親子丼には山椒をかけるといいとか、餃子は酢と胡椒だけで食べると美味しいとか、そういった何気ない日常は今までの恋人たちのアドバイスでできている。
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親子丼には山椒をかけるといいとか、餃子は酢と胡椒だけで食べると美味しいとか、そういった何気ない日常は今までの恋人たちのアドバイスでできている。
心の穴の淵を撫でていく秋風
巣くう虚無、琥珀色のお酒
2022.09.21.(水)
台風が過ぎてなお雲が犇めいている休日。洗濯物を干そうとベランダに頼りない腕を突き出すとその肌にひんやりとした空気と秋の匂いを纏った日差しが雲の隙間から柔らかくささった。いつもなら夏が未練がましく縋っているのに今年はやけにあっさりと秋へバトンを渡したな、と洗い上がったシャツをパンパンと叩きながら依然台風の余韻を残す重たげな空を見上げた。
私は夏が死んでいくのをきっとこの世の誰よりも嬉々として見届けている自信がある。「まぁ!今年もやっと死んでくれるのね!嬉しい!」と。それでいて誰よりも深く沈むのだ。またひとりぼっちの季節が来ると。季節の変わり目はいつも私を狂わせる。年々打たれ弱くなっていて、しなやかさに欠けていくのは気のせいではない。
来月から昇進することになった。今の職場でサブ、つまり副店長という立場になる。昇進することはかまわないのだけど、なんとなくタイミング的に上手く使われたな、という気がしてならない。以前の私ならきっと素直に喜んだのだろう。日々を充実させた、愛する人に愛されていたあの頃の私なら。捻れ具合にも拍車をかけていて今では何周しているかもわかったもんじゃない。かわいくなくなったなぁ。
毎日毎日虚無がやってきては私の心をめった刺しにしていく。まるで通り魔のよう。なんの挨拶もなく、ノックをするわけでもなく土足で踏み込んできては手当たり次第に私の心を乱していく。原因は何かなんてわかってる。この単調な日々に、先の見えない将来に、私の弱さに嫌気がさしているからだ。そして私の頭がおめでたい恋愛至上主義だからというのもある。愛する人がいて、愛される日々があってこそ生きる意味を見出だせるというもので、それ以外は私の中で「幸せ」とはなり得ないのだ。(-なんて幼稚な考え!-)美味しい食事をしようと、柔らかな日に包まれようと、友人とお酒を酌み交わそうとも、それらは私を満たしはしない。それがとても失礼なことのように感じてその罪悪感がまた虚無たちを喜ばせる。果てしない悪循環。
そのせいにしてはいけないのだけど、最近は一人家でグラスを傾ける事が増えた。目減りしていく若さ。それに反して増えていく責任。私の人生はこんなはずじゃなかった。どこで間違えたのだろう、何が狂ったんだろう。何百回、何千回と繰り返したそのどうしようもない考えが飽きもせずにやってくる。変わっているのはグラスの中身だけ。ビールがワインになり、ワインがウィスキーになり。ウィスキーがアブサンになる日もそう遠くないような気がしている。そうなったらいよいよだな、とも。
結局今日も時間に弄ばれるような一日になりそうで朝からびくびくしている。部屋に入る風はすっかり秋めいていて安心すると共に私の心を揺さぶってくる。誰とも会う約束のない私は、日も昇りきらないうちからグラスに琥珀色のお酒を注ぐことになりそうだ。
この人生の最果てにあるのは絶望。それだけはわかる。
自分の生きるべき時間を知っている人は美しい
この前知り合いとお酒を飲んでいたら「そこはかとなく出てるいい女感はなんなんでしょうね。」というお言葉を頂戴しました。ありがとうございます、どうも、いい女です。
幸せってどこにあるんだろう。
失恋したときは江國香織さんの本がよく染みる。
江國さんの本を読んでると一人でも大丈夫と思える。
どうして自分だけは特別だと思うのだろうか。そんなことないのにね。
ずっと寂しい夜を抱えて生きている
あの日々の私を弔うために私は煙草を吸う
心の傷は痛み続けるくらいが丁度いい
優しすぎるのは何もしていないのと同じだから。
いいかげん、切るべき縁、紡がないでいる縁もあるということを学びなさい。
早くタトゥーを彫らねば。あの痛みだけが私を正気に戻す。
選ばれなかった愛の行方
2022.07.31.(日)
早いものでもう文月も終わり。まだ葉月も始まっていないというのに太陽だけはやけに張り切って私の肌を容赦なく焼いてくる。日焼け止めも日傘も頼りなく、また使い終わったマッチのように侘しい黒ずんだ肌になるのかと痛いほど晴れた空とは裏腹に沈んだ気持ちで盛夏の頃を過ごしている。
先日例の人がうちにきて食事をすることになった。その日取りまでにテーブルやシェルフやキッチン回りを大急ぎで買い直してたった一日とはいえ、誰かのために部屋を作り変えるのが楽しくて仕方なかった。私は心のどこかで期待していた。きっとこの人は私を選んでくれるだろうと。烏滸がましいにもほどがあるというのに、舞い上がった気持ちは私の歪んだ目を曇らせるには十分すぎるほどだった。
当日は二人で買い出しをして、ご飯の準備をし、昼間から日本酒やビール、ワインなんかもあけて、外の猛暑なんか意に介さず涼しい部屋で二人して映画を観ていた。
映画を三本ほど観て、アルコールも頭を巡り始めた頃、私はどうしてもいてもたっても居られなくなって言ってしまった。「人は誰かに所有されることはないけれども、それでもあなたを誰かに取られたくないと思ってしまう。私ではだめでしょうか。」愚かな私はついに言ってしまった。言わない美徳というのもあったというのに。それはきっと心のどこかで私を選んでくれると思っていたからなのだろう。本当に愚かだ。
しかし、或いは当たり前かのごとくあの人の答えは「今は恋愛するつもりはないから。」という味気のないものだった。私はこの年になっても諦め癖の悪さは治っておらず、ならあなたがその気になるまで待ちます、と言ったものの自分を安売りしてはいけないよ、と逆に窘められてしまった。せめて半年、一年と期限を決めなさい、と。そう言われてからは早かった。もう帰るね、とあっさり言い残したその人は夏の夜風のようにさらっと帰っていてしまい、空いたワインボトル二本とさっきまで飲んでいたワイングラスと一緒に私はぽつんと部屋に取り残されてしまった。
酔った頭でぐるぐると考えていると携帯が鳴り、「今帰ったよ。今日はありがとうね。」と一言メッセージが届いていた。
どこまでもずるい人だなぁと思う。こんなにもいつも通り接してくれるのに私は「フラれる前に約束してた次のデートの約束は有効だろうか」等と浅ましいことを考えていた。仮に有効であったならと、未練がましく望んでしまう。
どういうつもりで私といるのだろう。やはりただ気の合う友人なのだろうか。そうだとしても側にいれる楽しさを噛み締めることくらいせめて許してほしい。でなければその日選ばれなかった私の愛があまりにも惨めじゃない。
明日から葉月。何一つ切り替わりやしないけれどどこかで区切りをつけなければずっと弱いままな気がする。私は強くなれるかな。
私はずっと「選ばれない側」の人間だったのに、それを忘れて夢なんて見るから痛い目にあうのよ。