ブリキの傘
日記を書くことができない。三日坊主の象徴とされる面倒臭さを発揮して、たとえ一文からでも書いていい自由なものとされていても、最初の単語は何から始めてどう書こうとか、いちいち悩んでしまう。ただ空中にゴミ箱があったとして、バスケの才能はなかったとしても振りかぶって言葉を投げる、それくらいの豪快さで、ささいな言葉だけでいいのに。
午前11時のジムの予約を、前日から気にしていた。11時の予約が一番好きだ。比較的近くのジムを契約しているので、特にメイクもしなければ、仕事の時のように起きて向かうだけだから。とはいえ朝早すぎもせず、9時まで寝れるし(9時に起きるのが一番好き、罪悪感も少ない)顔を洗って歯を磨いて、観葉植物に目がいけば、今は冬場の水やりから夏場の水やりに移行する時期だろうから果たして何日間隔で水やりすれば?と調べもせず悩みながら、鉢の大きさに合わせてじょうろを傾ける。いつも思ったより水はけが良くて、ぽたぽたどころか勢いよく、鉢底から水が漏れる。お気に入りのbodumのフレンチプレスを先日割ってしまった。洗濯機の横の棚に飾るように置いていたのだが、我が家の暴れ馬が脱水をする際の振動で、パリンと砕けて散らばった。悲しい、よりも、形そのままで転がったガラス部分以外は頑丈なんだ!とびっくりした。元々欲張って、一人暮らしなのに一リットルのサイズを使っていた。冷静になれ、と言われたのかもしれない。ちなみにその日から、三日連続くらいで物が割れた。陶器市で安く買った平皿、ガラスのマドラー。不吉だった。すぐさま買い替えたのは赤色でミニマルな一人用サイズで同じくbodumのもの。文字通りプレスした瞬間、今までの押し心地を振り返り、サイズはおろか身の丈に合わないものは使うべきじゃないな、と学んだ。ちゃんとプレスできてなかった。プレスの感覚が一味違う。というわけでコーヒーを一杯を飲み、日焼け止めだけ塗って颯爽と家を出る。朝はおどろおどろしい雨音で起こされたというのに、私が家を出る5分前から晴れ間が見えた。自分の晴れ女ぶりに驚いた、と言いたいところだけれど、同日シーパラダイスで松平健さんが「マツケンSUNバ」という晴れ乞いイベントをやっていたらしい。画面いっぱいに輝く金色の衣装だった。絶対マツケンサンバのおかげだった。
1時間のレッスンも終わり、スクワットにブルガリアンスクワットにカエルキックで酷使したお尻が家に帰りたがっていた。外に出ても青空はぐんぐん広がっていたので、このまま街歩きでもしてコーヒー片手に散歩したいところだけど、私のミギー、シリー、これはつまらないと思うんですが、要は私の身体が帰りたがっていたので一旦電車に乗った。12時、まさにランチタイム。11時のジムが好きなのは、空腹を理由にランチして帰れる、という自分への言い訳が出来るからだ。レッスンの後には毎回プロテインを飲み、それで多少空腹感は収まるものの、家に着いて一息つく頃には食べてくればよかったと後悔したことが何度かあるので気分じゃなくてもどこかに寄るようにしている。シリーが遠出は嫌だとしきりに伝えてくるので、そういえばと気になっていたアジアン料理店に寄ることにした。スクワットの2回目くらいから、今日はチキンライスにしようと決めていた。シンガポールチキンライスもしくはカオマンガイ。ぷるぷるの皮がついててもいい。しっとり鶏ハムのように噛みやすく、程よい塩味のついたお肉にジャスミンライスを一度に頬張ってお腹を満たしたい。お店の入り口の扉は開いていて、春のそよ風がバインダーで留められたメニュー表を揺らしていた。自家製のお茶も美味しかった。ここ好きだなあ、となる飲食店は決まってお手洗いのインテリアに抜かりがない。季節の花、近所の仲良しであろう店の名刺、イベントのポスター、こだわりのポストカード、どこから捻っていいかわからない蛇口。雑多に置かれた紙束の手前、小さなフリーペーパーが目に入った。この子は絶対に後で古紙回収にさせないんだから、と一部手に取り、秘密の地図のように広げれば全体が読めるようになっていた。その中の写真に写ったオレンジ色のマリーゴールドが、ポメラニアンの毛のようにふさふさしていて、愛らしくて、綺麗だった。今日の私はこれを買って帰らなければ、と突如使命感に駆られた。店の近くの花屋へは徒歩何分か計算する。花屋にたどり着くと一目散に店内を一周、黄色いガーベラに白い芍薬、高級洋菓子店のガラスウィンドウより魅力的な花の陳列、その中にマリゴールドはなかった。な、ないか... 季節が少し過ぎてしまったか。今日の店主さんの気分ではなかったか。それでも似た花を探し求め、写真の中に映るマム、いくつかの花を見繕って、左手に収めていく。いつもなら絶対に欲しい花を2本ほど選んだ後、お店の人に「ここに合う花を何個か追加して欲しいです、草花系で」と頼むのだが今日は自分で再現がしたかった。自分でもセンスのいい花束を作れるんだぞ(模倣してるけど)と思いたかった。前へ2歩進み、また後退りして、やっぱりさっきの花にしよう、と手に取ってレジへ向かった。毎週違う花を生けて部屋に飾る人間になりたいけれど、ずっとずっと余裕がない。晴れた日の、人の意見が緩やかに入ってきて美しく思える日の、こういう静かな時間にだけ、私は花を買いたくなる。家に帰って、舞台に出演した時に想像以上に花をもらったことから慌てて購入した緑色の花瓶に生けた。今この文章を打っているパソコンの右横で、この部屋の空気を浄化し、ガーベラが上を向いている間は、元気でいてくれることだろう。私とあなた、どっちが先に萎れるか。ガサツに鞄の中にしまったレシートを一旦テーブルに出して、昨日の鞄から今日の鞄に持ち物を移行するだけの日々、そうやってじゃりじゃりとした心を、あなたに新しい水をおいしくのませることで、少しはまともに生かされておきたい。












