渓谷竜シリーズ回生編「0.69階の悪魔」設定。主人公・龍道寺 重彦(りゅうどうじ しげひこ)について。
くたびれたベテラン捜査官。定年が近い。老年に足をつっこんでいる。かつて自身の過失で可愛がっていた相棒を失い、失意の中で病気を患う。これを契機に引退を考えていたところ、人食い連続殺人事件の捜査担当されてしまい、体調もメンタルも絶不調。しかし或る人物の遺した事件資料を受け取ったことが切っ掛けで生きる意欲を取り戻す。
親族は若い頃に早世。なぜか誰の顔も覚えていない。そういうものだと気にしていないし、寂しさを覚えたこともないので、思い出そうともしない。
上背はあるが猫背。病の影響で最近は痩せぎみ。頭脳派なので昔もそれほど体格が良かった訳ではない。よれよれのスーツを着用し、ネクタイはしない派。お金がない訳ではないがとにかく生活することが面倒。
若干緑がかった茶色の瞳。瞳孔がやや縦。三白眼。白髪まじりの薄茶色い短髪。ツーブロック。額から目元にかけて大きな傷跡がある。一見、小汚い893ぽい。
一時的に過去へ飛べる。といっても疑似トリップ。精神のみが転移する。自称オカルトマニア曰く「深く魂が込められたものに繋がりやすい」体質が関係しているらしい。理由は後述。
相棒によく似た少年・十郎を助ける度に現代軸で人食い事件の証拠発見へと繋がる。
妻には9年前に逃げられている。妻は再婚済み。元相棒が死んだとき、荒れた自覚があるので責められないと思っている。
再婚相手と重彦は友人関係にあり、友人仲も悪くない。だから時折一家の団らんに呼ばれる。これは、子供たちが再婚相手に馴染まないためでもある。子供を世話する役と、妻の心を癒す役。
男二人は一人の女性を挟み、一種の協力関係を築いている。
息子は柊介(しゅうすけ)。難関大学の文化人類学専攻の修士一年目。浪人しているため24歳。
父親が留守がちで寂しい子供時代ではあったが、バリバリ捜査に打ち込み格好良かった昔の彼に戻って欲しいと願っている。その一方、現在の父親の行動に幻滅もしている。
遅い子供だったことから重彦は息子を深く可愛がってきたが、年のころが元相棒と近くなってきたため、フラッシュバックが伴い最近は距離を置きたがっている。
離婚はしても息子に愛され、友人と元妻との関わりで孤独になることもなく、それなりに幸せなはずだった。だが、この幸せを「相棒」が享受できないことを悔やみ、自ら幸せを遠ざけてしまう。
元相棒の名は「君島 章(きみじま あきら)」。名家出身らしいエリート組の青年で若くして捜査一課に抜擢された。柔軟な思考に優れ、署随一の洞察力を持っていた重彦の捜査にもついてこれるだけの能力を秘していた。
かくて名物コンビとなった二人は、当時日本を騒がせていた「朱雀事件」の捜査本部に配属となる。
章の機転で犯人逮捕につながるも、検察庁からの帰り際、章は何者かに殺害される。犯人を見たのは重彦と彼のみ。死因は心臓発作による病死と公表されたが、「そこ」に誰かがいたのは間違いなく。以来、未解決事件として重彦の精神を深く蝕み続ける。
相棒を失ってから、重彦は大いに荒れた。妻は逃げ、息子と引き離され、署での立場を失った。
最初は章を殺した犯人を追おうとした。しかし諦めた。手がかりが一切存在しなかったのだ。あるとすれば自身の脳内。見たはずの犯人像。だが「思い出せない」。
自分が思い出せば弔い合戦ができるのに。わずかでも取っ掛かりを掴めれば捜査が進むのに。誰も、何もしらない。不可解なほどに。それが一層、彼を相棒の死に縛り付ける。
通常、捜査を始めれば「嘘の証言」「見間違い」、そういった泡が現れるはずだ。なのに、それすらもない。一切合切が誰の記憶にも残っていない。だからこそ事件は存在する。彼はそう考えている。
そして竜は世界の「内側」に対して強い作用を持つ。世界そのもののカタチを変えることは叶わないが、内側で起きた現象――世界が辿ってきた刻の痕跡に触れることも容易い。だから重彦は疑似トリップとして過去へ干渉できる。
重彦は竜スマラグドの現実世界における写し身(うつしみ)。竜そのものではないから「龍」と名乗っている。
なお竜に類した存在だったという記憶は現在は持っていない。人に馴染むにつれ竜であった記憶を消し、暖かな家庭の幸せを噛み締めようとしたのだろう。
本編で選択を誤り、竜が完全に死した世界。それが分岐編。彼の屍は新たな生命形態を生み出し、妖と呼ぶ存在を創り出した。
答えは現実世界への転移だ。魂、精神体、呼び名はなんでもいいが、「竜だった何か」の魂……いわく本質を司る部分が神託地より彷徨い出でた。
竜の肉体は地上に、魂は天上に――。天上たる神託地アハシュカル世界は確かにユートピアなどではなかったが、彼の魂はその空間へ存在していた。ならば肉体を失ったそれは、一体どこにいったのだろう? 異界より来たる竜に還る場所などありはしないのに。
魂に刻まれるのは悔恨と渇望。肉体に刻まれるのは快楽と幸福。喜びを失ったソレは原罪を背負ってただただ悲嘆に暮れる。
彷徨い出でたソレはかつての「竜スマラグドそのもの」ではない。本来、肉体に戻らなければならないものが何万年も独り歩きした結果、浮遊霊状態で肉体の記憶を失いかけていた。
無論、正しき流れの本編では魂は無事に肉体へ戻るが、この回生編は「竜の肉体が死した結末」のお話。竜そのものが蘇ることは、ない。
別に生き延びたい訳ではなかった。「愛する人を取り戻す」という目的を果たすことはついぞ出来なかったから……また失敗したから、このまま果てればよいと願っていた。
竜の故郷クーアは滅びている。戻れない。仮に戻れたとして存在できない。クーアという世界が存在しないのだから生命はもちろん、魂さえも留まることは出来ない。(仮に留まる余地があるとしても「0.69階目」の中だけ。)
だからもう一つの世界…すべてを生み出した大元の現実世界へ彼は向かった。
けれど竜の魂は自然には朽ちない。クーアにいれば還る、否、朽ちることは出来たが、神託地へ降り立つ以前に、クーアそのものを自らを破壊してしまった。だから別の手段で自分が消滅できる可能性を探し彷徨うしかなかった。
竜は朽ちる方法を求めて社会へ紛れ込んだ。魂だけの存在なので、動物になったり、植物になったり。様々な姿形を試せた。しかし目的は情報を集めること。人間体が最も効率が良いと知り、スマラグドは故郷を思い出しながら人の営みに身を任せた。(だから重彦には実体がない。実体がないから「疑似トリップ」が可能である。)
ここで誤算があった。元々寂しがりやの彼はふれあいを求めた。新しい家族を作った。欲しかった友人も得た。愛する人を取り戻したい――その願いの根底にあって、渇望してやまなかった「ぬくもり」を得た。
彼にとっては人生のやり直しだった。ゆえに「回生」なのだ。
君島家は現実世界で言う「魔女」の系譜だった。魔女とは「外側」に対して強い作用を持つ者。だから相棒の章も、ヒロインの史枝も、現代で言う「オカルト界隈」に親しむ。
君島家の人間は言う。異界は存在すると。幽霊であれ、妖であれ、呪いであれ、魔法であれ、地獄であれ――現代人にとってにわかに信じがたいものは確かに「在る」と。
そして魔女と竜は常に表裏一体の関係にある。両者は相反するようで、あらゆる世界の地軸であった。章と重彦が相棒関係を築いたのも、彼が史枝に惹かれるのも、当然のなりゆきだったのかもしれない。