「一握りのファンによる少数意見が、インターネットでは大多数の意見に見えてしまうのは何故だろう?
クリスティーナ・ラーマンと南カリフォルニア大学のコンピュータ科学者たちは、そのわけを研究してきた。彼らはこの現象を「多数派幻想」と呼んでいる (中略)ソーシャルネットワークは、特にコンテンツが自由に飛び交うデジタルなネットワークは、大多数の人が同じ意見を持っているような幻想を与えやすいということだ。たとえ、実際にはつながりを多く持つ少数の人たちだけがその意見をシェアしているとしても、大多数がそう思っているような印象を与えてしまう(中略)ということは、一番声の大きいファンを無視した方がいいということだ。ファンはいつも最先端のプラットフォームを通して意見を表明するが、そうしたプラットフォームでは往々にして最も強固で否定的な意見が一番目立ちやすい(中略)
大半の人は商品を買う前にオンラインのレビューを見るが、レビューを残す人は圧倒的に少ない。レビューを書き込む人たちはだいたい、いいにしろ悪いにしろ強い思い入れを持っていて、それをだれかと共有したがっている。ほどほどの意見ならわざわざレビューを書き込まないし、オンラインの議論に参加したりしない。こうした議論に参加する人はそもそも偏りがあると思っていい。
さらに、自称専門家、つまりファンの意見の大半は否定的なものが多いという研究がある。これが問題をさらにややこしくする。「思い入れの強い消費者ほど、目立とうとして低いレーティングをつける傾向がある」と研究者は言う。評価の定まっていない商品やアイデアを認めて自分の評判を危機にさらすより、批判する方が安全だ。たとえば、ある商品について大好きな人と大嫌いな人が集まるグループは、たいてい大嫌いな方に流れる傾向があることがわかっている。しかも、ほどほどの意見の人が集まるグループよりもすぐに、後ろ向きな意見が大勢を占めるようになった。どちらのグループも、平均すれば同じ意見であっても、そのような結果になった。
スーパーファンはそもそも、強い思い入れがあり、その気持を表現するプラットフォームを持つ人たちだ。ひとつの方向に流れが向かうと、ほかのファンたちも勝ち馬に乗ろうとする。批判コメントが殺到すると、それが一握りのファンの意見であることが隠れてしまう。強い思い入れのある少数の人たちが、簡単に議論を支配し会話をゆがめることになる。ほどほどの意見は脇に置かれてしまう。
メイカーズマークの経営陣は、突然世界中が彼らに背を向けたように感じたかもしれないが、炎上は実際にはほんの一握りのファンの意見を反映したものだった可能性は高い。
(『ファンダムレボリューション』p258-260)