高校の頃の長い間の片思いはある程度形骸化した。
大学生の頃に使い果たしたと思っていた性欲は段々と自分の心に住み寄り始めていた。
池袋で愛のデモンストレーションをする、あの瞬間の僕が好きだ。でも多分、外見は吐き気がするほど気持ちが悪いのだろう。
遺伝子的に、近い将来に癌を発症することがほぼ確定となった未来を見据え、ぼくはいま、自分の愛としてきたものが、無尽蔵に無差別なものであった、ナパーム弾のようなものに不快さを織り交ぜたものであったと自覚した。誰にでもあげてしまう愛は、いつか自己愛を削ったものであった事は間違いない。ごめんね、と、あなたに言いたい。
大学一年生の頃にセックスに対して恐怖症に近いものになってから、今になってそれが癒えるまで、長い年月を要したのは悪くなかった。それでも、今でもあの時のことを思い出すのは、いつか忘れるときまでの自分への罰なのだろうか。
もう二度と自分を粗末にしないでと彼女に言われて泣いてしまったのは、自分を粗末にしていた自覚があったからなのか。誰も嫌いにならなかったことは、誇りでもなんでもなかったことが、今になって、心をスッと抉る。











