2022/3/12
喫茶店でチャイを啜りながら、好きやきれいの因数分解をするさびしさについて話した。手の届かぬほど遠く遥かにある形のない美しさに見惚れていたいと思う一方で、何がそれをそうたらしめているのかずっと近くまで寄って触れて明らかにしたいと願う心もある。知ることはかなしいことだと料亭の厨房でぼやいた大学時代の記憶がよぎった。
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2022/3/12
喫茶店でチャイを啜りながら、好きやきれいの因数分解をするさびしさについて話した。手の届かぬほど遠く遥かにある形のない美しさに見惚れていたいと思う一方で、何がそれをそうたらしめているのかずっと近くまで寄って触れて明らかにしたいと願う心もある。知ることはかなしいことだと料亭の厨房でぼやいた大学時代の記憶がよぎった。
2022/3/14
論理と感性は相対するものでは必ずしもないが、まったく同時にその場に在ることも難しく、だからしばしば意識的に頭や心を切り替えている。拭きさらしの非常階段を音を鳴らして駆け上がりながらも、たまにはちゃんと立ち止まり、夕を瞳に映している。進むのはもっときれいな世界を見るため。忘れないよう祈りを胸に。
私を助けたい。ずっとずっと同じことに苦しんで泣いている、この子を助けてあげたい。
みんな好き勝手言ってくるけど、自分の人生の責任を取れるのは自分だけだから、もっとわがまま言わないと。それでどうしたいのか、つまり何がいやなのか、せこせこと言葉にしては道を切りひらいていくこの感覚。明日死んでも後悔しないようにと考えながら、見たくないものから目を逸らす。
黙々とモノやコトに向き合えているときは心地がいい。カンカンと靴を鳴らして螺旋状の非常階段を駆け上がっているよう。頭上に広がる青空に向かって、一歩一歩突き進む。足を動かせば目的地に着けると、そうわかっている方が安心して走れる。
頭が悪いんだって、馬鹿なことをしているって、いつまでも愚鈍だって、そう思われている気がする。そうしてその通り、私は間抜けなんだとも思う。
なんとかこの場を乗り切りたい。そう願うのはあなたも私も同じはず。しかし実際は手を伸ばしてくれることなどなく、向けられるのは冷ややかな視線と呆れた声音。被害妄想だろうか。きっとそうなんだろう。
思考がもたつく。冷静に考えればわかるような部分で、おどおどと戸惑い時間を喰う。道がぬかるむ。どう歩いていたのか、この方向で合っているのか、進むごとにわからなくなる。背の荷が増す。期待が重い。責任が重い。こんな重圧になんの意味があるのか。
すべて投げ出せたら。そう考える私の姿も、また阿呆だとみなされる。