名古屋市の北東にある守山区やその先にある尾張旭市や瀬戸市と都市部を結ぶ名鉄瀬戸線と呼ばれる私鉄があって、都市部に近い停車駅に「尼ヶ坂(あまがさか)」という駅ある。 東区と北区の区境辺りにある駅で周辺は閑静な住宅地であり、また名古屋では有名な私立女子高の最寄り駅でもある。 そのせいか、日中は乗降客もそこそこある駅になっている。
丁度名古屋城の東方1km弱にあたる。かつて広大な敷地を誇った福澤桃介(電力王と呼ばれ日本の電力事業に大きく寄与している。福沢諭吉の養子)と川上貞奴(日本人初の女優とされている)が 住んでいた邸から500mほど北である(この邸は現在「文化のみち 二葉館」として復元) この駅の近くには「尼ケ坂」ともうひとつ「坊ケ坂」と呼ばれる2つの坂道がある。
この「尼ヶ坂」という駅名。 いかにも曰くつきの呼び名である。 ここには幽霊が出るのだという。
「尼ケ坂」はこの地にあった蔵王の杜から北西に向かうなだらかな坂道であった。 現在では蔵王の杜を切り開いて新しくできた道路の北に下っている切り通しを「尼ケ坂」としているようである。 一方「坊ケ坂」は蔵王の杜を北東に向かう坂道で、ここは今も昔の面影を残している。そして蔵王の杜は新道によって東の片山神社と西の「尼ケ坂公園」に二分されている。 709年創建と言われる片山神社は今もかなりの森とともに鎮座している。 「昔この辺りに住んでいた美人の村娘(権現小町)が高位の青年武士と恋仲になり、男の子を身籠りました。 しかし、身分の差から仲を割かれ、女は尼となり世を捨て子どもと暮らしていました。 とはいえどうしても男のことが忘れられなかった女は、気が触れて或る雨の夜坂道にある杉の木に首をかけて命を断ちました(この辺りは杉の木の多いところで、今も大杉、杉村など地名にも残っています) 男の子は近隣の人に引き取られたのですが、母を慕い片山神社の蔵王の杜をさまよい餓死 してしまいます。 こうしたことから尼が亡くなった坂道を「尼ケ坂」、男の子が亡くなった坂道を「坊ケ坂」と呼ぶようになりました」
写真は上が「尼ヶ坂」、下が「坊ヶ坂」 撮影は2010年。 さて、あなたは何か見えるだろうか?










