ある聞き取り調査で、古い団地に行ったことがある。その団地に住む、70歳代の男性に話を聞いた。もともとはミュージシャンで、戦後の関西のキャバレーをドサ回りしていた。数々の昭和の有名人が流行の歌を歌うその後ろで、明け方まで伴奏をしていたという。私も20年ほど前の大阪の、クラブやライブハウスでジャズを演奏していたので、かろうじて共通の店や知り合いがいて、インタビューは盛り上がった。 男性は、ミュージシャンの仕事に区切りを付けたあと、夜の世界でできたつながりを辿って、さまざまな商売に乗り出す。そして、ある日とつぜん失踪する。 数年後に妻のもとに帰ってきた彼は、とつぜん金持ちになっていたという。「東京で不動産屋をしていた」というが、さだかではない。そのあと新興宗教の教祖になり、さらにまたいろいろあって、けっきょくは全財産を失い、現在は妻とふたりで、関西の片隅の小さな古い団地で、静かに暮らしている。 インタビューの終わりのほうで、男性がとつぜん立ち上がり、奥のふすまを勢いよく開けた。そこには、二十着ほどの、見事なミンクの毛皮のロングコートがずらりと並んでいた。そして、同行していた私の連れ合いに、こう言った。 「ねえちゃん、一着やるから、好きなもん持ってって」 もちろん丁重にお断りした。 それにしても、これが人生だな、と思う。もちろん、それは差別や貧困とたたかうなかで、必死に選び取られた人生で、他人が生半可にいいとか悪いとか言うことは許されないことだが、それにしても彼の生活史の語りは、いつまでも印象に残っている。結局どの論文にも報告書にも使えなかったけれども。
断片的なものの社会学 岸 政彦 第1回 イントロダクション

















