自己紹介
// 176-85-49 凹 // *再アカウント
六尺、黒猫ふんどし、ケツワレ好きのド変態野郎です。
同じような雄臭いド変態野郎との生交尾・ポジ交尾が好物です。ド変態のウケ同士で、ドリチン、クリトリス・チンポになりながら、舌絡めながらコリコリするのも大好きです。孕みてーのは、ガキじゃなくて、ヤバいウイルスだ。
同じようなド変態と繋がるの希望っす。
50代のオヤジだけど、(取り急ぎ)俺がガキの頃から体験したエロ話を残していきます。
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// 176-85-49 凹 // *再アカウント
六尺、黒猫ふんどし、ケツワレ好きのド変態野郎です。
同じような雄臭いド変態野郎との生交尾・ポジ交尾が好物です。ド変態のウケ同士で、ドリチン、クリトリス・チンポになりながら、舌絡めながらコリコリするのも大好きです。孕みてーのは、ガキじゃなくて、ヤバいウイルスだ。
同じようなド変態と繋がるの希望っす。
50代のオヤジだけど、(取り急ぎ)俺がガキの頃から体験したエロ話を残していきます。
リアルで調教開始・・・
リーマンが泊っているホテルの部屋に着くなり、抱きしめられて、見つめられて、「やりたいか?」と聞かれ、「はい、やりたいです。」と答えたところ、ケツの処理をして、リーマンが用意したケツワレを穿くように指示された。
ベッドの上で、リーマンが指示する通り色々なエロいポーズをとった。(スマホが普及しているときなら、おそらく写真も撮られていたと思う。)
リーマンが薄ら笑いをしながら指示し、俺は指示された通りエロいポーズをとっていた。途中からは、自分自身でも興奮していたと思う。
しばらくそんな時間を過ごしたら、リーマンが、ハリガタとピン球3つとローションをベッドの上に持ってきた。そして、「ここで、お前が普段している通りに、マンズリしてみろ!」と言ってきた。俺は何の躊躇もなくベッドの前にある(扉の一部が鏡になっている)クローゼットの前で、ローションで雄マンコをほぐし、ピン球にローションを塗って、1個ずつ雄マンコ(雄膣)に入れていった。俺のケツ穴は慣れていたので、リーマンが見ている前でも難なく受け入れていった。そして、ハリガタ(確かアラブとかそんな名前のどこのゲイショップでも売っているディルド)のLサイズにローションを垂らして、センズリを扱くようにハリガタにローションを延ばした。そして、リーマンにケツ穴を向けて、ハリガタを挿入していった。もう、この頃には、ピン球なしでのマンズリには満足できないケツ穴になっていた。リーマンにケツ穴を向けて、ゆっくり、ハリガタを出し入れした。激しく掘られるのも好きだが、相性の合う奴とは、セッションの最初のころは、ストローク深く、ゆっくりと雄膣を掘られるのがアガる。リーマンの前で、しばらくハリガタを深く出し入れした後、今度は、鏡の前で、自らハリガタを跨いで腰を振り出した。ピン球かハリガタの亀頭部分か?雄膣のGスポットにゴリゴリ当たり、ケツワレの前袋の横からギンギンになった魔羅からスケベ汁が止まらなくなっていた。
リーマンが横で俺の変態の姿を見ているにも関わらず、俺はいつもしているように夢中にマンズリをしていた。ギンギンの雄竿からタラタラ垂れているスケベ汁を指でとって、舌で転がすように味わったり、糸引いているスケベ汁を乳首に塗って、勃起した乳首をコリコリしたり、完全に快楽に没頭していた。
気づいたらリーマンはスラックスを脱いで、ナイロンの靴下、ワイシャツ、ビキニ姿になっていた。相変わらずアヘアヘ顔してマンズリ、乳首コリコリしている俺の横に近づき、俺の頭を寄せて、「俺の蒸れ魔羅の臭いを嗅げ、まだ舐めるんじゃねー。嗅ぐだけだ。後で嫌なほど舐めさせてやるからな。」と言われた。俺は、言われるまま、顔をリーマンの引きのモッコリ部分に埋めて、臭いを嗅ぎながらマンズリを続けた。リーマンのモッコリ部分は、雄のフェロモンの匂いがして、俺の変態心をいっそう盛り上げた。まだ(当時は)成人にもなっていないガキが、初対面の奴に完全に調教されているという事実を、消えかかっている理性で受け止め、でも本当の俺は、異常発情して、完全に頭の中がグチャグチャになっていた。でも、この時には、俺が進む道がすでに決まっていたんだろうと今となっては思う。(やっぱり変態は変態なんだよな、ここのtumblrでつながっている奴らみていても思うwww)
俺は、リーマンに、「舐めたいです。」と自ら発していた。リーマンは確かめるように、「何が舐めたいんだ?」と聞いていた。俺は、「〇〇〇〇さんの雄マラを舐めたいです。」となんの躊躇いもなく答えていた。リーマンは優しく、引きの横からギンギンになった(黒光りしていた)大人の魔羅を引っ張り出し、俺に咥えさせてくれた。俺は、嬉しくて嬉しくて、リーマンの雄魔羅を咥えていた。(マジで旨かった)リーマンは、「ほらマンズリは止めるな!」と指示してきた。
そんなセッションを30分ほど続けていたら、俺のギン魔羅からとんでもない量のスケベ汁がシミを作っていた。俺はまだ続けたかったのに、リーマンは、俺から離れてカバンから別のオモチャを取り出してきた。
一度味わった快楽は忘れられない・・・
早々と大学受験を終えて、卒業式までの間は週1回のペースで登校するような生活を送っていた。
相変わらず、ハリガタとピン球を使ったマンズリは当たり前のように夜な夜な楽しんでいた。でも、快楽には慣れが来るもので、もっと、もっと気持ちいいことをしたい願望(もっと変態になりたい願望)が高まっているのを否定できなくなっていた。
大学に入学して学生生活に慣れた頃、70年代生まれのゲイには馴染みのあるゲイネットサイトにアクセスするようになり、書き込みを読んだり、チャットでエロ話を楽しむようになった。チャットでエロ話を楽しみながらマンズリをしたり、センズリをしたりしたが、完全に楽しめなかった。その欲求不満が、「また、またあのエロリーマンと話したい。」と思うようになり、掲示板に、「ピン球マンズリを教えてくれた〇〇さん、このメッセージ読んでいたら、連絡ください。」といったメッセージと捨てメールアドレスを書き込んできた。
余り期待はしていなかったが、1週間ほどした頃、捨てメールに、「俺のことか?」といった内容のメールが届いて、お互いに間違いではないか確かめるために、自分たちにしか分からない内容をやり取りした。間違いではないことを確信したころ、相手が、家電の電話番号を伝えてきた。その番号は、間違いなくエロリーマンの番号だった。
1年ぶりくらいのエロ電話だったか、めちゃくちゃエロい気分で、マッパで電話かける前からギンギンの魔羅になっていた。呼び出し音をなっているときには、右手で受話器を持ち、左手でギン魔羅を握って扱いていた。
大学に入学したことや、電話できなかった理由を簡単に話し、鏡の前でエロリーマンに指示される通り、ハリガタとピン球を使ってマンズリをしまくった。
そんな電話でエロ指示をされながらマンズリをする日々が数か月続いたころ、エロリーマンから「今度、出張で東京に行くので、会わないか?もっとエロいことしてやるよ!」と誘われた。社交辞令的に、「会いましょう。」と簡単に答えたが、本当に会うかは微妙なところだった。しかし、深夜にエロ電話を掛けるたびに誘われたので、押し切られるように会う時間と場所の打ち合わせをしてしまった。
会う場所は、「新宿」になったのだが、自分が、待合場所として新宿の某大型書店のスポーツ雑誌コーナーにした。理由は、周りにそれなりに人がいるので、いきなり二人きりになるわけではないので、少し安心できた。(ちなみに、スマホもアプリもない時代)自分自身は、デカいこともあって、エロリーマンは簡単に区別できたと思う。
約束した時間少し前にスポーツ雑誌コーナーに行き、スポーツ雑誌を立ち読みしている風をした。言われていた格好ではない客が何人か来た。(単純に立ち読みしていただけの人たち)時間が過ぎた数分後に、言われていた格好のリーマンが自分の隣に立ち、1冊の雑誌を手に取り立ち読みをし始めた。自分がちらちら横に立つそいつを見ていたら、そのリーマンが、「〇〇〇か?」と声をかけてきた。自分は、「はい。」と答えた。リーマンは、「移動しよう。」と言われて、自分は後をついていった。
リーマンは、自分を(混みあっている)コーヒーショップに連れていき、簡単な会話をした。どうでもいいような内容だったと記憶しているが、自分は少しリラックスできた。スムーズに会話ができるようになった頃、「ホテル行こうか?」とリーマンが泊っているホテルに行くことになった。徒歩15分ほどの道のりをリーマンの後ろを歩きながら、「やるんだろうな・・・」、「リーマンとエロいことをしたい。」と思うようになっていた。
ホテルの部屋に入ったとき、リーマンにギュッと抱かれた。目を見られながら、「やりたいか?」と聞かれた、自分は、「はい、やりたいです。」と答えた。そして、ケツの処理を指示され、ケツワレを穿くように指示された。ケツワレイッチョでベッドの上でいろいろなエロいポーズを指示された。その夜は、家に帰ることなく、エロいことをされまくった。
100件の「スキ!」というマイルストーンを達成できたのは、皆さんのおかげです!
ピン球マンズリ ドハマり
高校ま3年で、ケツ穴にピン球3つ入れて、ハリガタ挿入してするマンズリにドハマりしてしまった。
姿見を前で、アヘアヘ顔で、ギンギンのマラからはタラッーとスケベ汁が糸を引いてフローリングを濡らしていた。「俺は変態なんだ。」と鏡に映った変態の自分に興奮しながら、ハリガタを跨いだ腰(ケツ)は止まらないで動いていた。(気持ち良すぎて、止められなかった・・・)
毎日マンズリ(ブッ放し)は当然のようにしていたが、明らかに一日に数回マンズリする日が増えていった。スケベ汁の糸を引いている魔羅を揺らすように腰を動かし、両手は勃起している乳首をコリコリ、時には思いっきり抓り上げ、引っ張っていた。とにかく気持ち良くて堪らなかった。(高校生のガキなんだけど、ガキのようにセンズリしまくらなくても、ピン球マンズリで満足するようになっていた。というより、マンズリじゃねーと、満足できなくなっていた。)
相変わらず、深夜のエロ電も週2-3回はして、1回あたり1時間ほど、電話で調教されて楽しんでいた。エロリーマンは、オレがエロ電をしないときも、ピン球マンズリをしていることは百も承知で、見透かしたように、「昨日は何回ピン球マンズリしたんだ?」と聞いてきた。俺は、ハードルが下がってきたのか、躊躇せず、「2回ピン球マンズリしまくりました。」とか答えるようになっていた。
エロリーマンは、「近いところに住んでいたら、直にもっと気持ちいいこと、変態なこと教えてやるのにな。」と受話器越しに囁いてきた。」俺はそれを聞くたびに、「もっと気持ちいいことしてー。もっと変態になりてー。」と強く思うようになっていた。そう思えば、そう思うようになるほど、ピン球マンズリの回数は多くなり、本当の変態になるベースが出来上がりつつあった。
しかし、高校3年ということもあり、大学受験に専念しないといけないこともあったり、親に電話代(通話代)が高くなっていること咎められて、エロリーマンに電話を掛けるのを止めるようになった。(リーマンの電話番号も全て破棄して、物理的にかけられないようにした。当時は、まだ携帯電話など会社役員くらいしか保持していない時代だったし・・・)
でもカラダが覚えた快楽は、決して忘れられることはできないことを高校3年で思い知ることになる。ふとした瞬間に、ピン球マンズリをしたくなり、クローゼットの奥に封印したピン球とハリガタを取り出して、楽しむようになっていた。止められなかった・・・ケツはピン球マンズリの良さを忘れられなくなっていた。
無性にエロリーマンに電話をして、変態話をしたり、変態な行為を指示されて夜な夜な淫乱な獣になりたい願望は大きくなっていたが、番号を破棄していたため、連絡をとることが出来なかった。
ピン球マンズリや止められないまま、大学受験を終えて、高校卒業までの1ヶ月間、俺はあのエロリーマンを探すことにした。
<余談>
最近、俺と同じようなド変態野郎たちが、Tumblrでフォローしてくれてとても嬉しい。(同じような趣味だとフォロバさせてもらっている。)やっぱり同じように、ガキの頃からド変態の素質があったのかな?少しずつ、快楽が忘れられなく、一歩一歩変態の道を進んできたのかな?そんな話もしてみてーな。
ピン球
ハリガタをぶっ込んで、センズリ、マンズリをするのが当たり前になって、ハリガタをぶっ込まないと、物足りないカラダ(ケツ穴)になってきた頃、エロリーマンに、見透かされたように(「拒否なんてできねーだろ!」)、「次電話かけてくるときは、太いハリガタとピン球買ってこい。」と指示された。
見透かされた通り、学校帰りに、二丁目に寄り、いつも利用しているゲイショップで、ワンサイズ大きい(SからMサイズ)ハリガタを購入していた。すでに、「誰かに見られたらどうしよう。」など考えもしなくなって、ハリガタの他に、ローション、そしてゲイ雑誌(数冊)を躊躇なく手に取るようになっていた。
そのあと、某大手スポーツ用品店により、指示された通りピン球(ピンポン玉)を買って家路についた。
夕食を食べるころから、その晩にするドすけべなことを想像するだけで、ソワソワしていた。(早くエロ電をかけたくて仕方なかった。)
家族が全員風呂に入った後(一番最後に)風呂に入り、シャワー浣を済ませ、姿見を定位置に置き、買ってきた道具(Mサイズのハリガタ、ローション、ピン球3つ)を用意して、ギン魔羅を握りながら、エロリーマンに電話をかけた。
エロリーマンが電話に出て、自分が、「もしもし」と話したら、「買ってきたか?」と聞かれ、自分が、「はい。」と答えた。薄ら笑いしながら、「変態だな。」と言われ、魔羅がさらにギンギンになり、悦びの汁を垂らしていた。
エロリーマンは、「ピン球何に使うかわかるか?」と聞いてきたので、(変態の俺は、どう使うか分かっていたと思うが)「いいえ、分かりません。」と答えた。エロリーマンは、「変態のお前が、分からないはずないだろ?ちゃんと答えろ!!」と攻めてくるので、「ケツの穴に入れる。」と答えると、「ちゃんと分かってるじゃねーか!」、「もうケツ穴じゃなくなってるんじゃねーの?」と攻めてきた。
言葉攻めに感じる俺は、とにかく早くハリガタをブッ込んで楽しみたくなっていて、「お願いします。ケツにハリガタが欲しいです。」と自分から懇願するようになっていた。
エロリーマンは、「焦るな、まず、買ってきたデカいハリガタをケツ穴にブッ込んで、マンズリで解せ!」と指示してきたので、ハリガタとケツ穴にローションを塗って、ハリガタの先端(亀頭部分)をケツ穴に押し当てた。最初の頃は、「肛門が切れた?」と思うくらいの痛みを感じていたが、その痛みは全く無くなって、俺のケツ穴は、自然とハリガタを受けて入れていた。というか、欲しがるようになっていた。ハリガタが肛門を押し広げる感覚がたまらなくなっていた。
エロリーマンに指示されるように、ハリガタをゆっくり、ピストン運動(出したり、入れたり)を繰り返しながら、ギン魔羅を扱いたり、手のひらで、亀頭を擦り、亀頭磨きをして、姿見の前で、完全にアヘ顔した変態に成り下がっていた。快楽に浸りながら、「これが本当の俺なんだ、もっと変態になりてー。」と薄れ行く意識の中で思っていた。
完全に肛門が太いハリガタになじんだ頃、エロリーマンが、「じゃ、お楽しみのピン球だな。」と次の指示をしてきた。
「ピン球にローションを塗って、まず1つ、ケツの中に入れてみろ。」と言ってきた。俺は、「でも出てこなくなったら・・・」と少し躊躇したら、「大丈夫だよ。後で、ホモの産卵できるぜっ!」と言い放った。
俺は、リーマンとの関係は切りたくなかったため、少し怖かったが、言われた通り、ピン球1個にローションをたっぷり塗り、ケツ穴にピン球を押し当てた、スムーズには入らなかったが、なんとか入った。
エロリーマンが、「どうだ?」と聞いてきたが、特段気持ち言いわけでもなかったが、ケツの中に圧迫感を感じ、それがなんとも言えない感じだった。(この「なんとも言えない感じ」は、気持ち良くなる入口なんだと後で気づく)リーマンは、そのままハリガタを入れるように指示してきた。ハリガタを入れたら、ピン球なのかハリガタなのか分からないが、ホモのGスポットにゴリゴリ当たる感じが堪らなくて、受話器越しにホモ雌化していた。
エロリーマンに、「堪らんだろう?」、俺は、「気持ちいいです。堪らんです。」と答えながら、ハリガタを出し入れしまくっていた。
リーマンは、「残りのピン球2も入れてみろ。堪らんぞ!」と言ってきたので、まったく躊躇なく、とにかく更に気持ち良くなりたくて、ピン球2つも追加して、それだけで、ホモのGスポットにピン球がゴリゴリ当たり、マラからは汁が糸を引いていた。
エロリーマンは、「鏡の前で、ハリガタを床に置いて、それにまた跨ってみろ!」と指示してきた。
俺は、言われた通り、直腸の中にピン球3つ入れた状態で、ハリガタに跨ってみた。ケツの悦びを覚え、自ら魔羅に跨って腰を振りまくる、ホモ雌になったときだった。(また、戻れない1歩を踏み出してしまった。)
マンズリ
リーマンに、ハリガタとローションを買ってきたことを報告するために、深夜に(親にばれないように)こっそり電話をした。すでに、素っ裸で雄魔羅をギンギンにしながら電話番号を押していた。(部屋にある鏡には、完全に変態になっている姿が映っていた。)
エロリーマンは、「お前、本当に変態だな。」と電話の向こうで薄ら笑っていた。なんて言われようが、どんどん変態になっていく快感が止められなくなっていた。
いきなりハリガタを使ってエロいことをするわけではなく、ケツを使う前の処理の方法(シャワ浣など)を教えてもらい、後日改めて、シャワ浣をした上で、深夜に電話をかけた。
部屋を暖かくして、リラックスしながら、指にローションを塗って、ケツの穴を解すように弄るように指示された。言われた通りやったけど、期待していたほど気持ち良くはなかった。毎回、最後の方に、鏡に映った自分の変態姿を見ながら、指示された通り魔羅弄りをしてぶっ放す方が気持ち良かった。
週に数回、夜な夜なエロ電をかけるようになっていて、その度に、処理を済ませたケツの穴を指で弄りながら、魔羅弄りをしたりして気持ちよくなっていた。次第に、買ってきたハリガタも最初はキツく痛かったのが、コツを得た感じで痛み無く全部入れられるようになっていた。しかし、気持ち良さは無かった。
でも気づくと、エロ電をかけない夜でも、自ら(指ではなく)ハリガタをケツの穴に挿入して、変態姿を鏡に映しながら、魔羅弄りをするのが当たり前になっていた。
ハリガタを入れないで魔羅弄りをしても、何か物足りなさを感じるようになっていた。
リーマンの家にエロ電をかけて、ハリガタを挿入して、腰を振りながらエロいことを口走り、変態なことを受話器越しに言われ、スケベなことに浸り込むようになっていた。
そんな日々を数ヶ月間過ごして、ハリガタ無しのセンズリなど考えられなくなっていた頃、エロリーマンに、「デカいハリガタとピン球を買ってこい!」と指示された。
俺は、もうエロリーマンの指示を拒否できないようになっていた。
@xmercuryyさんをはじめ、5件のリブログというマイルストーンを達成させてくれた皆さん、ありがとうございます!
ハリガタ
会ったこともないリーマンと夜な夜なエロ電話をしながら、魔羅を扱き上げて雄汁をぶっ放して楽しんでいた。
(ネット動画など無い時代だったので)「オカズとかどうしてるんだ?」と聞かれて、時々、二丁目へゲイ雑誌とかエロDVDを買いに行っていることを話した。そしたら、「今度二丁目へ行くときは、ケツワレとハリガタとローションを買ってこい。」と指示された。
ゲイ雑誌のエログッズ広告で、ハリガタ(雄魔羅に模したもの)を見たことがあったので、それで何をするかくらいの知識はあったけど、使ったことは無かった。躊躇もあり、なかなかハリガタを買ってくることはできなく、エロ電する度に、「ハリガタまだ買ってきてないのかよ?」と急かされていた。リーマンに、「ハリガタでケツ開発したら、センズリ以上だぞ?もっとエロく、変態になれるぞ?開発してやるから、買ってこい!」と言われたら、次の日の学校帰りに、二丁目へ向かっていた。
ゲイ雑誌を買うことにはそれほど躊躇がなくなっていたが、ケツワレ、ハリガタ、ローションを手に取ることは、かなり勇気が必要で、店内で結構な時間を費やしてしまった。ハリガタは、典型的な肌色をしたもので、一番小さいサイズ(S)を手にした。
帰りの電車の中で、バックパックにゲイ雑誌、ハリガタが入っていると思うだけで、魔羅がビンビンになって、先走りを垂らしていた。
自宅に着くなり、自室に急ぎ、バックパックからハリガタを出して、頬ずりしたり、口に咥えたり、自分のギン魔羅と二本ズリしたり、数発ぶっ放した。
夜11過ぎに、ハリガタを買ってきたことを報告がてら、エロリーマンにエロ電をした。
エロ電にハマる
高校に入ると、センズリをしない日はないんじゃないか?というくらい、センズリしまくっていたと思う。家にあった電気マッサージ器(電マ)を魔羅に当てて、先走りダラダラ垂らして、アヘ顔してみたり、掃除機の筒にギンギンの魔羅を入れて吸引してみたり、とにかく気持ちいいこと、変態なことをしたがっていた。
そんな頃、ISDNというインターネット通信の初期のものを使うようになり、ゲイ向けのBBSがあることを知った。今じゃ驚かないだろうけど、高校生の俺からしたらドキドキするような書き込みが多数あり、みんなヤリ相手探し、同じフェチ仲間を探すものだった。
最初は読むだけで興奮して、想像してセンズリして満足していたが、自分も高校生ということを隠して書き込みをしてみた。今じゃなんて書き込んだか覚えていないけど、大した書き込みではなかったと思う。数人とメッセージのやり取りをして楽しんでいたころ、一人のリーマンという奴が、「夜、電話してこない?エロい話しよう。」とメッセージを送ってきた。そこには、関西エリアの電話番号が書かれていた。少し怖かったこともあり、どうしようか悩んだけど、興味には勝てなくて・・・指定された夜11時以降に、恐る恐る電話をかけてしまった。
電話に出た奴は、意外と優しい感じのしゃべり方で・・・最初こそぎこちない会話が続いたが、いつの間にかに、軽いエロ話をするようになっていた。「センズリっていつ頃し始めた?」、「どのくらいの頻度でしている?」、「オカズは?」など・・・もちろん、その会話をしながら、俺は左手で雄竿を扱いていた・・・(竿はスケベ汁でベトベト状態)
会話をしながら、雄竿を扱きながら先走りをダラダラ流していたので、声が時々アヘ声になっていることに気づかれて、「もしかして扱いている?」、「知らない奴とエロ話しながら、扱くなんて変態だな。」と言われると、「俺ってやっぱり変態なんだ、でももっと気持ちよくなりてー。もっと変態になりてー。」と思う自分にも気づいていた。
相手が、「気持ちよくさせてあげるから、俺の言う通りに扱いてみて。」と言われて、手のひらでギンギンになっている雄魔羅の剥けている亀頭を擦りつけるように押し付けるように指示された。まだまだ敏感だった亀頭は、手のひらでこすりつけられるたびに、「ヒッー!」という感覚がして、スケベ汁を流し始めた。知らない奴に電話越しで指示されて、センズリこいていることにとてもアガった。
相手は、おれがすぐにブッ放さないようにコントロールしながら指示を出してきた。俺は完全にズリ猿になっていた。相手は、さらに、「部屋に鏡ある?」と聞いてきたので、「ある」と答えると、「その鏡自分の前に持ってきて、自分の姿が見えるようにして、ズリしてみな?」と指示してきた。
そこには、アヘ顔した快楽に浸っている変態がいた。その変態姿を見たら、我慢が出来ずに、思いっきり雄汁をぶちまけてしまった。
相手は、まだ呼吸が荒い俺に電話越しで、「それが本当のお前だよ、淫乱で変態なんだよ。」、「また気持ちよくなりたかったら、明日、同じ時間にかけて来いよ。」と言って電話を切った。
もちろん、鏡を用意して、次の日も電話をかけて快楽を求めてしまった。
初のゲイ雑誌と二丁目
小学生の頃から変態の素質満々だった俺が、インストラクターのモッコリやノンケ向けエロ本だけで、いつまでも満足できるわけもなく・・・悶々し始めた高校生の頃、クラスメイトとたまたま寄った駅前の大型書店で、「薔薇族」というゲイ雑誌を初めて目にした。 ふざけたノリでクラスメイトが、「これゲイ雑誌だ!」と(平積みではない)薔薇族を手に取り、パラパラめくっていた。そこには、ふんどし姿の日本男児の写真などが掲載されていた。クラスメイト達もふざけて手に取っただけなので、そんなにガン見はしていなかったが、俺にとっては、戻れない領域に足を踏み込んだ感じだった。
家に戻って、そのまま自室に籠り、少しだけだったがパラパラ見た六尺姿の雄のグラビア、雄同士で抱き合ってキスしている写真を思い出しながら、自分のギンギンになった雄魔羅を扱きあげていた。ぶっ放しても、ぶっ放しても、もっとぶっ放したい気分だったことを覚えている。
どうしてもゲイ雑誌というものを手にしたくて、(たまたま自宅最寄りの路線の始点が「新宿駅」だったので)学校帰りに、新宿二丁目に足を向けた。
まだ夕方だったこともあり、二丁目は閑散とした感じで・・・ゲイショップに寄り、店内を見て回る余裕む無く、ゲイ雑誌を2冊(薔薇族とG-men)を買って家路についた。
書く必要もないと思うが・・・家に着いたらすぐに、ゲイ雑誌を読み漁りながら、センズリをしまくっていた。夕飯直前まで何発も、夕飯を食べたら自室に籠り、何発もぶっ放していた。2冊のゲイ雑誌でそんな日々を数週間を過ごしていたと思う。仕舞には、亀頭がヒリヒリしだしたのを覚えている。 当たり前だけど、一度覚えた快楽以下にはできないもので・・・さらに刺激を求めて、度々学校帰りに二丁目に行くようになっていた。
オカズは・・・
「魔羅遊び」にずっぽりハマってしまった俺のオカズは、相変わらず通っていたスイミングスクールのスキンヘッドで胸毛・腹毛ボーボーの雄臭いインストラクターのモッコリだった。競パンのモッコリに浮き出ている、亀頭とデカい金玉のシルエットをついついガン見してしまっていた。
中学くらいになると、モッコリとか他の雄魔羅に興味深々になってしまって、いろいろオカズを漁り始めていた。と言っても、インターネットなど無い時代なので、中学生の自分がオカズにしていたのは、本屋のスポーツ雑誌コーナーに並んでいるスポーツ雑誌(ボディービル関係と水泳関係)とノンケ向けのエロ本くらいだった。
オカズになりそうなタイプのボディービルダーのビルパンモッコリとか競泳選手のブーメランパンツのモッコリを見ながら魔羅弄りをしていた。あとは、普通のノンケ向けのエロ本、特にタイプの男優を楽しむ感じだった。(お気に入りは、チョコボール向かい)
中学生にもなると、イッチョ前に、ギンギンになった雄竿を左手で扱きあげて、スケベ汁をダラダラ流しながら腰振りをしていた。勃起すると完全に亀頭が剝き出て、自然と亀頭磨きもして、1発ぶっ放すまで時間的にかなり楽しめるようになっていた。
ぶっ放す回数は、最低でも1日1回で、多い日は、朝晩とか普通にしていた。相変わらず、雄汁には異常に興奮するところがあり、自分で思いっきりザーメンをぶっ放し、胸や顔に飛び散った雄汁を手や舌て集めて味わって、2発目に向かって、雄竿を扱きまくるような感じだった。
魔羅遊び
小5で自ら「精通」をさせ、センズリの快感を覚えてしまった俺は、それからほぼ毎日センズリを扱きまくっていた。(時には、一日に何度も・・・)ちなみに、俺の1ラウンドは、2回ぶっ放す感じ、つまり2ラウンドすると、4発くらいぶっ放していることになる。
最初の頃は、ぶっ放す(射精)時の快感を感じたくて、ブリーフの中でギンギンになった(まだガキの)魔羅を枕や布団に押し当てて射精をしまくっていた。しかし、ブリーフの中にぶっ放してしまうので、股間あたりからザーメン臭がしてくるようになった。でも、あの生臭くて、雄臭い「ザーメン臭」に興奮(ムラムラ)するようになっていった。快感を味わいたくて、魔羅遊びをして、ブリーフの中にぶっ放し、ブリーフや股間からザーメン臭がしてくると、それにムラムラして、また魔羅遊びをしてしまうという感じだった。結局、止められなくなっていっていた。
ブリーフの中にぶっ放した生暖かいザーメンの臭いを直接嗅いだり、舌でドロッとした出したてのザーメンを舐めては、魔羅を弄る毎日だった。
そんな「変態」な日を過ごし始めていた頃、他の奴の魔羅に興味を持つようになっていった。特に、同じ年より年上の男の魔羅に・・・
小学生の頃、たまたま近所のスイミングスクールに通っていて、当時は、通っている子供も教えているインストラクターも皆、俗に言うブーメランタイプの水着を着用していた。小5とか小6のガキのブーメランパンツなどには興味はなかったが、担当していた2人のインストラクターのspeedoに興味ありありだった。勃起もしていないのに、なんとも言えないモッコリが気になって仕方なかった。一人のインストラクターは、20代の今で言うイケメンだった、もう一人は、30代後半から40代前半のインストラクターだった。俺はいつの間にかに、その二人のインストラクターのモッコリを想像しながら、腰を振りまくるようになっていた。二人のモッコリを「おかず」にしだした。
俺のお気に入りは、どちらかと言うと40代のインストラクターだった。そのインストラクターは、体型はがっちりしていて、禿げていてスキンヘッドだったが、それ以外は、かなり毛深い感じの野郎だった。speedoから腹、そして胸まで体毛がビッシリ生えている感じで雄臭い感じだった。(この頃から、今も雄臭い感じの野郎にアガる。)スイミングスクールに日は、帰宅後すぐに自室に籠り、「魔羅遊び」にふけっていた。その雄臭いインストラクターのモッコリを思い出しながら、ザーメンをぶっ放していた。「どんな魔羅しているのか?」、「インストラクターもザーメンぶっ放すのか?」を考えると堪らなかった。
気づくと、スイミングスクールで穿くブーメランパンツを穿いて、俺自身もモッコリさせて、モッコリ弄りながら、ブーメランパンツに先走りの染みを作りながら、快楽に耽るようになっていた。
小学生時代は、テストステロンが増えてい行くのにつれて、「魔羅遊び」の頻度が増えていったのは当たり前だけど、変態ぽいことばかり想像してはアガっいた気がする。
変態の素質
「ガキの頃から変態気質だったな・・・」と思う。
(今覚えているのは)小5年の頃から、無性にチンポが勃起してコントロールできなくなっていた。(当時はブリーフを穿いていいたが)ブリーフの中でチンポが、ビンビンというよりギンギンになりっぱなしだった。
普段は、皮が被っているのだが、ギンギンになると、皮が完全に剥けて(まだ)ピンク色した亀頭が完全に顔を出すようになっていた。当時は何も分からず、皮が剥けることがマズイと思い、皮を戻そうとするが、ギンギンの最中は、完全にピンク色した亀頭が丸出しの状態になっていた。まだ亀頭磨きなどする前だから、ピンクの亀頭を直に触ると少しヒリヒリする感じもした。
すでに当時、モッコリに異常に執着していて、自室で勉強しているときも、チンポがギンギンになると、ズボンの前を開けて、ブリーフの上からモッコリを弄って遊んでいた。机に向かって(勉強しているふりして)机のしたでモッコリを触りまくっていた。
触ることが気持ちいことを覚えると、触るだけでは満足できなくなり、モッコリをブリーフを穿いたまま、ベッドの上で枕に押し当てて、腰を振るようになっていた。腰を振って、ブリーフを穿いたまま、チンポを枕とかに押し当てていると、ブリーフにねっとりした汁で染みが出来て、それまた異常に興奮するようになっていた。腰を振りまくって、ブリーフに染み込んだ汁を舐めてみたり、完全に「魔羅遊び」にハマり始めていた。
ある日、「魔羅遊び」をしながら、相変わらず枕相手に腰を振りまくっていたら、チンポが気持ちよくて、気持ちよくて、腰のピストンがどんどん速くなり、完全におかしくなっていた時、突然、雷が落ちたかのような、今まで経験したことのない刺激が体を貫いて、ギンギンのチンポから何かが勢いよく飛び出した。恐る恐るブリーフの中のチンポを見たら、大量のザーメンがぶっ放されていた。
誰に教わったわけでもないが、指でドロッとした白い汁をすくい、臭いを嗅ぎ、口で味わっていた。小5年のおれは、「ザーメンの臭いと味がたまらなく好きだ。」と思った。
ブリーフを脱いで、ザーメンをぶっ放したところの臭いを直に嗅ぎ、舌で自分のぶっ放したザーメンを味わいながら、チンポを直に枕に当て、腰を振りまくっていた。
この頃、すでに変態の気質が備わっていたんだと思う。小5年にて、すでにズリ中毒の始まりだった。