2017年、厚生労働省と国立精神神経医療研究センターは一般住民(15歳~64歳)を対象に”薬物使用に関する国民調査”を行いました。そのなかで"直近1年以内の違法薬物使用の有無"を調べたのですが、国家機関による調査と知りながらバカ正直に「はい使いました」と回答するバカいないでしょ?と思っていたら…いました!調査対象7395万2千人の3%にあたる216万人が『使用した』と正直に回答。国民33人に1人が現役パキパキのユーザーともとれる結果が公表されたのです。バカ正直が216万人もいるなら『本当は使ったのに諸事情で”使用していない”と回答した”隠れ使用者”もいるはずで、本来であれば隠れ使用者数とバカ正直を足した数値が我が国の現役パキパキのユーザ数ということになります。隠れ使用者はその名の通り隠れているだけに何人いるのか知る由もありません。なお当ブログはオリジナルの調査結果を尊重し、国内の違法薬物使用者数を推計216万人を前提に執筆しています。
シリーズも最後になります『プロフィール(完結編)FinalCall』は、Shablog(シャブログ)のコンセプトやテーマについて皆さんと共有したいと思います。
これは厚労省が国民に向けて20年以上も発信している”覚醒剤使用の注意喚起”ですが、これウソです。注意喚起とは『みなさん気を付けてくださ~い』という注意なのに、そこからウソってどうなんでしょう?一度で破綻?!て、生涯で凡そ5000回近く使用している僕はこの絶望的なメッセージをどう受け止めたらいいのか?今週だけで既に3回破綻してるはずなんですが…
『最初の1回を何とか阻止したい』という厚労省の想いは理解できないでもないけれど、ウソをついてまで恐怖心を煽ろうとする小賢しさは国家機関の所業としてあまりにもセコイ。
公的統計調査で明らかになった真実は次のとおりです。覚醒剤使用経験者のうち使用から1年以内に使用障害に該当する疾患を発症したのは使用者の11.7%。残る9割近い経験者は医学的・社会的・肉体的・精神的ダメージを呈することなく薬物と共存しながら生活している…これが真実。というか公的統計調査は厚生労働省が「お紺ア、この真実は厚生労働省の資料に記載されているてかこの真実って厚労省の統計調査資料に掲載されているんですけど、これはどういうことでしょう?勿論"9割が共存している”という事実だけで『覚醒剤は安全…』と結論ずけることはできませんが、まさにこの9割の方が僕がこのブログを届けたいと意識している読者層です。『口には出せないけど薬物はやめたくない。でもそれによって他のことに悪影響が生じるのは避けたい』本音はそう思っている方に向けて、専門書を読み漁っても複雑で理解に苦しむようなことでも、中身をかみ砕いてわかりやすく伝えることを心掛け、リスクを回避するため、軽減するために必要な知識や正確な情報を発信していきます。
なお記事内に”ポンチュウ”という言葉を多用しています。覚醒剤が合法だった時代の製品名『ヒロポン』と『中毒』を掛け合わせたもので、かつては『覚醒剤中毒者』を指す差別用語として認知されていました。当ブログで表現される”ポンチュウ”は差別を助長する意図はなく、その意とは語呂の良さから覚醒剤使用者の総称(愛称)とした表現であり、使用者に向けられる差別や偏見を助長する意図はありませ当おわりに当ブログは、日本国憲法において保証されている表現の自由(日本国憲法21条及び13条)に基づいて発信していることを明記します。
“クスリのリスク”は、上から読んでも『クスリのリスク』下から読んでも『クスリのリスク』なのですが、そのことに特別な意味あるわけではなくそれ以上でもそれ以下でもないということです。
“クスリのリスク"は1つではありません。細かいことまで挙げるとリスクは星の数だけあります。例えば…
・直前で相手がネタ乞食と判明しシェア代金を回収できなくなるリスク
・ポンプ内にネタを詰めたあとで、ポンプが満タンになるまで水を入れてしまったため、プランジャーを引く余裕が1mmもなく逆血確認ができないまま引くに引けない事態に陥るリスク などですw
リスクとは将来起こるかもしれない望ましくない出来事のこと。起こる可能性もあるし起こらないかもしれない。しかし様々なリスクについて正しい知識をもつだけでもリスクを軽減できます。加えてその知識を有していたおかげで、いざという時に冷静に対応ができたり、正しい行動がとれたり、リスクそのものを回避する可能性もあります。『リスクに備えなかったA氏』『リスクに備えていたベテランB』の差がいかに大きいか?について前述の”引くに引けないリスク”を例に解説します。
引くに引けないリスクに備えていなかったA氏は、針先が血管に入っているのか不明なまま、勢いでプランジャーを押し燃料を体内注入。直後、腕から全身にかけてこの世のものとは思えないほどの激痛に襲われる。
引くに引けないリスクも予め想定し有事に備えていたベテランのB(ボク)。突発事案発生時も動じず落ち着いた対応で、まず満タンのポンプから2メモ分のシャブ水を左乳首に向け排出(ピュッツ)♪次にあらたに2メモを今度は右乳首に向け排出(ピュッツ)♪これでポンプ内に4メモ分の空きスペースが新たに誕生。ここを逆血を流し込むスペースに活用。プランジャをわずかに引いて逆血確認。プランジャを押し込んで燃料を体内に注入。何事もなかったのように離陸。一連の動作はまるで英国紳士のような落ち着きで、スムーズでスマートな動作にそれが緊急時における安全確保のための重要手順を実施していたことに周囲の者は誰一人気づかなかったようだ。真相が明らかになったあと、Bは関係者から一目置かれる存在になったことは言うまでもありません。そもそもベテランは引く余裕がなくなるほどポンプ内がパンパンになるまで水を満たすことはありません(笑)
リスクは確率現象です。私たちの最大の関心事である「違法薬物によって逮捕されるリスク」についてその確率を明らかにします。
令和6年度/2024年度版の警察白書によると、前年2023年の薬物事犯検挙者数は13,330人でした。このうち覚せい剤事犯が全体の44%(5914人)、大麻事犯は48%(6482人)でした。違法薬物使用者が推計216万人といるとした場合、2023年に検挙された人数が13,330人ということは、検挙率0.61%と算出されます。違法薬物の使用者が100人いたら、確率的にその中の0.61人が1年内に逮捕される。
確率計算の方法はすこし複雑なので詳細の説明は省きますが、3年だと1.45% 5年で2.54% 10年で4.94%になります。
検挙される確率が0.61%?イメージが湧かないという方も多いと思うので確率値が近いものをいくつか例に挙げたいと思います。
例えばNHKと受信契約している利用者のうち料金未払者が20%前後いますが、その後支払いを拒否し続けた結果、NHKに法的措置を講じられてしまった契約者が全体の0.87%
運転免許保有者が車を運転しているときに死亡事故を起こす確率あるいは事故で自身が亡くなる確率 0.43%。同じく人身事故を起こす確率 0.92%です。
つまり違法薬物で逮捕される確率と運転中に死亡事故を起こす確率はほぼ同じということです。
「自分がまさか逮捕されるわけがない」根拠もないのに断言している人。それはドライバーが「自分に限って事故を起こすはずがない」と断言して、安全に何の配慮もしないでただ漫然と意の赴くがままに運転しているのと同じくらい危険なことをしていると言えます。
”リスクと向き合う”に、いくつかの工程がありますが、まず①自分の行動範囲のどこにどのようなリスクが潜んでいるのかを洗い出すことが最初の工程です。次に②洗い出したリスクについて正しい情報を集めます。人から聞いたこと、SNSで見たことも鵜呑みにするのではなく、一旦自分の頭に取り込んで自分の頭で考えてみる。次に③そのリスクを回避、予防、軽減する方法を検討して適切な対応がとれるようにする。”リスクと向き合う”ということは①~③の工程を踏んでそれらを知識として保存することです。この工程で最も大切なのはソースとなる情報が正しい情報であることです。
ネットが充実しほとんどの疑問がネット検索で解決する時代ですが 違法薬物に関する疑問については少し事情が違います。国がネット上に点在する情報にアクセス制限をかけている影響でそう簡単に正しい情報を入手することはできません。検索してもヒットするのは上から下まで「ダメゼッタイ」ばかりということはよくあります。
国家機関が意図的に情報を管制しているからですが、管制する理由は2つあります。1つは、国民が違法薬物に関する情報自由に入手できれば、一部の好奇心が強い国民が『試しに1回やってみよう!』と手を出しかねないことへの予防措置です。2つ目は後述する国家にとって『不都合な真実』が国民の目に触れないようにするためです。
『情報が欲しいのに正確な情報に辿り着けない』そうした心理的不安が続くと、人間は本能的に”不安という穴”を何かしらの情報で埋めようとします。情報が正しいかは重要ではありません。埋められそうな情報を必死に探し、ときにはオリジナルの情報で埋めます。不安の穴が埋まると人はまずは安心し、つぎに”埋め合わせた情報は正しい”と信じる努力をします。薬物関連で他者の誤認識に気付いたとき良かれと思ってその人に正しい認識を伝えようとアドバイスしても頑なに拒み、それまでのやり方を意地でも貫こうとする人見かけたことありませんか?その人の心理がこのメカニズムによるものです。
穴埋め情報を信じることに成功すると、その情報を(善意で)人に伝えたい・教えてあげたい、そのことで人を助けたいと考えるようになります。それらの情報を他者と共有することで伝えたほうも、伝えられたほうも「安心」が得られるのです。こうした本能的に「善意による拡散」が生じることで、不安を埋め合わせるための情報(その多くが事実と異なる情報)は瞬く間に人から人へ広がっていきます。災害発生時に「19日午前8時半から〇〇小中学校で応急給水するらしい」といったデマの発生メカニズムもこれと同じです。
『職務質問されたら、体調不良を訴えて119番で救急車を呼んで病院まで搬送してもらえれば警察は職質をあきらめて帰っていく』
『職務質問は”任意”であることを主張すれば回避できる』
『県境を超えてまで警察は追尾してこない』
『職質は持久戦。3時間押し問答に耐えれば警察はあきらめる』
これらは実際それがあたかも事実のように語り継がれていますが、全て間違った情報です。このような誤情報に振り回されないためには、いま説明した人間の心理傾向をよく認識した上で、人から聞いたこと、SNSで見たことを丸ごと鵜呑みにするのではなく、一旦自分の頭で考え検証してその真意を自分の価値観に照らし合わせ自分で判断することが重要です。
中国に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という言葉があります。『戦いに勝とうと思うなら、まず相手のことを知らなくてはならない。相手を研究し自分の得意・不得意についてよく理解すればどんな戦いでも勝つことができる』 という意味です。あまり大きな声では言えませんが、この教訓は”警察との戦いにも通用します。「警察を知り己を知れば百突危うからず」警察を研究し自分を客観視できれば百回突いても捕まらない。」舐めていると思うかもしれませんが僕はそう考えています。
法務省が『薬物事件発覚の端緒(何がきっかけで検挙されたのか?)』を調査したところ、薬物で検挙された人の40.9%が『職務質問』で検挙されています。20.9%が自宅への捜索(ガサ入れ) 共犯(関係者)の逮捕されその後の取り調べで得られた供述が端緒になっているケース(チンコロ)が同じ20.9%の順に続きます。逮捕者の4割が職務質問が発端になっているという事実…知っていましたか?。仮に職務質問というリスクと真剣に向き合えば、あなた次第で40%逮捕されるリスクを軽減することができるのです。
リスクに真剣に向き合ってこなかった人が、ある日突然、予告なく職質を受ける状況に追い込まれたとき、ほとんどの人が動揺し焦ります。それまで根拠なく”自分には関係がない”と思っていたことが、目の前に脅威が現実に。何をどう調べられるのか?今後どうなるのか?どうすればいいのか?知らないことばかり。やがて頭の中は”逮捕”の文字で埋め尽くされ放心状態になります。挙動の変化を警察官が見逃すはずがありません。事態は最も恐れていた最悪の結末へと導かれます。
興味深いのは職務質問で捕まった人の多くがその原因を「運が悪かったから」と結論づけることです。“運が悪い”というのは真の原因ではありません。原因とはなぜ自分がロックオン(警察官が職質対象者にすると決定すること)されたのか?を探ることです。実際にリスクが起きたのに、それもまらリスクに向き合わない。失敗を教訓にできなかった人は、ホトボリが冷めたころまた同じ職務質問で捕まる…というのはよくあることです。
強盗や薬物事件などの容疑者の挙動に目を光らせる警察官がいます。警視庁ならびに各都道府県警本部地域部ちに直轄部隊・自動車警ら隊(通称・自ら隊)は、一般的に隠れた犯罪を見つけ出す職務質問のプロ集団と言われていますが、僕の解釈と少し違います。
職務質問は質問の仕方とか攻め方の技術も大切ですが、"犯罪者を見極める力"がまず重要です。ただ100人中100人全員を観察して怪しい人物をピックアップしているのではありません。警察はあえて犯罪者の心理的プレッシャーに響くような環境、罠をあえて作り出すことで、それに反応を示した人物に職務質問するという戦略をとっています。これは人間の本能や心理を研究しつくた上に立てられた見事な戦略です。
例えば、警視庁監修の職務質問の教本には、パトカーで防犯パトロールを行う際には最も歩道に近い側の車線を時速10kmで走行するよう記載されています。これは10kmというスピードが、犯罪者(やましいことがある者)が心理的に最もプレッシャーを感じ、びっくりする、方向転換、小走りなど、警察への拒否反応が一番でやすい速度だからです。敵はこうした研究を地道に積み上げ戦略に活かし、もっとも効果がある方法で犯罪者の心理を揺さぶってくるのです。リスクに無対策の素人が都市伝説のような話を盾にして簡単に回避できるほど警察は甘くありません。100人いたらその中で警察を認知したとき、人間の本能に従って“犯罪者が無意識にやってしまうNG行動”このわずかな挙動の変化を見逃さないのが職務質問のプロと呼ばれる所以だと僕は思います。瞳孔を気にして歩く人がいますが、その人の瞳孔が開いているかなんて100m先からわかると思いますか?
つまり職務質問を回避したければ、人間の本能に逆らって行動する癖をつけることです。警察オタクの僕の場合、パトカーが脇道からでてきたら、まず表情が柔らかくなって“どこの所属のPCだ?”とコールサインを確認します。ここまでで通常犯罪者がとる行動パターンと相反しているのがわかると思います。パトカーを現認したところで笑みを浮かべながら、愛しいさを感じる眼差しでパトカーに食い入るように近づいていく犯罪者なんてまずいません。一周まわって逆にそんな異常行動が不審者と思われ逆に職質される可能性はあるかも(笑)。
冒頭の職務質問で逮捕された4割の人は恐らく職務質問が何たるか?という知識は全くなかったのだろうと想像できます。敵が描いたシナリオとおり、本能のあるがままにキレいにビックリして、キレいに焦り、最後はしどろもどろになって逮捕に至ったのでしょう。事前に職務質問に関する正しい知識を持っていたら?職質されたときのシュミレーションが予めできていたら?本能に逆らってもっと冷静に行動ができ、ロックオンもされていなかったかもしれません。
キメセクを何度も経験してきて思うことは『変態になりたいのに変態になりきれない人』が多いこと。技量不足とかの話ではありません。切れ目などで集中が途切れるタイミンングで、それまでエロ一色だった意識に別の意識が割り込むことで、集中の対象が切り替わってしまうことがあります。切り替わる対象が“勘ぐり”ということはよくあります。”勘ぐり”の正体はもともと自身の潜在意識のなかに密かに潜んでいた罪悪感や不安・セルフスティグマなどです。判断力が著しく低下している状況で、罪悪感や不安に意識が占有されると、そこから抜け出すのは難しくなります。覚醒剤には『物事に集中させる』効能があるからです。スタートしたときは変態になって楽しくやりたいという想いは同じだったのに、途中で意識が切り替わることで、共同作業がストップし、当事者は恐怖に怯え、相手は沈黙するしかなく、その場の空気全体が一瞬にして凍り付く。皆さんも一度や二度経験はあると思います。
多くの人は“勘ぐり”(またそこから派生する覚醒剤精神病などの症状)は覚醒剤に必ずついてくる副作用の1つと思い込んでいますが事実ではありません。例えば欧米人が覚醒剤を継続的に摂取しても”勘ぐり”という症状が出現する症例は殆どありません。幻覚幻聴を呈する覚醒剤精神病という病名も欧米にはないくらいで、仮に同じ症状がでれば一時的な中毒症状とみなされ解毒治療を施すだけだそうです。欧米人と日本人で作用に差が生じる理由は、欧米人は日本人ほど薬物を使用することに“罪悪感"や”不安”意識がないからです。
価値観が欧米人と似ている僕自身も今まで”勘ぐり"に悩まされたことはありません。ご存知のように僕には罪悪感なんて1ミリもありません。警察事情に詳しいおかげで内偵捜査に関する不安(監視されている不安)もない。部屋の中に刑事がいるわけがない。唯一不安があるとすれば、喰い過ぎてネタが足りなくなったらどうしよう?くらいw。おかげ様で勘ぐり、幻聴、幻覚に悩まされたことはなくここまで来ています。つまり日本人は”勘ぐり”に走る人が多いということは、潜在意識に何かしらの“罪悪感"や”不安”を抱えている人が多いということです。なぜでしょうか?
日本は周囲を海に囲まれた島国で他の民族の影響を受けない単一文化社会が形成されました。古くから農耕民の村落社会が形成されたことから『和』を重んじてきた民族です。集団意識が強く自分のことよりも相手や周りを優先することが美徳とされ、両親から「ルールやマナーを守れ」「みんなに迷惑をかけるな」と厳しく躾けられた人も多いはず。一方学校教育でも「規範意識の育成」に重点が置かれ、厳しい校則、同じ制服、同じカバン、髪型の指定、軍隊的な指導、厳しい部活動などなど、規範意識の教育が過剰になっていきました。その影響で「ルールやマナーを守らない人」「みんなに迷惑をかける人」への激しい怒りや憎悪が大衆感情に芽生え「対立と分断」を招きました。「ルール違反をした者は罰を受けて当然。」「ルール違反をした『悪者』を断罪してこらしめてやろう」という間違った大義名分のもとで他人を容赦なく攻撃することこそ正義だという歪んだ価値観がイジメや誹謗中傷を激化させます。
社会が厳罰的になればなるほど、”集団から仲間外れにされることを極端に恐れる人が増殖していきます。“自分がどうしたい”よりも”他人からどう思われているか”が気になり、まずは相手のご機嫌、他人の言動や行動を観察するなど、他人の価値観に合わせて生きることしかできない人が増えたのです。
このような人がルール違反に該当する行為をみずから犯すと「ルールを守れなかった自分は悪い人間だ」と自分を責め続けます。やがて自己否定感が強くなり「自分は社会で認められない存在」「自分は世の中で価値のない存在」という思い込みが固定化されていくのです。
自分で考えることが苦手な人ほど思い込みが激しい傾向があります。一見真面目そうな人が多く「このままじゃいけない」「(違法薬物は)もう2度とやらない!」と一度は決意し自分を律して、『あるべき姿」に戻ろうとします。しかし一定期間が経つと薬物への渇望が強くなり「今度こそ最後」と誓って再びキメます。フライト中も"やっぱりダメな自分"という呪縛に取り憑かれた状態で弱い自分を責め続けます。そしてまた「今度こそ今度こそ」と固く決意。やめる→渇望→キメる→自己嫌悪→断薬決意→やめる→渇望→キメる→の繰り返し。結局キメても地獄(自分を責め)キメなくても地獄(欲求を抑えきれず)どっちに進んでも苦しい“生き辛い人生”を送ることになります。この状態から脱する方法は1つしかありません。『〇〇すべき』から派生するダメな自分を責めるのをやめ「ダメでもいい」と自分を認めること=”ありのままの自分”を受け入れる。「自分は世の中で価値のない存在」とか絶対正しいと信じていることが固定観念で、単なる思い込みに過ぎないことに気づくこと。言葉にすると簡単なようですが当事者にとっては今までのルールを破棄して新しいルールに書き換えて実行しなさいということで、口でいうほど簡単なことではありません。『座ってオシッコするのはもうやめなさい。明日からオシッコするときは逆立ちでやりなさい』それくらいに難しいことw。
人が“楽しい”と感じるということは、そこに“自分の価値”を感じているということです。仕事が好き、ドライブが好き、音楽が好き、キメセクが好き。それが違法であれ何であれ、共通しているのは、『そこに自分が存在し、自分に価値を感じる』ということ。だから楽しいと感じるのです。つまり言い換えると、”楽しいことをしているのに罪悪感を感じる人”というのは、自分の存在を自ら否定し、自分には何も価値がないということを自ら認めているのと同じことで、自尊心が低く自分に自信のなくなるのも当然です。だから変わらないといけないのです。
例えば幼少期に親から『心も身体も健康でいなさい』と躾けられた子は、大人になっても無自覚にそのルール(前提)を忠実に守ろうとします。不健康な食事・行為は『悪』と思い込み、「とにかく健康でなきゃいけない」などと、あらゆる場面で自己欲求を抑え我慢して生きるようになります。一見するとマジメで我慢強い良い子に見えますが、それは本質からかなりズレています。なぜなら本来は『生きるために健康でありたい』というのが本質であって『健康になるために生きる』というのはそもそもの前提が間違っているからです。
長い間自分の頭で考えず、他人の価値観だけに従って生きてきた人は、このように物事の本質に気づかないまま人生が空転し続けます。自分の頭で考える訓練をしてこなかったため、何か失敗をしてしまったときにその原因は何なのか?同じ失敗を繰り返さないための改善策や予防策を考えるのも苦手で、失敗を教訓にできないまま進むのでその先も同じ失敗を何度も繰り返してしまいます。
世の中は残酷です。自己評価の低い人、自分は価値がない人間だと思い込んでいる人、他人の評価が気になる人、本当の自分と外向きの自分を使い分けて生きている人、そうした生きることに疲れ果てた人にとって、覚醒剤は夢のような薬で彼らはその魅力にハマってしまいます。世の中には覚醒剤を摂取してもハマらない人(必要としない人)も現実に存在します。「Sexが好きだから「変態になりたいから」というのは表面上の理由で本質ではありません。「なぜ自分は多大なるリスクを背負ってまで覚醒剤をやりたいと思うのか?」その答えをみつけることが、己を知るということです。多くの場合、その原因は幼少期まで遡って自分の境遇やおかれた環境を振り返ることで答えをみつけることができます。
人間は自然界にある様々な薬草から有効成分を取り出し、精製し、人工的に合成するなどして薬物を作り出してきました。人類が今日まで地球上で繁栄できたのは薬物を病気の治療に役立ててこれたからで、人類と薬物の歴史は文明と同じくらい古う。それに比べると人類が法と刑罰によって薬物を規制するようになった期間はあまりに短くたった60年です。日本は薬物への恐怖心や嫌悪感に重点をおいた乱用防止教育に一貫して行い、世界でも違法薬物使用人口が飛びぬけて少ない国になりました。しかし国民が薬物に対する恐怖心や嫌悪感を過剰なほど強くもつようになり、その感情は薬物使用者にも向けられました。「ダメ。ゼッタイ」=本来薬物を社会から排除するための運動が、いつしか使用者までも社会から排除する運動へ変貌したのです。
国際社会における薬物政策に目を向けると、日本とのあまりの違いに唖然とすると思います。2011年薬物政策国際委員会は、それまで50年推進してきた”法と刑罰による厳罰政策の効果”の評価をおこない「厳罰政策は完全に失敗であった」と結論すけて、各国に薬物政策の見直しを提言しました。具体的には規制の強化がかえって薬物の消費や使用者数の増加につながったこと。HIV感染者数や過剰摂取による死亡者が激増。密売組織も減るどころか巨大な利益を得てかえって強大化させ、使用者に至っては「犯罪者」という烙印を押されることで保健福祉の支援から疎外され結果的に人類の健康と福祉が損なわれるなど。薬物の厳罰政策が国際社会にもたらしたのは弊害ばかりで良いことが何一つなかった…と評価したのです。
それを受けて2013年、国連は「薬物使用者には刑罰を与えるよりも治療を優先させる』ことを決議し、薬物使用者の人権と尊厳の保護と尊重を促進すること決議。これを機に、世界の薬物政策は「薬物の非犯罪化」「処罰から治療へ」大きく舵をきることに。そこで厳罰主義に代わる薬物政策として登場したのがハームリダクション(以下HRという)です。
HRは 薬物使用を止めることや使用量の減少を目的にするのではなくダメージを防ぐことに焦点を当てています。例えば肝炎やHIVの罹患が進まないように注射針を配ったり、”失敗しない静脈注射”をソーシャルワーカーが薬物使用者に直接指導したりします。①薬物の使用を強制的にやめさせない ②正しい使用法を教える ③絶対に警察に通報しない の3つが施策の大前提となっているため、実行にあたってはその国の制度や法律の見直し、修正変更が余儀なくされます。それでも加盟158か国のうちポルトガル・スイス・オーストラリア・カナダ・マレーシア・台湾など91か国がHRに基づく政策を採用した結果、使用者や依存症者の人権が擁護され、社会的差別や偏見がなくなり使用者は刑罰に怯えることなく治療がしやすくなったことで依存症患者が減っただけでなく、薬物使用者数、使用量軒並み減るなど想像以上の効果があったというのだから、お父さんもビックリだな!