平井有太 『ビオクラシー』~ BIOCRACY ~
平井有太は、1975年東京生まれ。ヒップホップとアートに影響を受けて、ニューヨークのSchool of Visual Arts卒業後、2001年に帰国。実技主席での卒業であったにも関わらず、日米のアートシーンと当時の自分の表現に疑問を持ち、05年にアパレルブランドMACKDADDYと開催した個展『FROM HERE TO FAME』以降、美術作家としての活動を停止。以降、「有太マン」名義でのフリーライター業務を活動の軸としました。 平井はこれまでに、アントニオ・ネグリ(哲学者)やダニエル・コーン=ベンディット(欧州緑の党・議長)、ホセ“ペペ”ムヒカ(ウルグアイ前大統領)、糸井“ダダカン”貫二(前衛美術家)、アフリカ・バンバータ(ミュージシャン)など、その好奇心の広さと突撃取材も辞さない行動力で、多くの貴重なインタビューを残してきました。また、伝説のプロデューサー・康芳夫が各界著名人と対談し、語りおろした言葉を記録した著作『虚人と巨人』(辰巳出版、2016)や、STUDIOVOICEでのグラフィティ特集の監修(2005)、リラックスやスペクテイターでの9.11直後のNY特集の監修(2001、2002)など、著者・編集者としても独自の活動を展開してきました。 2012年からは福島県に移住。「人生初めての就職」として、農協×生協×福島大学による「土壌スクリーニング・プロジェクト」事務局に着任。原発事故後の福島県の取材に専念(2012、15、16年「3.11」週刊文春グラビア特集など)しながら、農地の放射線量を測り続けました。更に、2015年には突如福島市議選に出馬。落選はしたものの、それら福島での活動は著作『福島 未来を切り拓く』(SEEDS出版、2015)にまとめられました。
このように平井の活動は多岐に渡りますが、それらは一方で、通常のライターや政治活動家とは一線を画し、「人生はアートだ」という自身の芸術的志向性に一貫したものです。言い方を変えればそれは逆に、通常の美術作家とは異なるアプローチで行われた、ゼロ年代日本におけるひとつの「社会彫刻の実践」と言えるかもしれません。
















