訳: Office BALÉS
She Broke Japan’s Silence on Rape
彼女は日本のレイプに対する沈黙を破った
[写真] 伊藤詩織さんは警察に、当時TBSワシントン支局長で、安倍晋三首相の伝記作家である、山口敬之氏によりレイプされたと訴えた。(ジェレミー・スーテイラットが本紙のために撮影)
(東京 29日)日本の最も著名なテレビジャーナリストに数えられる人物が伊藤詩織さんを飲みに誘ったのは、春先の金曜の晩のことだった。東京の通信社でのインターンが終了するからと、その人物の局で新たなインターンをやる機会を探っていた。[訳注: 探していたのはプロデューサー枠の仕事]
二人は、東京都心にあるバーでは焼き鳥とビールだけで済ませ、その後夕食を共にした。のちに伊藤さんが警察で供述したことによると、彼女が最後に記憶しているのは、気分が悪くなってトイレに行かせて貰い、そこで意識を失ったことだった。
伊藤さんは、その夜が終わる頃にはその男のホテルの部屋に連れていかれ、彼女が無意識である間に男にレイプされたと主張している。
当時TBSワシントン支局長で [のちの] 安倍晋三首相の伝記作家であるジャーナリストの山口敬之氏は、起訴内容を否認。二か月にわたる警察の捜査の結果、検察は事件を不起訴処分とした。
すると伊藤さんは、日本の女性のほぼ誰もがけっして行わないことを実行に移した。声を上げたのである。
5月に行った記者会見と10月に出版された著書で伊藤さんは、山口氏が意識を失っている彼女を抱え上げ、ホテルのロビーを通り抜けた様子がわかる防犯カメラの映像を警察が入手したと述べた。また警察はさらに、彼女が気を失っていたことを証言したタクシー運転手を特定して事情聴取を行っていた。伊藤さんによると、警察の捜査官らは山口氏を逮捕すると彼女に告げていたのだが、突如、取りやめとなったのだという。
[写真] 伊藤さんは自身の経験を綴った手記を出版した。写真提供、文芸春秋株式会社。
他の国ならば、彼女の訴えは騒動を引き起こしていただろう。だが、ここ日本では、わずかに耳目を集めたにすぎなかった。
米国が政界、芸能、産業、報道の各界における性的加害行為の噴出に直面しているのとは対照的に、伊藤さんの身に起きたことは、日本において性暴力がいかに忌避される話題であるかを如実に物語っている。
統計上、日本は比較的低い性暴力の発生率を誇る。14年度に内閣府が実施した世論調査では、日本で生涯を通じてレイプを経験したことがあると答えた女性が15人に1人であるのに対して、米国でレイプされたことがあると答えた女性は5人に1人であった。[訳注: 但し、米国の統計は2010年度のもの]
(参考)内閣府男女共同参画局、14年度調査の結果報告書 『男女間における暴力に関する調査』報告書(平成26年度)より
しかし研究者らは、日本女性は西洋の女性に比べて「同意なき性行為」を「レイプ」と表現することがはるかに少ないと言う。また日本の対レイプ法には同意に関する記載がなく、「デートレイプ」は外来の概念で、日本では性暴力に対する教育も最低限しかされていない。
むしろ、本来ならば性教育を行うための文化的に重要なチャンネルである筈の漫画コミックやポルノという素材において、 性的欲求を満たす延長としてレイプが描かれることがよくある。
警察や裁判所はレイプを狭義に捉える傾向があり、一般的には、物理的な暴力が確認でき、自衛の努力 [抵抗] が行われたことの痕跡がある場合にのみ訴追を行い、 加害者・被害者のいずれかが飲酒していた場合は告訴を思い留まらせようとする。
先月、横浜の地方検察局は、女子学生の一人に酒を飲ませた後で性的暴行を加えた容疑で書類送検された6人の大学生を不起訴処分にした。
レイプ犯が起訴され有罪判決を受けても、日本では懲役刑すら課せられないこともある。法務省の統計によると、およそ10件に1件が執行猶予付きの判決で済まされるという。
たとえば今年、東京近郊の千葉大学で二人の学生が女学生を輪姦した事件では、被告の一部は懲役刑で収監されたが、他の共犯者らは執行猶予付きの判決となった。昨年秋、別の輪姦事件で有罪判決を受けた東京大学の学生にも執行猶予付きの判決が下された。
「活動家たちが「ノーはノー」というキャンペーンを立ち上げたのはごく最近のことです」
東京の上智大学で政治学を教える三浦まり教授はこう語った。
「だから日本の男性は、同意に対する意識が浸透していない現状にあぐらをかけるのだと思います」
内閣府の世論調査で「レイプを経験したことがある」と答えた女性のうち、その3分の2以上が友人や家族にさえも、けっして「誰にも言わなかった」と答え、「警察に相談した」と答えたのは4%をわずかに超える程度だった。対照的に、米司法統計局がまとめたところによると、米国ではレイプ経験の約3分の1が警察に報告されている。
「女性に対する偏見は根深く、深刻です。性犯罪による被害はまったく真剣に受け止められていません」
早稲田大学でジェンダーと法を教える谷田川知恵教授はこう語る。
山口氏に対する民事訴訟を起こした伊藤さん(28)は、日本で性暴力に悩む女性たちが直面する数々の課題に光を当てるために、本紙に自身の事件の詳細を語ることを承諾してくれた。
「私がこのことを語らなければ、性暴力をめぐる酷い状況はけっして変わることはないだろうと感じたのです」
伊藤さんは語った。
山口氏(51)も、取材に応じることを承諾した。レイプを行ったことは否定し、次のように語った。
「性的暴行は行われていない。あの夜、犯罪行為は行われなかった」
[写真] シェラトン都ホテルの外に停車するタクシーの車両。警察は、伊藤さんと山口氏をホテルに送り届けたが、女性は電車の駅に行くことを要求していたと証言するタクシーの運転手を事情聴取した。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
‘Not a Chance’ 「あなたが勝つ事はあり得ない」
2015年4月3日に再会する以前、伊藤さんは山口氏に二度会ったことがある。ニューヨークでジャーナリズムを学んでいる間のことだ。
伊藤さんによれば、彼女が東京で再び山口氏に連絡をとると、山口氏は自身の支局で仕事を見つけてあげられるかもしれないと答えたという。山口氏は彼女を飲みに誘い、その後で流行りの恵比寿界隈の寿司屋『鮨の喜一』に食事に連れて行った。
伊藤さんが驚いたのは、ビールと酒を飲んだ後の食事も二人きりだったことだった。彼女は途中で気分が悪くなりトイレに行かせてもらったのだが、トイレの給水タンクに頭をもたれかけながら、そのまま意識を失ってしまったという。
意識を取り戻した時には、ホテルの部屋のベッドの上で山口氏が自分に覆いかぶさっていたという。彼女は裸で、痛みを感じていた。
日本の法律では、"quasi-rape"(準強姦罪)を当該女性の「心神喪失若しくは抗拒不能」に乗じて当該女性と「姦淫すること」と定義している。米国では州によって法律には差異があるが、同じ犯罪を第二級の強姦罪もしくは性的暴行罪と定義している州もある。(参考)旧刑法第百七十八条2「女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による」
警察はのちに、伊藤さんと山口氏を乗せ、山口氏の宿泊先である『シェラトン都ホテル東京』で二人を降ろしたタクシーの運転手を特定した。
運転手の証言記録によれば、伊藤さんは、最初は意識があり、地下鉄の駅に連れ行ってほしいと運転手に懇願していたが、山口氏にホテルに向かうよう指示されたという。
運転手は、山口氏がまだ二人で仕事の話をしなければいけないと話したことを記憶しており、また山口氏が「何もしないいから」というようなことを言っていたと証言している。
運転手によると、ホテルに着いた頃には伊藤さんは5分ほどの間「静か」になっていて、その時に彼女が後部座席に嘔吐していたことに気付いたのだという。
記録によると、運転手は次のように証言している。
「男は彼女をドアの方向に動かそうとしたんですけど、彼女は動きませんでした。そこで男は、先に降りてカバンを地面に置いてから、女性の脇の下に肩を通して、車から彼女を引き出そうとしました。彼女は1人で歩けそうには見えませんでした」
警察が入手したホテルの防犯カメラに映る伊藤さんも、意識がないように見える。本紙が入手した動画の写真からは、午後11時20分頃に、山口氏が彼女を抱えながらロビーを通り抜けていく様子がうかがえる。
伊藤さんによれば、彼女が意識を取り戻したのは午前5時頃だったという。彼女は山口氏の下からなんとか這い出して、トイレに駆け込んだ。トイレから出てくると、「彼は私をベッドに押し付けようとしました。やはり男性なので、力がかなり強く、押し付けられてしまったので私は彼を怒鳴りつけました」
いったい何が起こったのか、男は避妊具を使ったのか、伊藤さんは答を要求した。男は彼女に落ち着くようにいい、モーニングアフターピルを買うことを提案した。
彼女はこれに応じることなく、服を着て、ホテルから逃げ出した。
伊藤さんは薬物を飲まされたと確信しているが、この疑惑を証明する証拠は何もない。
山口氏は、彼女がただ飲み過ぎただけだ、と主張する。
「居酒屋で彼女は相当なペースで飲んでいたので、私は実際こう聞いたんですよ。『大丈夫かい?』と。でも彼女は「私はけっこうお酒強いんです。それに喉が渇いているので」と答えました」
「彼女も子どもではないので、自分をしっかりコントロールさえしていれば、何も起こらなかったでしょう」
山口氏はこう述べ、彼女をホテルに連れて行ったのは彼女が家に帰れないかもしれないと思ったからで、ワシントンの仕事の締め切りに間に合わないから急いで部屋に戻らなければならなかったからだと語った。
山口氏は、伊藤さんを部屋に連れ込んだのは「不適切だったかもしれない」と認めつつ、「彼女を駅やホテルのロビーに置き去りにすることも不適切だと思った」と語った。
山口氏はその後で何が起きたかについては弁護士の助言により語ることを控えた。伊藤さんの民事訴訟に提出された書類によると、山口氏は伊藤さんの衣服を洗い流すために彼女の服を脱がせ、ホテルの部屋のベッドの一つに寝かせたという。山口氏は、さらにその後、伊藤さんが目を覚ましてベッドの脇にひざまずき、彼に謝罪したことを付け加えた。
提出書類では、伊藤さんにベッドに戻るように伝えたが、自身で彼女のベッドに腰掛け、性行為を始めた、とある。彼女に意識はあったが、抵抗も拒絶もしなかったという。
ところが、その夜以降に伊藤さんとの間で交わされたメールで山口氏が語った内容は、これとは多少異なる。
彼女が自分で彼のベッドに潜り込んできたと書いているのだ。
「だから、意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだというのは全く事実と違います」
2015年4月18日付けのメールにはこう書いてあった。
(参考)伊藤詩織著『Black Box』88頁における実際の記載。
「私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった。お互いに反省することろはある」[※著書『Black Box』記載の原文ママ ]
別のメールで山口氏は、レイプの訴えを否定し、互いに弁護士に相談するべきだと提案する。
「あなたが準強姦の主張しても(原文ママ)、あなたが勝つ事はありません」
(参考)伊藤詩織著『Black Box』112-113頁における実際の記載。
本紙が一連のメールについて尋ねたところ、山口氏は、伊藤さんとのやりとりの全記録が、自分の立場を利用して彼女を誘う「意図はなかった」ことを証明するだろうと答えた。
「彼女に迷惑をかけられているのは私のほうです」
山口氏はそう付け加えた。
[写真] 「私は何も違法なことはしていない」「性的暴行は行われていない。あの夜、犯罪行為は行われなかった」と山口氏は語った。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
Shame and Hesitation 恥とためらい
伊藤さんはホテルを出た後、急いで自宅に帰り体を洗い流したという。
彼女はいま、そのことを後悔している。
「警察に行くべきでした」
彼女のような「ためらい」は典型的といえる。
「性的暴行の被害に遭った日本女性の多くは『私のせいに違いない』と自分を責めます」
お茶の水女子大学でジェンダー法学を研究する戒能民江名誉教授はこう語る。
性暴力救援センター・東京(SARC東京)でレイプ・カウンセラーを務める田辺久子氏は、ホットラインに電話してくる女性に警察に行くように勧めても、警察が信じる筈がないと拒まられることがよくあるという。
「彼女たちは、自分が間違ったことをしたと指摘されると思っているんです」
伊藤さんも、自らを恥じ、口を閉ざしつづけることを考えた。男社会の日本のメディア業界で成功するためには、このような扱いでも耐え忍ばなければらないのかと、悩みつづけた。しかし、事件の5日後、彼女は警察へ行くことを決心した。
「真実と向き合わなければ、私はジャーナリストとしてやっていけないと思ったんです」
伊藤さんは当時を振り返った。
伊藤さんが相談した警官らは当初、彼女が泣かずに話を伝えたため彼女を疑い、被害を届け出ることを思い留まらせようとしたという。ある警官は、山口氏の業界での地位を考えると、事件の追及は困難であろうという見方すら示した。
しかし伊藤さんがホテルの防犯カメラの映像を確認してほしいと訴えつづけた結果、警察は最終的に彼女の話を真剣に受け止めたのだという。
二か月にわたる捜査の末、フリーランスとしてベルリンでプロジェクトに参画していた伊藤さんに捜査主任から連絡が入った。捜査官は彼女に、タクシー運転手の証言やホテルの防犯カメラ映像、そして彼女の下着(ブラジャー)に付着したDNAが検出されたことから、山口氏を逮捕する準備を進めていることを伝えた。
捜査官は、2015年6月8日にワシントン発東京行きの便で空港 [訳注: 成田空港] に到着する山口氏を逮捕する計画なので、取り調べへの協力のために日本に帰国するよう伊藤さんに要請したという。
しかし当日になると、その捜査官が再び電話をかけてきた。空港内にいると言う捜査官は、たったいま、上から逮捕を行わないよう指示を受けたと伊藤さんに伝えた。
「私は彼に尋ねました。『どうしてそんなことが可能なのですか?』と。でも、彼は質問に答えることができませんでした」
伊藤さんはその捜査官を守りたいと、捜査官の名を明かすことを拒んだ。
警視庁の広報官は、山口氏を逮捕する計画がとん挫したことについては言及を控え、次のようにコメントした。
「われわれは法令に基づき必要な調査を行い、すべての文書と証拠を東京地方検察庁に送付しました」
[写真] 恵比寿界隈に佇む「シェラトン都ホテル東京」。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
‘I Have to Be Strong’ 「私が強くあり続けなければ」
最新の2016年度の政府統計によると、警察は日本国内989件のレイプ事件が起きていることを確認している。女性10万人当たりおよそ1.5件の割合で事件が生じているということになる。これと比較して、米連邦捜査局(FBI)の統計によると、米国内では11万4730件のレイプ事件が発生しており、男女含めた全住人の10万人当たりおよそ41件の割合で事件が生じていた。
研究者らは、日米の犯罪率の差は、実際の犯罪率ではなく、被害者による過小な報告や日本の警察・検察の態度を反映したものだ主張する。
日本の国会は今夏、この110年間で初めて、性犯罪処罰法の改正を受け入れ、 レイプ [訳注: 新罪名「強制性交等罪」] の定義を拡大した。口淫と肛門性交が加えられ、潜在的な被害者 [訳注: 客体] に男性が含められた。また最も軽い処罰の刑期を増やした。ただし、同意については依然として明記せず、執行猶予判決を下す余地も残した。
また、最近事件が起きたばかりであるにも関わらず、大学構内での性暴力に関する啓蒙はほとんど行われていない。千葉大学の新入生を対象とした講義では、最近起きたばかりの輪姦事件を『不幸なケース』と教えるのみで、「犯罪を行ってはならない」と漠然と促すに留まっている。
伊藤さんの事件では、果たして山口氏が首相との繋がりによって特別に待遇されたのかという点についても疑問が残る。
伊藤さんが事件のことを公に訴えた後、ほどなくして日本人ジャーナリストの田中敦(あつし)氏が警視庁の最高幹部に直撃した。
幹部の名は中村格(いたる)。安倍首相の官房長官を務める菅義偉官房長官の元秘書官で、捜査官らが山口氏を逮捕する準備を進めていたところ、それを差し止めたことを中村氏自ら誌面で認めた。『週刊新潮』にその記事を書いたのが、田中氏だった。
伊藤さんの訴えは山口氏のTBSでの立場には影響しなかった。ただ、山口氏は昨年、問題となる記事を発表したことで局から辞職に追い込まれた。現在はフリーランスのジャーナリストとして日本で活動している。
10月、伊藤さんは自身の経験を綴った手記を出版した。だが、日本の主要メディアはあまり関心を寄せていない。
伊藤さんの事件を調査する数少ないジャーナリストの一人である望月衣塑子(いそこ)氏は、自身も職場の報道フロアの同僚男性らの抵抗に遭っているという。彼らは、伊藤氏がただちに病院に赴かなかったことを理由に事態を軽視していた。
「メディアは性的暴行に関することをほとんど報道しようとしません」
望月氏は言う。
だからこそ、声を上げたのだと、伊藤さんは言う。
「私はまだ強くあり続けなければならないのだと、そう感じます。そして、なぜこれを容認できないか、語り続けなければならないのだと思います」
執筆協力:上乃久子
本記事の紙面版は2017年12月30日付けのA1面ニューヨーク版に「彼女は訴えた。彼女の母国はこれを黙殺した」と題して記載されている。
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