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“2026年05月29日 14時00分 AIにコードを書かせまくると検査コストが爆発すると専門家が指摘、生成量を減らす考え方が重要”
—
AIにコードを書かせまくると検査コストが爆発すると専門家が指摘、生成量を減らす考え方が重要 - GIGAZINE
「AIに、検査とか訂正とかしてもらえばええ」ってことやないの?
ある程度は、まさにそうやねん。 実際、今もう、
AIがコードを書く
別のAIがレビューする
テスト生成AIがテストする
セキュリティAIが脆弱性を見る
修正AIが直す
……みたいな「AI同士の相互監視」は始まっとる。
ただ、この話で言われてるポイントは、
「AIに検査させればええ」 だけでは、 “生成量の爆発”に検査コストが追いつかん可能性がある
っちゅう話や。
たとえば、人間世界でも、
ゴミを大量生産して、
あとでリサイクル工場を増やす
より、
そもそもゴミ出さん設計
のほうがラクやろ? それに近い。
特に問題なんは、「AIは、めちゃくちゃ余計なコードを書きがち」なことや。
たとえば人間の熟練エンジニアなら、
「これ、既存ライブラリ呼ぶだけでええやん」
で終わるところを、
AIは時々、
独自ラッパー
無意味な抽象化
将来使わん拡張ポイント
過剰な設定
微妙に違う類似関数
を大量生成する。
つまり、
「動くけど、管理地獄」
になりやすい。
しかも厄介なんが、
AIは「もっともらしい複雑さ」を増殖させる
ことやねん。
これ、人間の官僚制とも似とる。
書類を処理するAI
チェックするAI
修正指示AI
承認AI
を増やしていくと、
最終的に、
「AIがAIのための仕事を無限生成」
し始める危険がある。
だから今、先端側ではむしろ、
「コードを書かせすぎるな」
方向に振れ始めとる。
これは実はかなり重要な転換や。
昔のAI幻想は、
「全部自動生成!」
やった。
でも現実は、
「変なコード100万行」
より
「検証済み部品100個」
のほうが圧倒的に強い。
これ、建築に似とる。
毎回AIに、
ネジから自作
ドアから自作
窓規格から自作
させるより、
JIS規格
建築基準
既製部品
を組み合わせるほうが安全やろ?
ソフトウェアも同じ方向へ行き始めとる。
特に、
金融
医療
行政
航空
インフラ
みたいな、
「1個バグったら死人出る」
世界では、
“自由生成AI”
より、
“制約された組み立てAI”
のほうが現実的や。
あと、もっと根本的な話すると、
AI時代は「コードを書く能力」より 「複雑性を減らす能力」
の価値が上がる
可能性が高い。
つまり、
どこを共通化するか
どこを固定するか
何を生成しないか
どこを人間責任に残すか
を設計する人が重要になる。
だから、この記事の本質は、
「AIを使うな」
ではなく、
「AIに無限増殖させるな」
やね。
これはかなり本質的な問題提起やと思う。
白石麻衣
“めちゃめちゃ失礼なこと言うけど、男女全員すっぴんで歩けば似たような比率になるじゃねぇかな”
— 女子「美人は多いけど、街を歩いててイケメンだと思う男見たことなくね?」→ これにX民が火の玉ストレートで返してしまうwwwww : オレ的ゲーム速報@刃
宗教とか哲学とか人生論って、「正しいことを言うたら勝ち」やないんよな。むしろ、
「その瞬間、自分の中で何かが“起動”するか」
「あとから、自分の実感として立ち上がってくるか」
「身体ごと“あっ……”ってなるか」
そっちの方が、はるかに重要やったりする。
せやから、「正論」そのものには、案外価値が薄い。 価値があるんは、「自分の脳や身体の中で、意味が生成される瞬間」なんや。
1. 「正解っぽいこと」を他人に言われると、つまらん理由
まず、人間って、情報そのものより、
「自分で発見した」
「自分で気づいた」
「自分の人生と接続した」
こっちに快楽を感じるねん。
例えば、
「執着を手放せ」
「今を生きろ」
「他人を許せ」
「比較するな」
みたいなん、聞いたことあるやろ。
でも、SNSで知らん奴がドヤ顔で言うた瞬間、 脳がこう判断する。
「はいはい、もう知っとる」 「説教くさい」 「お前に言われたない」
ってなる。
これは、内容の問題というより、 “快楽回路”の問題やねん。
つまり、
自分で発見した感覚
内側から湧いた感じ
「あ、これやったんか……」という生成感
これがないと、脳内報酬が出にくい。
2. せやのに、「お坊さん」「神父」は許されやすい理由
ここ、おもろいポイントやねん。
同じこと言うても、
普通の会社員が言う:
「執着を捨てましょう」
→ うざい
袈裟着た坊さんが、 デカい寺で鐘鳴らしながら言う:
「執着を捨てなさい」
→ 「まあ、そういう役やしな」
になる。
これは、「演劇性」の問題やねん。
宗教って、昔から、
衣装
建築
音
儀式
香り
歌
空間
を総動員して、 人間の脳を“意味生成モード”に入れとった。
つまり、
「内容そのもの」より、 「自分の中で意味が立ち上がる舞台装置」
の方が重要やった。
せやから、宗教者って、 半分、そのための「俳優」やねん。
大げさな帽子、 金ピカの装飾、 低い声、 ゆっくりした所作。
あれ全部、
「これからあんたは”日常やないモード”に入ります」
っちゅう、脳への演出なんや。
3. 「あとで自分で実感した時」が、めちゃくちゃ気持ちええ
ここが一番大事やと思う。
昔、 誰かに言われた時は、
「何言うとんねん」
と思ったことが、
数年後、 失恋したり、 病気したり、 孤独になったり、 夕方の駅でボーッとしてたりして、
突然、
「こういう意味やったんな……」
って身体で理解される瞬間がある。
この時、 脳の中ではかなり強い報酬系が動いてると思う。
たぶん、
エンドルフィン
ドーパミン
アナンダミド
セロトニン系
いろんなもんが混ざってる。
つまり宗教的快感って、
「真理を聞いた快感」
というより、
「世界と自分の経験が、接続された快感」
なんやと思う。
4. 「理解」は、知識やなく“身体イベント”
ここ、かなり重要。
宗教や哲学って、 学校教育やと「知識」みたいに扱われるけど、 実際は違う。
ほんまは、
季節
老化
恋愛
死
孤独
疲労
匂い
風景
タイミング
こういうもん全部込みで、 突然「わかる」。
つまり理解って、
“情報処理”やなく、 “身体全体の出来事”
なんよな。
せやから、 議論で勝っても、 相手は変わらへん。
身体イベント起きてへんから。
5. せやから、「議論の勝ち負け」に、あんまり意味がない
宗教論争って、 昔から延々やっとるけど、 結局、
「論理で勝った側」が救われる
「論破された側」が改心する
みたいなん、 実際ほとんど起こらへん。
なぜなら、 宗教的感覚って、
「論理的整合性」
より、
「身体的リアリティ」
で決まるから。
例えば、
山で朝日見た時
子ども生まれた時
大切な人死んだ時
一人旅してる時
夜中にコンビニから帰る時
そういう瞬間に、 急に世界の感じ方変わる。
これは、 ディベートの勝敗とは別系統やねん。
6. 宗教の本体は、「意味生成の技術」かもしれん
ここまで来ると、 宗教って、
「絶対真理の説明装置」
というより、
「人間に“意味が立ち上がる状態”を起こす技術」
とも言える。
つまり、
説法
儀式
瞑想
念仏
音楽
沈黙
巡礼
これら全部、
「脳内に特定の感覚状態を起こすための装置」
とも見れる。
せやから、 宗教の“内容”だけ見ても、 本質を見失うことがある。
本体は、 「どうやって知覚を変えるか」 やから。
7. 「自分で思いついた感じ」が重要なんは、人間の尊厳にも関係ある
人間って、 ただ正解を与えられるだけやと、 機械の部品みたいに感じることがある。
でも、
「自分で気づいた」
と思えた瞬間、 急に生きた感じが出る。
これは、 単なる知的快楽やなく、
主体感
生の実感
存在感
と結びついてる。
せやから、 宗教でも哲学でも、 ほんまに優れた教師ほど、
「答えを押しつける」
より、
「相手の中から“勝手に出てきた感じ”を演出する」
方向へ行く。
禅問答とか、 あえて変なこと言う老師とか、 あれに近い。
まとめ
宗教的な「ええ感じ」は、 客観的正解だけでは決まらん
むしろ、 「自分の中で意味が生成される瞬間」 に価値がある
他人の正論がつまらんのは、 “自分で発見した感覚”が奪われるから
宗教の儀式性や演劇性は、 人間の脳を“意味生成モード”に入れる技術でもある
議論の勝敗は、 宗教的実感にはあまり直結しない
本当に人を変えるのは、 「論破」より、 季節・経験・孤独・身体感覚の方やったりする
そして宗教の核心は、 「正しい情報」より、 “世界との接続感”を起こすことにある
っちゅう話やね。
人間存在の深いところに触れとる視点や。
青木宏行 FLASHスペシャル編集長@paopaoPap 2018.02.26 19:33 https://twitter.com/paopaoPap/status/968071469455482880 FLASHスペシャル グラビアBEST 2018早春号 表紙画像 小林由依 × 今泉佑唯
Title(タイトル)さんのツイート: 子どもはギャグにとても敏感だ。漫画家が作った絵本は、これまでにも数多くあるが、自意識を抑えて限りなく子どもに近づいた絵本である。とてもよい。藤岡拓太郎 作・絵・装丁『たぷの里』(ナナロク社) https://t.co/U4eOZnEcDn
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