
oozey mess
YOU ARE THE REASON

blake kathryn

tannertan36
we're not kids anymore.

@theartofmadeline
Today's Document
Jules of Nature
he wasn't even looking at me and he found me
RMH

pixel skylines
Sweet Seals For You, Always

Origami Around
Mike Driver
One Nice Bug Per Day

Kaledo Art

titsay
KIROKAZE

No title available
let's talk about Bridgerton tea, my ask is open

seen from United States
seen from Malaysia

seen from Brunei
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States

seen from South Africa

seen from T1
seen from T1

seen from Malaysia

seen from Canada
seen from Italy
seen from Morocco

seen from Canada
seen from United States

seen from Malaysia
seen from Saudi Arabia

seen from Netherlands

seen from Switzerland
@mion
語ることを諦めた死刑囚たちを考える 安田好弘×篠田博之 相模原事件、寝屋川事件と、被告人が死刑判決の控訴取り下げを行う事例が続いた。7月18日開催の「フォーラム90」主催の集会で、死刑問題に取り組んできた安田弁護士と話し合った。 安田 「語ることを諦めた死刑囚たちを考える」というテーマで篠田さんといろいろお話したいと思います。重要なテーマなんですが、ちょっと専門的な話になるので、最初に控訴取り下げをめぐる問題について、何が問題なのかを説明させていただきます。 刑事事件の場合、被告人は通常、地方裁判所で第一審の裁判を受けることになります。この場合、裁判所に出頭しなければなりません。そして判決のあと、裁判官はこう言います。「この判決に不服のある場合には、2週間以内に高等裁判所宛に、控訴状を提出してください」と。 もしこの期限内に控訴状を提出しないと一審の判決がそのまま確定します。控訴できるのは、被告人本人ともう一人、弁護人です。この弁護人には、一審の弁護人も含まれていて、被告人の意思に反してでも控訴をする権限があります。控訴をしますと、その瞬間から控訴審つまり高裁が始まることになり、一審の弁護人の権限は消滅します。新たに控訴審の弁護人が選任されるまで、被告人は、弁護人がいない状態になります。国選弁護人だと、選任まで1カ月位のタイムラグが生じます。この間に、被告人による控訴の取り下げが起きるんですね。 控訴の取り下げには、色々な理由があります。控訴しないことがせめてもの反省の証しだという考えもありますし、控訴しても良い判決が期待できないという諦めもありますし、時には控訴しないことによって抗議の意思を表すというものなど、様々な理由があります。そして、上告審つまり最高裁の場合もまったく同じです。 控訴と上告を併せて上訴と言いますが、たくさんの人が上訴をせずに確定しているわけです。懲役刑なら分からないでもないですが、死刑という極刑ですから、上訴の取り下げは、確実に死を早めることになるわけです。 さらに、「控訴せず」という人もいます。これは、本人も控訴しなかったし、一審の弁護人も控訴しなかったということです。今では少なくなりました。 控訴したり上告すれば、それだけでも死刑の確定を遅らせ、死刑の執行を先に追いやることができます。一審や二審で死刑を回避することができなかったとしても、控訴し、上告して、一日でも長く生きながらえることができるようにする。それも死刑判決を受けた人たちへの重要な弁護活動です。今から30年以上前のことですが、「死刑事件担当弁護士の会」という集まりがあって、これは「フォーラム90」(死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム’90)の発起団体の一つですが、その中で、死刑事件を担当する弁護士の任務として、一日でも命を長らえるようにすることが弁護人の重要な任務であると確認されて共有化されました。その背景には、いずれ死刑が廃止されるから、生きながらえて、その日を待とうという期待もありました。今では、仮に本人が控訴をしないと言っても、弁護人はそれに反してでも控訴をするというのが、弁護人の責務として一般に自覚されています。 そこで、今度は控訴取り下げという問題が生じることになります。控訴を取り下げる権限は、本人にしかありません。手続上は弁護人もできますが、これは本人の意思に反してすることができません。もちろん、本人が控訴を取り下げると言えば、弁護人はそれをやめるように説得するのですが、その説得が功を奏さないこともあります。弁護人には、取り下げをやめさせる権限はありません。しかし、取り下げのほとんどのケースは、先程説明したように、新たな弁護人がつかない間に行われているのが実情です。 この上訴権は、憲法32条が保障する裁判を受ける権利に基づくものですが、一審だけでなく二審、三審に対しても認められています。これは、裁判に慎重を期し、誤った裁判を回避しようという考えに基づくものです。そうであれば、必要的上訴あるいは自動上訴と言うのですが、本人が望むと望まざるとにかかわらず、自動的に上訴され、常に三度の裁判が行われるというのが、その趣旨に合致することになります。特に死刑事件では、それが誤っていた場合、有罪・無罪だけではなく量刑についても誤っていた場合、取り返しのつかないことになりますから、必要的上訴という制度が求められるのですが、日本の法律では、本人の意思によって上訴を経なくてもいいということになっているわけです。それで、死刑判決については必要的上訴という制度が必要だという議論がなされているわけです。しかし、裁判所はもとより国会もそのような動きはまったくありません。彼らは、裁判所が誤った判断をするはずがないという考えや、助かりたくない人を助けなくてもいいと考えているわけです。 そして、日本の上訴制度の問題点のもう一つは、検察官にも上訴権を認めていることです。上訴は、被告人とされている人の裁判を受ける権利の保障の一環として認められているのですから、検察官の上訴権はその趣旨を逸脱しているわけです。その結果として、被告人や弁護人が一生懸命頑張って死刑判決を免れたとしても、検察官は必ず上訴してくるわけです。今までは、控訴するだけにとどめていたのですが、永山事件や光市事件のように、上告する事件が増えています。 しかも、最高裁は、検察官の上告を受け入れて、下級審が死刑を回避した判決をひっくり返すわけです。被告人にとっては、たまったものではありません。二度も三度も死刑の危険にさらされることになるわけです。 光市事件の場合ですと、一審無期、二審無期、最高裁破棄差戻、差戻控訴審死刑、差戻最高裁死刑と、検察官に徹底的に死刑を追及され、結局、死刑にされてしまいました。検察官に上訴権を認めないというのは、英米法の世界では古くから当然のこととされているのですが、日本では、これを是正しようという声はほとんどありません。 長くなりましたが、以上が、上訴取り下げをめぐる日本の実情と問題点だと考えます。 今日は、寝屋川事件の山田さんのケースと、相模原事件の植松さんのケースと、二つを取り上げて、控訴する権利、あるいは控訴の取り下げについて議論をしていこうと思います。 まず篠田さんに、寝屋川事件について説明していただければと思います。 取り下げ無効の申し立てと12月の高裁決定 篠田 相模原事件は今年、裁判があったばかりなので、みなさん基本的な知識があると思うんですけれども、寝屋川事件は事件そのものを忘れている人が多いので、少し説明したいと思います。この1年間で山田浩二被告が2回も控訴を取り下げたのですが、これは前代未聞じゃないかと思います。控訴取り下げというのは、自分で死刑を確定させるという行為なわけです。死刑台へのボタンを自分で押すということ。それを2回もやったわけです。 まず、その経緯を説明しますが、手続きをめぐる攻防戦が展開され、その経緯がかなりややこしい。関西を中心に新聞・テレビで断片的に報道されてはいますが、一般の人には相当わかりにくいと思います。被告人本人から私に届いた手紙でも、「裁判所の決定通知を受け取ったけど、これは僕にとって良い決定? 悪い決定?」と聞いてきたくらいです。 寝屋川事件そのものについて少し説明します。2015年夏に、男女の中学生が行方不明になって殺害されたんですけれども、当時、連日連夜、2人が姿を消した商店街の防犯カメラの映像がテレビで映し出されました。あどけない二人の中学生の映像に、多くの人が涙を流してテレビを見ていた、それが印象に残っているかと思います。 その後、山田浩二容疑者が逮捕され、裁判が行われて、2018年12月に大阪地裁で死刑判決が出ます。山田氏本人は死刑宣告にショックを受けるんですが、控訴します。その後、私との文通が始まって、彼は『創』に手記を発表します。 ところが2019年5月18日に、彼は突然、控訴を取り下げます。それが土曜日で、週明けに新聞報道されたのを見て私はびっくりして大阪拘置所に駆け付けました。取り下げの理由は、手紙を書くために貸与されたボールペンを時間内に返さなかったということで刑務官と口論になり、パニックになってそうしてしまったというんですね。 私は5月23日に接見するんですけれども、会ってみたら、彼は取り下げたことを激しく後悔していました。これは当たり前で、取り下げると死刑が確定して、接見禁止になりますからね。彼はすごく落ち込んで後悔していたわけです。そこで私は、取り下げ無効という手続きができるからと勧めたんです。 安田さんたちも関わった奈良女児事件の小林薫元死刑囚のケースが前例としてあったものですから、私もある程度の知識がありました。山田被告は私が接見する前の日に、弁護人の接見を拒否してしまい、もう死刑確定だと半ば諦めてしまっていたんですね。なので、まだ手続きができるよと教えたら、じゃあやってみようということになったんです。 私は5月23日、24日と東京・大阪を二往復して山田被告と話し合い、弁護士さんに連絡をして、週明けの27日に弁護士さんが山田被告に接見して、控訴取り下げ無効手続きをすることが決まるんです。ただ当時は、ほとんどの人が、死刑が確定したのをひっくり返すのは難しいだろうという意見でした。私は、死刑事件の裁判をたった1本のボールペンをめぐるトラブルで打ち切ってしまうというのは納得できない、裁判に対する冒涜だと言っていたんですが、山田被告は死刑が確定して接見禁止がついて、私とのやりとりもできなくなりました。 ところが、12月17日に大阪高裁第6刑事部が、「直ちに判決を確定させることには強い違和感とためらいを覚える」として、彼の無効申立てを認めたんですね。これには多くの人が驚いたと思います。そしてすごいことに、その決定を受けて、山田被告は死刑確定者から未決処遇に戻り、再び接見ができるようになったんです。すぐに駆け付けたら面会できて、本人もすごく喜んでいました。死刑囚がそんなふうに再び「被告」に戻るというのは、あまり前例がないことだと思います。 ところが検察もこれを黙ってみているわけじゃなくて、2つの手を打ったんです。最高裁に特別抗告したのと、高裁に異議申し立てをしたんですね。そして2020年になって特別抗告は、最高裁がこれを棄却しました。ここまでは山田被告に追い風でした。もしかしたら裁判が再開するかもしれないと私も思いました。 ところがもうひとつ、検察による異議申し立てについては、大阪高裁第1刑事部で審理されていたのが、今年の3月16日に、12月17日の第6刑事部の決定を差し戻すことになったんです。この大阪高裁の差し戻しに対して、今度は弁護側が最高裁に特別抗告をしました。そしてこの抗告が6月17日、棄却されてしまうんですね。ややこしいでしょ。山田被告が「これは良い決定か、悪い決定か?」と聞いてきたのはこの時です。 そして問題は、そうやって弁護側が検察側と攻防戦を展開している最中の3月24日に、彼が2回目の控訴取り下げをするという仰天事態になるんですね。これには私も驚いて、それまで1年間やってきたことは何だったのかと脱力しました。 攻防のさなかに2回目の控訴取り下げ 篠田 2回目の取り下げ理由も1回目と似てるんですけれども、拘置所側との処遇をめぐる問題なんです。山田被告は、拘置所から嫌がらせを受けているとずっと訴えており、控訴取り下げは、ある種の命がけの抗議なんですね。1回目はボールペン1本の返却をめぐる口論でしたが、2回目はもう少し深刻でした。大阪拘置所が、山田被告になにか疑いを持ったらしくて、3月19日に彼の独居房を捜索するんです。彼に言わせると、自分の裁判資料とかをむちゃくちゃにされたと。そのことで彼はもう怒り心頭に達して、2回目の取り下げをやるんですね。 19日に取り下げを決めて、実際に取り下げたのは24日でした。何日かかかったのは、彼もさすがに悩んだのだと思います。私に控訴を取り下げたという手紙が届いたのは28日の土曜日でした。それを読んで私は週明けの30日の月曜日に接見しました。 その30日は、実は相模原事件の植松聖被告が控訴を取り下げた日なんですね。植松被告は、16日に死刑判決が出て、弁護人が27日に控訴したのを取り下げると言っていたので、私は朝イチで接見して説得したわけです。でも彼の決意は固くて、結局取り下げ手続きをしてしまいます。私は横浜拘置支所で植松被告を説得した後、その足で大阪拘置所に行って山田被告と接見しました。 この時、既にマスコミはそれを嗅ぎつけていて、朝日新聞記者が30日に接見申し込みをしたんですね。でも私が行くことを電報で伝えていたので山田被告はそれを拒否しました。ただ朝日は独自に裏を取り、翌日、控訴取り下げをしたという報道がなされました。 でもこの2度目の控訴取り下げは、裁判所がすぐには受理しなかったようなんです。取り下げ無効手続きをめぐって攻防戦の最中だったために、高裁も真意を測りかねたらしく、弁護士と協議をしているんです。山田被告からは私のところに経緯を書いた詳細な手紙を送ってきていたのですが、それを公表したり本人がマスコミ取材に応じるのは少し待ってくれないかという弁護人の意向もあって、山田被告はその後も新聞社の取材依頼に応じませんでした。 そうしたら、そのあとコロナ騒動で、裁判所と拘置所の機能がほとんど停止した状態になってしまって、2度目の控訴取り下げはずっと受理されませんでした。弁護人が正式に2度目の控訴取り下げ無効手続きをしたのは5月13日でした。 そして現状がどうなっているかというと、6月の最高裁による弁護側の抗告棄却によって、昨年12月の決定は差戻しになっていますから、下手をするともう一回死刑が確定してしまう可能性が出てきたんですね。そうなると再び、彼は死刑確定者に戻り、接見禁止になります。本人もその最悪の事態に備えて準備を始めているようです。 朝、植松死刑囚を説得し、午後は山田被告に接見 山田被告の2度目の控訴取り下げの事情については、実は私のところに届いた3月18日付の手紙が注目されました。山田被告は24日に控訴を取り下げて、その翌日、詳しい事情を書いた手紙を私に送るんですが、実はその前の手紙に、あとでよく見ると、取り下げの話が書いてあったんです。 彼は3月16~17日頃に次の『創』にまた手記を載せたいというので、私への手紙を書き、19日にそれを発信するんですが、実は一晩思い悩んだ末に朝になって、「やっぱ無理す、取り下げます」「刑務官を恨みながら死刑場に行きます」と欄外に書いていた。手紙の本文では、「心折れそうになりますが頑張ります」みたいなことが書いてあったんで、私も大丈夫かなと思ってしまったんですが、欄外に「やっぱ無理す」って書き込んでたんです。 その時期は、実は相模原事件の裁判で死刑判決が出た時で、私は植松被告を説得するために連日、接見を重ねていました。植松被告はそうした動きを察知して、結審の公判廷で「控訴はしません」と宣言してしまうんです。相模原裁判については、事件の真相が何も明らかになっていないとして多くの人が批判しており、私のところにも植松被告が控訴取り下げをしないように説得してくれという声がたくさん届いていました。障害者問題に関わっている人たちからもありました。 裁判は被告を裁くということだけでなく、事件を解明するという使命があるわけですが、相模原事件も寝屋川事件も1審では十分な解明がなされていない。裁判を終わりにしてしまってはいけないという声が多かったんです。ただ植松被告は何度説得しても、どうせ控訴しても判決は同じで意味がないし、法廷で控訴しないと宣言したのだから今さら違うというのは筋が通らないと譲りませんでした。 3月30日の植松被告の控訴取り下げと、山田被告が2度目の取り下げをした直後の接見が同じ日になって、私は2人を説得することになりました。山田被告については、私が19日の手紙の欄外をよく読んでいたら、すぐに接見して2度目の取り下げをやめてもらうことができたかもしれないんですが、ちょうどその時期、相模原裁判が大詰めだったんですね。 取り下げについての過去の経験 安田 ちょっと今、篠田さんから専門的な言葉が沢山出ましたので、簡単に解説しますと、裁判所が出す結論には判決、決定、命令があります。判決は口頭弁論つまり法廷を開いて当事者の意見を聞いて出す結論です。これに不服の場合は、上訴、つまり控訴と上告になります。決定は、法廷を開かないで裁判所が出す結論です。裁判官一人が出す結論は命令といいます。命令に対する不服申立を準抗告と言い、命令を出した裁判官が帰属する裁判所に行います。地裁が出した決定に対する不服申立を抗告と言い、高裁に係属します。高裁が出した決定に対する不服申立を異議申立と言い、同じ高裁の他の部に係属します。抗告と異議申立に対する結論、これはいずれも高裁が出すのですが、これに対する異議申立が特別抗告といって、最高裁に係属します。 山田さんの場合は、控訴取り下げに対する無効の判断を求めるものですから、高裁の担当部に係属し、決定で無効と判断しました。検察官はこれに不服ですから、異議申立をして同じ高裁の他の部に係属しました。検察官は、どうしたことかこの結論を経ないで最高裁に特別抗告もしたんですね。 この特別抗告は異議申立の結論を経ずしてやったものですから、当然棄却されたわけですが、高裁の異議申立の方は認められて、もとの決定が取り消されて、高裁の担当部にもう一度判断し直すようにと差し戻されたわけです。 しかし、弁護側は、この異議申立を認めた決定に不服ですから、これに対して最高裁に特別抗告をしました。この結論が出るまで、高裁の審理は止まるわけですが、最高裁は特別抗告を認めませんでした。それで、高裁の担当部が再審理を始めたんですね。ところが、その審理中に、2回目の取り下げがあったというわけです。裁判所は、2回目の取り下げについては、審理を棚上げにして、1回目の取り下げの再審理をしている最中に、コロナのために審理が止まってしまっているという話でした。 現在続いている再審理の結論が出たとしても、これに対する異議申立があり、次いで特別抗告があるわけですから、決着は先になるわけでしょうし、その後に2回目の取り下げの審理が始まるわけですから、最終決着はもっと先になると考えられます。 私も過去に、控訴取り下げを一件、上告取り下げを一件、経験しています。上告取り下げの場合は、ご本人が精神的にまいってしまい、仙台拘置所だったんですが、上告を取り下げれば拘置所の建物が消えてお花畑になると。そして自由の身になるんだと思いこんでしまって取り下げました。 これについては、取り下げ無効手続きをやりまして、最高裁が弁論を再開するという形で取り下げを認めませんでした。このような場合どのようにするか、法律の規定がありませんし、当時は、そのような先例もありませんでしたので、考え得る申立を次々とやりました。 二番目が裁判員裁判の第一号で死刑になった人だったんですけれども、この人の場合はご本人が控訴しないと言っていたんですけれども、一審の弁護人が本人の意思に反して控訴したんですね。そのあとすぐに私どもが弁護人になりました。 彼に話を聞くと、控訴審をやったところで判決が変わる可能性はないと。それだけではありません。一審の裁判の過程で、被害者の遺族の方に死をもって償ってほしいと、そういう趣旨のことを言われたから、それに従うべきだと決意した、それがせめてもの自分ができる償いだというわけです。私たちは、過去経験した色々な事件の話をして、一生懸命謝罪すれば、いずれ被害者の人に許してもらえる日がくるかもしれない。そのためには、まず控訴して、生き延びることが大切だなどと説得し、一旦は納得してもらいました。そして、事実をもう一度細かく洗い直して、この事件が死刑に相当する事件なのかどうかを控訴審の裁判所に考え直してもらおうとしました。 しかし、時間が経つにつれて、そして事件の中身に入り込んでいくにつれて、ご本人の中に、一審で終わらせて責任をとるという考えが強固になっていった。遂には激しい対立となって、接見室の中で、私たちが彼の考えを聞かないものですから、座っている椅子を私たちに向けて投げつけるまでになったんですね。もちろん、アクリル板は強固にできていますから、それぐらいではびくともしなかったのですが。そういうことがあっても、私たちは、彼の言うことを聞かなかったものですから、彼は自分で控訴を取り下げるんですね。 9年後に驚くべき 手紙が届いた 安田 それに対しては、私たちは、取り下げの無効を主張して、その効力を争ったわけです。そうすると、彼は、最後の手段、つまり私たちを弁護人から解任したわけです。私たちは、この解任も無効だと争ったのですが、裁判所が彼と面接して、彼の解任の意思を確認して、結局、解任有効、つまり私たちは弁護人ではなくなってしまったわけです。となると取り下げも有効になってしまい、遂に彼は死刑が確定するということになったわけです。私たちの力量不足、弁護の失敗だったわけです。 仮に上訴に失敗しても、最高裁に上告すれば一審二審と違って、最低3年ない し4年審理が寝かされるんですね。その間生き延びることができるし、もしかしたら、その間に死刑がない、あるいは停止の方向に進んでいくかもしれないし、一生懸命反省し謝罪すれば、被害者遺族の人の気持ちも変わるかもしれないと話したんです。 それだけではありません。支援の人たち、特にこの支援の人たちが力強いんですけれども、その人たちにも励ましてもらう、そして彼の家族にも理解してもらって動いてもらう。お母さんは九州の離島に住んでおられたのですが無理を言って出てきてもらう。お兄さんにも動いてもらったのですが、でも駄目でした。必要的上訴制度があれば、このようなことは決して起こりません。確定した後も、彼は、死刑に服することを自ら申し出るなど、確定前と同じく、生きるということにまったく執着しておらず、死刑になって償うという考えを変えなかったようですが、それから約9年後、今年の1月、突然、彼から手紙が来ました。 驚くことに、彼は、昨年末、法務大臣が再審請求中の人に死刑執行命令を出したことが憲法に違反するとして裁判を提起し、その裁判を認めなかった裁判官は裁判官としての資格がないとして弾劾裁判までやろうとしていたのです。本当に驚きました。彼は、自分のためではなく、同じ死刑囚のために裁判まで提起していたわけです。私は、うれしいやら、なんやら大変でした。 そして、つくづく思ったのです。人が死ぬという気持ちから生きるという気持ちに変わるには、これほど長い時間が必要だということです。 今では、死刑事件は裁判員裁判で行われます。大がかりな装置、沢山の裁判員が壇上に並んでいて、複数の検察官とその後ろに被害者遺族とその弁護士、被告人は、ただぽつんと弁護人席の前の椅子に座らされている。被告人にとって法廷は圧倒的な存在です。ただ身を縮こめるしかありません。被害者の悲しい思いを聞かされ、傍聴席の厳しい目線にさらされ、心理的にも限りなく萎縮してしまっています。そういう状況の中で想像できるのは、判決にしたがって自ら死を選ぶ、控訴審に希望を持つこともできない、つまりそれは、裁判に対する絶望の裏返しなのですが、控訴せずに死刑判決に従うという気持ちになってしまいます。裁判はあっという間に終わってしまいます。その間に面会に来てくれる人もほとんどいないし、自分自身がじっくり考える暇もない。私は、裁判員裁判では控訴しない人が増えると思っています。 先ほど篠田さんにお話しいただいた寝屋川のケースは、一種の抗議ですよね。こういうケースでは、例えば一覧表の中に、澤地さんという方がいます。この人は当時の後藤田法務大臣が死刑を執行したことに抗議すると宣言して、取り下げをしたんですね。寝屋川の場合は、刑務官の不当な取り扱いに抗議するという意味合いがあったということですね。 篠田 今の1月の手紙の話は「生きたい」って言ってきたのですか。すごい話ですね、それは。 安田 9年間かかったんです。それまでは本当にとにかく自分は死ぬんだ、早く殺せと。殺さないのはおかしいと言い続けていたんです。 篠田 それはどういう文脈で、生きたいという話になったんですか? 安田 自分は控訴を取り下げたから何も言えないけれども、再審請求をして生きたいと願っている人を処刑するのは憲法違反だというわけです。ですから、その気持ちの背後には、生きたいという思いがあるのだと思います。 先ほど山田さんの話にもありましたけれど、ボールペンというのは、房の中で自由に持てないんですね。凶器になったり自殺に使われたりするという口実で、原則として朝借り受けて夕方になると取り上げられるんです。しかも何時に取り上げるというのは、彼らの裁量なんですね。24時間所持できる人もいますし、極端な場合、午後4時に取り上げられる人もいるんですね。夕食が始まるわけです。夜9時が消灯時間、消灯と言っても電気は消えずに薄暗くなるだけなんですが、その夜9時まで持たせてくれる人がいたり。おそらく彼の場合は、いつもと違って理不尽にボールペンを取り上げられたのではないかと思うんです。ボールペンがなければ手紙を書くこともできませんからね。 篠田 夕方6時に返すということになっていたようで、彼はせっせと手紙を書いていたんですね。それで「ちょっと待って」とお願いしたんだけれども、刑務官が怒って…という、そういう喧嘩らしいんです。ただ、その背景としては、以前から処遇をめぐって山田被告は、自分が刑務官からいじめを受けていると訴えていたことがあります。 奈良女児殺害・小林薫死刑囚と池田小事件・宅間死刑囚 安田 篠田さんは小林さんともつきあってこられて、小林さんが控訴を取り下げたことについてはどうお考えでしょうか。 篠田 控訴取り下げ問題は、本人の死生観とつながっているところがあるのかなと思っています。いま例に上がった奈良女児殺害事件の小林薫元死刑囚ですが、私は確定の時期に割と密にかかわっていました。当時、裁判が奈良で行われていたので、月に何度も奈良に通う生活でした。 奈良女児殺害事件って皆さんはご存知でしょうか。2004年、小学生の女の子を通りがかりに拉致して自宅に連れ込むんですけれど、裁判の認定だと、風呂に沈めて殺害したとなりました。でも実は小林さん本人はそうじゃなくて、いたずらをしようとして睡眠薬を飲ませたら風呂場で亡くなってしまったと言っていた。でも自分はもう死んでしまいたいから、検察側の主張を全部認めて死刑を望むと言うんですね。事実関係についても一切争わず、法廷では死刑を望むということだけを主張していた。弁護人はもちろん死刑に反対して控訴するんですが、本人が取り下げてしまう。 当時マスコミでよく言われたんですけれども、死刑判決を聞いて法廷でガッツポーズをしたというんです。私もずっと公判を傍聴していたんだけれども、判決の時はさすがに傍聴希望の倍率が高くて入れなかったので法廷のドアの前で聞いていたんです。判決直後に接見したら、真相は違うんだけれど、死刑になりたいので判決には満足していると言ってました。 なぜ死にたいと思うようになったかというと、かいつまんで言ってしまうと、彼はずっと疎外された人生を送ってきた。小学生の時に母親を亡くし、学校に行ってもいじめられる。父親は暴力的なのでずっと嫌っていました。自分の人生に希望が持てないというなかで、女の子が亡くなってしまった瞬間に、これをきっかけに自分は死刑になるんだと決めたというんですね。奈良地裁で死刑判決が出た後も、私は相当説得して、すぐに取り下げずに控訴審の弁護団に会ってからでいいじゃないかと言い、本人も一時は了解していたんです。でも、判決後、「早く死ね」とかそういう手紙が何通も届いたらしくて、迷った末に控訴期限ぎりぎりに控訴を取り下げてしまいました。これにも私は驚いて奈良に駆け付けたんですが、一足違いで大阪拘置所に移送されてしまいました。 接見禁止が付いて手紙のやりとりもできなくなり、もうこれで仕方ないかと思っていたら、その後、驚いたことに、安田さんたちの説得で、控訴取り下げ無効の申し立てをしたんですね。よく本人を説得したなと敬意を表したいと思います。 安田 それは取り下げで死刑が確定した後、1年後ですね。 私は、裁判の時の被告人の気持ちとか心理状態というのは、事件を起こした時や逮捕された時と同じような緊張状態と興奮状態にあると思うんです。しかし、時間が経過して、しっかりと自分が行ってしまったことを見直すことができるようになり、自分はいったいなぜこんなバカなことをやったんだろう、これからどうやって生きていけばいいのだろうか、反省とはどうすればいいのかとか、いろいろなことを考えられるようになってくると、だんだん生きる力が湧いてくる。そうすると1年前の、あの取り下げというのは、とんでもない話だということになるんですね。それで、小林さんの場合には取り下げ無効を申し立てることになったのですが、裁判所は認めませんでした。 それと同じようなことをやろうとしたのが池田小事件の宅間守さんだったんです。世間では、宅間さんは、すぐに殺せと要求し、法務大臣がそれに応じないなら、国に対して損害賠償請求までして迫るとまで公言していたと言われていました。しかし、死刑が確定して1年少し前くらいに私たちのもとに伝わってきたのは、自分が事件当時どういう精神状態だったかを調べてもらって争いたい、そのために取り下げ無効を申し立てたいという気持ちだったんですね。 それで、私たちはどうしようかと考えている矢先に、それを打ち壊すかのように彼は執行されてしまったんです。彼を黙らせるための執行だったと思います。彼が生きておれば、被害者の人たちにしっかりと謝ることができたのではないかと思います。 繰り返しになりますが、時間が経たないと、どうしようもならないんだということです。控訴の取り下げというのは、紙一枚でいいんです。「控訴を取り下げます」と書いて、拘置所の職員に渡せばそれでいいんです。ですから、ものすごく容易に行われるわけです。山田さんの2度の取り下げは、そういう背景があったのではないかと思います。 裁判員裁判は、長くてもせいぜい20日ぐらい、時には4~5日で終わってしまうんですね。そうすると一般の人と出会う機会がない。あるいは拘置所で一般の人と面会したり文通する機会がない。裁判員裁判が始まる前は、法廷は1カ月か1カ月半に1回開かれますので、その間にいろんな人と面会したり文通をしたりしながら、被告人も育っていくし、外の人も彼に対する理解を深めていくというコミュニケーションが生まれます。それによって、人間はどんどん成長していくわけです。 裁判員裁判では、そういう機会が確保されない。それで控訴したって変わるはずがないという気持ちになってしまうのではないかという気がしているんですけれども、どうですか、裁判員裁判をご覧になっていて。 控訴取り下げ問題は見直すべき最たるもの 篠田 裁判員裁判は、趣旨自体はともかく、相模原事件の裁判を見ていると、あの複雑な事件を2~3カ月で審理してしまうというそのやり方にはどう考えても疑問が湧きますね。 ただその前にちょっと補足しておくと、小林薫元死刑囚については、確定の前後は私がずっと関わっていて、そのあと安田さんたちがいろいろやってくれるんですけれども、控訴取り下げの時にどういう議論になっていたかというと、彼はもう死ぬことは覚悟してるんですけれども、裁判で本当のことが明らかになっていないとずっと言い続けたんです。だから私は、事実が違うのであれば、きちんと二審で争うべきであって、死にたい心情はともかく、ちゃんと事実は後世に残すべきじゃないかと言いました。そうしたら彼は割とそのことには、それもそうだと言っていたんです。 そのあと、安田さんたちの「フォーラム90」が定期的にやっている死刑囚アンケートに彼は「裁判は茶番である」と書いていました。つまり裁判には納得していないというわけです 安田 小林さんは、私たちには、生きながらえたいという希望を話していましたね。 今日のテーマに「裁判で語ることを諦めた死刑囚」とあるんですけれども、今の日本の裁判制度というのは被告人が法廷で自由に語ることを認めていないんです。意見陳述という機会があるわけですけれども、それも制限された中にある。また被告人質問も、質問されて初めて答えることができるということで、なかなか喋るというのは難しいんですね。結局は、弁護人が本人の話を聞いて、それを法廷にどう表現するかということにかかるわけですけれども、なかなか裁判員裁判の中では、その時間を確保するのが難しいのが実情だと思うんです。 篠田 この対談、残り時間があまりないと今聞いたので、最後に、今日会場に九州からわざわざ山田被告の親族の方が来ているので少し発言してもらいましょう。実は一昨日、山田被告から手紙が届きました。今日の集会に参加した人たちにぜひ知ってほしい、自分は決して死刑を望んで取り下げたわけじゃない、と言っています。彼は死刑制度にも反対だし、本当は二審の裁判を受けたいんだ、誤解されているかもしれないのでぜひそこを強調してほしいと書いていました。じゃあ、会場からどうぞ。 会場 山田浩二君がいま一番困っていること、そして控訴を取り下げた原因は、大阪拘置所での処遇の実態なんです。先ほどもボールペン1本で取り下げてしまったという話がありましたが、収容者を挑発してパニックを起こさせてという、そういう待遇をしている場所なんです、拘置所というところは。そういう処遇のひどさを訴えているし、私どももいろいろなところに訴えているんですが、なかなか動いてもらえません。 篠田 要するに山田被告本人の取り下げ理由は、処遇に対する抗議なんですよね。 安田 確かに拘置所の中の処遇の厳しさというのは深刻なんですね。命を捨ててでも彼らに抗議したいという気持ちが起こっても不思議ではないと思います。不当な処遇から救済してくれる場所がないんですね、現実問題として。いろんな委員会や団体がありますけれども、言っても解決もしてくれない。 日本の制度は、基本的なところで裁かれる人の権利を守っていないということです。建前上は三審までと言いながら、一審だけでもいいんだと彼らは言っているわけですね。オウム事件の麻原彰晃氏は控訴を取り下げてもいないのに、弁護人が控訴理由書を裁判所が指定した期限までに提出しなかったというだけで、控訴を無効にされて死刑を確定させられてしまった。そういうことを彼らは平気でやったうえで、死刑執行をしているわけです。 やはり死刑制度そのものを、もう一度、根本から見直さなければいけないと思います。この控訴取り下げの問題については、見直すべき最たるものだと思っています。この問題を皆さまにも理解していただいて、法律を変えていくように頑張っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
https://news.yahoo.co.jp/articles/17bbd5e8cd75cd43c3fdc4a191a42b3b9d961677
“将来老人ホームで昔話が合う気がしない”
— いしはさんのツイート
ekotロボさんのツイート: “… ”
https://twitter.com/yamagatasyohei/status/1164119750605070336
まどぴかさんのツイート: 職場の上司をこらしめる方法情報です https://t.co/vMVy8l0dDS
ジョインアベニューの自分の呼び名をフザけたままで 街のレベル20にしない方がいい マジで… on Twitpic
「先日、助けていただいた猫です」「バブルテープガムです」「内田裕也」「ハシビロコウ」「一休宗純」「水道ホース」「助けていただけなかった牛てす」
「オッスおら億劫。何もしたくない」
猫みつをさんはTwitterを使っています (via conveniitekuru)
ヤーマン👓👓さんのツイート: 今日一番爆笑したwwwwwww https://t.co/tNCD6t09au
181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/07(日) 00:48:04.68 ID:GxfZOYES0働かない方が美味い
犬速VIP@わんわんおwww 父「働かないで食う飯はうまいか?」←一番上手く返した奴優勝 (via hisaruki) (via mteramoto) (via gkojax-text)
(via highlandvalley)
when i was a kid, i only did spikes because they were fun. but now i can truly say... i’m glad i learned the bliss of receiving an opponent’s perfect hit.
“「バンドメンバーを揃えられるような人間が孤独について歌うな」への有効な反論を募集しています”
— Twitter / na9akute (via tkr)
“アメリカ精神医学会によれば、人は20歳までは性格を変えることが可能ですが、25歳までにはパーソナリティが完成されてしまうので、それ以降はほぼ治らない。サイコな言動を取る人々に対して、“いつか変わってくれるかもしれない”と辛抱強く接するのは、無駄な努力なのです”
— サイコな人々の「3タイプ」を見極めて距離を取っていくべし - ZAK×SPA! - ZAKZAK (via lovecake) 2010-09-14 (via gkojax-text)
https://twitter.com/riyo10141225/status/1160417226605780994
新千歳空港にISHIYA CAFÉがオープン!見どころはチョコレートの滝や蛇口 2019/07/25 https://pucchi.net/hokkaido/foods/ishiyacafe-newchitoseairport.php