코로나 펜데믹으로 관객없이 실황 연주를 지속 선보이는 뒤셀도르퍼 심포니커와 현존하는 Great 지휘자 중 한분인 아담 피셔의 지휘를 온라인으로 바라만 보니 아련하고 그립다.
가을부터 멋지고 훌룡한 Ton Halle에서 관객들과 다시 함께할 이들의 공연이 더욱 기다려진다.
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코로나 펜데믹으로 관객없이 실황 연주를 지속 선보이는 뒤셀도르퍼 심포니커와 현존하는 Great 지휘자 중 한분인 아담 피셔의 지휘를 온라인으로 바라만 보니 아련하고 그립다.
가을부터 멋지고 훌룡한 Ton Halle에서 관객들과 다시 함께할 이들의 공연이 더욱 기다려진다.
[モーツァルトマチネ アダム・フィッシャー]
私にとって今夏最後のモーツァルトマチネ。今週末の指揮者はアダム・フィッシャーである。マンハイムやデュッセルドルフを拠点に活躍し、オペラ演奏の評価も高く、さらに近年では人道的チャリティ活動などでも知られ、こちらの領域でもいくつかの賞を受賞している。
フィッシャーはこれまであちこちでその演奏を聴く機会があったが、どちらかといえばマーラーやワーグナーなど19世紀以降の作品が多かった。モーツァルトマチネへの登場は一見意外だったが、考えてみれば、フィッシャーは現在、ハイドンの交響曲全曲録音にトライ中で、ハイドン、モーツァルトも得意分野のはずである。
本日のプログラムは、「モーツァルトの特異なマスターワーク」と題され、三楽章形式の交響曲34番と38番(プラハ)の間に、4手のためのピアノ協奏曲を配していた。ピアノ連弾はオランダの兄弟デュオ、ルーカス&アルトゥール・ユッセン。
フィッシャーのモーツァルトは、何というか、本当に愛に満ちた演奏だった。一小節ごとに、細かくパートに指示を出しながら進めていくが、気に入ったレスポンスが返ってくるごとに満面の笑顔を浮かべ、親指を立てて奏者にフィードバックしていく。リズム感もすごく良くて、アレグロもぐいぐい無理に引っ張らず、かといってわざとらしくテンポダウンするわけでもなく、誰が聴いても一番気持ちよく受け取れる音楽の形をつくりあげていた。特に、三楽章構成の交響曲はほぼ、最初と最後のアレグロ楽章の間にアンダンテの緩徐楽章が挟み込まれる形になっている。そして、フィッシャーが作る緩徐楽章は、本当に美しかった。バイオリンに旋律を歌わせ、それをヴィオラから低弦部へと渡すところなど、メロディがゆっくりと移行していくにつれてため息が漏れるほどだった。その素晴らしさに、前半の34番でも後半の「プラハ」でも、思わず客席から拍手の前兆のようなものが湧きかけたが、フィッシャーは笑顔で振り向くと、「もう一楽章あるんだよ、聴いてくれよ」というような身振りで収めていたのが、人柄を感じさせて素敵だった。
中間の2台のピアノの協奏曲、素晴らしい作品で、まだ20代のユッセン兄弟が健闘した。この連弾デュオは何度か来日もしているようなのだが、ピアノの才能もさることながら、どうやらビジュアルも売りにしているようだ。私はこのアーティストを知らなかったのだが、登場した時、女の子かと思ったほどだった。弾き進めて、そして、アプローズで舞台の上を行き来し、アンコールに入るまでの一連の流れの中で、前列の中高年のご婦人が一斉にほーっとため息を付いていたのがもういかにも、である。
演奏は悪くないが、楽曲へのアプローチやピアノの技巧をアーティストとして深掘りするというよりは、やはりデュオとして共同で弾くことにウェイトが置かれている演奏である。独特の共演の妙があるので、モーツァルトの協奏曲より、アンコールのシューマンの方が面白かった。
アーチストもいろいろである。どんな職業をいとなむにしても、人間は見た目が悪いよりは綺麗な方がいいに決まっている。ただ、容姿に恵まれたからといって見た目に売りがシフトしてしまうと、特に芸術家の場合、自分が伝えたいことが十分に伝わらないこともあるのではないだろうか。先日リサイタルを聴いたカティア・ブニアティシヴィリなどもそうだが、本人の音楽に向き合う哲学が極めて深いのに、観客のほとんどは彼女の容姿と派手すぎるアクションを「見に」来ているという状況である。男性アーティストでも、若い男の子大好きなおばあちゃんにキャーキャー言われてしまうとかなり活動に支障がでる気もするが、プロモーション的にはそれでもいいのかもしれない。
帰る時、フォワイエを通りかかったら、ユッセン兄弟がビュフェの立食テーブルを台にしてサインをしていた。CDを販売しているわけでもなく、完全なボランタリーでプログラムにサインしている様子で、おもしろかったのは、サインをもらいに群がっているのはほとんどが日本人のお客さんで、それを遠巻きにして、現地のおばあちゃんたちが必死で写メしていた。音楽家サイン会の文化は、オペラ歌手などを除いてはこちらにはあまりないのかもしれないが、こんなところでフラッシュモブ的にサイン会してしまうユッセン兄弟、多分、個人的にはとってもいい人たちなんだろうと思う。
さて、モーツァルトマチネは全3回の日程を聴くことができたが、アンドリュー・マンツェ、ラファエル・ピション、そしてアダム・フィッシャーと、2019年は指揮者に大変恵まれた年だったのではないかと思う。