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할머니
実際に生きている人間とはなにか、それを今日の人々はたしかに昔ほど知っていない。そのひとりひとりが、自然の貴重な、ただ一度きりの試みであるような人間が、おおぜい弾丸に当って死んでいる。われわれが一度きりの人間以上のものでないとしたら、われわれのだれもが一発の銃弾で実際に完全に葬り去られうるのだとしたら、物語を話すことなんか、なんの意味も持たないだろう。しかし、すべての人間は、彼自身であるばかりでなく、一度きりの、まったく特殊なだれの場合にも世界のさまざまな現象が、ただ一度だけ二度とはないしかたで交錯するところの、重要な、顕著な点なのだ。だから、すべての人間の物語は、重要で不滅で神聖なのだ。
ヘルマン・ヘッセ “デミアン”
What constitutes a real, live human being is more of a mystery than ever these days, and men-each one of whom is a valuable, unique experiment on the part of nature-are shot down whole- sale. If, however, we were not something more than unique human beings and each man jack of us could really be dismissed from this world with a bullet, there would be no more point in relating stories at all. But every man is not only himself; he is also the unique, particular, always significant and remarkable point where the phenomena of the world intersect once and for all and never again. That is why every man's story is important, eternal, sacred; and why every man while he lives and fulfils the will of nature is a wonderful creature, deserving the utmost attention.
とっっても久しぶりにタンブラーを開いた。
就活のピークから今に至るまで1ヶ月半の時が過ぎたみたい。
autumn leaves
fruits fruits fruits
2019, summer.
私の偏愛
朝になると、東向きの窓から差し込む柔らかな朝日が真っ白なキッチンカウンターに広がってゆく。この優しい温かみを背中で感じながら、朝食の準備を始める。
ストックされた手のひらサイズの全粒子パンを取り出し、コンロ下グリルの上に乗せる。電源を入れ、冷蔵庫から昨朝の残りのアボカドを手に取る。真っ二つ割ったアボカドを片手に、「少し黒ずんでいるな」とか「ちょうどいい柔らかさだ」とかを考えながら、実を潰していく。程なくキッチン中にパンの香ばしい匂いが広がる。表面がカリッとなっていて、淵が少し焦げついているのを確認し、お気に入りのファイアーキングの小皿にトーストを乗せる。キャンバスに絵を描くように、隙間なく丁寧にアボカドを塗る。
絶妙な色合いとサイズ感は何度見ても写真に収めたくなるほど愛おしく、口にするのがもったいない。暫く完成作品を眺めてから、大きな一口。ひんやりむにゅっとしたアボカドと熱々カリカリのトーストが同時に味わえた瞬間が至福の時である。「もう1枚!」と思いつつ、「また明日」と言い聞かせてもう1年が経ちそう。
light of a garden
one summer morning in Japan, 2020.
帰りの電車の中で
「移動距離という鏡」というタイトルで文章を書きました。
帰宅中にぼーっと考えていたことを文章にまとめたのは初めてだったけど、10年後ぐらいに読み返したら面白そう。
a summary: final days of the semester👩💻学期末の日々の生活記録
自粛期間に出会った10個の映画🎬films I watched during quarantine
welcome to my cinema. here's a quick video on some films I watched during quarantine.
私のアボカドトースト 🥑 the basic avocado toast
I made a fun short video on how I make avocado toast. enjoy :-)
昨日でついにオンライン授業が全部終わり、改めてこの期間について振り返ってて、生活リズムとか行動範囲とかはもちろんなんだけど、自分との向き合い方もすごく変わったな〜と。
自分について考えたのは去年の春学期に受けた対人コミュニケーションというゆる〜い授業で自己紹介について話してた時以来で(笑)その時はある学部生が「つい自分を属性だけで語ってしまう」と言っていて、その時はたしかにな〜〜ぐらいで流してたけど、今じわじわとそれを実感するようになった。
「〇〇高校出身で現在〇〇大学〇〇学部の3年です。〇〇研究会に所属していて、サークルは〇〇です。」こんな自己紹介を何度も聞いたし、自分も何度もしたなと。
考えてみればこんなことを言うようになったのは大学からで、高校まではそんな属性やコミュニティも何もなかったからこそそれ以外で自分を表現してた。
特に私は未知の世界に無条件に惹かれて、新しい出会いにもワクワクして、来るもの拒まずありとあらゆる出会いやチャンスに積極的に乗っかっていくタイプだったから、気付いたら大学に入ってからは所属コミュニティが一気に増えていった。かつ自分はそこに少し合わせる癖があって、、、
なにか考えるときも「属性の中の自分」ベースに考え、選択するようになった結果、言動にズレが生じたり、〇〇の自分はこうだけど、〇〇の自分はこうなんだよな〜〜って自分の中で迷うことも沢山あって、今の何に対しても考えすぎる自分が出来あがりました(笑)
コロナの影響で増える一方の属性たちから少し離脱して、昔のように「〇〇の自分」ではなくただの「自分」で行動・考えられるようになりたい!って思って、いざやってみようとしたものの本当に難しい(^_^)どうしてもこれでいいのかな、、と迷うし、まだ自分を修飾する属性たちを捨て切って考えられていないんだよね…
よく(大変嬉しくありがたいことに)周りの友達にはしっかりしてるとか軸があると言われるけど、その度に心の中ではブレブレなんだが〜〜〜とツッコミを入れてる。でもなんだかんだこうなったのは大学から(のはず)だから少しずつこれを機に軌道を戻せたらなあと思ってます。
こんなことを言ってるとお母さんにいつまで自分のことを考えているの!って怒られるけど、本当に人のためになにかできるようになれるぐらいの余裕をもつためにも、自分に自信をつけていきたい!!!です!!
長文失礼致しました。明日も私らしく元気に明るく頑張りたいと思います🌼
Part 2 of my work on @: keio_revolve on Instagram Stories.