オリュウノオバはその三好の気持が分かりすぎるほど分かった。生きながらえ増え続けボウフラの如く生命がわきつづける事が慈悲なら空蝉のように生れて声をかぎりに鳴いて消える生命も慈悲のたまものだった。それなら声をかぎりに鳴いて死んでいく赤ん坊がどんな状態で生れても無垢なように、人を殺しても悪かったと思わない三好は罪に気づかないだけ無垢で、たとえ血の中で女を裸にしてつがるという人の考えられそうもない事をやろうとしての事でも、三好に罪はなかった。
三好が日の射して来る朝まで一寸亭の裏からすぐの竹藪でどういう気持で過ごしたのかとオリュウノオバは思った。日が当り始め地温が上り出して夏芙蓉の花が閉じはじめる頃、竹藪から横に廻り込んだところに植えられていた桜の木に三好は縄をかけて首をつって死んだ。
八月十日だった。オリュウノオバは溜息をついて、三好の背に彫られてあった龍がいま手足を動かしてゆっくりと這い上って三好の背から頭をつき出して抜け出るのを思い描いた。










