(1996, Crue-L Records, KYTHMAK018ARXXX) Remix by Malawi Rocks.
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(1996, Crue-L Records, KYTHMAK018ARXXX) Remix by Malawi Rocks.
Celebrities eulogize DJ Emma Kadodi
Celebrities eulogize DJ Emma Kadodi
By BigEyeUg Team Wednesday, September 8, 2021was such a sorrowful day for the Ugandan entertainment fraternity to remember. This is the day that one of the legendary pillars of the entertainment industry, Emmanuel Maseege famously known as DJ Emma Kadodi passed on. DJ Emma (RIP) News about CBS FM’s popular show ‘The Evening Cruise’ presenter, DJ Emma’s death first broke on social media during…
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Groove Armada / Lovebox
EMMA HOUSE 8
(DJ EMMA)
ACID CITY is 3rd album from nitelist music. And its all about ACID HOUSE.
Produced by DJ Emma and first compilation album of JP Acid House.Necessity or coincidentally , when “Dance Music” is move to next level , “ACID HOUSE” is coming back to scene. “Dance Music” is too formal now , “Tech/House” is too maniac now , “Electric Dance Music/EDM” is too candy pop now…..well , we know there is always good music in every genre though…. When the music scene is boring and feels like same old stuff , “ACID HOUSE” will revival as autopurificatory activity or reset sessions. Its like “Punk Rock” back then.
Will “ACID HOUSE” show new direction for future music scene? http://nitelistmusic.com/acidcity.html
Inner City Jam Orchestra / We Got The Love (DJ EMMA & K-Sobajima Remix) (Short Version)
HOUSE NATION Piano Gig
DJ EMMA〜THE KING OF HOUSEが語る「アシッドハウス」、そして「elevenの閉店」
2012年6月、EYESCREAM.JPにて実施したDJ EMMAの述べ1万字以上にも及ぶロングインタビューは、インターネット上を中心に巨大な論争を巻き起こし、現役のクラブ関係者やDJにも大きな衝撃を与えた。誰もが認める日本のTOP DJによるクラブに対する痛烈な批判や、風営法についての言及を文中に孕んでいたことも話題を呼んだ要因の1つではあるのだが、担当編集としては、結局のところ、彼自身の並々ならぬクラブへの愛やリスペクト、そしてダンス・ミュージックに対する真摯な姿勢が、人々の胸を強く打ったのではないかと思う。誰よりもハウスを愛し、誰よりもDJという職業に対して真剣に向き合うこと、それこそがDJ EMMAを”THE KING OF HOUSE”たらしめている所以なのだ。
前述のインタビュー以来、約1年ぶりの登場となる今回は、絶賛発売中のMIX CD『Hearbeat Presents Mixed by DJ Emma x Air Vol.2』と、7月24日に自身のレーベルNITELIST MUSICからリリースとなるコンピレーションアルバム『Acid City』という2枚の最新音源を軸に、再びEYESCREAM.JPならではのロングインタビューを敢行。自身もライフワークの1つとして挙げていた「アシッドハウス」、この1年間の間に彼が仙台で新たにスタートさせたイベント『EMMA HOUSE興』、そして共にいくつもの素晴らしい夜を築き上げてきた「elevenの閉店」に至るまで、今の想いを包み隠さず語ってもらった。
Photo:SATORU KOYAMA (ECOS) Interview&Text:Keita Miki
圧倒的にシカゴハウスが好きってこともあるんですけど、”ダンスミュージックのラフな部分”って、僕にはすごく重要だったりするんですよ。
— EMMAさんにEYESCREAM.JPに登場して頂くのは、約1年ぶりですね。前回のインタビューでは、こちらの予想を上回るほどの大きな反響がありました。
DJ EMMA:僕自身もあんなに大きな反応があるとは思っていませんでした。あれだけのロングインタビューは久しぶりだったし、とても良い機会になりましたよ。
DJ EMMA presents NITELIST MUSIC 3 『Acid City』
— 今回はコンピレーション・アルバム『Acid City』と、前回のMIXCDの続編となる『Hearbeat Presents Mixed by DJ Emma x Air Vol.2』がダブルリリースされる訳ですが、『Acid City』の方は、前回のインタビュー時にも「気になる」とおっしゃっていた“アシッドハウス”にフィーチャーした作品ですね。
DJ EMMA:僕が初めてアシッドハウスというものに触れたのは1988年。丁度ロンドンでアシッドハウスがブームになっていた時だったんですが、僕が自分のパーティーを始めたのもこのタイミングでした。自分のパーティーを始めて、四つ打ちをプレイしはじめた時に、急に目の前に現れた正体不明の存在がアシッドハウス(笑)。 とにかく、自分にとってその格好良さは衝撃的で、クラブから朝帰る電車の中で『i-D magazine(イギリス発のファッション&カルチャーマガジン)』を読みながら、直感的に「これをやろう!」って思ったのを良く覚えています。
— 正体不明のモノを、そこで直感的に「やろう!」と思えるのがEMMAさんの凄さですよね。すぐに自分のパーティーでもアシッドハウスをかけるようになったのでしょうか?
DJ EMMA:いや、とりあえず渋谷のクラブで知り合いのDJ達を集めて、『ACID ZONE』っていうイベントをやったんですよ。今でも良く覚えてますけど、その頃ってまだ”テクノ”って言葉でさえ浸透していないような時代ですから、集まったのはスカとかレゲエのDJばかりで、全員探り探りで、良く分からないまま、良く分からない曲をかけてました(笑)。 その後、さすがにその状態はマズいので、まずは「“アシッド”ってどういうことなんだ?」というのを音楽ライターの荏開津広さんと一緒に調べることになったんですが、元を辿っていくと結局は1960年代のアシッドロックに結びつくんですよね。アシッドロックって、サイケデリックな部分が予想以上に強いし、今で言うアシッドハウスとはまた異なる、少し突然変異的な流れの中で生まれたものなので、すごく面白いんです。で、その少し後にニューウェーブのアーティストだとか、ノイズをやってた人たちが急にアシッドハウスをやり出すような流れが来た。それこそ、Psychic TVとか、僕の敬愛するSIGUE SIGUE SPUTNIKもアシッドハウスをやってましたし、もちろん日本でもアシッド一色だった瞬間ってあるんです。みんな、笛吹いてDJをやってたりして
一同笑
DJ EMMA:まぁ、僕も例外では無く、そんな感じで多少勘違いしながらもみんなで面白おかしく、新しいムーブメントを作ろうとしていた感じですね。でも流行っているとはいえ、アシッドなので、音源の絶対数が圧倒的に少なかったし、アシッドハウスがかかるクラブ、アシッドハウスをかけるDJというのも本当に数えるほどしか存在していなかった。だけど不思議なもので定期的にアシッドの流行って来るんですよね。「ちょっとダンス・ミュージックに飽きたな」って頃に、テクノが来て、それに付随してアシッドが来る。流れは大体いつも同じなんですが、繰り返しブームはやってくるんです。そういう意味では、自分にとってアシッドはそんなに特別なものでも無いし、振り返ってみればいつもそばにあるものだったのかもしれません。
SIGUE SIGUE SPUTNIK 『Dress For Excess』
— そういったEMMAさんのアシッドとの付き合い方を踏まえた上でお聞きしますが、今回こういった形で、アシッドハウスのパッケージ化に踏み切ったのは何かキッカケや特別な理由があったのでしょうか?
DJ EMMA:まずは単純に作りたかったというのと、自分の中で手応えを確かめてみたかった部分があって。あとはアシッドハウスというものを使ってのチャレンジ的な側面もありますね。MALAWI ROCKSでDazzle Drumsの2人に「ちょっとアシッド作ってみてよ!」って頼んだ時もそうだったんですけど、みんなアシッドって聞くと苦笑いなんですよ
一同笑
DJ EMMA:「えっ、アシッドハウスですか………」って(笑)。まぁ、みんなアシッドハウスがどういうものかっていうのを良くも悪くも知っている訳で、それを自分たちで作るとなると、結構悩むみたいです。でも今回のコンピレーションに入っている曲は、どれもすごく良くて。この先、新しいアシッドハウスを日本から発信していけるんじゃないかなという予感のようなものを感じています。少し話がそれましたけど、要は流行る、流行らない、受け入れられる、受け入れられないとかでは無く、単純に「やりたい」って衝動の方が強かったんです。そんなに大した事は考えてないですよ(笑)。 色々と後付けでアンチテーゼのようなものは付け加えられるけど、大きく言ってしまえば「今の現状があまりにもつまらなかったから」。テックハウスも好きだし、プログレももちろん好きだけど、今はどれも飽和状態だし、曲の出来が良すぎて、僕にとってはつまらないものに見えてしまいます。格好良い曲はたくさんあるんだけど、完成度が高すぎる。まぁ、圧倒的にシカゴハウスが好きってこともあるんですけど、”ダンスミュージックのラフな部分”って、僕にはすごく重要だったりするんですよ。だから、既に完璧に構築されたものを素材として取り入れるのには抵抗がある。そんなことを3年くらい前からなんとなく思っていたんですが、たまたまなのかもしれないですけど、その気持ちに呼応するようにアシッドハウスのリリース量が世界的に増えてきました。もちろん、最初に経験したアシッドブームの頃と比べるとまた全然違うものではあるんですけど、自分のセットを歌モノ以外、全てアシッドハウスで組めるような質と量が揃ってきたので、そのタイミングで今まで使っていたテックハウスとか、プログレをごっそりアシッドハウスに入れ替えたんです。
Dazzle Drums 『Dazzle Drums EP』
— それはかなり思い切った決断ですね。テックハウスやプログレも一般的に言えば”伝わりづらい”ジャンルだと思いますが、アシッドハウスは更にもう一段階ハードルが上がるような気もします。
DJ EMMA:そうそう、問題はそこなんですよね。アシッドハウスに入れ替えたは良いけど、じゃあそれをどうやってお客さんに伝えようかっていう。伝わらなかったら何の意味も無いので。今回のアルバムのスタートも結局はそこなんです。伝えるためにはまず、自分たちがリリースするべきだろうと思って。それで、Dazzle Drumsの一曲をインスピレーション源に、本格的にアシッドハウスのアルバムを作りたいと考えて、色々なアーティストに話を振っていったという流れです。
— 実際に今の現場でのEMMAさんのプレイを見ても、アシッドハウスをかける場面が以前より飛躍的に増えていますよね。
DJ EMMA:そうですね。なんか”ACID”とか書いてあるTシャツを着てる人が1人でもいたりすると「かけようかな」と思っちゃう(笑)。 さっきおっしゃったように、DJたちはみんな好きだけど、お客さんはなかなか受け入れづらいっていうのがアシッドハウスなんですよね。一応、その感覚も分かってはいるんです。だからこそより良く、より格好良く、本当に上手くDJがかけてかけてあげないといけない。お客さん全員に、アシッドハウスを好きになってもらおうと思ってDJをしている訳だから、ミックスにしても、選曲にしても、ちゃんと喜びがあるところに持っていく。逆に言えば、そうやってお客さんとアシッドハウスを繋げて、アシッドハウスって言葉を頭の中にインプットさせれば、それでもう僕の役目は終了なんです。そんなに大層な狙いは無いですよ。別にEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を悪者にしようとかも思ってないし。でもこれも後付けにはなるけど、EDMについて一言言わせてもらうなら、「あんなの流行っちゃうぐらいなら、アシッドが流行った方が良いよね」とは思うかな(笑)。
DJ EMMA〜THE KING OF HOUSEが語る「アシッドハウス」、そして「elevenの閉店」
何にせよ、僕にとっては今がアシッドの一番面白い時なんです。
— でもEDMの流行だとか一般的な流れは置いておいて、アンテナの敏感な人たちの間で、「今はアシッドが良い」って感覚があるのは、なんとなく分かる気がします。
DJ EMMA:やっぱり、分かっちゃいます?
— 最近気になるというか、洋服の分野でも良く聞くキーワードではありますよ、アシッド。
DJ EMMA:まぁリバイバル的な意味でのアシッドとはまた異なるんですが、何にせよ、僕にとっては今がアシッドの一番面白い時なんです。世界的な流行の後に流行るのが東京の特徴としてあるんですが、アシッドに関してはどうしてもそういう風にはしたくない。前回のインタビュー時のクラブの話にも通じている部分ですが、一般的になることが絶対的に良いかと言えば、実はそういうことでも無いんですよね。一般的になったが故に壊れてしまうものを、ここ数年だけでも嫌と言うほど見てきたし。だから、これは今自分が単純に一番面白いと思うものを提案しているだけであって、「売れないよ」と言われても既に自分で損を被る覚悟は出来ているので、全然気にならないです。参加してくれたアーティスト達には絶対損をさせないつもりでやっているし、最初こそみんな困ってましたけど、最終的にはみんな「やって良かった」と言ってくれました。それが一番嬉しかったことですね。普通コンピレーションの曲を発注しても、アーティスト側からそういう言葉を貰えることはなかなか無いので。あとは、周りのDJたちが自分のセットに段々とアシッドハウスを組み込んでいく姿を見るのが、地味な喜びだったりとか(笑)。 そういう時は「今なんだよな! 今だけなんだよ、この面白さは!」って心の中で納得しながら見ています。
— 前回のインタビュー時には「まだアシッドハウスの正体を自分の中で掴みきれていない」とお話されていましたが、このコンピレーションアルバムを作り終えた今、その姿は見えてきているのでしょうか?
DJ EMMA:はい、少しづつですが、実際に曲を作ってみて気付くことも多くありました。あえて具体的な例を1つあげるならば、最近忘れかけていたベースラインの重要性っていうのを今回で思い知りましたね。そういう意味では、今回のアルバムを通して、自分の気持ちがGOLDとか、コニーズ・パーティとか、DEEPをやる以前の、本当に初期の状態に戻ったのかもしれないです。DJをやり始めの頃に、夜な夜なプレイしたいクラブを探したり、勉強のために四つ打ちが掛かっているクラブを探し回ったりした気持ちを取り戻せたのは大いなる収穫だと思います。自分が何のためにDJをやりたかったのか、そういう原点を忘れないでいるべきだなと再認識しました。
— これまでにもNITELIST MUSICからは何枚かコンピレーションアルバムをリリースされていますが、ここまで1つのジャンルに特化したコンピレーションは無かったように思います。そういった意味では、制作の上で、何か大きな違いはありましたか?
DJ EMMA:基本的にやっていることはそんなに変わらないのですが、今までのコンピレーションアルバムはNITELIST MUSICからリリースしたアナログをコンパイルして出すという意味合いが強かった。でも、今回はアシッドありきで話が進んでいるので、元々の始まりということで言えば、全く異なるアプローチにはなります。
DJ Pierre 『The Essence Files Vol 1』
— アシッドハウスと言えば、前回のインタビューでのDJ Pierreの話が非常に印象的でした。『Acid City』の制作に際して、更にDJ Pierreの音源を聴き込んだのでは無いですか?
DJ EMMA:聴きましたねぇ~。改めて、先生は偉大だなと思いました。
一同笑
DJ EMMA:アーティストに「アシッドを作って」って話をすると大抵、「アシッドって、勉強するのに何を聴けば良いですか?」って聞かれるんですけど、僕の答えとしては「まずは先生のやつを聴いてくれ」と。すると、やっぱりみんな口を揃えて「………すごいです」って言うんです
一同笑
DJ EMMA:前回も言いましたけど、その凄さが何かと言えば、徹底している凄さなんですよね。まるで、「これが私の生きる道!」とでも思っているかのような徹底ぶり(笑)。 良くわからないけど、魅力的ですよ。DJのスタイルとして普通に考えれば、アシッドハウスに、DJ Pierreのもう1つの十八番であるワイルドピッチスタイルを融合させたって良い訳じゃないですか? だけど、頑なにそれをしない。そういう先生の後ろ姿から「実はアシッドのコンピレーションって格好良いんじゃないの?」って発想が生まれて、曲がたまっていく内にその発想が間違いじゃ無かったことを確信しました。しかも、これはお金の為にやっている訳でもないし、次のブレイクを狙っている訳でも無い。次のブレイクを狙う人は素直にEDMに行くべきだし、そういう流れみたいなものも、世間一般の価値観で考えれば決して悪いものでは無いと思うんです。ただ、僕個人として考えた時には、そこには決していたくないし、正直格好悪いなと思う。で、こういう流れの中でふと一生懸命アシッドに打ち込んでいる自分たちを俯瞰で見てみると「なんて輝きを増すんだろう、この時代に」という…
一同笑
DJ EMMA:いやいや、でもこの時代だからこそ輝きを増すなっていう感覚はすごくあるんですよ! 実際作った後に、こんなに充実感がある作品って久しぶりかもしれない。制作期間中、とにかく楽しくて仕方が無かったんです。曲を作るという行為自体は難しく、苦しい部分も多かったけど、全体として見れば、今後自分の中で忘れられない1枚になることは間違いないと思います。
— 少しアルバムから話はそれますが、この1年の間でEMMAさんが新たにスタートさせたことと言うと『EMMA HOUSE興』がまず挙げられるかと思います。このイベントについても少しお話を伺えますか?
DJ EMMA:「困っている人たちを助けたい」とか「東北地方を元気にしたい」というよりは、「もう後悔するのは嫌だな」と思ったんです。あの震災をきっかけに自分が出来なかったこととか、やろうとは思いつつも先延ばしにしてきたことがいっぱい蘇ってきて。3.11以降、自分の中でも色々なことが変わったんですが、そういうやり残したことを埋めたい衝動から生まれたのが『EMMA HOUSE興』というイベントです。もちろん、東京と比較すれば絶対数も圧倒的に少ないけれど、それでも頑張ってクラブを続けたり、DJをやろうとしている人たちがいて、そういう人達と”地方でもちゃんと出来るんだ”ってことを一緒に示したかった。
— 場所的な意味も含めて、色々な選択肢があったとは思うのですが、仙台でやることを選んだのには何か特別な理由があったのでしょうか?
DJ EMMA:インフラ的な意味において、単純に東北地方の中で仙台が中心地であるというのもありますが、既存のもの以外の”中心地になる要素”を、自分でも何か作れないかなと思ったんです。そうすることで仙台以外に住んでいる人たちも、その場所に来てくれるようなもの。実際、今も何人か仙台まで足を運んでくれている人たちがいますけど、そういう部分から活性化を図って、次の世代に渡したいというのが根本にはありますね。僕自身、生きている間にあと何回DJを出来るかって考えたら、きっとそんなに多くはないんですよ。その少ない中で自分には何が出来るのか、別に自分が正しいとかそういうことではなく、もしも何か次の世代に教えられることがあるならば、今のうちにやっておきたいんです。多少でも求心力というものを持っている間に。「残さなきゃいけないものはこういうもので、新しくしなきゃいけないのはこういうことなんだ」というか、伝えること自体は僕の主観で全然構わないから、こういう生き方もあるってことを提示しておきたいんですよ。