スーツの歴史のようなもの
20世紀のメンズファッションは、織機や縫製技術の進歩、革新的な素材の開発、優秀なデザイナーたちの登場、そしてなによりライフスタイルの変化から社会的な関心事になりました。また、資本主義の発展によって管理や営業の仕事やサービスに従事する人が大量発生し、世の男たちにファッションの重要性を意識させました。なかでもスーツは、基本的なカタチは変化していませんが、当初は社会的な地位や役割をあらわす衣服として発展し、それがポスト工業社会へと移行していくにつれて進んだライフスタイルの多様化に歩調をあわせて、それぞれのライフスタイルにふさわしいファッションへと進化しました。
ダンディの祖、ボウ・ブランメルが英国王太子(のちのジョージ4世)に黒やダークブルーの服を着せたことから、世界じゅうの男たちは慎み深い色を好むようになりました。20世紀初頭のスーツもまた着丈が長かったり、フロントボタンの数が多かったりしたものの、色はそれに倣っていました。とはいえ、1930年代になるとF・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の影響からか、白いスーツを好む富裕層があらわれます。仕事着ではない、遊び着スーツの登場です。そしてまた、シアサッカーなどの盛夏用スーツも出現し、世界初の化学繊維レーヨンが発明されると、スーツ用としてウールやコットンとの混紡素材も生まれました。伝統的だけれど大仰なスタイルが好まれ、スーツをファッションとかんがえる男たちが出現した時代です。
1950年代には、それまで主導権を握っていた英国式のファッションにたいして、米国のアイビー・ルック(ナチュラルショルダーでボックス型のシルエット、フロントボタンは3つ)や、イタリア発信のコンチネンタル・ルック(スクエアショルダー、絞ったウエスト、高いボタン位置)が抬頭してと、三つ巴の構図になります。アイビーの総本山ブルックスブラザーズは、フロントボタンが2つの新型スーツを1961年に発表。その前年に、ロンドンのサヴィル・ロウからブリティッシュ・ルック(肩パッドを入れ、カラダのラインに沿ったシルエット、大きめのラペル)が発信され、パリのピエール・カルダン(世界初のメンズファッションデザイナー)は、このルックの最新版というべきスタイルを公表します。つづけてイヴ・サンローランもメンズ市場に参入。50年代から70年代は、ファッションデザイナーの参入もあり、スーツのスタイルが多様化した時代でした。
1980年代は、ソフトスーツの登場です。素材、芯地や肩パッドなどの副資材、縫製仕様のすべてをリバイスした、ジョルジオ・アルマーニによる発明品。イタリアの偉大な芸術家による革命的な着用感に驚愕しました。おなじくイタリアのキートンやブリオーニといった手縫いの既製スーツで、高級の意味も了知しました。また、ミニマルだけれどスタイリッシュなプラダのスーツをビジネスに着用するエグゼクティブがあらわれました。オケージョンによってスーツを選択するたのしさを、トム・フォードによるグッチやドルチェ&ガッパーナのセクシーなスーツで学習することにもなりました。
新世紀に入って、エディ・スリマンがタイトなシルエットのスーツを発表し、着ていることを意識することで得られる精神的な充実感という価値観を与えました。2005年、トム・フォードはオートクチュールのような古典的な手法、エレガントなディテールが特徴のスーツで新時代の男性像を表現。さらにトム・ブラウンは、老舗スペシャリティストアのブルックスブラザーズとのコラボレーションを2007年に発表し、トラディショナルなスタイルをポップに再構成してみせました。 フィットのイメージとしてはパッツパツからつんつるてん、といったところですね。
こうしていま、スーツはかつてないほどの多様なありよう、スタイルをもつようになりました。オン・オフにかかわらず、スーツを愛好する男たちが増えました。着こなしもさまざまです。オーダーメイドもスマートフォンのアプリから注文できる時代になっています。スーツの原型は、放縦だった衣服を改めるため、英国王チャールズ2世が発した衣服改革宣言(1666年)によって誕生したといわれます。それから3世紀半超、これからもスーツは自由に、もしかしたら奔放に男性服の中心に存在しつづけるようです。
ボウ・ブランメル|ジョージ・ブライアン・ブランメル(1778-1840)摂政時代の英国におけるファッションの権威。欧州全土の洒落者(政治家、作家)たちへ影響を与えた
ジョージ4世|イギリス王、ハノーヴァー王(1762–1830)摂政王太子時代は素行が悪く、王室費の半分に相当する額の借金をつくった。ボウ・ブランメルの友人
アイビー・ルック|アメリカ東海岸の名門私立大学グループ、アイビー・リーグの学生たちへ向けた服飾術。わが国ではメンズファッションの基本として、1960年代をピークに流行
ブルックスブラザーズ|1818年創業、アメリカ合衆国の紳士服・婦人服専門店。リンカーンをはじめ歴代のアメリカ大統領に愛される、アメリカントラディショナルの代表的レーベル
サヴィル・ロウ|イギリス、ロンドン中心部のメイフェアにあるオーダーメイドの名門紳士服店が集中しているストリート。一説では「背広」の語源となったといわれる
ピエール・カルダン|フランスのファッションデザイナー(1922-2020)前衛的なスタイルでオートクチュール(高級注文服)を立ち上げ、1960年代〜1970年代に一世を風靡した
イヴ・サンローラン|フランスのファッションデザイナー(1936-2008)モードの帝王として20世紀のファッション業界をリード。2002年の引退まで、トップデザイナーとして活躍
ジョルジオ・アルマーニ|イタリアのファッションデザイナー(1934-)ミラノ大学医学部中退という異色の経歴。20世紀が生んだ偉大な芸術家のひとりと評されている
キートン |1969年、イタリアのナポリにて創業した縫製工房。クラシックなイタリア式のスタイル。最高級素材と伝統的縫製技術を融合させたスーツやジャケットが有名
ブリオーニ|1945年、イタリアのローマにて創業。映画『007』でピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンド着用のスーツで話題に
プラダ|1913年、ミラノにて創業。創業家3代ミウッチャ・プラダの斬新なデザインにより、革製品店から世界的ファッション企業に成長
グッチ|1921年、イタリア、フィレンツェにて創業。乗馬をモチーフとした皮革製品が人気に。ラグジュアリーコングロマリット、ケリンググループの中核ブランド
ドルチェ&ガッパーナ|イタリア人デザイナーのドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナによる世界的なラグジュアリーファッションブランド。テーラードに定評がある
エディ・スリマン|フランス出身のファッションデザイナー、写真家(1968-)1997年から2015年までイヴ・サンローランやディオール・オムのクリエイティブディレクターとして活動
トム・フォード|アメリカ合衆国出身のファッションデザイナー、映画監督(1961-)複数のブランドにてデザイナーを経験。現在は自身の名を冠したブランド企業を設立 。映画は2作品を監督し、映画祭での受賞も
トム・ブラウン|アメリカ合衆国出身のファッションデザイナー(1965-)大学で経営学を学び、俳優になり、2001年に自身のファッションブランドを設立した異色の経歴
チャールズ2世|イングランド王、スコットランド王、アイルランド王(1630-1685)ピューリタン革命後、王政復古によって即位。カトリック復興を策し議会と対立した
















