法とテクノロジーによる色の独占 --カプーアとその周辺
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昨年、現代美術を代表する彫刻家アニッシュ・カプーアの周りで、3度に渡り『色の独占』が話題となった。このターナー賞受賞者をめぐるアート界での騒動を機に、デザインとも不可分の関係にある『色』とその独占について、書きとめておきたい。
2016年3月、「世界で最も黒い」とされる新たな顔料「Vantablack」を開発・製造するSurrey NanoSystemsが、その利用についてカプーアと独占的な利用契約を交わしていることが発覚すると、アートやデザイン界隈で大きなニュースとなった(なお、Surrey NanosystemsはこのVantablackの製造方法に関する特許を取得しているとのこと)。カーボンナノチューブの構造により99.96%もの光を吸収することで異様なまでの黒さ・暗さを持つこの顔料は、元々は2014年に軍事目的で開発された。その後、カプーアがこれに目をつけて自ら交渉し、独占契約にこぎつけたという。
確かに、このVantablackはまるで突然そこにブラックホールが現れたかのように黒く、独特の気配を漂わせており、過去の作風に照らしても、この顔料をカプーアが渇望したこともよくわかる。しかし、当然、他の芸術家たちも利用を望んだVantablackの法的な独占は「ひとりの芸術家による色の独占を許してよいのか?」「芸術表現、創造性への許されない制約ではないか?」と、強い批判の対象となった。
Anish Kapoor receives exclusive rights to blackest pigment
物質と知覚の普遍性を問う、アニッシュ・カプーアに聞く。
↑Vantablackを用いたカプーアの作品の例が紹介されている。
2016年11月、今度は「世界で最もピンク色なピンク」と謳う塗料を開発した英国人アーティストStuart Sempleが、カプーアらの独占合意に抗議する趣旨で、
カプーアの代理又はカプーアに協力するためにこの塗料を購入するわけではない
購入者の知り得る限り、この塗料がカプーアの手に渡ることはない
と確認することを条件としてこのピンクの塗料を販売し始めたのだ。これによって、購入者がSempleとの契約条件に違反するか、カプーアが虚偽の申し出をしない限り、カプーアの下に当該ピンク塗料が渡ることはない、という法的状況が(一応)実現した。
Anish Kapoor is Banned From Buying the World’s Pinkest Paint | The Creators Project
しかし、すぐさまどこからかこのピンク塗料を入手したカプーアは、翌12月に下記のようにInstagramに投稿し、Sempleへの反発を露わにした(もちろん、そのことがまた話題を呼ぶ展開となった)。このカプーアによる「意趣返し」はさておき、Sempleのアクションによる問題提起も含め、色の独占の是非について考える上で、本件は非常に興味深い一例となったといえるだろう。
A photo posted by Anish Kapoor (@dirty_corner) on Dec 23, 2016 at 2:32am PST
報道された内容を見る限り、Vantablackのケースでは、Surrey NanoSystemsがナノカーボンチューブに関するテクノロジーと法律(特許)の両面で独占状態を確保し、カプーアに対してさらに独占的にライセンスしているようである。
もっとも、法による色の独占の手法は、上記に限られない(むしろ、比較的珍しいのではないだろうか)。少なくとも従来、法による色の独占として論じられてきた代表格が、商標やトレードドレスによる色の独占である。
商標やトレードドレスによる色の独占は、ラフにいえば、色とブランドが密接に紐づけられた場合にのみ認められる。特定の色が特定の商品に用いられている場合に、それを見た消費者の多くが特定のブランドの商品と認識するとき(広く知られているとき)に限り、独占が認められる可能性が出てくる。
著名な例は、ルブタンによる赤い靴底の商標や、ティファニーによる「ティファニーブルー」の商標だろう。下記コラムでも触れたように、米国では、靴底の赤い女性用のヒール(トップは黒以外の色でコントラストを際立たせたもの)を製造・販売することは、ルブタンの商標権侵害となる可能性が高い。
ファッション・デザインはどこまで自由か?―『自由』であることとオープンカルチャー 中川隆太郎|コラム|骨董通り法律事務所 For the Arts
「ファッション・デザインはどこまで自由か? ―『自由』であることとオープンカルチャー」 中川隆太郎
なお、日本でも、欧米と同様に、「色の商標」(形を問わず、色だけを要素とする商標)の登録が認められるようになった(2015年4月1日から始まった新しい制度)。改正法施行時には多くの報道もなされ、一般的な関心も比較的高かったように記憶しているが、(2017年1月現在)未だに1件の登録も認められておらず、やはりそのハードルは高く設定されているようである(特許庁の担当者による論文(*1)では、形状やロゴを含まず、色のみでアンケート調査を行うことが事実上必須となることが示唆されている)。
アニッシュ・カプーアによるVantablackの独占利用は、法(とテクノロジー)による色の独占の事例として(Sempleによるカウンターを含めて)アートやデザイン業界で話題を呼んだ。
特にアートに関しては、表現の自由の制約が顕在化する一場面ともいえる。
従来は、法による色の独占といえば、商標やトレードドレス、不競法との関係でブランド(への信用)の観点から論じられることが多かったが、本件は法とテクノロジーによる色の独占という観点を含むもので、興味深い。
*1: 「新しいタイプの商標の審査運用と課題」田村祐一(特許庁審査業務部 商標課 商標審査基準室 法制専門官)年報知的財産法2015-2016(日本評論社)