた最後の時代、明朗さと闊達のなさ、悲劇性あるいはもっと平易に悲しみと喜びの融通性が、明瞭であったところ。そういうところに出現する「流れ」が音楽である。エルガーの協奏曲は、悲しく、雄大で、音楽する歓喜がその悲劇性のなかに混じりけの無い純粋さを保持しえている、最後の例だ。ベートーヴェンの「歓びの歌」の楽観性を簡単に肯うことができなくなったロマン主義的な情動がそこでは忠実に再現されている。だから暗澹とすることなく、美しい高音を響かせながらも悲しみとある種の悲鳴に近づいていくのだ。その上昇過程を、明るく再登場させるのがウィリアムスの「あげひばり」でもある。この選曲は、ケネディがサー・ラトルと共演したCDとおなじである。この組み合わせは、イギリス、二〇世紀初頭、ロマン主義の最後、第一次大戦前、という区分を考えれば、普通にでてくるものかもしれない。だが、やはりハーンの演奏はのびのびとしている。屈託がない。
とどまることなかりき。
嘉応元年、1169年。後白河法皇「梁塵秘抄口伝集」
「ほおかた、詩を作り、和歌を詠み、手を書く輩は、書きとめつれば、末の世までも朽ちつることなし。声わざの悲しきことは、我が身崩れぬるのち、とどまることのなきなり。その故に、亡からむあとに人見よとて、いまだ世になき今様の口伝を作りおくところなり。 嘉応元年三月中旬のころ、これらを記し終はりぬ。ようよう撰びしかば、始めけんほどはおぼえず。」
あるいは、1964年・・・
エリック・ドルフィの最後のアルバム「ラスト・デイト」のB面 終曲の「ミス・アン」の演奏が終わった後、ドルフィの声が遺言のように残されている。
「音楽を聴き終わったとき、音楽は宙に消えている。もう二度と捉えることはできない」 。
When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never it again.
「ラスト・デイト」(フォンタナ)は、1964年6月2日の録音。このあと1ヶ月足らずの、1964年6月29日に、ドルフィはベルリンで急死した。
Leader dans son secteur, BAM propose toute une gamme de housses et étuis pour instruments à cordes et à vent.
BAMはフランスの、ヴァイオリン・ケース・メーカー。
このサイトもなかなかユニーク。
Jascha Heifetz: the Complete Album Collection Box set, CD, CD+DVD, Limited Edition
ハイフェッツ(1901年2月2日 - 1987年12月10日)のCD、およそ100枚。クラシック・ヴァイオリンのレパートリーはほぼ網羅。
プッチーニ「トスカ」より。「愛に生き歌に生き・・・」、トスカのアリア。アンジェラ・ゲオルギュー。
ベルリーニ「ノルマ」から。アンジェラ・ゲオルギューのPV。
ガスパール・カサド(1897~1966) 、チェロ組曲の最後の楽章。
2015年5月9日に購入した、新しいヴァイオリンの証明書。
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ、ヴェルディの椿姫。マエストロ佐渡裕が満を持してお贈りします。10周年に10公演!芸術文化センターが総力を挙げて創り上げる、夢の舞台。
創業1952年、四国・香川 骨付鳥専門店
2015年5月14日、心斎橋店へ行く。おやどりとひなどりがあって、ひなどりのほうがやわらかいのだけど、少々かたいおやどりも、食べていると、なかなかうまい。
昼下がり。
「 遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」(梁塵秘抄)