先日の発言に矛盾しすぎなことを言います。急に帰り道に寂しくなって、ひとりで空っぽの恋人の家に行ってドアを開けたら、「わ!ただいま!」って感覚になった。自分の家じゃない、人の家の匂いだけど、大層安心した。
たたみきれなかったって言っていた洗濯物が、ベッドの上にいくつか煩雑に置かれていて、独り言で小言を放ちながら片付けた。その後、ベットに1人でもぞっと入ってぼんやりしていたら落ち着きすぎていつの間にかうたた寝していて、慌てて急いで帰った。

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@himitsuou
先日の発言に矛盾しすぎなことを言います。急に帰り道に寂しくなって、ひとりで空っぽの恋人の家に行ってドアを開けたら、「わ!ただいま!」って感覚になった。自分の家じゃない、人の家の匂いだけど、大層安心した。
たたみきれなかったって言っていた洗濯物が、ベッドの上にいくつか煩雑に置かれていて、独り言で小言を放ちながら片付けた。その後、ベットに1人でもぞっと入ってぼんやりしていたら落ち着きすぎていつの間にかうたた寝していて、慌てて急いで帰った。
よく会うね〜というのは自覚している。緊急事態宣言がおわってから、週2〜3くらいで一緒にいるのが当たり前になっていて、よくも飽きないもんだなあと思っていた。人と一つの空間で何時間もいるのが苦じゃないっていまだに不思議な感覚。でも、過ごすのは大丈夫だけどいくら自分のものが増えていっても「人の家」であることには変わらなくて、実家に帰ってくると安心する。なんだかんだ疲れていたことも自覚する。足が浮腫んでいたりするので、メディキュットを絶対に履く。こんな調子だけど、一緒に住んだら「自分のお家」ってきちんと思えるのだろうか。
師走、向こうの出張が長くて、転々とするのですごく久しぶりに週末過ごさないこともそうだし、10日くらいあわない事になった。心の休暇みたいな、ゆったり過ごせるな、と嬉しくなってしまった自分に驚いた。もちろん寂しい気持ちはあるし、しばらく会わなくなる前の日も次の日の朝も「寂しいねえ、」って布団の中でしみじみもぞもぞ、平熱が高い向こうの体温で暖を取るのが冬の日課なので「少しの間、これができなくなるのね」って噛み締めた。とはいえ、すっかり向こうのお家のバス&キッチン&ランドリー(こういうのって一括りにしたらなんていうんだっけ)周りを整えるのが私の習慣になってきているのだけど、次はハンドウォッシュこれがいいなーとかあれこれ調べていたので、すっかりそういうのが板についてしまったなーと思いました。
呼吸する月間
つい3年くらい前まで、身の回りのもの、特にお財布と携帯。すぐに飽きて1年くらいのスパンで変えてしまっていた。あるとき「スマホの扱い方が恋人への態度」みたいなのをたしか見て、それで態度を改めた気がする。身近なものの接し方、ってことなんだろうけど納得したし反省した。それから、ようやく人並みに同じものを2年使ったりとか、ドジして画面割る回数とかが減った気がする。(大人になったっていうのもあるかもね)
先日、久しぶりに弱り目に祟り目みたいなことが起きて、iPhoneが使えなくなった。よくある失ってわかる大切さというか、自分が普段どれだけ使ってたか、頼りにしてた、はたまた依存していたかが分かった。iPad代用したけど、iPhone しか勝たんって感じです。
それと同時になんだか、呼吸するのを忘れていた時みたいに、ハッと、一人でちゃんと生きなきゃ、とかひとりで楽しい時間のこととか思い出して、自分でも、気付かなかったし、でもやっぱり弱っていたんだな〜と内省。
とりあえずあったまって寝ます。緊急時の冷静な行動力だけはあって、無事バックアップとapple storeの予約は壊れてから1時間以内に済ませたので、あとはiPhoneをリカバリーするのみ、、、、。私のリカバリーは、なにしようかな。
私は比較的恋愛が好きだし得意なタイプなので、ずーっと恋している。誰かを好きって思うって、すでに世界に自分一人じゃなくて、少なからず未来を夢見て、明日を生きる活力になって楽しいって思う。
まだ若い頃、恋人との経過時間が半年や1年ですら、途方もない時間を過ごした、とんでもないことだと思っていた。それなのに恋話をすると当時の大人たちに「まだまだだね〜」って言われていたので、時間の価値観がだいぶ違うと思っていたけど、何故って思っていた気持ち。いまなら全然わかる。本当に毎日が瞬間的だし、一年だってあっという間。
去年大層ご多忙、死に物狂いで生きていた人を無理ない程度に支え、そこを乗り越えた故の愛とか絆かなと思っていたのに「去年の記憶が全然ない」とこの間言われて悲しかった。随分前に、あの時助けてくれたから、って言ってくれた一言だけで報われた気持ちがあったのに、それも忘れちゃったか〜とか。
それで去年なにしてたっけって思いだしてみたら、嵐が結成記念日にSNSを解禁して、朝からとっても感動して、「ねえねえ嵐インスタ始めたからフォローして!」って半ば興奮気味に伝えたら快く二つ返事でフォローしてくれて、そういうところが好きと思ったことを思い出して、なんだか切なくなった。別に切なくなる必要はないんだけど。充分構われてるんだけど。星周りと、なにか的に、ダメなのよー多分。
他に何かを特別好きになったわけでもなく、飽きたわけでもなく、はたまた最も最悪な「好きな人の趣味に迎合」したわけでもなく。ただ「過ぎたこと」を取り戻すのを忘れて、とにかく好きで人生において優先順位が高かったアーティストのファンクラブを辞めていた。正確にいうと、更新するのを、忘れていてだいぶ過ぎたけどまあいいかなって思っている。でも自分にとって、人格形成やら人生観に大切だったことには変わりなくて、なんだろうね、本当に青春時代をずっと大切に一緒に過ごした恋人とお別れした気分です。記憶や気持ちは消えないの。でも、更新しなくていいの。固執や1番がなくなった、これからの人生、どうなるか、自分でも楽しみだなあ。
違国日記6巻を読んで思い出したこと。
笠町くんが、ハンサムで大人の余裕があって、お茶目でだいぶ好きです。あと私は愛想の良いおしゃべりな槙生ちゃんかもしれない(槙生ちゃんがそうなったら槙生ちゃんではないが)、という感想。
初孫だし、一人っ子だし、って環境のせいにするのはよくないけどやっぱり他の人に比べてきっと自分勝手というかすごいマイペースなのだろうなあと思う、自分のこと。中学生くらいまで、数年に一回「自己中」って友達と喧嘩になったこともあったし(指摘された内容が全部無意識だったのでショッキングだった)、大学生になればあまりにもみんなが飲み会とか食事の席で気が使えるもんだから、自分全然ダメだな〜っていつからかすごい神経を尖らせて気が使える風に頑張っていた気がする。それは恋人に対しても。無駄に頑張りすぎていたというか。頑張っているからさ、褒められなかったり感謝されないと、ストレス溜まるのよねー見返り求めるというか。普通にできていれば、そうは思わないんだろうね。
ここ数年は、お世話してくれる人(面倒見の良い人)しか恋人になっていなくて、食事に出かければすっと取り分けてくれるし、焼肉はトングずっと握ってるし、鍋奉行だし(私はアク取り大臣)、みたいなのを素直に「ありがとう」って受け取っているだけでした。最近久しぶりの人とあったり、まだ知り合ってまもない人とご飯に行ったとき、「あれ、女性がサラダとか取り分けた方がいいんだっけ・・・」とか内心焦ってしまって。ある人にその場で正直にその話をしたら、「多分だけどあなた面倒見られるの好きだし得意だから、面倒みたい人に好かれるんだよ」って言われて初めて気付いた。適材適所みたいなことだったのかー?
そう思うと、マイペースで気の使えない自分も、まあいいか。ちゃんと感謝できれば、とかまたじぶんを甘やかしてしまうのでした。笠町くんのセリフ。確かに、私は甘やかされていることに多分2割くらいしか気付けていない。でも、気が使えないけど、みんな仲良くしてくれてありがとう〜〜!大多数の方に届かぬ声。
めちゃくちゃよくて5L泣いた、最近ルッキズムについて凄い考えてた。美醜に囚われているわけではないけれど、「タイプ」っていう本能的なものがあるなあと感じていた時にこれをみたから余計わからなくなった。その人の考え方とか、センスとか、そういうところを褒められる、素敵だと思えるっていうのがいいのかな〜とかぼんやり。そのためには、たくさん対話をして、相手を知ることが大事、なのかな。
6月のこの満月はすごーくパワーがあるし、半年後に来る大きな節目に向けて準備するのにいいと言われていて、年明け何考えてたかなあとか思い出したりしていた。けど。なんだかよく分からなかった。何も考えていなかったかも。(笑)
ただ、なんとなく今のままじゃ嫌だなあと思って新しいこと始めたり、少しずつ変化を加えていったりしている。着心地が良くて捨てられていなかった下着捨てたり、とか、なんかそういうことが必要? 見られないからって安心してたけどそろそろやめようかな?みたいな。変な違和感を見過ごさずに、心地よく。自分を犠牲にせず。でも自己中にはならず、他人には思いやりと愛を持って。みたいなねー。
私の場合、やっぱりどうしても考えていることとか思ったことを自分の言葉で書き記したり打ち込んだりアウトプットするのが心地よい性分で、それが円滑に出来ている方が精神衛生が良い、たくさんおしゃべりしたいことが思い浮かぶ方が元気ということがわかりました。いろいろ残したいと思っていたのに、自粛中何にもかけなかった。ということで久しぶりの投稿。
25歳、当面の目標は、低レベルすぎだけど大人として暮らしてゆくための人間力を高めよう、です。(具体的に色々あるけどそれは省略)
足りない部分を補完するために他人と暮らすのではなく、1人で生きられる状況であえて2人で住むのが共同生活だろうな、と思ったので!
もちろん望んでないけれど、大小様々にきっと各自なにか気付くこともあって人類に必要だったかもねコロナ、みたいな気持ちになったりもします。天災は逃れられないけれどウイルスは予防できるところがミソです。試されている感。
後悔しない人でありたいね。判断力も大事。
会社にいかなきゃいけない用事も、先週で本当になくなったので基本的に在宅ワークをしている。通勤のストレスはなくなったけれど指揮ベタな上司へのイライラは続くので、結局土日だけがつかの間の休息だ。
明日の生活もわからない、困窮している人もいる中でなんて呑気なんだといわれてもしょうがないけれど、ディズニーが長い間おやすみしていて、大好きなライブはなくなって、会いたい人にも会えなくなって。普通に全員が、ずっと続くと思っていた日常を奪われた。人生でこんなことが起きるのだなあと、いつこの不安のトンネルから抜けられるのか、受け入れたくなくて他人事のように思ってしまう。天災は起こっても「仕方ない」で済むけれどウイルスは自己責任に近いものを感じているのも、少し怖い。もちろん守れるところまでは守るべきだけど。誕生日も自粛だった。酔っぱらって、約束はしちゃいけないというのが25歳最初の反省。
春であたたかくて油断して泣きそうになってしまった。
きちんと予定を組むとうまくいかず、当日ふらりと誘うと集まれる同期。かなり関東にいるなと飲んだ帰り道に噛み締めた。ちょっと性格の悪い話ができるようになったところも良い。(私だけか?)
あの独特の空気感は、上手く喩えられないけれど、みんなおんなじオクターブの中にいるような、音階は違うけど収まってます、みたいな心地よさを感じるので好き。いつも幸せになれる。晴れた日のお洗濯物やお布団みたいな、あたたかくて澄んだものを吸収した気持ちの良い人々。
コロナのせいで(っていうことにしている)やることがないからお酒を飲む機会が急に増えた気がする。休みの日は昼から飲む。6時にはもうほろほろどころかそこそこに酔っ払っている
わたしは元々おたくっぽいので、好きな人の自分しか知らないような特徴とか癖を見つけてはこっそり喜んでしまう女だ。昔、好きだった人が、男の子なのに外反母趾で珍しいなと気付いたことがあった。本人に伝えたことはなかったけれど。
だからか、一人しか今の時期気がつかないペディキュアを綺麗に、きちんと気が付いた時に塗り直す時間が好き。
大人になればなるほど、なんとなくこんなものだと、内省する時間が減っていく気がする。もっと色々思い出したいし、覚えていたい。
好きなタイプ メモ
中身がだいじよ
一緒にカラオケに行ける人 / お酒が飲める人 / 好きな食べ物の趣味が合う人 / 好きな曲の趣味が合う人 / 適度に性格が悪い人 / その性格の悪さを出せる人 / 男だから女だからを求めない人
人間関係で一番大事なのは信頼関係だ、って本当に思う。愛よりお金で買えないものって信頼。築き上げるの難しいのに何か決定的なことがあると呆気なく崩れる。昔からよく言われることって正しいよね。
今や、死語「サブカル」な人生。昔から、そこそこに歩んできたはずなのに。日々の関心ごとの中心が恋愛になっていたり、仕事で余裕がなくなった時の自分の浅はかさに気付くたび恥ずかしくなる。
映画は代表例で、暇だったり何か手持ち無沙汰な気分じゃないと、誘われない限り観ない体質であることは社会人になってから知った。
音楽は、占い師にも当てられるほど先天的に好きな自覚があるけれど、それでもやっぱりその時付き合っている人とか好きな人からの(相手が音楽好きであればあるほど)影響を受けてしまうし、それが綺麗でない形で終わるとその音楽まで悪者になってしまう感覚がして、例え好きだった曲でも耳触りが不愉快になる。
とはいえ趣味がない人なんて、絶対に話が合わないし、何を好きな人だったら後腐れないんだろうか。(そもそも、終わらない関係を築けるのが目標なんですが)