『一瞬よりはいくらか長く』
著者:丸橋 十二月(まるはし じゅうにがつ)
並製、四六判、中ミシン綴じ、72ページの小さな散文詩集です。
以下のリンクより、購入していただけます。
並製、四六判、中ミシン綴じ、72ページの小さな散文詩集です。本書の売り上げは、パレスチナ・ガザ地区を支援するために寄付します。
手に取ってもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

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祝日 / Permanent Vacation

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『一瞬よりはいくらか長く』
著者:丸橋 十二月(まるはし じゅうにがつ)
並製、四六判、中ミシン綴じ、72ページの小さな散文詩集です。
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手に取ってもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
無題
映画館に行ってなさすぎて頭がおかしくなりそうなので、ひとり時間をください、と家人に懇願したら、父の日も近いし、いいよ、と快諾してくれた。熟考の末、シラートを観た。立川の極爆音で。最悪だった。最高だった。本当に力強い映画。終映後にざわめきが起きた。めっちゃ文句言ってるカップルとかいた。アギーレや、フィツカラルドや、神々のたそがれに匹敵する、そういう力を画面いっぱいに持った映画だった。胃が痛くなった。町山智浩の解説を聴きながら、立川バテレでこれを書いている。観なきゃよかった、という気持ちに何度かなった。でも、観なければ、観なきゃよかった、という気持ちにすらなれないのである。俺は色んな気持ちにさせられたい、映画によって。これはほとんど自傷に近い。でも、映画だから許される。急に具合が悪くなるは何としても彼女と観たい。
こんちわ。夏が近いですね。ご子息の成長を楽しく拝読しとります。丸橋さんみてたら子育てしたくなってきました。さて、ここ最近の反省について教えて欲しいです(あれば)
ご機嫌麗しゅう。子育てっていうか子育ちです。気づいたら勝手に育っている。毎日楽しいです。
反省、特にないです笑 もっと早く晩酌切り上げて早く寝れば良かったとかは毎朝思うけど。公私問わず日夜無数の失敗を犯していますが、いちいち省みてもしょうがないっていう程度のものです。syrup16g のもったいないっていう曲が好きです。
talk 知覚
過日、保育園のアプリに共有される日報を読むのが楽しみ。日中の様子をうかがいしれて大変ほほえましい。保育士の書く文体に、「〜していました。」ではなく「〜していた息子くん(です)。」というふうに、体言止めが多用される。どういった職業的要請によるものなのだろう。興味深い。
*
IKEAで買ったサッカーボールのぬいぐるみを足下に転がしてやると、しゅーと、といって蹴ることができるようになった息子。天才かもしれぬ。別に教えた覚えもないのだが。右利きらしい。すぐに手で持ち上げて反則を犯してしまうけど、マラドーナもスアレスも手使って英雄になりましたからね。W杯に浮かれて実家が100cmサイズの日本代表のユニフォームを送ってきた。森保一がアイスランド戦の後のスピーチで、大和魂とかいってたのすげー嫌だった。応援はするけど。
*
隣家に小学生くらいのやんちゃそうな兄弟を抱える家庭があり、この季節は窓が開け放たれていることもあって、しばしば賑々しい生活音が漏れきこえてくる。例によって癇癪起こしたらしい男児の叫び声に対して、そういう気持ちになった時はどうするんだっけ? と諭す母親の声がきこえたことがあった。なるほど、アンガーマネジメントを促す子育て。参考になる。こういう気持ちになった時はどうするんだっけ。俺もわからなくなることがある。
落球の自由
引き続き、『二月の次に七月が』を少しずつ。お腹が空く。「生活は習慣の織物」という箴言めいた一節があった。生活は流体で、習慣がその容れ物、と昔自分で書いたことがあったのを思い出した。灌漑して、治水してやって、囲ってやらないと、生活は低きに流れて、澱んでしまう。当時そういう実感から出てきた言葉だった。
*
某試験の対策で、数理的な思考を試される問題があったので、数学科出身の家人に教えを乞うた。結果、君は本当に数学ができないんだね、と呆れられた。俺はなんかこう、うまくいえないんだけど、数字の1を1として真っ直ぐに扱うことができない。なぜ1なのか、ということを考えて煮詰まってしまう。あとシンプルにケアレスミスが死ぬほど多い。
*
家人が誕生日だったので、欲しい物をということで、オーダーメイドの枕を誂えた。3万円くらいした。気に入っているようで何より。俺は寝具でも何でも、かたいものを好ましく思う。老子の思想において、「かたいもの(剛・強)」は死や滅びの象徴であり、「やわらかいもの(柔・弱)」は生の象徴らしい。なるほど、人間はやわらかく生まれて、かたくなって死んでいく。
息が詰まる。深呼吸をする。音が聞こえる。扇風機の音、水洗いの音、ドアの開閉する音。もうしばらくここにいよう。うつらうつらする。音が、また消えていく。夢を見よう。できれば、醒めたままで。「もつと美しい現実の前兆」をしっかり見届けよう、と阿見さんは思う。
堀江敏幸『二月の次に七月が』
くだらないから帰って
抑うつ気味の暗い日々を横切って、わざと一駅手前で降りて歩いた。日なたをさけて。日なたをさけて、ていねいに。と、青島ビールのラベルに書いてある。品質保持の注意書きなんだろうけど、七五調が小気味よい。気分がダメな時は歩くに限る。ヘルツォークも歩くことの聖性を説いている。真冬のミュンヘンからパリを踏破したら、危篤の友人が回復するのだと信じ込んで、800キロを歩いたヘルツォーク。
*
某試験の受験を終えた。もし受かったら、また少し人生が変わる。3月の終わりに一念発起して、通勤時間と子どもを寝かしつけた後の時間をそれぞれ勉強に充てて対策していた。疲れた。結膜炎になって目脂がめっちゃ出た。朝まぶたが癒着して目が開かなくて焦った。手応えはあまりない。苦しんだ割には実りは少ないな。五十嵐隆もハミングバードでそう歌っている。横書きの参考書にすっかり惓んで、気晴らしに長い小説でも読みたい、と思って、塩漬けにしていた堀江敏幸の『二月の次に七月が』を読み始めた。しかしなんだかいまいち、心が動かない。なんかつまんないんだよね、と妻にいうと、あなたはいつも長い小説を読み始めるとそういうね、といわれた。駄菓子屋で算盤を弾く親父さんのいう、三桁もあればみんな幸せになれる、という台詞が良かった。数百円の支払いを言い訳にして見苦しい自己保身を続けているこの国のクソ愚かな総理大臣を思う。フォレスト・ガンプの背骨のように歪んでいる。
こんばんは。私は鬱病があり、週5で働くことができません。(諦めたわけではなく、今後も挑戦していく予定です。)これから好きな人と同棲しよう事になり、今の所引っ越し資金だけしか金銭面で負担できません。お相手は無理しなくていい、と言ってくださいますが、どうしても金銭面で負担を大きくしてしまうと思い、不安です。人にはお金以外の価値もあると思いますが、自分に対してはなかなか思えません。この考えは相手にとっても失礼になるときがあると思います。どのように考えて折り合いをつけていけばよいか、また結婚や家庭を持つことの良さなども教えてくださると嬉しいです。
鬱の人の考え方だなー、という感じがします。医者でも専門家でもないので無責任なことをいうようですが。挑戦なんて気負い込まずに、暇だなー何かやりたいなーと思えるまであなたはゆっくり休んで、好きな人を眺めていればよろしい。何かしてもらったときは、ごめんじゃなくてありがとうといいましょう。僕もよく妻に詰られます。
ご自愛ください。
春に、付き合っていた恋人と別れました。はじめての恋で、はじめての失恋です。恋人がいる時間はとてもたのしかったけれど、恋人がいない時間もたのしいです。わたしを好きになってくれたことが夢みたいだったのに、あの子がくれたものとか、おそろいのものとか、手元に残っていて、そのことがふしぎです。ずっと思い出すのかなあ、いつか忘れちゃうのかなあと考えて、ときどきなみだがでます。
恋するわたしは狂っていて、それをそうといえるわたしは正気である、恋はわたしを分断する、というようなことをロラン・バルトが『恋愛のディスクール』という本で書いていたのを、読書メモに残していました。君もまさに分断されているらしい。北村透谷は、「恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味かあらむ」と書いています。恋愛の無い人生に何の色味があるか、いや、ない、と。恋するたびねずみ算式に千々に砕けていって、最後は人生が花吹雪みたいに彩られるといいですね。ところで、質問は何ですか。
丸橋 十二月
今はただ酒を
13連勤明けた。神だったら世界二つ創れる。帰りの電車が遅延したせいで満員で、一本見送った。俺の後ろに並んでたジジイは俺が乗らないと見るや否や俺を追い越して、稠密な肉の壁に怯むこともなく体を捩じ込み見事に乗車していった。次に来た電車も鮨詰めだった。刺激を受けているときだけ自分の輪郭を保てる、ダイラタンシー流体みたいな体で、頭で、俺は、俺の、俺が、俺を、全て流れていく。だから書き留める。句読点を打つ。手の甲にほくろのある女がいた。外回り中に交通事故見ちゃった。交差点でSUVに軽自動車がぶつかった。通報しようかと思ったけど、誰かがするだろうと思ってしなかった。もし体が二つあったら、俺はあんただったかもしれない。体が二つも三つも四つもあったら、俺はあんたたちだったかもしれない。世界は俺の体の外にあるけれど、俺の頭の中は世界よりも広い。だから今はただ酒を。手の甲にほくろのある女のことを。
わたしはかい
失語症の季節! 失語症の季節! と叫びながら風呂上がりの全裸体でソファに横たわっていたら、どっちの? と彼女に問い詰められた。一口に失語症といっても、左側頭葉のウェルニッケ野の損傷によって言葉の理解はできないものの多弁になってジャーゴン(意味の通じない言葉のサラダ状態)が起こるウェルニッケ失語と、脳の左前頭葉にあるブローカ野の損傷によって言葉の理解はできるものの思うように話せなくって失文法や書字障害を伴うブローカ失語の2種類があるけれど、お前のいう失語症の季節というのは、ウェルニッケの季節なのか、ブローカの季節なのか、どっちなのか、どちらでもないのか、と問い詰められて、俺は一個の貝になった。全裸体の貝になった。全裸体の貝の季節になった。
ZNZNZNZN
息子と会話らしいコミュニケーションの成立することが増えてきた。お母さんにどうぞしてきて、という指示に従ってくれたり、排便を報告してくれたり。語彙の数も20は下らなくなってきた。世界を分節する過程にある。黄色い花はぱんぽぽ、青いものはあおと指差すことができる。教育番組でテレビにクジラが映ったのをみて、おおきい、といった。相対的な大小ではなく、クジラのことをおおきいという名前の生き物なのだと、どこかで覚えてきたらしい。
*
テルアビブに駐在経験のある人と飲酒する機会があった。継父に殺された京都の少年の事件や修学旅行生の事故死に話題がふれて、子どもが死ぬ事件は嫌だね、とその人がいったので、俺は思い切って、ききたいことがあるんですけど、と切り出してみた。実際のところ、現地に暮らすイスラエル人はどういう感覚でいるんでしょうか。俺の張っているアンテナでキャッチできる情報は、病院や小学校が爆撃されたとか、弱い者が、子どもたちがたくさん犠牲になった、というようなニュースばかりで、俺は胸が痛い。どんなイデオロギーでも、子どもが死ぬことを肯定することはできないと思うから。でも現地に暮らすイスラエル人の人たちは、どういうふうに思っているのでしょうか。自分の祖国が子どもたちを虐殺していることは。その人は途端に鋭い表情を浮かべて、慎重に言葉を選びながら丁寧に答えてくれた。イスラエル人は至って明るく陽気で、自分のように他所からやってきた人にも非常に寛大で親切であった。きっと自らも迫害された歴史を持っているからだろうと思う。しかし、そのように優しい市井の人々がパレスチナ問題のこととなると目の色が変わる(という言い方をその人はした)。彼らにとって、つまりユダヤの人々にとって、ようやく手に入れた自分たちの国を手放すわけにはいかない、という思いがいかに強いか、その思いが集団の意思決定にいかに強く深く作用しているか、ともすれば、大勢の子どもの死をすらも是とすることがあるような。全然わからないですね、と俺は正直にいった。理解できないということが理解できた。
面白そうに泳いでる
何年も雨と風と太陽に曝されて、極限まで反り上がったナイキのサンダルを踏み潰すようにつっかけて、去年義実家の買ってくれた大仰な鯉のぼりを組み立てた。既に日の暮れかかったベランダで息子を抱き上げると、息子は大きい真鯉のその向こうの空を指さして、あ! あ! と叫んだ。見やると、つがいの黒い鳥が春がすみに烟って薄明るい空の向こうを遠く飛び去っていくところ。鳥だねぇ、カラスかなぁ、と息子に語りかけると、息子は不器用に右手を振って、おーい、おーい、と小さな声でいった。ほほえんでいた。俺はたまらなくなって、ほとんど泣きそうになって、この世で最も美しいものは、と思った。この世で最も美しいものは、我が息子の胸の底のここに、と思って、息子を抱き上げる手にちょっと力を込めた。すると、息子は俺の首に腕を回して俺の肩に頬を乗せて、一身に体を俺にあずけ、小さな声で、ぎゅー、といった。俺はたまらなくなって、ほとんど泣きそうになって、この世で最も美しいものは、と思った。
天才だった頃
保育園でちょうちょの歌を心得てきた息子は、家でもその歌を歌ってやると、ちょうちょ、ちょうちょ、とややずれた調子で、でも楽しそうに口ずさみ横揺れに体を動かして踊るようになった。ギターを使ってソミミ、ファレレと爪弾いてやると、息子はやはり同様にちょうちょ、ちょうちょと歌い踊る。耳がいい。天才かもしれぬ。
*
息子が落書き帳にクレヨンで絵を描いた。いや、絵を描いたっていうか、でたらめに手を動かして無軌道な線の痕跡を残した、その一部を指さして、まんな、といった。まんな、とは息子の語彙のうちバナナを表すことが既に我々夫婦の研究によって明らかとなっており(丸橋,2026)、息子は確かに楕円形にふちどられたバナナっぽいシルエットを指さして、まんな、といった。絵心がある。天才かもしれぬ。
大きな円錐花序となって
祖父の7回忌と祖母の3回忌をまとめて執り行った。併修というらしい。大人になっていまいち接し方のわからなくなったいとこたちとは微妙な距離を保ちつつ、共に一歳の我が子と姪っ子、つまり新しい世代のいとこ同士も一堂に会して、久しぶりにずいぶん賑やかな法事だった。境内の駐車場で車を降りると、おびただしい茶褐色の木の実が黒い球状の種子をむきだしに潰れており、歩き回る息子が手に取らないように気を配りつつ本堂に向かっていく途中、この木の実はムクロジという名の植物なのだと母親が教えてくれた。黒い種子は、羽根突きの羽根の先に利用されるアレらしい。むくろ、という音に不吉な響きを覚えつつ、乾いていそうな種子を一つ拾い上げてみると、確かに硬く、e-maのど飴みたいな手触りだった。石畳の上に落とすと、コツンと小気味の良い音が響いた。
いきぬき
過日、きつい。毎年のことながら4月はきつい。ワーキングメモリが死んでいる。頭ん中に憂鬱の鬱いでいく森。明けていくのか暮れていくのかわからない時間の、湿った蒼い森。うなじからこめかみを、こめかみから前頭前野を経巡って弧を描く憂鬱の森。リクルートスーツの集団を見ると本当に気が滅入る。神は低気圧を賜り、贖うべき罪は無いのに罰だけがある。晩酌、息子と入浴、寝かしつけの流れで、たまらず一緒に寝てしまう。歯を磨け、と妻に叩き起こされる。本当は息子が眠った後の時間を読書や深酒に充てたいのだが、ほとんど意識を失うようにして、前後の記憶もぼやけている。どこで覚えたのか、息子は俺がグラスに缶ビールを注ぐのを見ると、自分のマグを手に取って掲げ、カンケーンと高らかにいう。乾杯の真似らしい。俺はもうそれだけでたまらない。息子とカンケンできればもうそれでよい。